18:このリザードマン、いったい何者?
冒険者たちが目の前のカウンターで飲んでいる。
男女混合の5人パーティ。見た目からしてなんかチャラい。
見た目と言えば、一番端の戦士らしき男の着ている鎧には、ドス黒いシミがべったりこびりついている。
それは何? 返り血? それとも負傷してるの?
いや、「ワッハッハ」じゃなくてさ。
ほかの4人も手叩いて笑ってる場合じゃなくてさ。
是非、血とかそういうのにちゃんとツッコむ世界であってほしい。
てかそんな格好で普通に店に入ってこないでよ。
バー『オニキス』にドレスコードはないけどそれ以前の問題だわ。
だが俺は何も言わない。
何も言わないし、もちろんツッコまない。
なぜなら……。
あれから、覚えたての『診断』スキルを片っ端からいろんな人に向けて使ってみて。
そして、改めて発覚した驚愕の事実に震えが止まらない。
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職業:魔法剣士 Lv.125
HP:92% MP:80%
補助効果:『勇者の加護』『水無月の誓い』『HP自動回復』
状態異常:なし
体調:軽度の神経性胃炎、軽度の酩酊状態
備考:修復の必要はありません。
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たとえばこれは、目の前で飲んでるチャラい優男の『診断』結果ね。
何がヤバいってそう、レベルがヤバい。
ちなみに、その隣のちっちゃいオッサンのレベルは102、セクシーな姉ちゃんのレベルは100、無口な魔女っ娘のレベルは104で、血まみれ兵士のレベルは110だ。
見事にレベル3ケタのオンパレードなのだ。
チャラそうに見えるのに、実はヤバい人たちなのだ。
でもね、これが別に彼らにかぎった話なら「すげーなこのパーティ」で済む話なんだけどね。でも、何を隠そうこの街、通りを普通に歩いている買い物帰りのおばさんも、道端でたむろしている獣人ヤンキーたちも、馬車に乗ったヨボヨボのじいさんさえも。
みんな普通にレベル100超えてた。
もうやだなんなのこの街。
あ、ちなみに『診断』は『鑑定』と違って、使われても視界が一瞬古いビデオみたいにならないっぽい。今のところ全員無反応だから。だから、一応使い放題なんだけど。
で、問題は、だよ。
そんな中で俺のレベルが、2だってことだよ。
たとえるなら、大量のゴルフボールの中に一個だけモナカボールが混じってるみたいなことなんだよ。
危ない。めっちゃ危ない。
街歩いててこの人たちと肩ぶつかったら俺爆散するんじゃないの?
「かんぱーい!」
目の前の冒険者たちがカチンとビールジョッキを合わせる。
あ、その衝撃でも死ぬかも。
「いろいろあったが、ようやくここまで辿り着いた。長い道のりだったが、みんな、よく頑張ってくれた!」
「ううん、ハリーのおかげだよー。ハリーがいなかったら私たち今ごろどうなってたかー」
「激しく同意じゃ。ワシらの命運はハリーにかかっておると言っても過言ではないからのう」
「関係ねぇ! 飲もう! ワッハッハ」
「……マッスルうるさい」
全員、希望に満ちた顔をしている。
世界とか救いそうな顔をしている。
俺の隣では店長が慣れた手つきで注文されたカクテルを作りながらニコニコしている。
「俺たちは100年に1度の勇者パーティ、すなわち“選ばれし者たち”なんだ。その自覚を持って、気を引き締めて最後の戦いに望もう」
「そうじゃな! ワシらこそが『魔王の繭』を叩き潰し、故郷に錦を飾るのじゃ!」
「うん、うん、ここまでやってこれた私たちなら、きっと大丈夫だよー」
「関係ねえ! 飲もう! ワッハッハ」
「……ねえハリー、教えて。カリファたちは? あれからどうしたの?」
すると魔法剣士は、一瞬冷たい目で魔女っ娘を見たが、そのまま黙って首を振った。
「グラシーラ峡谷で全滅したそうだ。聞けば、みんなまだレベル50そこそこだったそうじゃないか。所詮、彼らは10年に1度の冒険者パーティ。そういう運命だったということさ」
魔女っ娘は黙ってうつむいた。
いやいや。
聞き捨てならんな。
だってねえ、聞きました?
