△3:双子の悪魔
“権利”。
僕の名前はビルゲイン。
言わずと知れた、西のクラン『グリム』のリーダーだ。
本日、ついにこの魔王城ふもとキャンプへ足を踏み入れることができた。
1500人の、仲間たちと共に。
「見ろ、ビルゲインが到着したぞ!」
「うおおおおおおお!」
「ビルゲイン! ビルゲイン!」
魔王城ふもとキャンプはかつてない人数で埋め尽くされていた。
とてもここが魔族領だとは思えないほどに。
「ガチで終わらせに来たんだな」
「お手上げだ。参ったよ。完敗だ」
「しかし何も本気でここまでやるかね」
半ば諦めたような苦笑い。
周囲の冒険者たちを見回してみると、おおかた、そんな表情が占めているだろうか。
諦めてエールを送ることにした者たち。
さっそく帰り支度を始めている者たち。
賢明な判断だ。
何事も、引き際というのは大切なのだから。
では、その期待に応えよう。
本日、我々は終止符を打つ。
永きに亘る、人類と魔族の戦いに。
「ところで、聞いたか? ビルゲインのレベル」
「どうやら170を超えてるらしいぞ」
「ハハッ、普通に化け物じゃねえか」
「ていうか、人類最強なんじゃねえか?」
「1500人もいなくても余裕でクリアできるだろ」
「うおおおお! ビルゲイン! ビルゲイン」
どう振る舞えばいいものか、僕がリアクションに困っていると、うしろからポンと肩を叩かれた。
「よう、プレイボーイ。ずいぶん有名人になったじゃないか」
北のクラン『ギザル』のリーダー、ジョゼフがニヤリと笑いかけてきた。
僕はやれやれとかぶりを振ってみせた。
「よしてくれないか、ジョゼ。だいたい、これまでレベルなどという既成概念にとらわれていたせいで、人類は魔族に勝てなかったんだ。大事なのは個々のレベルじゃない。連携プレーだ。いずれ後世まで語り継がれるであろう偉業は、1500人全員の力を合わせて成し遂げられるんだ」
ジョゼフは相変わらずのニヤニヤ笑いを顔に貼り付けたまま、うなずいた。
「その優しさに期待してるぜ、相棒」
「ああ、よろしく頼んだぞ、相棒」
※
いよいよ、魔王城の巨大な扉が開け放たれた。
お目見えしたのは、奥へとまっすぐ続く、異様に大きな廊下。
一瞬、自分たちが小人になったような錯覚に陥る。
だが怖じ気づくことはない。
対策は万全。作戦は完璧だ。
見ると、入ってすぐのところに、さっそく冒険者の死体が転がっていた。
無残にも、内臓を抉り出され、四肢を引き裂かれて死んでいる。
「むごいな……」
ほかに死体はない。
無謀にも、単独で乗り込んだのか。
それとも、仲間に見捨てられたのか。
僕は近くに転がっていた、クモの形を模した首飾りをそっと上に載せてやると、十字を切った。
昇天魔法を唱えてやると、死体はやがて、光の粒となって消えた。
「フフッ、おまえは相変わらずの優男だな」
ジョゼフが相変わらずニヤニヤしながら肩を叩いてくる。
僕は思わず目線を逸らしてしまう。
「そういうんじゃない。これはその、そう、景気づけってやつだ」
「フフッ、俺はおまえのそういうとこ、好きだよ」
僕はジョゼフには返事をせずに、うしろを振り返った。
毅然とした顔が、遙か遠方まで並んでいた。
これまでの苦労を思い出す。
永かった。
だが、ようやくだ。
いつまでもてこずっているわけには、いかないものな。
僕は声を張り上げた。
「本日、人類は魔族に勝利する! 全軍、突撃!!」
※
壮観だった。
それは、見事なものだった。
人類は、圧倒的だった。
魔王城内部に巣くう、世界最高レベルのモンスターたちが、まるで相手になっていなかった。
上から奇襲してこようが、前から突進してこようが、群れを成して囲みにこようが、どんなトラップを仕掛けてこようが、我が隊列は一糸も乱れる隙を見せなかった。
