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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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68、世界スケールの遺産相続




 親から子への遺産相続というものは、往々にして骨肉の争いを生む原因となるらしい。


 前世のテレビのワイドショーでは、広大な土地や株式、あるいは美術品を巡って、残された親族たちが弁護士を挟んで泥沼の争いを繰り広げる様が、面白おかしい娯楽として消費されていた。


 わたし自身はごく一般的な家庭の娘であり、仮に両親に万が一のことがあっても、相続するものといえば田舎の古い一軒家と、使い込まれたファミリーカー、あとはせいぜい少しばかりの貯金くらいだろうと思っていた。相続税の計算で頭を悩ませるような金持ちの苦労とは無縁の、極めて平和な人生設計を思い描いていたのだ。


 だが、人生の、いや宇宙の悪意というものは、わたしの想像力を軽々と凌駕してくる。


 まさか自分が、異世界の森の奥深くで、二つの太陽が照らす『惑星一つ』を丸ごと遺産として押し付けられる羽目になるなど、どんな有能な弁護士や税理士にも予測不可能だと思う。。


 意識の海に強制的に引きずり込まれたわたしの視界は、白一色に塗り潰されていた。


 先ほどまで森の夜気に包まれていたはずの皮膚の感覚は消え失せ、重力すらも曖昧な、純粋なデータの空間。

 その真っ白な虚無の中心に、不格好な事務机と、背もたれの壊れたパイプ椅子がポツンと置かれていた。


 そして、その椅子に深く腰掛け、眉間に深い皺を寄せて分厚い紙の束を睨みつけている一人の女性の姿があった。

 白衣はシワだらけで、ポケットには赤や黒のボールペンが乱雑に突き刺さっている。

 無造作に束ねられた髪の毛の隙間からは、極度の疲労を示すような深い隈の落ちた目が覗いていた。


 陸路むつろ知世ともよ


 わたしがまだ小学生の頃、地質調査に出かけたきり消息を絶ったわたしの、母親である。


「……お母さん」


 わたしがその名前を口にしても、彼女は顔を上げなかった。


 ただ、手元の書類に何かを書き込みながら、ひどく掠れた、それでいて懐かしい声で独り言のように語り始めた。


『この記録が再生されているということは、私の生体ID、あるいはそれに極めて近い波長を持つ者が、この端末に物理的に接触したということね』


 それは、対話ではなかった。

 過去のどこかの時点で記録された、ホログラムのような一方的なメッセージ。


 それでも、その不機嫌そうな口調と、早口で専門用語を並べ立てる癖は、わたしの記憶の中にある母親の姿と全く同じだった。


『状況を簡潔に説明するわ。北海道での地質調査中、私は間違ってこの深宇宙探査船に連れ去られたの。乗員たちは、私を帰そうと無理なワープをした結果、事故で飛ばされ宇宙船も大破。でも残った乗員のおかげで私だけはこの星系に到達したけれど、軌道上に止まるのが限界だった。そして、眼下の惑星には、劣悪な環境で死にかけているヒト型の生命体がいた。……ええ、そうよ。ただの地質学者が、星の環境改造なんていう神様みたいな真似事に手を出したのよ』


 彼女は、自嘲するように口の端を歪めた。


『大気を中和するためのナノマシンを散布して、環境開拓用の生体労働力を設計して、土木作業用のAIを大量に降下させたわ。……すべては順調だった。この星を、私の愛する二人の子供の名前をとって「チホ(千輔)」と名付けるくらいには、浮かれていたのよ』


 チホ。千波と、弟の智輔ともすけ


 そんな単純な理由で星に名前をつけるなんて、いかにも仕事人間で、家族への愛情表現が不器用な母らしい。


 だが、母の顔から微かな笑みが消え、その表情は深い苦悩の色に染まっていった。


『でも、予想外の隕石群がこの星を襲った。私は探査船の全エネルギーを兵器システムに転用して迎撃したけれど、防ぎきれなかった。地表はめちゃくちゃになって、この星の生命体の大半が死滅したわ。……私は、自分の責任をとらなければならない。船のメインコンピューターと自分の神経系を強制的に同化させて、かろうじて生き残った地上の生命体を保護するため、長期的な維持システムを構築』


