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転生したら……えっ! 戦車⁈   作者: 真野真名


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65、「さて」と言わない探偵




 人間が三人集まれば派閥ができ、百人集まれば愚痴が生まれ、千人集まればそこに必ず悪意が紛れ込む。


 巨大な吹き溜まりとなったこの村には、パスポートもビザも入国審査も存在しない。

 つまり、迫害されて逃げてきた善良な難民のフリをすれば、どこの国のスパイでも、暗殺者でも、いとも簡単に潜入できてしまうという、セキュリティホールだらけのザル状態だったのである。


「……ねえ、チハたん。あそこにある配水管の近くにいる三人組、どう見ても怪しくない?」


 わたしは、村の端にある巨大な貯水池(チハたんが主砲の魔法で地面を吹き飛ばして作ったクレーターを再利用したもの)の近くで、身を隠すように立っている男たちを指差した。


 彼らは一応、ボロボロの外套を羽織って難民の仮面を被っている。だが、その背筋は妙に伸びており、周囲を見渡す視線には、飢えた人間の必死さではなく、獲物を探す肉食獣のような鋭さがあった。


『肯定します。対象の心拍数および発汗量、筋肉の緊張状態は、農作業や肉体労働に従事する者のそれではありません。戦闘訓練を受けたプロフェッショナルのバイタルサインと完全に一致します』


 チハたんの広域センサーは、隠し事という概念を物理的に否定してくる。


「どこかの工作員が紛れ込んじゃったかな」


『彼らの所持品の中に、強力な毒物と思われる化学反応を検知しました。目標は貯水池への毒物の混入、あるいは村の要人の暗殺と推測されます』


 要人。つまり、わたしやチハたん、あるいは――。

 わたしが次の行動を決めかねていた、その時だった。


「そこの貴方たち」


 場違いなほど澄んだ、それでいて温度の全くない声が、不審な三人組の背後からかけられた。


 男たちが弾かれたように振り返る。


 そこに立っていたのは、泥だらけのオーバーオール(村の娘からの借り物)を着て、片手に泥付きの大きな芋を握りしめた少女だった。


 プラチナブロンドの髪は後ろで無造作に結ばれ、顔には土汚れがついている。どこからどう見ても、畑仕事の休憩中であるただの村娘だ。


 元・聖女、セシールである。


 彼女は現在、ザキのスパルタ農業指導の下、ヴィルヘルムと共に第一農区で土と格闘する日々を送っていた。


 過酷な肉体労働と、村の配給食(主に芋)によって、彼女の肉体は完全に「人間」としての機能を取り戻しつつあった。転んで擦りむけば痛がり、腹が減れば文句を言い、夜は死んだように眠る。かつての「完璧なシステム」の面影は、その泥だらけの衣服からは微塵も感じられない。


 それでも、その頭脳の中にある論理回路だけは、元のままだったらしい。


「ひっ……な、なんだい、お嬢ちゃん。俺たちはただの難民でね、水をもらいにきただけなんだが」


 男の一人が、愛想笑いを浮かべてごまかそうとする。


 セシールは、手に持った芋をかじりながら、蒼い瞳で彼らをじっと見つめた。その視線は、人を見るというよりは、バーコードを読み取っているスキャナーのようだった。


「嘘ですね」


 セシールは、もぐもぐと咀嚼を終えてから、きっぱりと断言した。


「貴方たちはただの難民ではありません。ネピア聖王国、教会の異端審問局から放たれた特務工作員です。目的は、村の貯水池への毒物の混入と、堕落した元・聖女の暗殺」


 男たちの愛想笑いが、顔に張り付いたまま凍りついた。


 わたしも、少し離れた物陰から見守りながら、思わず突っ込みそうになった。名探偵は通常、証拠を一つずつ突きつけてから犯人を追い詰めるものだが、彼女は結論からぶちまけるスタイルらしい。非常に効率的だが、情緒というものがない。


「な、何を馬鹿なことを……俺たちが教会の者だという証拠がどこにある!」


 男が声を荒げる。焦りが完全に顔に出ている。


「証拠なら山ほどあります」


 セシールは、芋を差し棒代わりにしながら、淡々と語り始めた。


「第一に、貴方たちの歩幅と体重移動。難民を装うために猫背で歩いていますが、足音を完全に消す歩法が染み付いています。しかし、この泥濘の多い村で無音歩行を試みるのは、逆に不自然極まりない。無駄な体力を消費する非合理的な動きです。環境への適応力が低すぎます」


「ぐっ……」


「第二に、貴方たちが先ほど受付で見せた身分証。教会の迫害から逃れた信徒という設定のようですが、あの羊皮紙の書体、公式の活版印刷から〇・二ミリのズレが生じています。三世代前の古い印刷機を使用した偽造品ですね。異端審問局の裏仕事用のフォーマットです。情報のアップデートが怠慢すぎます」


