26:ある日忍者に拉致られる
計り知れない人。
ある日のこと。
カランカランと入り口のベルが鳴り、忍者が店に入ってきた。
「失敬」
ええっと。
たしか、シノブさん。
だっけか?
ヴィスタさんの専属忍者の。
ちょっぴりそわそわした落ち着かない様子で、しかし毅然とまっすぐこちらに向かってくる。
黒髪ポニーテール。
肌の露出が多めのくノ一衣装。
透き通るような白い太ももがとてもまぶしい。
そうか。日の光に当たる機会があんまないからか。いろんな意味で……。
小柄だけど、なんというか風格を感じる。
つよそう。絶対つよいな。
でも1人で来るなんて珍しい。
どうしたんだろう。
「ちと羽休めをさせてはもらえぬだろうか」
はにかんで、そんなことを言う。
笑うと、ちょっぴり子どもっぽくなる忍者さん。
ええ、もちろんですとも。
バーってそういう場所だからね。
疲れた人が羽休めをする場所だからね。
ただその……開店前なんですけどね?
あと6時間ほど待っていただければ開くんですけど。
「エエト ナニカ ノムッスカ?」
「いや、結構。おかまいなく」
そう言われてもな。
だってさ、そしたらコミュ障のバーテンと忍者のコスプレ女子がただ向かい合っているだけという謎のシチュエーションが出来上がるんですけど。
てか、飲みに来たわけではないのん?
俺が首をひねっていると、それに気づいたシノブさんは、深々と頭を下げて、
「これは失礼致した。サンタ殿に気を遣わせてしまっては逆に申し訳が立たぬ。では、その……あたたかい飲み物が欲しいでござる。拙者、酒を受け付けぬ身体なもので」
あ、一人称「拙者」なんだ。
って、そこはどうでもいい。
「リョカイッス」
俺はすぐさま調理に取りかかる。ノンアルコールでホットなカクテル、といえば定番の『ジンジャー・ホット・ティ』。丁寧に作ってお出しする。ま、シンプルにお茶系でしょ。初夏の今の季節に合ってるかはわからんが。
ガラスに銀製の取っ手が付いた不思議なグラスをシノブさんの前に置く。
「ドゾッス」
「ああ、これは……」
ひとくち飲んだシノブさんは目を閉じ、ゆっくりと溜め息をついて、
「美味でござる。……実に美味でござる」
そいつぁよかった。
シノブさんはしばらく両手でグラスを大事そうに抱えながら、なんだか考え込むみたいにじっと湯気を見つめていたが、やがて口を開いた。
「その……サンタ殿。実は本日、話があって参ったのでござる」
シノブさんが何かを言いたそうにしている、というのは店に入ってきたときからずっと察していたが、やはり、何か話があってここに来たようだ。
「サンタ殿のおかげで、皆に笑顔と活気が戻ったよ。心から感謝している。拙者、皆の笑顔を見るのが好きなのだ。それでその……実はこれより、我が軍の記念式典があるでござる。もしサンタ殿さえよければ、来ていただけぬだろうか」
あ、そういうことか。
うーむ、なるほど。
でもなあ。けっこうトラウマなんだよなあ、あの、ヴィスタさんの軍。
人びとが、というか、あの空気感が。
1回死にかけてるわけだし。
そもそも、記念式典みたいな、人がいっぱい集まるイベントはあんま乗り気しない。
俺は丁重にお断りすることにした。
「モウシワケ ナイッスケド……」
そう言って頭を下げると、シノブさんは少し寂しそうな顔で手を振った。
「そうでござるか……いや、どうか気にしないでほしいでござる」
「ゴメンナサイッス」
「いやいや、サンタ殿が謝ることはないでござるよ。ずいぶん急な申し出をしたのはこちらゆえ、サンタ殿、どうか気にしないでほしいでござる」
そのとき、唐突に頭の中でヘンな音が鳴った。
きゅぴーん。
え、何?
《一般スキル『未来予測』を習得しました》
え、急に?
「サンタ殿」
シノブさんが目の前で優しく微笑んでいる。
「御免」
〈延髄に手刀が飛んでくる〉
一瞬、そんな未来が視えた。
なんだこれ?
え、手刀?
あっ、スキル『未来予測』の効果か!
俺は思わず飛び退いていた。
シノブさんから距離を取る。
「……まさか避けられるとは」
ちょっとびっくりした顔で、自分の手とこちらを見比べているシノブさん。
いやいや、あっぶねえ!?
『未来予測』のスキルがさっそく役に立ったってことか!