 彼女は、椅子から立ち上がり、虚空を見つめた。


 その視線の先には、わたしがいる。だが、彼女の目はわたしを通り越して、遥か遠い未来の可能性を見つめているようだった。


『私が深い休眠に入った後、この星がどうなるかは分からない。人間たちが独自の歴史を歩み、私という管理者を不要としてくれるのが一番の望みよ。でも、もしも彼らが道を誤り、この星のシステムが破綻するような事態に陥った時のために、この管理者権限の譲渡プロトコルを残しておく』


 母は、ふっと息を吐き出し、いつもの、家でわたしや弟を叱る時のような、少しだけ困ったような、そしてひどく優しい顔になった。


『千波。智輔。あなたたちがこれを聞いている可能性は、天文学的な数字よりも低いはずだけど。……ごめんなさいね。お母さん、また残業になっちゃった。晩ご飯は、冷蔵庫の中のものを適当に温めて食べてね。戸締まりだけは、しっかりするのよ』


 そこで、映像は静かに途切れた。


 白い空間が崩れ落ちる。


 鼻の奥が強烈にツンとして、視界が涙で歪んだ。

 なんて自分勝手で、なんて無責任な遺言だろうか。


 ただの地質学者のくせに、星一つ分の命を背負い込んで、自分自身を巨大な機械の部品に変えてしまうなんて。


 家族を放ったらかしにして、こんな遠い宇宙の果てで、一人きりで何千年も休眠し続けるなんて。


「……馬鹿じゃないの。お母さんの馬鹿」


 わたしは、データの海の中で、ただ子供のように泣きじゃくった。

 怒りと、悲しさと、そして、どうしようもないほどの愛おしさが、胸の奥で爆発していた。


 どれだけの時間が経ったのか。


 鼻孔を突く強烈な焦げ臭さと、夜の森の冷たい空気が、わたしを現実世界へと引き戻した。


 目を開けると、そこは依然として降下ポッドの落ちた巨大なクレーターの底だった。


 わたしの頬には生温かい涙の跡が残っており、その涙を、泥だらけの袖口で不器用に拭い取ってくれている手があった。


「……生体情報の完全な同期を確認。精神構造への致命的なダメージは、見受けられません」


 セシールだった。


 彼女は心配そうな、それでいてどう表情を作ればいいのか分からないといった不器用な顔で、わたしを覗き込んでいた。


「大丈夫だよ、セシール。ちょっと、お母さんの小言を聞かされてただけだから」


 わたしは無理に笑顔を作り、大きく深呼吸をした。


 クレーターの底から見上げる夜空には、相変わらず冷たい光を放つあの星が浮かんでいる。


 あれは遺跡でも女神でもない。残業続きで居眠りをしている、わたしの母親だ。


『千波。状況の感傷的解釈を中断し、直ちに現実の脅威へ対処することを強く推奨します』


 チハたんの電子音声が、容赦なく空気を切り裂いた。


「脅威って、何。また厄介な難民でも来たの?」


『そのような小規模なものではありません。当機に譲渡された広域監視システムのデータによれば、現在、千波領に向けて二つの巨大な軍事集団が急速に接近中です』


 チハたんの車体側面から、光の粒子で構成された立体的な地図が投影される。

 それを見て、わたしとセシールは同時に息を呑んだ。


『東方の街道より、ネピア聖王国の正規軍が侵攻中。純白の装甲を纏った聖騎士団に加え、教会の地下深くに封印されていた巨大な大理石の魔像群が多数確認できます。総数、およそ五千』


「神を騙る巨大な泥人形……『断獄の巨神兵団』まで持ち出してきたというのですか。異端審問局の連中、完全に正気を失っています」


 セシールの顔色が悪くなる。


『さらに、西方の平原より、神聖大八洲魔導帝国の機甲師団が進軍中。先日の先遣隊とは比較にならない規模の重装甲無人戦車群、および空中からの広域爆撃ドローン部隊。総数、およそ一万』


「ちょっと待って。足して一万五千の軍隊が、なんでこんな何もない開拓村に向かってきてるわけ!?」


『何もないわけではありません。この降下ポッドが地表に衝突した際、星全体を覆う魔素ネットワークに対して、極めて強烈なエネルギーパルスが発生しました』


 セシールが、忌々しそうに説明を引き継ぐ。


「教会も帝国も、この莫大なエネルギーの発生源が『女神の権限』そのものであると直感したのでしょう。どちらが先にこのポッドを手に入れるか。それは、この世界の覇権を握ることを意味します。彼らは、手段を選ぶ余裕を完全に失ったのです」


