17:天職スキル『診断(ダイノーズ)』
気がつくと、一人でフラフラと町筋を歩いていた。
どういうわけか、あまりよく憶えていない。
とても満ち足りた気分でもあるし、
大切な何かを失った気分でもある。
あたりはすっかり薄墨に染まっていた。
ふいに誰かに肩を掴まれた。
振り返ると、ゾンビだった。
なんだゾンビか。
やあゾンビさん。
宵の月が綺麗ですね……それじゃあまた。
ゾンビさんは離してくれない。
というかものすごい力。
「アアアアア~~」
「アアアアア!!」
あわわわそうだった忘れてた!
なんで忘れてたんだ、初日に目撃したじゃないか、日が落ちたらゾンビ出るんだってこの街!
ゾンビはドロドロの手でこちらの首を絞めてこようとする。
やめてやめてカンベンして、何か、
何か武器になるものは……
そうだ、今日買ったものの中に……
双眼鏡!
じゃなく! そうじゃなく。
なんてこった、武器持っとらん。
あああこんなことなら店長にもらった1万円で武器買っとくんだった……!
そうこうしているあいだにも、ゾンビの手がどんどん首筋にまとわりついてくる。引き剥がそうとしても、ドロドロで、掴み所がない。なのに力はめちゃくちゃ強い。
何か、なんでもいいからスキル、
そう念じたとたん、なにやらリストが出た。
出たが……『異世界共通言語』しかない!
うおお、攻撃スキルがなんもねえ
話すって……話すの? ゾンビ相手に、何を??
「ヤ……ヤメテ オチツイテ……」
「オマエノ タマシイ クワセロオオオオォオオオ」
「ギヤアアアア」
話せても、話が通じなかったら意味ないじゃん!
マズい、だんだん意識が朦朧としはじめた、
ゾンビの手が剥がれないやっば、
このままじゃ絞め殺される……
なんとか……しないと……
意識が……
「ここは生者の世界。
魂の結界に守られた、秩序ある場所。
生死を矛盾せし者よ、渾沌へお還りなさい。
“ターン・アンデッド”」
「アギアアアアアアアアアアアッ」
ふいに静かな、しかしよく通る声が聞こえた。
目の前で灰色の光がはじけてほとばしり、縦横無尽に駆け巡る。
ゾンビの断末魔が遠ざかるのと同時に、首筋から手の感触も消えていった。
たす……かった……?
あたりを見回す。
ゾンビはどこにもいなかった。
何が起きた……?
見上げると、目の前に僧侶の格好をした女の子が立っていた。
脳内では、先ほどからSiriさんが早口でまくし立てている。
《レベルアップしました》
《ハーフコボルトのレベルが2になりました》
《ステータスが更新されました》
《経験値を魂マナに還元しています》
《パラメータを再計算しています……生命+0 魔力+0 身体+0 耐久+0 知性+999 精神+0 機動+0 創造+0 交渉+0 魅力+0》
《実績:「初めてのレベルアップ」を解除しました》
《条件を満たしました》
《天職スキル『診断』を習得しました》
《カルマを計測しています》
《レベルアップボーナスにより502マナを獲得しました》
「ミホロ……サン……?」
黒髪に、澄んだ赤い瞳。純白の修道服。
目の前の女の子は、そこに立ったまま、こちらを見おろしている。指先がまだ淡く発光していて、魔法の余韻を残している。
それから彼女はすとんとしゃがんだ。キュートな縦長の瞳孔が目の前に来た。あ、目元にちっちゃなホクロがあるんだな、なんて場違いな感想を抱く。
「見せて」
今度はミホロの手が首筋に触れる。
ひんやりした冷たい指。
その冷たさで逆に、ゾンビに触れられた箇所が腫れ上がったようにジンジン熱を持っているのを自覚する。なんだこれ。なんか、マズい後遺症でもあるのだろうか?
ミホロの目を見ると、こくりとうなずいた。
「このままほっとくと、首からどんどん腐っていって、最後にはゾンビになっちゃうから。ゾンビになっちゃうと、誰かの魂を喰らうまで延々街を彷徨うハメになっちゃうから」
ひいい……!
何それ、イヤすぎるんですけど。
「ちゃんと処置すれば大丈夫だから。じっとしてて」
「ナ ナオセル ッスカ……?」
そう言うと、少しムッとした顔で睨みつけられた。
「あたしの職業、なんだと思ってるのよ。あんたが病気を治せるみたいに、あたしだって傷を治せるんだから! とくに呪いとかゾンビの治療は僧侶の専売特許なの!」
あれ、ひょっとしてなんか対抗意識を持たれてる?