って、なんで??
なんで手刀? ねえシノブさん、
そんな、優しそうな顔しながら。
いかん、心臓がバクバクいってる。
ヤだよ。ぜったい痛いやつだそれ。
「フッ。サンタ殿、しばらく見ぬうちに腕を上げたでござるな」
シノブさんは、俺に向かって優しそうに微笑みかけてくる。
「……では、失礼つかまつる」
直後。
雰囲気が変わった。
別人か? ってくらい。
それは明らかに闇の世界の住人の目。
背筋を駆け抜ける戦慄。
だが待て。
だが待てよ?
ここはバーの店内だ。
少しでも暴れたら、たちまち砕け散るような繊細なガラス製のアイテムがそこここに配置されている。
シノブさんに良識があるのなら、こんな場所では戦えまい。
〈1秒後、すぐ目の前にいる〉
なんだって?
直後、シノブさんの姿がフッと浮いたかと思うと、
音もなくカウンターを飛び越え、カウンターの内側に降り立っていた。
その上や周囲のアイテムには、いっさい触れずに、だ。
なんで?
どういうこと??
俺は思わず後ずさる。狭いカウンターの中で、ガタガタといろんなものにぶち当たって激しい音が鳴る。
忍者は、またフッと浮いたような感じになって、次の瞬間にはもう目の前に来ていた。
いやいや、なんで物に当たらない?
ホログラムか何かなの? この人。
そして俺には次のような未来が視えた。
〈手刀が飛んでくる。足払いをかけられる。フェイントをかけられる。手刀が飛んでくる。目線を逸らされる。みぞおちを狙われる。首筋を狙われる。手刀が飛んでくる。〉
なんだこれ。
どう足掻いても絶望の未来ってことか。
絶対、勝てない。
それだけはわかった。
どうせやられるなら——
せめてその太ももを——
「むっ!?」
※
気がつくと、前後を二人の美女に挟まれて床に転がされていた。
「ンンー!?」
「連れて参りました、姫」
「でかしたぞ、シノブ」
手足を縛られ、口を塞がれている。
完全に自由を奪われている状態。
どこかの業界ではご褒美になりそうな状況だが、俺にそんなシュミはないぞ。
ヴィスタさんは白いバスローブのようなものを羽織って優雅にソファに腰かけ、脚を組み、手で顔を覆って、なんだか厨二病みたいなポーズで笑っていた。
「クックック……貴様がいけないんだ……貴様がいっこうに返事をくれないから……」
なんだかヤバげなこと言ってんぞ。
「フッ、サンタ。そんなに怯えなくてもいい。もっとリラックスしろ」
人をこんなぐるぐる巻きにしておいて何を言ってるんでしょうかこの人は。
俺はぶんぶん首を振る。
唯一自由に動くのは首だけっていうね。
「ふむ、何をそんなに怖がる必要がある。かように可憐な乙女を2人もはべらせておいて」
いや、拉致を指示した人と実行した人でしょ?
「安心しろ。あの不埒なリザードマンにはすでに交渉済みだ。
『サンタの命は預かった。生きた姿で再会したければ今夜大人しく私に貸し出せ』
とな。先ほど使者を出しておいた。喜べ、たまの休みだ」
交渉じゃねえ、脅迫だそれは。
ヴィスタさんは優雅にソファから立ち上がると、やおら俺に顔を近づけて、妖艶に微笑んだ。
「フフ、まったく貴様は素直じゃないな。本当は会いたかったのだろう? 私に。わかっているぞ。ただ、実に残念だが、今日の本旨は私事ではない。まずは式事だ。それが終わればたっぷり相手をしてやるから、それまではガマンしていろ」
それから、ちょっと目線を逸らすと、こう言った。
「……それに、皆が貴様の顔を見たがっているのだ。だから、顔を見せてやってくれ。……さて! シノブ、サンタを会場まで丁寧に案内してやってくれ。私もすぐに準備にかかる」
「御意」
※
巨大な建物の中の、清潔な絨毯地の廊下を移動しながら、シノブさんが説明してくれた。
「今シーズンも無事終わりを迎えたでござる。今日はその祝勝会を兼ねた式典にござるよ」
今シーズンって?
アニメか何かなの?
