△2:『魔王の繭』に挑む冒険者たち
噛ませ犬キャラ大好き。
“魔境”。
別名『アンクテュアの巣帯』。
モンスターの巣があちこちに点在し、巣を守る天然の罠が張り巡らされており、まごうことなき世界最高危険地帯である。
昼なお暗く、足場は悪く、有害物質が常に充満している。
その最奥に位置する、魔王城。
ラストダンジョン。
これまで多くの者が、そこへ辿り着く前にまず、魔境で命を落としていた。
しかしそれも、過去の話となった。
今では人類の叡智を集結した『ワープ』なるものが開発されている。
通行料はかかるが、クランマケットーの中央広場からのワープを使うルートでは、魔境の中にいくつか設置されたワープポイントを経由し、ものの3、4日で魔境を抜けることができる。
もちろん、道中危険な場所を通ることはない。
モンスターと遭遇することもなければ、罠にかかる心配もない。
もはや、魔境は世界最高安全地帯となった、とまで揶揄されるほどだ。
そんなふうに、ほとんどピクニック気分で最後のワープポイントを飛んだ先。
そこはもう、魔王城の入り口である。
——“魔王城ふもとキャンプ”。
冒険者たちの手によって整備された更地には、今ではたくさんのテントが立ち並んでいた。
皆【勇者】の称号を勝ち取ろうと奮起してやってきた、ツワモノたちだ。
【勇者】とは。
その称号は、強力なものだ。
たとえば【勇者】になれば、国が作れる。
比喩ではない。
文字通り、帝国内の好きな場所に好きなように自分の国を作ってよい。
また、好きなだけ金持ちにもなれる。なぜなら、自由に貨幣を発行する権利が与えられるからだ。
ほかにも、軍隊を組織する権利、法律を書き換える権利、国同士の決めごとに口を出す権利から、果ては任意の相手と結婚できる権利、などなど。
ほとんどどんな夢でも叶う。
やりたいことはなんでもできる。
【勇者】とは、そういう称号だ。
だからみんな、欲しい。
喉から手が出るほど、欲しい。
皆、我先にと魔王城へ殺到した。
早い者勝ちだと思っていたからだ。
主不在の魔王城で、『魔王の繭』を叩き潰すだけのカンタンなミッション。
決着はすぐにつくと思っていた。
だが結局のところ。
それから、実に3年近くの月日が流れていた。
未だに、次の【勇者】は現れていない。
未だに、『魔王の繭』は割られていない。
なぜ?
今ではさまざまな噂や憶測が飛び交っている。
噂が噂を呼び、もはや、どれが正しい情報なのか、真偽の見分けがつかなくなっている。
なぜ?
いったい、何が?
魔王のいない魔王城で、何が起きているのか。
※
俺の名前はゲーリッシ。
冒険者だ。
昨日、とうとう魔王城のふもとまで辿り着いた。
ここまで、長かった。
次期勇者としての期待を背負い、ここより遥か南国の故郷を出発してから、3年もの歳月が流れていた。
俺たちの悲願は、ようやく果たされようとしている。
俺はふと上を見た。
強力な結界が張ってあるとはいえ、それでも上空を、伝説級の、図鑑でしか見たことがないようなモンスターたちが飛び交っている状況というのは、並みの精神では耐えられないだろう。
だが俺は違う。
悪目立ちしたくないので周囲の人間には隠してきたが、あえてハッキリ言おう。俺のレベルは、とうの昔に100を超えている。
今では、レベル123にもなった。
俺は、このふもとキャンプにたむろす冒険者たちの呑気な面構えを、じっくりと見渡してみる。
そして確信する。
間違いない。
レベル123という境地にまで達した者は、ここにはいないようだ。
ただ1人、俺を除いては。
それどころか、世界中を見渡してみても。
同じことが言えるだろう。
つまり、俺が、人類最強なのだ。
加えて、俺には、この精霊の加護がある。
大グモの形を模したこの首飾りは、あらゆる致命傷ダメージから俺を守ってくれる。
鬼に金棒とはこのことだ。
少なくとも俺自身の命は保証されている。
「ゲーリッシさん。お待たせしました」
諜報部員のゲツケーが戻ってきた。
一応パーティメンバーだが、俺はこいつを信用していない。否、こいつにかぎらずほかのメンバーも全員信用していない。
どうせ俺よりザコなのだから、パーティの頭数に入れたところで足手まといにしかならない。
だがまあ、いざとなれば盾にでもしてやればいいか。大グモの精霊の加護だけでも充分だが、なに、保険はかけてもかけすぎるということはないだろう。
「何か実のある情報は得られたのか?」
「はい。いえ、ヘヘ、そうですね、まあ、『ギザル』『グリム』『アスタロッテ』『コンペイン』の四大勢力は、依然均衡を保っているそうですよ。お互い牽制し合って、魔王城に手出しができない状況のようです」
「それだけか?」
「ええ、はい、まあ、そうですね」
チッ。役立たずめ。
俺は内心舌打ちをする。
情報収集すらまともにできないとは。
そんなことは、今では誰でも知っている情報だ。
魔王城攻略をもくろむ冒険者たちの中には、大きな派閥が4つ、出来上がっている。
それらのあいだで睨み合いが続いており、金を積んで実力者を奪い合ってみたり、必要物資を買い占めてみたり、噂や風評を流布させて情報操作をしてみたり。
要は、人類全員で足の引っ張り合いをしているのだ。
なんと愚かな。
我々の目的は、魔王の復活を阻止し、1日でも早く世界に平和を取り戻すことだというのに……!