「いいからじっとしてて」
そう言うと、今度はひんやりした手のひら全体をぺとっと首筋にあてがった。そして目を閉じて、静かな、しかしよく通る声で、再び呪文を唱え始めた。
「血肉よ、清浄な命脈を保ち給え。
魂よ、ことわりを受け入れ給え。
生命の息吹よ、内界の隅々まで行き渡らん。
“クロスヒーリング”」
しばらくすると、皮膚の内側が優しい光で洗われるような感触があり、ウソみたいに痛みが引いていった。
まるで魔法みたいだ……。
って、そっか。魔法かコレ。
ミホロは、その後しばらく俺の首筋をぺちぺち叩いたり、ジッと観察したりしていたが、やがて身を離して、こくっとうなずいた。
「うん、大丈夫。ちゃんと治ったみたい」
「ア……アリガトッス タスカッタッス」
「初級魔法だし、別にこれくらい大したことないの!」
礼を言うと、ぷいっと顔を背けたが、すぐにまた正面からまっすぐ見つめてきて、
「そんなことより、何やってたの? なんでゾンビなんかに襲われてたの? こんな時間に一人で、護符も持たずに歩いてたら、危ないじゃん」
その声音は、純粋に疑問を抱いているという感じだった。
不思議そうに首を傾げている。
「あんなにすごい薬、調合できるかと思ったら……今度はゾンビなんかにやられそうになってるし……。あんたはすごいのかすごくないのか、いったいどっちなの?」
そう言われましても……。
ミホロは何やらブツブツ言いながら、下を向き、肘を曲げて、両手を自分の首に回した。一度髪を振り払ってから、自身がつけていたロザリオのネックレスをはずした。こちらの目を見て、確認するように言う。
「これ、あげる」
そのまま手を伸ばして、少しだけ身を乗り出し、俺の首につけなおした。修道服の裾が頬に触れる。
「お守り。それつけとけば、ゾンビとかには襲われないから」
「エ……イイッスカ?」
「いい。あたしはもうゾンビに勝てるし、それよりあんたのほうが心配だから」
「ア……アリガトッス」
「ううん。あっ、」
そこでミホロは、何かを思いついたように手を合わせて、ニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべた。
な、なんだ?
そのまま俺の鼻先にずいっと人差し指を突きつけると、いたずらっぽく言った。
「今度は、あたしのほうがあんたにひとつ貸し、だからねっ」
Vサイン。
さっと立ち上がると、たたたっと駆けて、通りの向こうに去っていった。
……めっちゃ可愛い笑顔した、今……。
普段あんまり笑った顔見ないからこそ、反則的な威力だわ……。
いや、待て、そうじゃなく。
今抱くべき感想はそこじゃなく。
ミホロがいなきゃ死んでたわけだ、今ので。
はあ……。
この短期間で何回死にかけるんだ、俺。
まあ、それより、レベルアップしたよな? 今。
俺何もしてないけど。
一応戦闘に参加していたから?
さらに、何やら追加ボーナス的なものもあったっぽい。
はやる気持ちを抑え、スキル、と念じてみる。
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『異世界共通言語』
『診断』
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おお、増えとる……!
残念、たしかに、念願の攻撃スキル、ではない。
ではないが、これはひょっとして、『鑑定』みたいなやつでは?
使い方、使い方はどうするんだろう?
ひとまず、自分の両手を見つめながら、『診断』、と念じてみた。すると……。
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職業:薬酒調合師 Lv.2
HP:100% MP:92%
補助効果:なし
状態異常:なし
体調:緊張、軽度の一時的混乱、軽度の興奮、治療痕
備考:修復の必要はありません。
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出た……!
おおおお……!
スキルパッケージと同じように、目の前に文字列が表示された。
バッチリ日本語で。
これは……これはすげえ。
たしかに攻撃スキルではないが、それに勝るとも劣らない重要なスキルをゲットできたのではないか?
しかも、スキルパッケージに出てくる情報とはまたちょっと違っているような……。
ためしに次は、石畳の地面を見つめながら、『診断』してみる。
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静的オブジェクトです。
魂が収束していません。
診断結果を描画できません。
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えっ……ああ、なるほど、ただの物質は『診断』できないのか。あくまで対象は生物に限定されるのかな……?
もう一度自分を『診断』する。
改めて見てみると、文字データの隣に、おにぎりみたいな丸っこい三角形が表示されている。これはなんだろうか。
なんの気なしに、そのおにぎりに向かって『診断』と念じてみた。すると……。
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HP、MP、マナ
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おお、えっ、診断できた?
なんか情報がそっけなくなったけど、『診断』した内容をさらに『診断』できたということ? それってすごくないか?
と同時に、おにぎりの右端がちょっと欠けたのが見えた。
おそらく、右端がMPなんだろう。『診断』を使用したことでMPが消費されたと見て間違いない。もう完全にゲームだな。HPは、じゃあまんま体力を意味するとして、マナってなんだろう?
まあ気になるけど、ひとまず置いておこう。
それより、前から気になっていたものを『診断』したい。
俺は『スキルパッケージ』を呼び出し、その中の称号【異世界通訳者】に向けて『診断』と念じる。
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異世界人とのファーストコンタクトに成功した者に贈られる称号。
『知性』に1000倍の補正効果。
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できたー!
すげえー!
もうなんでもアリじゃないか『診断』ちょっとチート過ぎるよ。
でもまあ、かけられたほうはたまったもんじゃないスキルだな……。プライバシーもへったくれもあったもんじゃない。
ただ、こっちの世界ではどうなんだろうか、そこらへんの感覚。店長もヴィスタさんもけっこうおかまいなしに『鑑定』使ってきたんだよな……。もしかすると、こっちの世界では、他人の情報を覗き見するのは、普通のことなのかも。
……いいのか?
……いっか!
ようし、『診断』、しまくるぞー!




