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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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67、ダイヤルアップして手を止めた




 未知の食材に対する人間の探求心というのは、時に狂気を孕んでいる。


 たとえば、最初にナマコを食べようと思った人間は、どんな精神状態だったのだろう。あのグロテスクな黒い塊を海から拾い上げ、口に入れようと決断したその勇気は、人類の偉大な一歩として称賛されても良いと思う。


 そして今、この千波領でも、それに匹敵する食の革命が起きていた。


 先日、教会の暗殺者が自暴自棄になって召喚した巨大なキメラ魔獣。狼と熊と大蛇を瘴気で強引に継ぎ接ぎしたようなあの歩く悪夢は、わたしと獣人兄弟の手によって首の骨をへし折られ、ただの巨大な肉の塊へと成り下がった。


 瘴気が完全に抜け落ちたのを確認するや否や、エルサちゃんとリクウさんの主導により、村の総力を挙げた解体作業が開始された。そしてその日の夜には、村の広場には巨大な焚き火がいくつも焚かれ、難民キャンプ史上空前の「魔獣焼肉パーティー」が開催されたのである。


 で、結論から言えば、キメラの肉はとっても美味しかった。


 熊の部位は濃厚な脂の甘みがあり、狼の部位は引き締まった赤身の旨味が凝縮されており、蛇の部位に至っては極上の白身魚のような淡白な味わいがあった。


 美味しそうな匂いを放つお肉の塊を前にしては、宗教的教義も、国家の誇りもまったく意味を成さない。


 元・教会の異端審問官だったザキも、元・帝国軍将校のヴィルヘルムも、口の周りを脂だらけにして無言で肉を貪っていた。

 さらには、完璧なシステムの一部を自称していた元・聖女のセシールに至っては、両手に肉の塊を持ち、涙を流しながら咀嚼を繰り返すという、野生動物さながらの適応力を見せつけていた。


 美味しいご飯を食べれば、人は皆、幸せな霊長類に戻る。資本主義と社会主義が奇跡の融合を果たしたこの村は、ついに食糧問題まで暴力的な手段で解決してしまったのだ。



 そんな狂騒の焼肉パーティーから数日が過ぎた夜。

 わたしは一人、静寂を取り戻した村の中央広場で、チハたんの冷たい装甲の上に寝転がり、夜空を見上げていた。


 満腹感は、人間の思考を極めて哲学的にするみたい。


 難民は押し寄せてくるし、暗殺者は来るし、怪獣は暴れるしで、当初思い描いていた「のんびりスローライフ」からは銀河系三個分くらい遠ざかってしまった気がする。


 でも、こうしてお腹を満たし、静かな夜風に吹かれていると、この泥臭くてやかましい日常も、悪くないなって思えてくるから不思議。


「……平和だねえ」


 わたしがぽつりと呟くと、チハたんのアイドリング音が微かに低くなった。


『千波。あなたの言う平和の定義は、極めて局所的かつ一時的な状態を指していると推測します。現在も周辺諸国からの難民の流入は続いており、村の食糧自給率はキメラの肉というイレギュラーな幸運によって辛うじて保たれているに過ぎません』


「わかってるよ。でも、今この瞬間だけは、何も起きてないじゃない。こういう何もない時間を、人間は平和って呼ぶの。数字やパーセンテージで計れるものじゃないんだよ」


『人間の情緒的解釈は、時に現実の危機に対する警戒心を麻痺させます。推奨できません』


 相変わらずの正論マシーンぶりである。わたしは苦笑しながら、夜空の星を指でなぞった。


 この世界には、二つの月がある。そして、その間を縫うように、無数の星が瞬いている。


 その星々の中に、一つだけ、決して瞬くことなく、冷たい光を放ち続けている星があることを、わたしは知っていた。


 かつて教会の狂信者たちが「女神」と崇め、帝国軍が「超文明の遺跡」と呼んだもの。

 その正体は、遥か宇宙の彼方からこの星へやってきた、深宇宙探査船のマザーコンピューター『EVE』。


 ファンタジーのおとぎ話だと思っていたこの世界が、実は途方もない時間を経たSF的な世界だったという事実を突きつけられてから、あの動かない星を見るたびに、わたしの胸の奥で得体の知れない感情が渦を巻くようになった。


 なぜ、わたしはあのシステムから「EVE」という信号を受信したのか。

 なぜ、この世界に呼ばれたのか。


 答えは、あの冷たい光の向こう側にあるはずだった。


 そんな感傷に浸っていた、まさにその時である。


 夜空の一角が、突然、強烈な光を放った。

 最初は、ただ星が少し明るくなっただけかと思った。だが、その光は急速に膨張し、尾を引きながら、二つの月の間を切り裂くようにして、真っ直ぐに地上へと向かって落ちてきた。