前衛が盾をかざして突き進み、中衛が矢継ぎ早に矢を放ち、後衛が時間差で魔法を唱えては、順番に掃射する。
そんな行列が、どこまでもどこまでも続く。
物理的に、負ける道理がない。
完璧な隊列、完璧な布陣。
完璧な連携。
「いいぞ、いい連携、いい連携」
きわめつけは、後衛のさらにうしろに控える、補充チームだ。
1部隊ごとに用意されている巨大な荷車は、“エーテル車”だ。
ありとあらゆる手段を使って世界中から集めてきたエーテルが、惜しみなく詰めこんである。
後衛が魔法を撃つと、すぐさま補充部隊によって、MPが供給されるのだ。
それにより、大型魔法が、まるで花火のように連発され、魔王城内部を明るく染め上げている。
まさしく、地獄に光をもたらす、使者たちのようだった。
「奇跡のような光景だ……」
こんな光景、かつての魔王とて予想だにしなかったに違いない。
恐怖に顔を引きつらせる者は誰ひとりとしていない。
互いに声を掛け合い、一歩ずつ、力強く、進んでいく。
僕はいよいよ確信を強める。
いける。
※
「相棒、どうやらこの先が、例のポイントのようだぜ」
「いよいよか」
ジョゼフが告げた。
僕は合図を出し、隊列を一時停止させる。
本来、魔王城攻略にあたっては、いったん最上階まで登り詰める必要がある。
そこには“ニセの魔王の玉座”があり、放っとくと魔王の幻と死ぬまで戦うハメになる。
その部屋に隠されたスイッチを押してとっとと引き返すのが、正解だ。
本当の魔王の玉座は、地下1階にあるのだ。
だが今回我々は、最上階まで登る必要はない。
なぜならスイッチはすでに、押されているからだ。
先代の勇者パーティ、『桜花十神将』の手によって。
この先。
かどを曲がった先。
そこにはすでに、地下へと続く階段が出現している。
だが、その階段の手前に。
“悪魔”がいる。
我々はこれに関し、徹底的に調べ尽くした。
どうやら人類が魔王城を攻略できない理由は、この悪魔にあるらしいのだ。
悪魔の能力。
それはすなわち“恐怖”だった。
その悪魔の姿を目にした途端、すぐさま走って逃げ出したくなるほどの恐怖を覚えるのだという。
錯乱した味方は散り散りになり、連携は乱れ、まともな戦闘にならず、これまで幾多のパーティが、敗北を喫したのだという。
余談だが、運良く全滅を免れ逃げ帰ったパーティも、その後必ず解散している。
だが、我々は違う。
対策はぬかりない。
そのための、1500人。
それも、ちょっとやそっとのことでは怯まぬエリート揃いだ。
重厚で完璧な布陣。
だから、安心してほしい。
これだけ心強い味方はほかにいない。
誰にも、恐怖する隙など与えはしない。
それに、こう言ってはなんだが、広い廊下は人で埋め尽くされているので、物理的にも逃げ出す隙間なんて、ありはしないのだ。
僕は指揮系統を通じ、1500人全体の状態を入念にチェックする。
MPは全員MAXか。エーテルの残量は充分か。
やがて、僕とジョゼフは顔を見合わせ、うなずき合った。
そして背後の頼もしい味方に、号令をかけた。
「よし、みんな! 1500人、全員でいくぞ!」
「「「おう!!!」」」
鬨の声を上げ、我々はかどを曲がっていく。
※
——魔王城第1階層最奥部、虚無の廊下。
ありえないくらい高い天井。
ありえないくらい巨大な窓。
その向こうにどこまでも広がる、暗黒の空。
ときおり走る、稲光。
轟音が響き、窓がいっせいにカタカタ音を立てる。
一瞬、雷によって照らし出された、不自然な影。
影に向けて、『鑑定』。
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名称:マシャラシソ
種族:悪魔
Lv.299
生命:488r0r80r
魔力:?5n%
備考:鑑*マス$が使用され4#マス≈
====================
いた……!!
