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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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73、豪吸! お掃除ロボットの来襲




 パソコンとかスマホの調子が悪くなった時、一番手っ取り早くて、一番やりたくない解決方法がある。


「工場出荷時の状態に戻す」だ。


 要するに初期化とか、フルフォーマットとか呼ばれてるアレね。


 これを実行すると、それまで何年もかけてコツコツと撮り溜めてきた思い出の写真も、苦労してダウンロードしたお気に入りのアプリも、課金に課金を重ねたゲームのセーブデータも、すべてが虚無の彼方へと消え去り、購入当時の冷淡な機械の塊へと戻ってしまう。

 あの虚無感は経験した者にしかわからない。


 そして今、わたしの目の前にあるのは、その初期化を惑星規模でやらかそうとしている最悪の案件――お母さんが置いていった史上最大の消しゴムと言ってもいいものだった。



 チハたんの装甲の上で、わたしは手元の器に残ったスープを飲み干し、深く、長い溜息を吐き出した。口の中に広がるニンニクの香りとキメラ肉の余韻が、これから始まるだろう厄介事の深刻さに、妙にのんきな余韻を残していた。


「……ねえ、チハたん。もう一度確認するけど、その『強制初期化プログラム』って、具体的に何をするわけ?」


 わたしが尋ねると、チハたんのハッチからひょっこりと顔を出したセシールが、わたしの代わりに青ざめた顔で答えた。


「千波様、状況は貴女が考えているよりも遙かに深刻です。チハたんのデータと、わたくしが教会の奥底で見てきた古代の神聖文字の記述を照合した結果……そのプログラムの名称は『プロジェクト・クリーンアップ』。地上に存在する、システムが予期しない『不適合建造物』および『余剰人口』の物理的排除を目的としています」


「不適合建造物って、具体的には?」


「ネピア聖王国の聖堂も、神聖大八洲魔導帝国の帝都アルムも、そして……貴女が苦労して作り上げたこの千波領の難民キャンプも、すべて含まれますわ」


 セシールは、まだキメラ肉の脂が薄く残る唇を噛み締めた。


「空のマザーシップEVEは、貴女が管理者権限を手に入れたことで、『地上の開拓作業が次の段階に移行した』と判断したのです。つまり、新しい家を建てるために、まずは地表にはびこる『雑草』と、崩れかけた『古い土台』をすべてブルドーザーで更地にする……それが、このプログラムの本質です」


「お母さん……あんた、本当にワンオペ残業の弊害で行き着くところまで行っちゃってたんだね……」


 わたしは頭を抱えた。

 仕事が忙しすぎて、机の上の書類が散らかったから全部ゴミ箱に捨てる、みたいな極論を、星一つ分の規模で実行しようとしているのだ。

 地質学者としては天才だったくせに、母親としてはわりとポンコツだったお母さんの悪いところが、こんな形で合体するとは思わなかった。

 娘として本当に勘弁してほしい。


『千波。さらに悪い報告があります。帝都アルムの地下で起動した初期化プログラムは、すでに具体的な「物理的端末」を地表に向けて射出しました』


 チハたんの電子音声が、容赦なく現実を突きつけてくる。


『広域センサーが、帝都方面からこちらに向かって移動する、極めて巨大な熱源を捕捉。移動速度は時速約四十キロメートル。直線距離で計算すると、あと三日と十二時間で、この千波領の防衛圏内に到達します』


「物理的端末って、お掃除ロボットみたいなやつ?」


『規模としては、その表現で概ね間違いありません。ただし、搭載されている武装は、地表の岩盤を掘削するための超高出力レーザー、および構造物を粉砕するための質量兵器です。全長、約百二十メートル。旧時代の環境開拓用自動重機――コードネーム【ダイソン】』


「ネーミングセンスが直球すぎて、前世の家電メーカーから訴えられそうだよ!」


 わたしは思わず砲塔の上でツッ込みを入れた。


 全長百二十メートルの自動重機。そんなものが、この泥だらけの開拓村にやってきたら、ザキが狂気とともに育てた『超・もやし』の畑も、エルサちゃんが仕切る配給所も、一瞬でルンバに吸い込まれるホコリのように消え去ってしまう。