「サンタ殿。魔境のモンスターが襲ってくる時期には、一定の周期があるでござる。今期はポイズンワームという新種が混じっていて、我が軍はだいぶ苦戦させられ申したが、こうして勝利を収めることができた。それはひとえに、サンタ殿のおかげでもあり申す。ゆえに、こうしてサンタ殿をお迎えに上がった次第にござる」
なるほどな。シノブさん。
……ダメだな、逃げられん。
素人でもわかるぞ。隙がどこにもないってこと。
案内っていうか見張りだよね? コレ。
「式典では、とくに立派な働きをした者たちに対し、我が主君より直々に褒美が贈られるのでござる。それはそれは、名誉なことなのでござるよ」
扉を開けると、唐突に広場に出た。
うわ、なんだこれ。
ものすごい数の兵士たちがずらっと整列している。
何人くらいいる?
1000人……いや、5000人?
こんなにいたのか、兵士って。
俺はシノブさんに促されるまま、広場の正面脇に並ぶ豪奢な椅子の端っこに座らされた。
ちょうど、兵士たちと向かい合うような形で。
なんだ、このビップ席みたいなの。
シノブさんは俺の斜め後ろに控えた。
「サンタ殿。こちらの席でしばしお待ちを」
ちら、と目をやると、ほかのビップ席にはいかめしい顔つきの兵士たちが座っていた。ただ、ずらっと整列して立っているほかの兵士より、どことなく威厳めいたものが漂ってる感はある。
で、俺思いっきり睨まれてました。
なんだろう、このアウェー感。
「ほう……アレが軍団長の新しいツバメか」
「あの方の物好きも困ったものだ」
「フン。私は絶対に認めないからな」
「まったく……厳正なる帝国軍の敷地に足を踏み入れておきながら、我々に挨拶もなしとは、礼儀がなってなさすぎる」
「よくもまあ堂々とその席に座れたものだ……」
なんだか、そこかしこから皮肉が聞こえてくる。
背後に立っていたシノブさんが俺の耳元に顔を寄せて、申し訳なさそうに囁いた。
「すまぬ、サンタ殿。耳障りな雑音が聞こえてくるであろう。拙者のほうから謝辞を申し上げる。どうか気を悪くせぬよう……」
いやまあ、いいんだけどね。
シノブさんが謝る必要はないと思う。
っていうか、状況が飲み込めてないんだけど。
彼らは誰なん?
するとまたシノブさんが身をかがめて、そっと耳打ちしてくれた。
「彼らは帝国軍の最高幹部、16人の師団長たちでござるよ。いずれも広大な領地を従える、そこいらの国王よりもよっぽど強大な権力を持つ者たちでござる」
へえ、なるほどね。
軍のお偉いさんたちか。
「そして皆、ヴィスタ軍団長の忠実な配下でござる」
え、そうなの?
え、国王と同じくらい偉い人たちよりも偉いの? あの人。
「ヴィスタサン ソンナ スゴイッスカ?」
するとシノブさんはちょっと呆れたような顔をして、肩をすくめて見せた。
「サンタ殿。よもやと思うが、これまで知らずに……いや失敬。うむ、そうでござるな、世界の各国は、それぞれ自国の軍隊を持っているでござる。帝国軍というのは、それらすべての軍隊を統べる、事実上世界最高峰にして最大規模の軍隊でござる。敬愛なる、誇り高き我らが主君、ヴィスタ軍団長は、その帝国軍『バテンカイトス』の、最高指揮官でござるよ」
ええ? そうなん?
じゃあトップってこと?
あの若さで?
スゴいな異世界……。
ていうかそんなトップ中のトップの人が現場出て普通に戦ってたわけ?
あ、そうだ。『診断』してみよう。
俺はふと思い立ち、師団長のオッサンたちを適当に『診断』してみた。
おお……つええな。たしかに。
レベル150付近の人たちがゾロゾロといる。
街の冒険者たちのレベルが100付近だから、頭ひとつ抜きん出てる感じか。
ま、そこにレベル8のヤツが混じってたらそりゃ場違いだわな。
思いっきり見られてるし。
最前列の兵士さん、どう思ってるんだろう。
すいませんね、絶対あんたよりザコなのにこんな席に座っちゃって。
ていうか、見られてると言えばシノブさんだって思いっきり見られてるよな。
忍者なのに。
その太ももを……もといその姿を、こんな衆目に晒しちゃっていいんですかね?
「シノブサン ミラレテ ヘイキッスカ?」
俺は振り向いて聞いてみた。
するとシノブさんは、また身をかがめて、そっと耳打ちした。
「拙者の今の姿は、本当の姿ではないかもしれないでござるよ……?」
いたずらっぽく笑いながら、そんなことを言った。
「さ、そろそろ始まるでござるよ、サンタ殿」
直後、シンバルの音が高らかに鳴り響いた。