 最悪のタイミングだった。


 世界の真実を知り、母親の愛情に触れて涙した直後に、その母親の残した遺産を巡って、血に飢えた狂信者と軍国主義の亡者どもが、一万五千という圧倒的な暴力とともに押し寄せてこようとしているのだ。


 彼らが村に到達すれば、どうなるか。


 エルサちゃんが苦労して整えた配給の列も、リクウさんが作った闇市のテントも、ザキやタゴサックさんたちが耕した畑も、すべてが聖騎士の馬蹄と帝国のキャタピラの下に踏み躙られる。


 逃げ道はない。村にいる数千の難民たちは、世界大戦の最前線という巨大なすり鉢の底で、挽肉にされるのを待つしかない。


「……冗談じゃない」


 わたしは、強く拳を握り締めた。


 腹の底から、マグマのような怒りが沸々と湧き上がってくるのを感じた。


「宗教だの、帝国だの、覇権だの、そんなくだらない理屈のために、わたしたちの居場所を壊そうっていうの」


 わたしは降下ポッドの接続端子からケーブルを抜き取り、チハたんの装甲の上に飛び乗った。


 カマヤツさんの長巻を空高く掲げ、魔素の出力を限界突破の領域まで引き上げる。


 全身を覆う光が、夜の闇を真昼のように照らし出した。


「チハたん。お母さんからの遺産、あんたに全部ダウンロードしたよね」


『肯定します。マザーシップEVEのサブマスター権限、および地表の環境制御システムに対する一時的なアクセス権を完全に掌握しました』


「よし。なら、やれることは一つだ」


 わたしは、凄絶な笑みを浮かべた。


 この世界が、ただのSF的な環境改造の箱庭であり、すべてがシステムの上の出来事であるならば。


 管理者権限を持った人間がやるべきことは、極めてシンプルだ。


「セシール、チハたんに乗りなさい。あんたの演算能力も全部借りるよ」


「……本気ですか、千波。相手は一万五千。いくら管理者権限があるとはいえ、物理的な物量の差は覆せません。常識的に考えれば、ここはポッドを放棄して難民とともに撤退を……」


「常識なんて、この村には最初から存在しないの!」


 わたしは、論理的な計算で顔を青ざめさせている元・聖女の襟首を掴み、チハたんのハッチの中へと強引に押し込んだ。


 そして、自分は砲塔の上に仁王立ちになり、前方の暗闇を睨みつけた。


「いい? ここは、お母さんが自分の命を削って作ってくれた、大切な箱庭なの。そこで勝手に泥遊びをして、他人の畑を荒らそうとする迷惑なガキどもには、家主の娘として、世界一やかましいお説教を食らわせてやらなきゃ気が済まないんだよ!」


 わたしの言葉に呼応するように、森の奥から無数の光の粒が湧き上がってきた。


 えんやこらさんズだ。


 いつもはおちゃらけた動きをしている彼らが、今は統率の取れた軍隊のように整列し、チハたんの周囲に巨大な光の渦を作り出している。


 環境保全システムである彼らもまた、管理者権限の元に完全に制御下に入ったのだ。


『千波。当機の主機出力、設計限界の五百パーセントを突破。全武装、および広域システム干渉モード、オンライン。いつでもいけます』


 チハたんのエンジン音が、これまでに聞いたことのないような、空間そのものを震わせるような重低音の咆哮へと変わった。


「目標、東の狂信者と、西の鉄屑ども。両方まとめて相手にしてやる!」


 わたしは、夜空の二つの月に向けて、高らかに宣戦布告の号令を下した。


「千波領の領主権限において命じる! 全速前進、チハたん! 世界のバグを、物理でデバッグしに行くよ!」


 鋼鉄の履帯が大地を噛み砕き、爆発的な加速とともに、わたしたちは破滅の迫る戦場へと向かって飛び出した。


 神様も皇帝も関係ない。


 ここはわたしたちの日常であり、お母さんの残した大切な庭なのだ。


 土足で踏み込んでくる馬鹿どもには、泥の味と鉄の硬さを、骨の髄まで教えてやる。




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