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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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79、修学旅行の夜は、まくら投げ必須!




 わたしが常々、大人という生き物の業の深さを感じていたのは「修学旅行」という制度だった。


 生徒にとっては友達と遊ぶためのイベントなのに、学校側は必ず「歴史や文化を学ぶ」だの「協調性を養う」だのと立派な目的を用意する。




 そして現在。

 わたしは国家規模でその建前を運用する羽目になっていた。


 やること自体は単純だ。

 帝都アルムに行って、地下三千メートルまで潜って、三十六機の巨大掃除機を止める。言葉にすると二行だけど、たぶん全部最悪だ。


 要するに不法侵入だ。バレたら外交問題とか戦争とか、その辺の嫌な単語がまとめて飛んでくる。


 当然、そんな過激な目的をバカ正直に掲げて国境を越えられるわけがない。


 そこでわたしたちが採用したのが、前回の泥んこ会談で帝国側と結んだ密約を最大限に悪用した、壮大なカバーストーリーだった。


 名目は「神の重機ダイソンの内部ギヤ特別サンプルを、千波領から帝国の技術院へ直接納品し、併せて技術交流を行うための親善大使の派遣」である。

 これなら堂々と帝都の門を叩けるし、なんなら向こうの経費で技術院のゲストハウスに宿泊することすら可能だ。平和を愛する親善大使が、夜中にこっそり地下の管理システムを破壊しに行くなどと、一体誰が想像するだろうか。大人たちの好きな「大義名分」の裏をかく、最高の悪知恵である。


 しかし、その親善大使の移動手段という点で、わたしたちは大きな妥協を強いられていた。




 千波領から帝都アルムへ向かう荒野の道中、わたしは薄暗く広い空間の中で、大きく溜息を吐き出した。

 この移動空間の正体は、わたしの半身たる戦車、チハたんの背後に連結された巨大な特製トレーラーの内部である。


 大国の首都に他国の戦車がそのまま乗り込むのは、いくら親善大使という名目でも威圧感が強すぎるし、余計な警戒を招く。そこで、チハたん本体の装甲には分厚いキャンバス生地を被せて「千波領の特製・大型農業用トラクター」に偽装。

 砲身も外して車内に収納し、代わりに前方には「千波領・親善使節団」と大書された幟まで掲げられていた。


 さらにその後部へ、ガメッチやリクーさんたちが難民キャンプの廃材と帝国の支給した装甲板をツギハギして急造した、箱型の巨大な牽引式トレーラーを接続したのだ。



 初めて中に入った時は驚いた。

 外から見ればただの荷馬車なのに、中は妙に広い。複数の人間が余裕で寝泊まりできる空間になっている。


 それだけならまだ「快適なキャンピングカー」で済んだはずなんだけど。問題は、異様にスペースをとっているキッチン設備。


 そう、広大な荷台スペースには、なぜか見慣れた木の板のカウンターが設置され、その奥には大鍋を熱するための魔導コンロ、さらには大量のどんぶりと自家製麺の木箱が天井近くまで整然と積み上げられている。


「領主様、外交交渉というものは、常に相手の胃袋を掌握した者が主導権を握るのです。この移動式もやしラーメン屋台セットは、帝都の技術者たちをこちらのペースに巻き込むための、もっとも強力な戦略兵器ですわ」


 出発前、財務監査官のエルサちゃんが、いかにこの屋台設備が今回の任務に不可欠であるかをそのように語っていた。

 彼女の強引な予算申請により、わたしたちの極秘潜入用トレーラーは、結果として「出張ラーメンの移動販売車」という、緊張感の欠片もない形態へと変貌を遂げてしまったのだ。行政アシスタントのエルドくんが、この屋台の改造費用の領収書を見て白目を剥いていた姿が脳裏に焼き付いている。




「千波様、スープの仕込みは順調ですわよ。帝国の安い豚骨と我が領の最高級小麦粉が、絶妙な調和を見せています」


 今回の作戦でデバッガーとして私の補佐を務めるセシールが、優雅な手つきで大鍋の蓋を開け、匂いを確認していた。彼女はなぜか白い割烹着姿である。

 元聖女が、今や移動式のラーメン屋でスープの灰汁取りに精を出している。運命というのは本当に性質が悪い。


「セシール、あんた完全に屋台のおかみさんだね。私たちがこれから行くのは地下三千メートルのデバッグ作業であって、帝都のラーメンフェスティバルに出店するわけじゃないんだけど」


「心得ておりますわ。しかし、人間の活動においてカロリーの安定供給は最優先事項です。それに、この閉鎖空間でひたすら車輪の摩擦音を聞き続けるだけでは、精神衛生上よろしくありません。美味しいスープの香りは、不安を和らげる効果があるのです」