「……戦うしかないね」


 わたしは、足元に置いてあったカマヤツさんの長巻を拾い上げ、肩に担いだ。

 せっかく一万五千の軍隊を追い払って、もやしラーメンという究極の娯楽を手に入れたのだ。ここで世界のシステムごときにすべてを台無しにされてたまるか。


「セシール、村の幹部を全員集めて。タゴサックさんには警備隊の最高警戒態勢、ガメッチにはスクラップの準備、あと……ザキさんには、ヴィルヘルム大尉の頭からちゃんともやしを収穫してから会議室に来るように伝えて」


「了解しました、千波様。わたくしも、あの素晴らしい『らーめん』の味を歴史の闇に葬るわけにはいきません。デバッガーとしての全能力を懸けて、そのお掃除ロボットとやらをハッキングして見せますわ」


 セシールが、かつての聖女とは思えないほど俗世的な理由で力強く頷いた。




 こうして、チハたんのハッチを臨時のホワイトボード代わりにした、前代未聞の『千波領最高首脳泥んこ会議』が緊急招集されることとなったのである。

 集まった顔ぶれを見た瞬間、ダイソンとは別件で頭が痛くなった。


「――というわけだから、あと三日半で全長百二十メートルの超巨大ルンバがこの村を吸い込みに来ます。みんな、何かいいアイデアはある?」


 わたしがホワイトボード(チハたんの側面に泥で書いたダイソンのポンチ絵)を指差しながら切り出すと、最初に手を挙げたのは行商人のガメッチだった。彼はそろばんをパチパチと猛烈な速度で弾きながら、目をドルマークの形に輝かせている。


「領主様、その『だいそん』とかいう鉄のクジラ、全身が超古代の希少な金属でできているわけですな? でしたら話は簡単です。村の入り口に巨大な落とし穴を掘り、底に鉄製のトゲを敷き詰めて丸ごといただきましょう! あれだけの質量をスクラップにして他国に売り捌けば、我が千波商会は一生遊んで暮らせる富を――」


「ガメッチ、相手は時速四十キロで進む百二十メートルの質量兵器だよ? 落とし穴なんて一瞬で埋まって、そのまま通過されるのがオチだって。却下」


 夢を砕かれたガメッチが「私の純金ロードが……」と机に突っ伏す。


 すると今度は、初代財務監査官のエルサちゃんが、整然とした文字で書かれた村の在庫表をピシッと叩いた。


「領主様、物理的な迎撃が不可能であるならば、避難計画を優先すべきですわ。幸い、ザキ卿の狂気によって、我が村には現在、通常の六百パーセント増しの『超・もやし』が備蓄されています。これを一人につき三キロずつ背負わせれば、一ヶ月はどこへ逃げ延びようとも餓死することはありませんわ!」


「お姉ちゃん、僕もうもやしは嫌だよぉ……。昨日からお通じが全部白くて細長いんだ……」


 エルサちゃんの弟のサムサくんが、半泣きで姉の服の裾を引っ張っている。確かに、もやしを背負って世界を放浪する難民キャンプなんて、絵面的にシュールすぎて宗教画にも残せない。


「いや、逃げる必要などない」


 重々しい声で会議室の空気を震わせたのは、もちろん農民の王、ザキであった。

 彼の背後には、頭皮にうっすらと緑色の湿布を貼られたヴィルヘルム大尉が、借りてきた猫のように小さくなって座っている。


「我が農業理論の粋を集めた『超・もやし』の生命力を侮るな。あの鉄の怪物が迫る平原一帯に、もやしの種子を限界まで散布するのだ。奴の進行スピードよりも速く、地表を白い触手もやしで埋め尽くし、その圧倒的な植物的質量によって、駆動輪を完全にロックさせて泥の養分にしてくれる! さらには、奴の吸引口に入り込んだ『超・もやし』が内部配管を占拠し、最終的に収穫期を迎える。これが圧倒的勝利への道筋だ」


「ザキさん、それ、ダイソンを止めた後に村がもやしに滅ぼされる未来しか見えないから。っていうか、ヴィルヘルム大尉、なんでそんなに遠い目をしてるの?」


 わたしが話を振ると、元・帝国軍大尉は虚空を見つめたまま、乾いた声で呟いた。


「……私の祖国は、あの鉄の怪物を『神機』と呼び、畏怖していました。それが、まさか異世界の辺境で、もやしの絡みつきによって撃破されるかもしれないなどと……。私は、何の目的で軍人になったのでしょうか……」


