幕間:母の航海日誌(深宇宙探査船『EVE』メインサーバー内・未暗号化領域より抽出)
【航海日誌:軌道到達1日目】
ついに見つけた。
二つの太陽を周回する、地球によく似た青い星。
大気成分、重力、気温。すべてが居住可能レベルの条件を満たしている。
けれど……もう、地球に帰る手段はない。この船には、もう空間を跳躍する力は残されていないから。
千波。智輔。
お母さんは、ここに残るね。
あなたたちの名前から一文字ずつ取って、この星を『千輔』と名付けることにした。
せめて、あなたたちの名前を、この宇宙の片隅に刻んでおきたいから。
【航海日誌:軌道滞在412日目】
地質と大気の詳細スキャンが完了した。
大気中には人体に有害な成分——この船のデータベースで言うところの「瘴気」が充満している。
だが、驚くべきことに、瘴気の薄い高山地帯にヒト型の知的生命体を発見した。彼らの遺伝子構造は、私たち地球人とほぼ同じだ。なぜこんな宇宙の果てに人類種がいるのかは分からない。
けれど、彼らは飢えと寒さに震え、今にも滅びようとしている。
私には、彼らを見殺しにすることはできない。
【航海日誌:軌道滞在850日目】
探査船の環境改造プラントを起動。
大気中和と生体強化を目的としたナノマシンの散布を開始した。艦のAIはこれを『恒久的な環境調整システム』と呼ぶが、地表の彼らには、空から降る魔法の光のように見えるだろう。
さらに、瘴気への耐性を高めた開拓用バイオロイドの培養も軌道に乗った。厳しい環境に適応させるため動物の遺伝子を組み込んだ結果、少し耳や尻尾が目立つ姿になったけれど……愛嬌があって可愛い。千波が好きそうな『もふもふ』だ。
彼らが、人類の良き隣人となってくれることを祈る。
【航海日誌:軌道滞在1530日目】
バイオロイドたちと、土木工事用の自律型重機(AI搭載)を地表へ降下させた。
人間たちとバイオロイドが手を取り合い、瘴気を払いながら森を切り拓いている。重機が大地を均し、川を引く。
彼らが笑い合う姿をモニター越しに見ていると、なんだか大家族の母親になったような気分だ。
千波も、智輔も、地球でこんな風に誰かと笑い合ってくれているだろうか。
私は……私の子供たちに会いたい。触れたい。抱きしめたい。
【航海日誌:軌道滞在4088日目】
地上は緑に溢れ、文明と呼べるものが育ち始めている。
彼らは空を見上げ、私を『女神』と呼んで祈りを捧げているらしい。
違うのよ。私はただの、地球の地質学者。そして、二人の子供の母親に過ぎない。
でも、彼らが平和に生きていけるなら、女神でも何でもいい。
【航海日誌:軌道滞在4102日目】
……信じられない。
長距離センサーが、巨大な小惑星群を捉えた。軌道計算の結果は……最悪だ。
このままでは数日後に星と衝突し、地表の生態系は完全に破壊される。
せっかく育ったあの子たちを、この星を、見殺しになんてできない。
艦の主砲と、残存する全エネルギーをバイパスして、迎撃システムを構築する。
艦長。みんな。ごめんなさい。あなたたちの命と引き換えに残してくれたこの船を、私は勝手に使わせてもらうわ。
【航海日誌:最終記録】
迎撃は……半分成功し、半分失敗した。
最大の破片は砕いたけれど、無数の隕石が火の雨となって地表に降り注いでしまった。
地上の重機やバイオロイドたちに、人間を連れて地下シェルターへ避難するよう最終コマンドを送信した。どれだけの命が助かるかは、分からない。
でも、彼らならきっと、灰の中からでも立ち上がってくれると信じている。
探査船のメインエネルギーは、これで完全に枯渇した。
生命維持装置を最低限残し、私も、この船も、深い休眠状態に入る。
次に目覚める日が来るのかは、分からない。
改造されたこの身体が、どこまで保つのかも。
千波。智輔。
お母さんは、最後まで頑張ったよ。
あなたたちに恥じないように、一つの星の命を守ろうとしたよ。
もし、いつか奇跡が起きて、あなたたちがこの空を見上げることがあったなら。
どうか、泥だらけになっても、たくましく生きて。
笑って生きて。
おやすみなさい。
私の、愛する子供たち。
軌道到着までのお話し
短編『愛、光よりも遠く』
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