19:世界移動の扉『???』
店仕舞い。
照明を明るくして、食器を片付け、軽く床の掃除をする。
本格的な掃除は開店前にやるので、今は目立つ汚れを軽く取るだけ。
「あだだだ、腰が、あだだだだ」
店長がつらそうに顔をしかめてカウンター席に腰掛けた。
むっ? 店長?
どうしたの店長?
何かこう、強大な敵を、ひとひねりしてきた、とか……?
それからジョッキに生ビールをなみなみと注ぎ、きゅーーっとあおった。
「くああーーーっ、美味い。仕事あがりのビールはいつだって最高だ。どうだ? サンタも飲むか?」
「イッス テンチョ ソレヨリ ナニカ アッタッスカ……?」
「ん? ああ、あったあった。大変だったよ。ワッハッハ」
「バ……バトル ッスカ……?」
「そうだ。しかも昨日は一日中ガキの相手だ。さすがに疲れたよ」
な……なんだって。
まだ年端もいかない子どもを?
手当たり次第に?
「まあ真の敵はガキどもの親だったんだがな」
!!
なんだって……。
子どもだけでは飽き足りず、親もろとも歯牙に掛けた、だって……?
「テカゲン ナシッスカ?」
「もちろん。手加減なんかしねえさ。どんなことにも全力で取りかかる。それが俺のモットーだからな。この痛みは名誉の負傷だ」
ライオンはウサギを狩るのにも全力を出すという。
今のはまさに、ウサギたちを前にしたライオンの物言い。
明らかに“狩る側”の目線。
ていうか、そんな傷だらけの身体で平然と仕事してたのか。
このリザードマン、いったい何者……?
「昨日はな、娘の運動会があったんだ」
……なんだと?
運動会、だと……?
「ホラ、こんな仕事してるとな、ヘタすりゃ娘は一日中父親と顔合わせられないだろ。生活時間帯がまったく逆だからな。パパいつも寝てるねーって話になっちまうだろ。だから、仕事が終わって家に帰ったらたとえどんなに眠くても粘って、娘が起きてくるまでは起きてるようにしてるんだ」
なんだと……?
仕事が終わっても、起きている、だと……?
このリザードマン、いったい何者……?
「ところが昨日はイレギュラーだった。運動会だったんだ。すっかり忘れていたんだが、俺は実行委員だったんだよ。おかげで朝っぱらからテント設営やら準備やらで駆り出されてなあ。しくじった。ちょっとでも寝ておくべきだった」
それから店長は2杯目のビールを注いで、きゅーっとあおった。
「親子リレーってのがあってな。親と子が交互にバトンを繋いで走るんだが、走ってる途中に俺寝ちまったらしくてなあ。一気にビリになったんだ。まあ起きてから全員ゴボウ抜きしてやったがな。あとで娘に寝たらダメだとさんざん叱られたよ。いやーまいった。久しぶりにキツかった。帰ったら2日分爆睡しよう」
なんだと……。
店長を、叱った、だと……?
このリザードマンの娘、いったい何者……?
いや、何がだ。
もういいわ。
そういえば店長ってパパなんだよな。
店長の娘さんか。
パパ似、なのかなあ。
「ムスメサン ガッコ イッテルッスカ?」
「そうだ。人類最前線の街といえども、学校はあるからな。子どもが生まれりゃ、学校に通わせなきゃいけねえんだ」
なるほど。
この世界にも普通に学校は存在するのか。
それにしても、人類最前線って、みんなよく使う言葉だけど、そもそも人類って、なんだ?
たとえば、店長ってリザードマンじゃん。そう言う俺はハーフコボルトなんだけど。
そういう種族ってさ、場合によっては、モンスター側に分類されていることも往々にしてあるわけじゃんね。
そこらへん、どうなんだろう。
「テンチョ ジンルイッテ ナンスカ?」
「ん? どういうことだ?」
「エト モンスター ト ジンルイ ナニガ チガウッスカ?」
「ああ、そうだな……。どこからどこまでがモンスターで、どこからどこまでが人類かって、はっきりした線引きはないがな。まあ、街で一緒に暮らしてたら、どんな見た目してても、人類だ。人族もトカゲ族もオオカミ族も、みんなひっくるめて人類って言うぞ」
「ジャ オレモ テンチョモ ジンルイ ッスカ?」
「ハッハッハ、そうだぞサンタ。俺もおまえも、人類だ」
なるほどね。
じゃあ店長も俺も、モンスター図鑑に載ってはいるけど、冒険者たちに討伐されることはなさそうと思っていいのかな……?