 ザキさんによって、プライドを完全に破壊されたヴィルヘルムの姿に、警備隊長のタゴサックさんが「まぁ、元気出せよ」と巨大な手で肩を叩いている。


 結局、会議は一時間におよぶ不毛な押し問答の末、ハッチから顔を出したチハたんの、もっとも冷徹な一言によって結論づけられた。


『全員の意見を総合的に分析しましたが、論理的生存確率はゼロパーセントです。ですが、もっとも非論理的で脳筋な千波の突撃案――当機が前面で盾となり、あなたが奴の『吸引口』から内部のメインコアへ突撃、直接物理フォーマットをかけるのが、成功率の高い手段であると愚考します』


「だよねえ! 結局、わたしの『外がダメなら中でいいんじゃない。四肢真鍮の牛作戦』がすべてを解決するんだよねえ!」


『どこのサイボーグ牛ですか! それも言うなら“獅子身中の虫”です。もっとも使い方が間違っていますが』


「いいの! 細かいこと気にしてるとおっきくなれないよ」


 わたしは、机代わりにしていたチハたんの装甲をバシッと叩いて立ち上がった。


 みんなの意見は全く役に立たなかったけれど、不思議とやることは決まった。誰もこの泥だらけの村を、そしてもやしラーメンの味を諦める気はないのだ。


「よし、作戦決定! ガメッチは壊れた後のスクラップ回収用の大八車をありったけ用意! エルサちゃんは万が一のための避難経路の確保! ザキさんと獣人兄弟は、チハたんの突撃の進路を確保するために周囲の露払いをお願い! お母さんの残したお掃除ロボットに、家主の娘の恐ろしさを教えてやろうじゃないの!」


「「「おおおおお――!!」」」


 緊張感があるのかないのか分からない、けれど圧倒的な熱量を持った歓声が、夕暮れの千波領に響き渡った。




 ――それから、三日後。


 千波領の西平原、かつて帝国軍の戦車がひっくり返っていたあの荒れ地の最前線に、わたしたちは布陣していた。

 わたしの横には、主砲の出力を限界まで高めてアイドリング音を響かせるチハたん。

 その後ろには、タゴサックさん率いる獣人警備隊と、なぜか「もやし」を食べて筋肉が異常に肥大化したサンダー&ライガーの獣人兄弟。

 さらには、自らのアイデンティティである「帝国の科学」が、ただのお掃除プログラムに踏み潰されるのを阻止するために、ザキの地獄の特訓から一時的に解放されたヴィルヘルム大尉も、ボロボロの軍服を着て突撃銃を構えていた。頭皮には、まだ微かにもやしの根のようなものが残っているが、その目はかつてないほど真剣だ。


「……来たぞ」


 タゴサックさんが、地鳴りのような重低音を察知して声を潜めた。


 地平線の向こう側から、それ(・・)は現れた。


 それは鉄のクジラ、――いや超巨大な掃除機のノズルが歩いているような、おぞましくも無機質な形状をしていた。

 車輪ではなく、数十本の巨大な金属製のマルチ脚で大地を不気味に蠢きながら踏み締め、前面にある巨大な吸引口からは、周囲の空気と魔素を凄まじい勢いで吸い込んでいる。


 その背後には、彼が通り過ぎた後の、草一本すら残らない完璧に平らに均された「不毛の直線道路」が、どこまでも続いていた。


 ダイソン。

 お母さんが残した、この世界で一番強力で、一番迷惑な自動清掃ロボット。


『警告。対象オブジェクトへのワイヤレス通信を試みましたが、最上位の初期化シークエンスが実行されているため、一切のコマンド入力を受け付けません。物理的な内部中枢への接触、あるいは動力源の直接破壊を推奨します』


 チハたんの冷徹な分析。


「つまり、力技で止めるしかないってことね。相変わらず、この世界のデバッグ作業は筋肉を要求するなあ!」


 わたしは、カマヤツさんの長巻を正面に構え、魔素の出力を限界突破の領域へと引き上げた。全身を覆う光が、迫り来る巨大な鉄の怪物の影を、鮮やかに照らし出す。


「みんな、行くよ! うちの畑とラーメンを、あの掃除機に吸い込ませるんじゃないよ! 全軍、突撃――!」


 わたしの号令とともに、千波領の泥まみれのサバイバーたちは、神の残した最大の遺産に向かって、猛然と走り出した。


 ラーメンのために巨大お掃除ロボと戦うことになるなんて、前世でも想像したことはなかった。


 そんな馬鹿みたいな戦いが、いよいよ始まった。




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