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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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83、【帝国編】長い夜 ―― 戸惑う帝国




 帝都アルムの夜は、分厚い雲と工場区画から排出される黒い煙に覆われ、星の光すら届かない。しかしこの夜ばかりは、帝国の中枢に位置するいくつかの場所で、決して眠ることのできない人間たちが致命的な頭痛を抱えていた。





【中央魔導技術院 第十三解析室】


 深夜の解析室は、青白い魔導モニターの光と、技術者たちの重い溜息で満たされていた。

 帝国軍の全技術を統括する天才技術者、ライブラ・ヨーゼフは、目の前のメインスクリーンに表示された「千波領・親善使節団の車両」の内部スキャンデータを前に、両手で頭を抱え込んでいた。


「……主任。何度スキャン結果を再構築しても、同じです。これが、あの巨大な装甲車両の内部構造のすべてです」


 目の下に濃い隈を作った研究員が、虚ろな声で報告する。


 ライブラは充血した目で、その馬鹿げた解析結果を睨みつけた。

 そこには、帝国の最先端技術が弾き出した、恐るべき真実が記載されていた。


>装甲材質:著しく腐食した鉄板の寄せ集め

>内部機関:ひび割れた粘土と粗悪なネジの集合体

>積載物:大量に発酵した豚の脂および骨の抽出液。ならびに、異常な速度で増殖を繰り返す未知の植物の根


「馬鹿な……。あの巨大な質量を誇る車両が、ただの動く粗大ゴミだと言うのか」


 ライブラの声が震える。


「しかもこの積載物はなんだ。発酵した動物の脂と、異常な生命力を持つ植物……間違いない、これは極めて悪辣な『生物兵器バイオウェポン』だ。我々の生態系を、未知の病原菌と寄生植物で内側から破壊するための、汚るべきトロイの木馬に違いない!」


「し、しかし主任。対象の使節団は、これを『神の重機のサンプル』だと主張しておりますが」


「それが敵の高度な情報戦ブラフなのだ! あのような原始的な偽装に、帝国の技術の結晶であるスキャン回路が破られるはずがない! つまりこれが真実だ。奴らは、我々を嘲笑しているのだ。この発酵スープと気味の悪い植物の根で、帝都を沈めると宣言しているに等しい!」


 エリート技術者たちの間で、恐慌状態が伝播していく。彼らは、セシールが適当に送り込んだ「ただのラーメン屋台のデータ」を前に、勝手に存在しない陰謀論を構築し、見えない敵の底知れぬ悪意に震え上がっていた。






【帝国軍司令部 将校用私室】


 同じ頃。

 ブリギッテ少佐は、自室の簡素なベッドに腰掛けたまま、暗い部屋の中で一人、深く息を吐き出していた。


 彼女の胃袋には、先ほど「親善大使のゲストハウス」で摂取した、あの暴力的で圧倒的な熱量のスープと麺が、確かな存在感を持って居座っている。帝国の無味乾燥な配給食では決して得られない、細胞の隅々にまで染み渡るような原始的な活力。

 あの食べ物が、激務で摩耗していた彼女の心身を劇的に回復させたのは紛れもない事実だった。


 しかし、肉体が満たされ、理性が本来の鋭さを取り戻したからこそ、彼女の頭の中では警鐘が鳴り響いていた。


(……ヴィルヘルム。あなたは昔から、致命的な嘘をつくときだけ、右目が泳ぐ癖があったわ)


 ブリギッテは、暗闇の中で目を細めた。

 寄生植物による不治の病。千波領の特殊な土壌。残された命。

 大尉の口から語られた悲劇的なストーリーは、情に訴えかけるには十分だったが、論理的な裏付けは完全に欠落していた。何より、彼の頭頂部に生えていたあの植物は、軍のデータベースに存在するいかなる危険生物とも合致しない。

 あれは、どう見てもただの食用の野菜だ。


(彼らは、親善大使などではない。……何か、とてつもなく重大な目的を隠して、この帝都の心臓部に潜り込んだのだわ。そしてヴィルヘルムは、命を懸けてその片棒を担いでいる)


 ブリギッテは立ち上がり、軍用の端末にアクセスした。


 個人的な情に流されている場合ではない。帝国の治安を預かる将校として、あの不可解な集団の正体を、そして彼らが目指している「本当の目的地」を洗い出さなければならない。


 彼女の理知的な瞳が、モニターの冷たい光を反射していた。






【帝都アルム地下 中央統括モニタールーム】


 そして、事態は人間の思惑など及ばない場所で、最も致命的な段階へと移行しつつあった。


 帝都の地下深くに存在する、皇帝直轄の極秘モニタールーム。

 皇帝バイオガ・ドッテンマイヤーは、玉座に似た椅子から身を乗り出し、壁一面に広がる巨大なモニター群を血走った目で見つめていた。


「どういうことだ! なぜ急に、地下の旧施設が勝手に動き出している! 過日『神の重機』が突如千波領に現れ、あろう事か破壊されたばかりではないか!」


 皇帝の怒号が飛ぶ。


 通信越しに答える当直技術官の声は、もはや絶望に塗り潰されていた。


『陛下……私にも分かりません。数千年にわたり沈黙していた地下三千メートルの最下層ブロックにおいて、突如として管理者権限の書き換えが行われました。何者かが、システムの上位層から直接干渉を行っているのです!』


「何者かがだと!? 我々の防壁を破れる者がいるはずがないだろう!」


『防壁の問題ではありません。例えるなら……家の本来の持ち主が、合い鍵を使って堂々と正面から入ってきたようなものです。我々のシステムは、それを「正当な管理者」として認識してしまっています!』


 モニターに映し出される、帝都の遥か地下の光景。

 厚い岩盤の奥底で眠っていた三十六機の巨大な円筒形の構造物が、不気味な青白い光を帯び、脈打つように振動している。

 メインモニターの中央に、赤い文字列が容赦なく浮かび上がった。


>エラー:先行ユニットのロストを確認

>管理者権限の接近を検知。防衛システムを最大レベルに引き上げます

>全三十六機、環境最適化プロセスクリーニングのスタンバイ状態へ移行


「クリーニングだと……? 止めるのだ! 我が帝都の地下で、得体の知れない機械を勝手に暴走させるな!」


『不可能です、陛下! 我々のコンソールからの入力は、すべてシステムに拒絶されています。このままでは、あの重機群が世界中の魔素ごと、地上のすべてを吸い尽くしてしまいます。……陛下、世界の初期化が始まろうとしています!』


「ラグナロク……」


 皇帝バイオガは、言葉を失った。




 今宵、帝国全土が世界の終わりという悪夢に目を覚まされようとしていた。


 そして、その悪夢の元凶たちはというと――





「ねえ、やっぱりさっきのラーメン、ニンニク入れすぎたかな。地下の階段って空気こもるから、匂いで見張りに見つかったらどうしよう」


「案ずるな領主様。私の開発した『サイレント・スプラウト』の消臭効果を持つ亜種を燃やしながら進めば、匂いは完全に中和される」


「ザキさん、その煙のせいで余計に目立ってますわよ。もっと足元を照らしなさいな」


「皆様、お静かに。そろそろ地下五百メートルの第一検問所です。気を引き締めてまいりましょう」


 帝国のエリートたちが世界の終わりに震え上がっているまさにその時、彼女たちは呑気にニンニクの匂いを気にしながら、果てしない螺旋階段の途中で、ニンニクの匂いについて真剣に議論していたのである。




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