第103話「誕生の瞬間」
それからの時間は、煉にとって“流れ”ではなく、“積み重ね”だった。
朝が来る。夜が来る。
だが、それらは区切りとしての意味を持たない。
彼にとって重要なのはただ一つ
――どれだけ剣を振ったか。どれだけ強くなったのか
それだけだった。
---
最初の頃は、何も変わらなかった。
「あいつ、まだやってるのか」
「どうせ意味ねぇだろ。“最弱”だぞ」
嘲笑は、いつも通りだった。
誰も彼を脅威とは見ていない。
誰も彼に価値を見出していない。
それでよかった。
煉にとって、周囲の評価はどうでもいいものだったからだ。
ただ、振る。
一振りごとに、何かを削ぎ落とすように。
一振りごとに、何かを積み上げるように。
その繰り返し。
---
だが、ある時から――
空気が、微かに変わり始める。
「……なあ」
一人の魔族が、違和感を口にした。
「あいつ、あんな動きしてたか?」
視線の先。
煉は、いつも通り剣を振っている。
だがその軌道は、以前とは明らかに違っていた。
力任せではない。
無駄がない。
ただ、最短で、最適な軌道をなぞっている。
「気のせいだろ」
別の者が言う。
だが、その声にはわずかな引っかかりがあった。
違和感は、小さいほど消えにくい。
そしてそれは、ゆっくりと広がっていく。
---
やがて。
その“変化”は、誰の目にも明らかになる。
煉の周囲に、自然と空白が生まれていた。
近づく者がいない。
いや、正確には――
近づけない。理由は分からない。だが、本能が告げる。
あれは、触れてはいけないものだと。
「……気味が悪い」
誰かが呟く。
その言葉は、的確だった。
以前の煉にはなかった“何か”が、確実にそこにあった。
そう彼には“ある”才能があったのだ、、、
---
それでも、煉は何も変えなかった。
誰とも関わらない。
誰にも話さない。
ただ、剣を振る。
そして――
黒剣。
あの日、彼女から受け取ったそれは、いつしか煉の一部のようになっていた。
最初は分からなかった。
だが、振り続けるうちに理解していく。
この剣の性質を。
「……奪う、か」
ある時、ぽつりと呟いた。
きっかけは些細なものだった。
近づいてきた一人の魔族が、軽い気持ちで煉に手を出した。
いつも通りの“遊び”のつもりだったのだろう。
だが――
結果は、違った。
剣が触れた瞬間、その魔族の“何か”が抜け落ちた。
力の流れ。
存在の芯。
それが、黒剣へと吸い込まれる感覚。
「……なるほどな」
理解する。
この剣は、ただ斬るだけのものではない。
“奪う”。
それが本質だった。
そして――
煉は、その力を受け入れた。
---
それからの変化は、急激だった。
一振りごとに、確実に積み上がる。
奪った分だけ、自分の中に力が増えていく。
無理に求める必要はない。
ただ、振ればいい。ただ、奪えばいい。
それだけで、全てが満たされていく。
---
そして、ある日。
煉は立ち上がった。
それまでと、何も変わらない動作。
だが、その意味は決定的に違っていた。
「……そろそろ、いいか」
小さく呟く。
誰に聞かせるでもない言葉。
だがそれは――
終わりの合図だった。
---
最初の一人は、あまりにもあっけなかった。
かつて彼を嘲笑していた魔族。
偶然を装って近づき、すれ違いざまに黒剣を振るう。
気づいた時には、すでに終わっていた。
何が起きたのか理解する前に、意識が途切れる。
音もなく、倒れる。
「……一人」
感情は、なかった。
ただ、数を数えるように。
次。また次。一人、また一人と。
かつてあの日に関わった者たちを、順番に。
逃げる時間も、叫ぶ余裕も与えない。
気づいた時には終わっている。
それだけの差が、すでにあった。
---
やがて、異変に気づく者が現れる。
「……おい」
誰かが呟く。
「消えてる……?」
仲間が、一人ずついなくなっている。
だが、痕跡がない。
戦闘の跡もない。
ただ――
いなくなっている。
その事実だけが、じわじわと恐怖を広げていく。
---
そして、ついに、“それ”は、表に出る。
「……お前か」
ある魔族が、煉の前に立った。
かつて彼女を囲んだ者の一人。
その目には、わずかな警戒があった。
「最近のは、お前がやってるのか」
煉は答えない。
ただ、黒剣を握る。
その沈黙が、何よりの答えだった。
「……調子に乗るなよ」
殺気が、空気を震わせる。
だが。
その瞬間には、もう遅かった。
距離が消える。
視界から、姿が消える。
「――っ!?」
気づいた時には、背後。
「遅い」
低い声。
次の瞬間、意識が断ち切られる。
抵抗する間もなく、終わる。
---
それを境に、恐怖は一気に広がった。
「なんなんだ、あいつ……!」
「“最弱”じゃなかったのかよ……!」
否定。
拒絶。
理解できないものへの恐怖。
だが。
それでも、煉は止まらない。
一人、また一人と。関わった者を、全て、例外なく、感情を交えず、ただ、処理するように。
---
最後の一人が、膝をついた。
震えている。
かつて、煉を見下していた存在が。
「……なんでだよ」
かすれた声で言う。
「なんで、ここまで――」
その問いに。
煉は、初めて口を開いた。
「……理由がいるのか?」
静かな声。だが、その奥には何もない。
怒りも、悲しみも。
すでに、燃え尽きた後だった。
「お前らがやったことと、同じだ」
それだけ。言葉は短い。だが、それで十分だった。
次の瞬間。
終わりが訪れる。
---
静寂。
全てが終わった後。
煉は一人、立っていた。
かつて自分を取り囲んでいた世界の中で。
今は、誰もいない。
「……これで」
ぽつりと呟く。
だが、胸の奥は満たされていなかった。
復讐は終わった。全て、終わらせた。
それでも――
何も戻らない。
「……そうか」
理解する。
これは、終わりではない。
ただの通過点だと。
---
その時だった。
周囲の空気が、変わる。
気配。視線。
新たな存在が、現れる。
「……なるほど」
低い声。重圧。
明らかに格の違う気配。
「面白いものが出てきたな」
煉は、ゆっくりと顔を上げた。
その視線の先にいたのは――
魔界の頂点に立つ存在。
“魔王”。
その座にある者。
だが。
煉は、何も感じなかった。
恐怖も、畏れも。
ただ。
「……邪魔だな」
それだけだった。
「俺の支配に屈しろ、雑魚ども」