 男たちが、後ずさる。


 彼らは暗殺や潜入のプロなのだろうが、相手が悪すぎた。セシールはかつて、その教会の根幹である「女神のシステム」と常時接続していた存在なのだ。教会の内部事情や、暗号のフォーマットなど、彼女のデータベースにはすべて入っているに違いない。


「そして第三に。貴方たちの暗殺計画のフローチャート、控えめに言って破綻しています」


 セシールは、心底呆れたというようにため息をついた。


「貯水池に毒を入れ、混乱に乗じて標的を暗殺する。古典的ですが、前提条件が間違っています。この村の貯水池は、あの巨大な鉄の機械チハたんが定期的に魔素の浄化フィルターを通しています。致死量の毒を混入したところで、数分で無害な水に変換されます」


「な……なんだと!?」


「さらに、標的への接近方法。貴方たちは聖女が一人になるのを狙っていたようですが、聖女は現在、元・異端審問官であるザキの監視下で農作業に従事しています。あの男の索敵能力を潜り抜けて接近できると計算したのなら、貴方たちの作戦立案者は致命的なまでに無能です」


 理詰め。

 圧倒的なまでの理詰めによる、精神の破壊工作である。


 セシールの言葉には、感情的な罵倒は一切含まれていない。ただ純粋に、「お前たちの計画は論理的にあり得ない」という事実を、冷たい氷の刃のように突き刺しているだけだ。

 プロの工作員にとって、これほどの屈辱はないだろう。


「……貴様、なぜそんなことを知っている。ただの村娘が、教会の機密を……」


 男の顔が、恐怖と殺意で歪む。

 彼は懐から、鈍く光る短剣を取り出した。隠密行動を諦め、強行突破に出る気らしい。


「わたくしは、ただの村娘ではありません」


 セシールは、短剣を向けられても全く表情を変えなかった。ただ、手に持っていた芋の残りを一口で飲み込み、両手についた泥をオーバーオールでパンパンと払った。


「わたくしの名前はセシール。つい先日まで、貴方たちが祈りを捧げていた『女神のシステム』の一部でした。……今はただの、農作業のノルマに追われる小作農ですが」


 最後の付け足しがひどく世知辛い。


 だが、その名前を聞いた瞬間、三人の工作員たちの顔色は土気色に変わった。


「ば、馬鹿な……! この泥だらけの女が、あの清廉潔白なる聖女様だと……!? 異端審問局の情報では、神の力を失い、狂乱状態のまま逃亡したと……!」


「狂乱はしていません。ただ、人間のバグを受け入れただけです」


 セシールは、彼らを憐れむような目で見た。


「貴方たちに、わたくしは殺せません。計算するまでもないことです。さあ、素直に武装を解除して、あの書記官の列に並びなさい。今ならまだ、夕飯の配給に間に合います。今日のスープは、塩気が効いていてなかなか悪くないですよ」