『鑑定』結果を見て、僕はまず目を疑う。
なんだ、この鑑定結果は?
レベル、299?
たしか、自分のレベルより低い悪魔しか召喚できないはず。
何かの間違いでは?
だが、その下のパラメータを見て、僕は納得する。
ノイズが混じりすぎている。
おそらくこの悪魔は『鑑定マスク』を使用しているのだ。
よって、レベル299というのも、誤表記だろう。
ふう。
落ち着け。
落ち着いて、計画通りに進めればいい。
そのとき、ひときわ強い稲光によって、悪魔の全容が照らし出された。
初めて目にした、悪魔の姿。
それは、異様な風体だった。
ひとことで形容するならばそう、——肉塊。
巨大なぶよぶよの肉塊だった。
それが、広い廊下を完全に塞いでいた。
よく見ると、肉塊からは、無数の何かが生えている……?
いや、生えているように見えるのは、武器か……?
武器が、何十本、いや何百本と、突き刺さっているのか……?
そこから鮮血が流れ出している。
その異様な風体に、しばし唖然とする。
なんだこれは。
これが、噂の悪魔なのか?
想像していた姿と、まるで違っていた。
ふと、脳内に声が響き渡った。
「
オネガイ サキニコロシテ
コロシテカラ キッテ
コロシテカラ サシテ
」
くっ。なんだ!?
頭の中に直接響いてくる。
精神攻撃の一種か!?
だが僕は、どうにか正気を保つことができた。
よし、これも心強い味方がいてくれるおかげだ。
「みんな! 恐れることはない! 全軍、突撃!」
返事がなかった。
返事がなかった?
いや、そんなはずはない。
そんなことは、あるはずがない。
僕は振り返った。
誰もいなかった。
だだっ広い廊下が、闇の彼方まで続いているだけだった。
「あれっ?」
自分の声が、静けさの中にわんわん響く。
窓がカタカタ鳴る。
遠くで雷鳴が轟く。
だがそれだけだ。
人の息づかいは、まるで聞こえてこない。
「誰か……誰か、返事をしてくれー!」
何が……何が起きた?
皆、この一瞬で、この一瞬の隙に、恐怖におののき、逃げ出したというのか?
いや……いや!
そうなったら、それこそ、今頃この場はパニックになっているはずだ。
「そ、そうだ!」
僕はすぐさまスキルパッケージからパーティコマンドを呼び出し、味方の状態を確認。
====================
パーティは登録されていません。
====================
「パ……!?」
何?
何……?
何!?
どういうことだ?
だって……
このパーティには、1500人ものメンバーが登録されているはずで……
僕は、たしかに、1500人と一緒に、魔王城に突入したはずで……
なんで?
なんで??
再び、脳内に声が響く。
「
ミナイデ
ミテテ
モウミナイデ
サイゴマデ ミテテ
」
もう一度、悪魔を見た。
肉塊の真ん中が縦に裂け、鮮血にまみれながら、巨大な禍々しい口が出現していた。
僕は今、たったひとりぼっちで、グロテスクな肉塊と向かい合っていた。
※
「はあ、はあ、はあ……!」
気がつくと、床を這うように進んでいた。
気がつくと、下半身がなくなっていたからだ。
魔法で姑息的に止血してあるが、そう長くはもたないだろう。
何が起きたのかわからないし、よく憶えていない。
悪魔は、追ってこなかった。
どうやら僕は、逃げ延びたようだ。
いったいどこをどう逃げたのか、自分が今どこにいるのか、わからない。
長い階段を延々転がり落ちたような気もする。
だが、どうだろう。
よく憶えていない。
ひんやりとした冷気が頬を伝い、思わず身震いした。
ここは……?