「ええと、あとですね……」
「なんだ? まだあるのか」
「ええ、その、こちらは確実な情報ではないんですが……あくまでただの噂話なんですが……」
「もったいぶるな。早く言え」
「魔王城には、悪魔が住んでいる、と」
「はあ? そりゃあ、魔王城なんだから悪魔くらい棲息しているだろう」
「いえ、それがですね、相当高レベルな悪魔らしく。噂によれば、その悪魔、レベル299、なんだとか……」
「はあ……?」
「命からがら逃げ帰ってきた冒険者パーティの話によれば、『何人でかかってもムダだ、悪いことは言わない、命が惜しければ引き返せ』と……」
俺は呆れて深々とため息をついてみせた。
「フン、馬鹿馬鹿しい。そんなもの、いるはずがない」
まったく。そんなくだらない情報に躍らされるとは……。
そもそも、悪魔がいるということは、必ずそれを召喚した者がいるということだ。
そして、自分のレベルより低い悪魔しか召喚することはできない。
すなわち、レベル299の悪魔を召喚した者のレベルは、少なくとも300以上ということになる。
呆れたものだ。
あまりに荒唐無稽。
あまりに幼稚な噂話。
なぜなら、世界最強のレベルは、123だ。
レベル300? そんなものは、子どもが思い描く、デタラメな数字でしかない。
いよいよネタがなくなってきたのだろう。
だから、そんな程度の低い噂までもが飛び交うようになった。
人類同士で、くだらない足の引っ張り合い。
だが、もう終わりだ。
この、俺が。
すべてを終わらせる。
そして【勇者】の称号を手に入れた暁には、故郷を帝国の支配から独立させるのだ。
俺が改めて決意を固めた、そのとき。
「大変だー!!」
そんな声を皮切りに、にわかに魔王城ふもとキャンプが騒がしくなった。
「なにごとだ!?」
「さあ、へへ、なんでしょう?」
俺は役立たずのゲツケーに内心舌打ちしつつ、注意深く、周囲に伝播していく声に耳を傾ける。
「北方の『ギザル』と西方の『グリム』が、ついに手を組んだらしい!」
「なんだと!?」
「しかも、その大部隊が、今まさに、こっちに向かってきてるらしいぞ!」
「なんだって!? そんな話、まったく聞いてないが?」
「ああ、だから、巧みに情報操作していたんだろうな!」
「その数、なんと、1500人!」
「はあ?」
「マジかよ……」
「昨日クランマケットーに到着したらしいから、あと数日でこっちに着くぞ!」
冒険者たちのざわめきが、どんどん大きくなっていく。
俺は、ハッと我に返って、そして、ゲツケーを睨みつけた。
ボケーッとした間抜け面がそこにいた。
本気で殺してやりたくなった。
まったく、何が、「4大勢力は依然均衡を保っているようです」だ。
諜報部員が情報を集められなきゃ、なんなんだ!
なんなんだ、おまえは!
いや、落ち着け。
俺は何度か深呼吸をして、平常心を取り戻す。
もはや、なりふり構わず来たか……。
単独のレベルではかなわないと見るや、数の勝負に打って出た、ということか。
しかも、1500人。
誰もが、やりすぎだと思うだろう。
史上かつてない規模。
だがたしかに、絶対確実に魔王城を攻略できる方法だった。
逆に言えば、誰もが一度はやろうと夢想したが、やらなかった方法。
汚いやり方。
やられた。
いや、だが、違う。
ここは、「間に合った」と言うべきだ。
間一髪。
ヤツらが来る前に、終わらせればいい。
そう。
『魔王の繭』を叩き潰すのは、この俺。
人類の頂点に君臨する、この俺だ。
そして、【勇者】の称号を手に入れた暁には、世界最大のハーレム王国を築き上げるのだ!
大グモの精霊の首飾りにそっと触れて、俺はパーティメンバーに号令を掛けた。
「よし! 明日、魔王城に突入するぞ!」