 元・聖女による、暗殺者への配給列への勧誘。


 あまりにもシュールな光景に、わたしは吹き出しそうになるのを必死に堪えた。彼女は完全に、この泥臭い村の住人としてのアイデンティティを獲得しつつある。


 しかし、追い詰められた人間の行動というのは、時に論理の枠を完全に逸脱する。


 プロとしてのプライドを粉々にされ、崇拝していた対象の変わり果てた姿を見せつけられた工作員たちは、冷静な判断力を完全に失った。


「ええい、黙れ! 悪魔に魂を売った穢れし魔女め!」


 リーダー格の男が、血走った目で叫んだ。


「もはや生け捕りも毒殺も不要だ! ここで貴様を、この呪われた村ごと浄化してやる!」


 彼は短剣を投げ捨て、外套の奥から、禍々しい紫色の光を放つ金属の球体を取り出した。


 その球体を見た瞬間、セシールの蒼い瞳がわずかに見開かれた。


「それは……禁忌の魔道具。封印指定されていた『瘴気凝縮器』ですか。そんなものを街中で使えば、どうなるか理解しているのですか!」


「知るか! 異端を滅ぼすためならば、我らは自らの命を捧げる覚悟だ!」


 男が球体を地面に叩きつけた。


 金属が砕ける鋭い音と共に、ドス黒い紫色の霧が爆発的に膨張し始めた。

 それは、ただの煙ではない。生物の命を削り取る、純粋な毒と呪いの塊――瘴気だった。


「狂信者のテンプレみたいな捨て台詞を吐いてる場合じゃないよ!」


 わたしは隠れていた物陰から飛び出し、セシールの元へと駆け寄った。

 魔素の身体をフル稼働させ、周囲に展開される瘴気を強引に弾き飛ばす。


『千波。周囲の魔素濃度が異常な数値で低下しています。あの魔道具は、大気中の魔素を強制的に瘴気へと反転させるウイルスの機能を持っています』


 チハたんの警告が響く。


「反転させるって……えっ、じゃあこれ、どんどん大きくなるってこと?」


『肯定します。そして、ただの毒霧ではありません。凝縮された瘴気は、本能的に破壊を求める疑似生命体を構築します』


 チハたんの言葉を証明するように、紫色の霧が凄まじい勢いで渦を巻き、一つの巨大な質量を形成し始めた。

 ドロドロとした黒い泥のような体が隆起し、無数の獣の骨と肉を継ぎ接ぎしたような、悪夢のような怪物が姿を現す。


 頭部は狼、体は熊、尾は巨大な蛇。

 ファンタジーRPGの中盤で、プレイヤーを絶望に突き落とす系の嫌らしい中ボス。キメラ魔獣だ。


「ギャアアアアッ!!」


 キメラが咆哮を上げる。

 その声だけで、近くに設営されていた難民たちのテントが吹き飛び、空気がビリビリと震えた。


 自らの命を捧げて魔道具を起動した三人の工作員たちは、魔獣が形成される過程の瘴気を直接浴びて、すでに地面に倒れ伏してピクピクと痙攣していた。自業自得とはいえ、哀れな末路である。


「うわぁ……村のど真ん中で怪獣大決戦とか、マジで勘弁してほしいんだけど」


 わたしは長巻を呼び出し、セシールを背後に庇うようにして構えた。


 難民たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。パニック状態だ。エルサちゃんやリクーさんが構築したせっかくの秩序が、一瞬で瓦解していく。


「セシール、下がって。あの理屈の通じないバケモノ相手に、あんたの論理演算は役に立たないから」


 わたしが背後を振り向かずに言うと、セシールは小さく息を吐いた。


「……いえ。あの魔獣の構成データは、かつての教会の禁書目録に記載されていました。物理的な破壊は可能ですが、魔力結合の弱点を突かなければ無限に再生します」


「弱点って、どこ!?」


「右前肢の第二関節部。結合プロセスに〇・五秒の遅延が発生する仕様です」


 なんと心強いナビゲートだろうか。


 ただの村娘になったかと思いきや、攻略本を丸暗記している優秀なサポーターである。

 おまけに、彼女の言葉には一切の動揺がなかった。


「……あんた、肝が座ってるね」


「計算上、貴女とあの鉄の機械の戦力があれば、勝率は九十八パーセントを下回りません。恐怖を感じる理由が論理的に存在しないだけです」


 可愛げのない台詞だが、今はこの徹底した理屈っぽさが頼もしい。


 キメラ魔獣が、巨大な前肢を振り上げて、わたしとセシールを押し潰そうと襲いかかってくる。


「さあ、チハたん! 主砲一発ぶち込んで……!」


『千波。現在地での主砲の発射は非推奨です。周囲に難民のテントが密集しており、爆風による二次被害で死傷者が多数発生します』


「あ、そっか! やばい、じゃあどうすんの!」


 長巻一本でこの巨体を切り刻むには、時間がかかりすぎる。その間に、村はめちゃくちゃにされてしまうだろう。

 焦りが脳を支配しそうになった、その時。


「どけええええっ!! 嬢ちゃんたち!!」


 横合いから、雷鳴のような咆哮が轟いた。

 弾丸のような速度で飛び出してきた二つの影が、キメラの振り下ろした前肢に激突する。


 鈍い衝撃音が響き、巨大な魔獣の体勢がわずかに崩れた。


 砂埃の中から現れたのは、豹のような斑点を持つ獣人と、獅子のようなたてがみを持つ獣人の兄弟だった。


 帝国軍の鉱山から逃げ出してきたという、サンダーとライガーだ。


 彼らの筋肉は異常なまでに隆起し、体表からはバチバチと放電現象のような光が漏れている。


「ここは俺たちの新しい家だ! 腹一杯芋が食える場所を、こんな泥のバケモノに壊されてたまるか!」


 兄のサンダーが叫び、弟のライガーがキメラの脚に食らいつく。

 純粋な腕力と、居場所を守るという強烈な執念。


「助太刀が入ったね。なら、やることは一つ!」


 わたしはニヤリと笑い、長巻を構え直した。


 暗殺者の持ち込んだ最悪のバグを、この村に集まったはみ出し者たち全員でデバッグしてやる。


 大乱闘の火蓋が、村の真ん中で切って落とされた。




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