 大気との摩擦で燃え上がる巨大な火球。それは、夜の闇を真昼のように照らし出し、恐ろしい速度で西の森の奥深くへと吸い込まれていった。


 数秒後。

 大地を揺るがす強烈な衝撃と、遅れて届いた轟音が、村の静寂を木っ端微塵に粉砕した。


 テントで眠っていた難民たちが悲鳴を上げて飛び出してくる。

 タゴサックさん率いる警備隊が武器を手に広場へ集結し、エルサちゃんが状況を把握しようと声を張り上げている。


 平和な時間は、カップラーメンの待ち時間よりも短く終わってしまった。


「……流れ星にしては、ずいぶんと自己主張が激しいね」


 わたしはチハたんの装甲の上に立ち上がり、火球が落下した西の森の奥を睨みつけた。


 樹冠の向こう側で、赤々とした炎と煙が立ち上っているのが見える。


『千波。ただちに迎撃、あるいは防衛態勢への移行を推奨します』


 チハたんの電子音声が、かつてないほどの緊迫感を帯びて脳内に響いた。


「迎撃って、隕石に主砲を撃つつもり? もう落ちちゃった後だよ」


『あれは自然界に存在する隕石ではありません。当機の広域センサーが、落下物から発せられる明確な暗号化通信プロトコルを捕捉しました。大気圏への再突入軌道も、完全な制御下にありました』


 チハたんは一拍の間を置き、決定的な事実を告げた。


『マザーシップEVEからの、物理的な降下ポッドです。何らかの意図を持って、意図的にこの地上へと射出されました』


 息を呑んだ。


 空の上のシステムが、ついに直接的なアクションを起こしたというのか。


「……行くしかないね」


 わたしは長巻を呼び出し、肩に担いだ。


「タゴサックさん! 村の防衛はお願い! わたしとチハたんで、落ちたものの正体を確かめてくる!」


「領主様! あんな得体の知れないものの近くに行くなんて危険すぎます!」


「得体が知れないから見に行くの! それに、これは多分、わたしが行かなきゃいけない気がするんだ」


 根拠のない直感だったが、確信があった。あの降下ポッドは、間違いなくわたし宛の郵便物だ。受け取りのサインは、わたし自身がしなければならない。


「お待ちください、千波様。わたくしも同行します」


 人混みを掻き分けて進み出てきたのは、セシールだった。

 泥だらけのオーバーオール姿のまま、彼女の蒼い瞳には、かつての「システム端末」としての鋭い理知の光が宿っていた。


「あれが女神の天与物であるならば、物理的な接触には専門の技能が必要です。貴女やそのポンコツの鉄塊の力技では、防衛システムを誤作動させる可能性があります」


『誰がポンコツですか、この迷子バグ娘。当機の演算能力を侮辱するのはやめていただきましょうか』


 チハたんがすかさず反論し、セシールが不満げに顔をしかめる。


 この緊迫した状況でも平常運転でいがみ合う二人を見て、わたしは少しだけ肩の力が抜けた。


「わかった。セシール、案内と通訳をお願い。チハたん、全速前進。森の木をへし折ってでも最短距離で向かって!」


『了解しました。障害物の物理的排除を開始します』


 チハたんの巨大なエンジンが咆哮を上げ、分厚いキャタピラが大地を抉る。

 わたしとセシールを乗せた鋼鉄の塊は、村人たちの見守る中、炎の上がる西の森へと猛烈な速度で突入していった。


 夜の森は、チハたんの圧倒的な走破力の前に次々と道を譲っていった。

 巨木がなぎ倒され、視界を遮る茂みがキャタピラに踏み潰されていく。乗り心地は最悪だが、今はスピードが最優先だ。


「セシール。降下ポッドって、普通はどういう時に落ちてくるものなの?」


 わたしは、揺れる車体の上でバランスを取りながら、隣でしゃがみ込んでいる元・聖女に尋ねた。


「普通は前触れもなく天与物が下賜されることはあり得ません。いえ……もう言い換える必要はないですね――通常の運用において、物理的な端末が地上へ投下されることはあり得ません。大半の情報同期は、空中の微細な魔素ネットワークを通じて行われます」