肘を突き、見上げてみる。
薄暗くてよく見えないが、どうやら、広い広い空間のようだ。
まるで劇場のように、奥に向かうにつれ、ゆるやかな下り傾斜になっている。
冷気に混じって鼻を刺す、むっとするような血のにおい。
死のにおい。
いや、実際に、そこは劇場のようだった。
斜面には客席が整然と並んでいる。
客席はほぼ埋まっているようだ。
観客たちの視線の先。
そこには、舞台があった。
だが、何かが公演されているわけではなかった。
代わりに、椅子がひとつ、ぽつりと置かれている。
椅子の上には、真っ白に光り輝く繭のようなものが載っている。
繭が発する光で、劇場全体が淡く照らし出されている。
「はは……はははは……!」
僕は無我夢中で、床を這って進む。
間違いない。
ここは、魔王城地下1階層、“魔王の間”。
そして、舞台の上の椅子が、魔王の玉座。
つまり、あれが。
あの光り輝く白い繭こそが。
『魔王の繭』……!
「ついに……ついに辿り着いたぞ……!」
人類に希望をもたらす光が、
人類と魔王の戦いに終止符を打つ光が。
もう、目と鼻の先にある。
あとは、叩き潰すだけ……!
もう少し……。
あと少し……!
そして、ようやく、舞台の下まで辿り着いた。
ふと、うしろを振り返ってみた。
劇場の客席を埋め尽くす観客たちと、初めて目が合った。
みんな死体だった。
ほとんど原形を留めていないような、人間の死体だった。
それらが一心に舞台を見つめている。
ここは、異様な空間。
ふいに、頭上から視線を感じた。
この場に、死体でない何かがいる気配を察した。
同時に、それが決して抗うことのできない存在であることを悟った。
見上げると、目が合った。
真っ暗な天井から、巨大なドクロがこちらを見下ろしていた。
なぜか、戦慄もしなかった。
僕はむしろ快く、その恐怖を受け入れていた。
壁が動いた。
それまで壁だと思っていたのは、そいつの身体だった。
舞台の裾でビラビラしているのは緞帳かと思っていたら、そいつの羽織っている真っ黒なローブだった。
ローブの袖から覗く、白骨化した両手を合わせ、まるで祈るようなポーズで、巨大なガイコツは、泣いているようだった。
まるで涙を流しているように見えた。
今際の際に、僕は無意識に『鑑定』していた。
そして、力なく笑った。
「はは……ははは……そう、もう1匹……」
====================
名称:フォクレシソ
種族:悪魔
Lv.299
生命:∞
魔力:∞
備考:鑑定マス*マス#マスマスマスマスマスマスマス
※
ぷしゃっ、と
血飛沫が飛んだ。
真っ二つに裂けた人間の上半身が、やがて動かなくなった。
玉座の間の空席が、またひとつ埋まった。
そして再び、静寂が戻った。
魔王城最深層、玉座の間。
その最奥に佇むのは、魔王の玉座。
当然、今は誰も座っていない。
代わりに小さな白い繭のようなものが載っている。
まるでサナギのように、座部の上にへばりついている。
それには、かすかな胎動があった。
とくん、とくんと小さく脈づいていた。
だが、座部の上の繭は、実は全体の一部に過ぎないのだった。
そこに見えているのは氷山の一角。
実は繭は、座盤を突き破り、そのまま床を突き抜けて、まるで植物の根のように、地中深くへと伸びていた。
根っこを辿っていくと、その先は、ちょっとした空洞になっていた。
繭の根の不思議な繊維を伝って、油のような光沢のある不思議な液体が滴って、空洞の天井付近には、なにやら真っ黒な“溜まり”ができているようだった。
まるで鍾乳石のように、何かが天井にへばりついていた。
今。
その何かがゆっくりと天井から剥がれ……
べちゃっと、地面に落ちた。
「あいたっ」