街の外にはレベル50の人たちが普通に全滅するようなデスマップが広がってるみたいですよ。
ガクガクブルブル。
「とはいえ、俺たちにもまだまだ課題は多い。今日の模擬戦では、パーティの連携に隙が生じる場面が何度かあった。明日、ヘイト管理をもう一度きちんと見直そう」
すると、調子いいキャラの兵士が魔法剣士に向かってビシッと親指を突きつけた。
「大丈夫大丈夫、心配ねえよ! この勢いのままガンガンいこうぜ! そうだ、ヘイマスター! 俺たちこれから魔王城に挑もうと思ってるんだけどさ、何か耳よりな情報、持ってねぇかい!?」
「んん? そうさなあ……」
店長は調合し終えたカクテルをカウンターに並べた。
冒険者たちに一番人気のカクテル。言わずと知れた、店長の『ポーション』だ。
それから目を細めて、ゴツゴツした緑色のアゴを、そっと撫でた。
ちなみに兵士さんよ。
その聞き方だと店長はロクな情報をくれないぞ。
すると魔法剣士が兵士をそっと制するように身を乗りだした。
「これは失礼。マスター殿、実は私たちは今日初めてこの街まで辿り着き、そしてこれから魔王城へ挑もうと思っている“勇者”のパーティだ。我々がここまで来たからには、魔王城攻略は必ず成し遂げられることと思う。だが、そんな我々でも情報を得ておくに越したことはない。何か有益な情報を御存知ならば、教えていただけないだろうか?」
優男は実に丁寧な口調で言った。
でも違う。
惜しいけど、そこじゃない。
店長が有益な情報を喋るかどうかの境目は、「マスター」と呼ぶか「店長」と呼ぶかだ。
なんでそんな区別をしているかというと、おそらく、「マスター」と呼ぶ人はだいたい一見さんで、「店長」と呼ぶ人は常連さんだからだろう。
何度かこの店に通っていれば、みんなが「店長」って呼んでいることに気づくはずだからね。
で、本当にガチのヤバい情報を話すときには、店長はその内容に応じた情報料をガッツリ取る。
「そうさなあ。どんな情報が欲しい?」
「たとえば、ここから魔王城までは、どのくらいで辿り着くのだろうか?」
「多く見積もっても1週間ってところだな。今では要所要所にワープが設置されているから、魔王城のふもとのキャンプに辿り着くまではとくに危ないマップはないぞ。問題はその先だ」
冒険者パーティは顔を見合わせた。
まあそうだよね。拍子抜けするよね。
みんなこれから『魔境』といういわば最後の難関に挑もうと息巻いて来るのに、そこをたった1週間で素通りできるなんて言われた日にはね。
「ちょっと待ってくれ。『魔境』が問題なわけではないのか? 人類は、ずっと長いあいだ『魔境』に苦しめられてきたわけでは、ないのか?」
「そうだ。魔境はもはや問題じゃない」
「で、では、ということは……もはや魔王の存在しない……あるじの存在しない城ひとつに、人類は延々、手を焼いていると、おっしゃるのか?」
「そのとおりだ」
魔法剣士は口に手をやり、しばし考え込むような仕草をした。
「まあいずれ、この街まで来れば魔王城はほとんど目と鼻の先にあるようなもんだ。じっくり時間をかけて体調と装備を整えるといい」
「……北のギザル、西方のグリム、東方のアスタロッテ、それから南のコンペイン。現在はその四大勢力が魔の地にて睨み合っていると聞いたのだが」
「ほほう? アンタ情報通だねえ」
「詳しく教えていただけないだろうか?」
「いや、アンタの言う通りだよ。正解だ。その4つの巨大クランが、ここ数年間ずっと水面下で争っていたわけだがな。ただ最近は……いや、これはここだけの話なんだが……実はギザルとグリムが近々手を組む……なんて話も持ちあがってるらしいな」
「なにっ!? それは本当か?」
「現段階ではただの噂話だよ。だが、信憑性は高いと思うぞ」
「そうか……いや、貴重な情報提供、感謝する」
魔法剣士は神妙な顔つきで、頭を下げた。
まあでも、店長がタダで教えたってことは、これは大した情報じゃないってことなんだけどね。
そう。
ここは異世界サイハテの酒場。
魔王城に最も近い街の酒場。
酒場といえば、情報を仕入れる場所。
つまり、この店長こそが、魔王城攻略にあたって、最も重要な情報を握る人物なのだ。
これまで何人もの“選ばれし者たち”が情報を求め、店長の元へとやってきた。
俺はそんなリザードマンの横顔をジッと見た。
そして、再びこっそりスキル『診断』を使ってみた。
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『鑑定マスク』が使用されています。『診断』結果を描画できません。
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というわけで。
問題のリザードマンがこちらです。
さて、コレは……なんだろうね。
『鑑定マスク』?
まあそのままの意味で、鑑定を妨害するスキルなんだろうか。
ただね、これまで何十人もレベル100超えてるチートくさい人びとを『診断』してきたけど、『鑑定マスク』なんてかけてる人、一人もいなかったんだよね。このリザードマン以外には、一人も。
ただ者じゃない。
このリザードマン、いったい何者……?
店長の、そのごつごつしたウロコをよーく観察してみると、顔や首筋、腕などに、無数の細かい傷がついているのがわかる。
それを見ると急に、歴戦の勇士の風格を漂わせているように感じる。
店長って、実は、本当は、すごく強いんじゃないの……?
そういえば、あのヴィスタさんを小娘呼ばわりしてたし。
こんなバーテンダーのなりしてるけど。
でも考えてみれば、こんな化け物ばっかりがゴロゴロしてる世紀末都市で、化け物連中を相手に酒場なんて構えるためには、化け物と同等かそれ以上の実力が、必要なのかもしれない。
店長……。
やだ、カッコイイ……。