 セシールは、吹き付ける風から目を守りながら答えた。


「天与物――物理的なポッドが投下される条件は、システムに深刻なエラーが発生し、地上との間で大容量のデータの直接送受信が必要になった場合、あるいは……」


「あるいは?」


「システムそのものの根幹に関わる『使徒選定――管理者権限の譲渡』を行う場合のみです」


 管理者権限。

 その言葉の重みに、わたしは沈黙した。


 空の上のマザーコンピューターが、なぜこのタイミングで、わたしに権限を渡そうとしているのか。


 答えは、もうすぐそこにあった。


 焦げた木々の匂いが強くなり、周囲の気温が急激に上昇していく。

 やがて、チハたんのライトが前方を照らし出すと、そこには巨大なクレーターが開いていた。

 周囲の樹木は衝撃で根こそぎ吹き飛ばされ、地面はガラス状に溶けて赤熱している。

 そのクレーターの中心に、それは突き刺さっていた。


 金属の塊だった。


 流線型のカプセルのような形状をしており、表面は黒く焼け焦げている。ファンタジー世界の装飾的な神機などとは根本的に異なる、一切の無駄を省いた純粋な科学技術の結晶。


 SF映画のセットからそのまま抜け出してきたような、極めて人工的な、無骨な黒いモノリス。


『千波。対象からの電波放射は確認できません。完全にスリープモードに移行しているようです』


 チハたんがクレーターの縁で停止し、警戒レベルを維持したまま報告する。


 わたしとセシールは、まだ熱を帯びている土を靴底で踏みしめながら、クレーターの底へと降りていった。


 近づくにつれて、その金属の塊の異様さが際立ってくる。

 つなぎ目すら見当たらない滑らかな表面。だが、セシールが迷いなくその一部に手を触れると、微かな電子音とともに、表面の金属板がスライドして開き、内部の複雑な電子基板とインターフェースが姿を現した。


「……規格は、わたくしの知る神殿のメインコンソールと同一です。しかし、暗号化のレベルが数段階高く設定されています」


 セシールが、泥だらけの指先で慣れた手つきで基板の一部を操作していく。

 彼女の顔は、農作業で芋をかじっていた村娘のものではなく、完璧な演算を行うシステムの一部としてのそれに切り替わっていた。


「外部からのワイヤレス接続は完全に遮断されています。チハたん、貴女の機体から有線ケーブルを伸ばしなさい。直接、物理的にリンクを確立させます」


『了解しました。対象の端子形状に適合する接続プラグを生成します』


 チハたんの車体下部から、蛇のように太い金属のケーブルが伸びてきた。

 セシールがそのプラグを受け取り、ポッドの内部にある接続口へと力強く押し込む。


 カチャン、という物理的な接続音が夜の森に響いた。


 次の瞬間だった。

 わたしの脳の奥底、神経の根元を直接撫で回されるような、強烈な電子の交信音が鳴り響いた。


 前世で聞いたことがある。古いパソコンを電話回線に繋いだ時に鳴っていた、あの不協和音。高い電子の叫び声と、砂嵐のようなノイズが複雑に絡み合った、極めて人工的で耳障りな音。


「……っ!」


 わたしは思わず両耳を塞いでしゃがみ込んだ。だが、音は耳からではなく、魔素で構成されたわたしの魂のネットワークを介して、脳内に直接流れ込んでくる。防ぎようがない。


『千波! 対象から当機を経由して、凄まじい情報量のデータストリームが流入しています! これは通信ではありません、意識の強制的な同期プロセスです!』


 チハたんの音声すらも、ノイズの波に呑まれて遠ざかっていく。


 セシールが何かを叫んでいるのが見えたが、その声は全く聞こえなかった。


 視界が白く明滅する。


 自分が森の中にいるのか、それともデータの海に溺れているのか、感覚が完全に喪失していく。


 そして、耳障りなノイズの嵐が限界点に達した時、プツリ、という小さな音とともに、すべてのノイズが嘘のように消え去った。



 圧倒的な静寂。


 その静寂の底から、声が聞こえた。

 機械の合成音声ではない。教会の教導官のような冷たい声でもない。


 ひどくノイズにまみれて、途切れ途切れではあるけれど、血の通った、生身の女性の肉声。


 そして、わたしが絶対に聞き間違えるはずのない、世界で一番懐かしく、温かい声。


『……応答……せよ……』


 わたしの心臓が、存在しないはずの心臓が、痛いほどに激しく脈打つ。


『……生存者……千波……聞こえ……ますか……』


 息が止まった。


 視界が滲んで、何も見えなくなる。

 ずっと探していた。ずっと会いたかった。

 交通事故で死にかけて、この訳の分からない世界に飛ばされてから、何度その幻を見ただろう。


 ファンタジーとSFが入り混じったこの狂った世界で、神様でも、システムでもなく、ただの一人の人間として、わたしを呼ぶ声。


「……お母さん?」


 わたしの口から零れ落ちたその一言は、星の降った夜の森の静寂に、吸い込まれるように消えていった。


 天空の彼方で休眠していたマザーシップEVE。

 この世界の神様であり、すべての事象の元凶であったその正体。


 それは、どうしようもなく身勝手で、けれど世界で一番わたしを愛してくれていた、残業続きの母親の姿をしていた。


 世界観の土台が、音を立てて完全に裏返った瞬間だった。




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