店長はうめき声を漏らしながら大きく伸びをした。
「どうだ、サンタ。仕事は慣れてきたか?」
俺はちょっとしてから、首を振った。
慣れてきたかはともかく、ちゃんとできているとは言いがたい。
毎日来る僧侶さんたちとも、実はまだひとことも会話を交わしてないし。
バーテンダーとしては、ダメだよね? たぶん。
でもコミュ障にとっては高いハードルなのだ。
「そうか。仕事は楽しいか? サンタ」
「ハイッス」
それに関しては、YESだ。
少しずつ、バーテンという仕事のイロハがわかってきたし。
どんなお客が来るのか、常連の顔もだんだん覚えてきたし。
「そうか。ならよかった」
店長はニコニコしながらビールを飲み干した。「それが一番大事なことだからな」
え、そうなの? 違うと思ってた。
「もっと仕事を楽しんでいいんだぞ、サンタ。そうだ、そこらへんはカイトを見習うべきだな。あいつは心から仕事を楽しんでやっているだろう?」
たしかに。
あれ? そういえばカイト、今日ずっといなかったな。休み?
「カイト ヤスミッスカ?」
「いや、カイトには今日は“営業”をしてもらってたんだ」
営業?
カイト、俺の知らないところでそんなことやってたの?
「街の女の子に声を掛けまくる、というのがカイトの特技だからな。ホラ、そしたら話の中で自然とウチの店の名前が出てくるだろ。それだけで立派な宣伝になるし、場合によっちゃそのまま女の子を連れてウチの店に来る流れになる。“とにかく街の女の子をナンパしまくる”ってのがカイトの仕事だ」
なるほどなー。
天然の営業マンかー。
店長には幅広い人脈と厚い信頼がある。
カイトには軽妙なトークと営業がある。
じゃあ俺には?
……。
いや、イカン。
深く考えないようにしよう。
「ま、今日にかぎっては立派なサボりだがな」
え? そうなの?
「今日にかぎっては、仕事にかこつけてテメエの女とイチャついてただけだ。今度、女の手料理を食べさせてもらう約束をしたらしいぞ。まったく羨ましいかぎりだなあオイ」
おいカイト。
どうやらぜんぶ筒抜けになってんぞ。
どういうカラクリかはわからんが、まあ店長の情報網ナメんな、ってことだろう。
店長に隠し事はよくないな。
ご愁傷様。
※
店長が2日分爆睡するため家路につくのを見送って、俺は店の扉のカギを閉めた。
ゆっくりおやすみ、店長。
さて、俺も寝るかあ。
それから、扉を『診断』してみた。
なんでって、なんとなく、だ。
ちょっとだけMPが余ってたから、使い切ろうと思ったのだ。
ま、どうやらMPって、時間が経つと自動的に回復するシステムらしいけどね。
そこんとこは良心的な設計だよね。
ほっとくと、30分くらいで全快になる。
ま、それは俺のMPが少ないからだろうが。
だから、どうせまた「静的オブジェクトがうんぬん」って返されるんだろうなと思っていた。
だから、意表を突かれた。
視界にはこう表示された。
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世界移動の扉『???』
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なっ……!?
思わずうしろにひっくり返りそうになった。
予想外の単語が飛び出した。
なんだって?
世界移動の扉?
……そうだ、そういえばそうだ。
俺はこの扉を開けて、こっちの異世界にやってきたのだ。
だから、やっぱり、変な扉だったんだ。
ヤバい扉だったんだ。
ふだん、当たり前みたいに出入りしてたけど。
おそるおそる触ってみたけどなんの変哲もない。
ためしにもう一度『診断』を使ってみる。
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“扉”を開けるには“カギ”を使用する
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あ。
『診断』結果をさらに『診断』できたぞ。
なになに? カギ?
カギを使えば、開くの?
『診断』を、もう一度。
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扉 カギ
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あ、さすがにもうダメか。
もう何も出てこないか。
カギ、ね。
ひょっとして、そのカギを見つければ、元の世界に帰れる、とかだろうか。
そういう設定?
うーむ……。
なんにせよ、なんか怖いなこの扉。
なんか、こわー。
うん。
塩まいとこう。
※
夜明け前の、うっすら白みはじめた空。
無機質な月がぽつりと何もない空間に浮かんでいる。
布団に寝っ転がって考える。
ここは、魔王城にいちばん近い街。
人類最前線。
そこには最も施術レベルの高い最後の教会があり、最も品揃えの豊富な最後の武器屋があり、最もゴージャスな最後の宿屋があり。
そして、最も重要な情報が飛び交う最後の酒場がある。
そんな街で生きていくために、まずしなければいけないことは、レベルを上げることだろう。
少しでも自分を強くして、頓死する可能性を極力減らすのだ。
では、どうすればレベルを上げることができるのか?
モンスターを倒せばいいのだろうか?
そういえば、ゾンビを倒したらレベルアップした。
だから、おそらくそういうことなんだろう。
ううむ。実にゲームっぽいが。
ただ、アレは俺が倒したわけじゃない。
ミホロが倒した。
ゾンビのレベルがいくつなのかわからないが、果たして俺一人の力で倒せるのか?
というか、“最後の街”の周辺に、レベル2のヤツが倒せるようなモンスターなんて、出現するのか……?
あれ?
ひょっとしてすでに詰んでる可能性、ない?
しかしその心配は、杞憂だった。
レベルアップはある日突然、一気に訪れた。