 セシールの言う通り、前方のチハたんに強引に牽引されているこのトレーラーは、荒野の悪路を進むたびに激しく揺れ、常に重低音の振動と金属の軋む音が響き渡っていた。快適な旅行とは言い難い。



 車内の奥のスペースでは、今回の任務におけるもう一つの懸念材料たちが、静かに機を窺っていた。


 第一農区の長官にして、千波領の誇るマッドサイエンティストのザキさんと、農区の労働力として完全に洗脳されているヴィルヘルム大尉の二人である。

 大尉は、かつての古巣である帝国へ向かうというのに、一切の感傷を見せていなかった。彼は揺れる車内でも背筋を伸ばして直立不動の姿勢を保っているが、その頭頂部に貼られた緑色の湿布からは、一本の白いもやしの髭がひょろりと伸びており、それがコンパスの針のように、常に進行方向である西の方角を指して傾いている。


「大尉、具合はどう? 故郷に近づいて、頭のレーダーが痛んだりしてない?」


 わたしが声をかけると、ヴィルヘルム大尉は鋭い敬礼で応えた。


「問題ありません、領主様。帝都アルムの魔素濃度が濃くなるにつれ、私の頭皮の奥に根を下ろしたこの生体アンテナは、むしろ歓喜の震えを増しております。帝国の防衛網など、この自然界の真理の前では無力に等しい。私の頭が、必ずや地下への正しき道筋を照らしてみせましょう」


 頼もしい軍人の顔つきと言葉遣いなのに、内容が完全に狂気を帯びていて、もはやどこから突っ込めばいいのか分からない。

 帝国軍の偉い人が今の大尉を見たら、どう思うんだろう。怒る前に頭を抱える気がする。


「さて、領主様。そろそろ頃合いかと思われますな」


 ずっと黙り込んでいたザキさんが、不気味な薄笑いを浮かべながら立ち上がった。


 彼の手には、ガラス製の頑丈な容器が握られている。中には、千波領の黒い土と、帝国から届いた特級の魔導潤滑油、そして聖王国の最高級小麦粉が、おぞましいマーブル模様を描きながら層を成していた。


「帝国の国境を越える前に、我が最高傑作『サイレント・スプラウト』のフィールドテストを実行しておきたい。地下迷宮の複雑な地形を正確にマッピングするためには、この地上で一度、本物の魔素の流れに触れさせてナビゲーションの初期設定を完了させる必要があるのだ」


 出た。成功率三割の狂気の誘導システム。


 わたしは、大鍋の前でスープの味見をしていたセシールと顔を見合わせた。


「ザキさん、ここでやるの? 失敗したときの残りの七割は『地殻を破壊しながら無限増殖する』って言ってなかったっけ。いくらこのトレーラーが広いからって、こんな密室で暴走されたら、私たちもラーメン屋台も一瞬でスクラップなんだけど」


「案ずるな、領主様。私の計算によれば、失敗した場合の膨張率と、この車両の容積、そして皆様の戦闘力を総合的に判断した結果、全滅する確率はわずか十二パーセントまで低下している」


「十二パーセントも死ぬ確率がある実験を、笑顔で提案しないでよ!」


 わたしの抗議を無視して、ザキさんはガラス容器の蓋を開けた。

 そして、胸元から取り出した乾燥した大豆の種を一つ、その狂気に満ちた土壌の真ん中へと静かに押し込んだ。


 瞬間、空気が重くなった。

 ラーメンのスープの良い香りを一瞬で掻き消すような、濃密で暴力的な土の匂いが車内に充満する。


いでよ! 大国の利権を吸い上げ、神の重機の油を啜った真の生命の姿を」


 ザキさんが芝居がかった手つきで容器を掲げる。


 最初は何も起こらなかった。


 しかし、数秒の静寂の後、土の表面が不自然に盛り上がり始めた。

 ガラス容器の内側に、無数の白いひび割れのようなものが走り、それが急速に太さを増していく。根だ。種から発芽したもやしの根が、異常な速度で細胞分裂を繰り返し、土壌の栄養素を暴力的なまでに搾取している。


 次の瞬間、ガラス容器が破砕する鋭い音と共に、真っ白な太い触手のようなものが天井に向かって突き出された。


「おお……! 見よ、この生命の飛躍を! 帝都の方角はどちらだ! お前の導く先を私に指し示してみせろ!」


 ザキさんが狂喜の声を上げる。


 だが、その白い触手は、西を指すことはなかった。

 触手は空中でうごめくと、真っ直ぐに大鍋の前に立つセシールの方へと向きを変え、鞭のようにしなって襲いかかったのである。


「やはり、七割の失敗ルートを引きましたわね」


 セシールは微塵も慌てることなく、手にしたお玉でその触手の一撃を正確に受け流した。


 軌道を逸らされた触手は木箱の山に激突し、積み上げられていたどんぶりが宙を舞い、床に散乱する。


「推測するに、この植物は帝都の魔素よりも、大鍋の中にある豚骨スープの高カロリーを優先的な捕食対象として再計算したようですわ」


「貴様! 植物の分際で、我が軍の重要な補給物資であるラーメンのスープを狙うとは何事か! 恥を知れ!」


 突如として、ヴィルヘルム大尉が激高して飛び出した。

 彼は軍服の腰からサバイバルナイフを引き抜くと、熟練の近接戦闘の動きで巨大なもやしの触手へと肉薄する。植物相手に軍隊の白兵戦術を挑むその姿は、あまりにもシュールで涙を誘う。


「大尉、そいつは普通の敵じゃない! 細胞の再生速度が異常だ!」


 ザキさんの忠告も虚しく、大尉のナイフがもやしの表皮を切り裂いた直後、その傷口から緑色の粘液が噴き出し、二本に分裂した新たな触手が大尉の体を瞬時に巻き込んだ。


 あっという間に手足を縛られ、大尉はトレーラーの天井から逆さ吊りの状態で吊るし上げられてしまった。


「くっ……不覚! しかし領主様、ご安心を! 私の肉体がこの化け物の意識を引きつけている間に、スープの安全を確保してください!」


 逆さ吊りになりながらも、大尉は軍人としての使命感を爆発させて叫ぶ。彼の頭頂部の生体レーダーだけは、この緊迫した状況下でも律儀に西の帝都を指し続けていた。


「もう、何やってんのよ!」


 わたしは頭を抱えながら、足元に置いてあったカマヤツさんの長巻を手に取った。

 親善大使の移動車内で、自軍の農夫が開発した狂気の植物と死闘を繰り広げる。これが世界を救うための旅の始まりだというのだから、お母さんの残したデバッグ作業の難易度は理不尽極まりない。


 迫り来る三本目の触手に対し、わたしは体内の魔素を長巻の刃に集中させた。


 踏み込みと同時に、刃を横に薙ぐ。


 空気を裂く鋭利な一閃が、白い触手の束を根本から見事に切断した。

 青臭い植物の体液が車内に飛び散り、切断されたもやしの残骸が床でのたうち回りながら、やがて急速に萎縮して干からびていく。


 大尉を縛っていた触手も力を失い、彼は無残な姿勢のまま床へと落下した。




 車内には凄惨な植物の残骸と、ひっくり返った木箱、そして奇跡的に無事だった大鍋から漂う豚骨スープの匂いだけが残された。


「……検証完了だ。やはり、地上での初期設定は変数が多すぎる。このサイレント・スプラウトは、完全に密閉された地下空間で、かつ限定的な魔素の誘導路がなければ、ただの捕食兵器と化すことが証明された。非常に有意義なデータが得られたな」


 ザキさんは、床に散らばったもやしの残骸を手帳にスケッチしながら、一切の反省の色を見せずに満足げに頷いている。


「ザキさん、次やったらその手帳ごと車外に放り投げるからね」


 わたしは長巻についた緑色の粘液を布で拭き取りながら、冷酷な声で宣告した。


「千波様、お疲れ様です。スープは一滴もこぼれておりませんわ。大尉の献身的な囮行動が功を奏しましたね」


 セシールは割烹着の汚れを払いながら、大尉に向かって冷ややかな賛辞を送る。床に這いつくばった大尉は「帝国軍人の本懐です」と、虚ろな目で応えていた。


 疲労感と青臭い匂いに包まれながら、わたしは幌の隙間から外の景色を覗き込んだ。




 いつの間にか、窓の外の風景は荒涼とした平原から、黒い煙を吐き出す無数の煙突と、巨大な歯車が噛み合う要塞のような都市の輪郭へと変わっていた。

 空は重厚なスモッグに覆われ、機械の稼働する振動が大地を通してチハたんの装甲にまで伝わってくる。


 あれが神聖大八洲おおやしま魔導帝国の帝都アルム。

 あの地下には三十六機の鉄のクジラが眠っている。


 そしてわたしたちは今、ラーメンの匂いと植物の粘液にまみれた最悪のコンディションで、その心臓部へと乗り込もうとしているのだ。


「修学旅行のしおりには、この後の予定はどう書かれているんだっけ」


 わたしは独り言のように呟いた。


「技術院での歓迎レセプションのち、消灯時間までは自由行動。ただし、他国の設備を勝手に解体・ハッキングすることは禁止事項となっておりますわ」


 セシールが、見えないしおりを読み上げるように答えた。


「なるほどね。じゃあ、校則違反の準備でも始めようか」


 わたしは薄笑いを浮かべ、迫り来る帝都の巨大な正門を見据えた。

 大人たちの用意した退屈な大義名分をすべてひっくり返し、お母さんの残した最悪の宿題を終わらせるための、最低で最高の課外授業が、いよいよ幕を開けようとしていた。




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