15:ツヤッツヤにされた話
そこから始まったのは、イズさんと彼女の操る植物たちによる、一方的な蹂躙だった。
俺とカイトは為す術もなく、いっさいの抵抗も許されず、服を脱がされ、謎の巨大食虫植物に食べられ、吐き出され、水をぶっかけられ、植物たちに代わる代わる謎の液体を吐きかけられ、タネをぶつけられ、身体中わっしゃわしゃに揉まれ、泡立てられ、水をぶっかけられ、乾かされ、毛の一本一本に至るまで丁寧にほぐされて、磨かれ、汚れを落とされ、次第にツヤッツヤになっていった。
「イズもうやめてえええええ」
きゃっきゃっきゃ。
「こぉら、逃げないの! オイル塗るんだから、大人しくしなさい!」
「そこは……そこはらめええええええ」
「あっ、ほら、ノミ! こっちにも!」
「くすぐったいくすぐったいぎゃはははは!」
なんだこの展開。
なんなんだ。
極楽だわ。
ホント生き返るようだわ。
その後もイズさんたちの勢いはおさまらず、俺たちはツルに手足を思いっきり引っ張られてバキバキと身体を伸ばされ、関節を柔らかくさせられた。木の根っこでゴリゴリと身体中のツボを押され、マッサージされ、ムリヤリ血行を良くさせられた。その上、徹底的に毛づくろいをされた。俺たちは見違えるようにモッフモフになった。
「ああもう…………スッッッキリしたぁっ!!」
イズさんが自分の肩を抱き、愉悦の表情で悶えていた。
「あへぇえぇ」
カイトが葉っぱの上で恍惚の表情でとろけていた。
最終的にはとどめの健康チェックまでおこなわれた。
白目の色、舌の色、虫歯、血圧、心音に至るまで、すみずみまでたしかめられた。
「あーあもう、こんなにお肌荒れちゃって……カイトくん、どうせまたこっそりチョコレート食べたんでしょう?」
「ごめんやひゃい」
「ダメよ、いくら美味しくても、あなたにとっては毒なんですからね」
そう。
そうなのだ。
このエルフさん、ただの健康オタクだったのだ。
ていうかもう、犬扱いがひどいな。
終始すっぽんぽんなわけだが、いっさい指摘されないし。
まあ体毛あるからなあ。
ってそういう問題か?
カイトが健康チェックを受けているあいだ、俺は巨大な綿毛の上に寝っ転がって、謎の筒状の植物から吐き出される謎の温風で乾かされながら、本を読んだ。カフェスペースに置いてあったのを読んでいいかたずねたら、快く貸してくれたのだ。
本のタイトルは『モンスター図鑑』。
そうだな。まずは店長から行ってみようか。
巻末の索引からリザードマンをさがし出し、該当ページを広げる。
どれどれ?
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種族:リザードマン 分類:トカゲ族
危険度:B+ レアリティ:7
耐性:熱・打撃全般
弱点:水や風などの不定形魔法
棲息地:ガストール砂漠
大きさ:200cm|(体高)
参照:サラマンダー、バジリスク|(関連)
備考: 誇り高きトカゲ族の戦士。二足歩行をし、トカゲ族の中では最も人間に近い。部族社会を形成し、群れで暮らす。ただでさえぶ厚く硬いウロコを持っている上に、強力な防具を装備しているため、物理攻撃のたぐいはほとんど効果がない。だがその厳つい見た目に反して凶暴性はなく、こちらから攻撃を仕掛けたり縄張りを荒らしたりしないかぎり襲われることはない。どんな武器でも扱えるが、とくに槍を使った戦術に長けている。
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おお……なんだかつよそう。
店長カッコイイ……。
さすがは俺のヒーロー。
そのたのもしさたるや、図鑑の中でも健在か。
よし、では続いて自分の種族を見てみよう。
そう思い、索引をさがしてみたが、あいにくハーフコボルトというのは載っていなかった。
仕方がないので、代わりにコボルトのページを広げてみる。
どれどれ?
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種族:コボルト 分類:オオカミ族
危険度:E レアリティ:0
耐性:特になし
弱点:なんでも効く
棲息地:エシルマー大湿原など
大きさ:150cm|(体高)
参照:ワイズコボルト|(上位種)
備考:人間よりやや小柄か同じくらいの大きさで、二足歩行をするオオカミ。湿原や草原など、世界中に広く分布する。知性は低く、どちらかといえば身体能力と敏捷性に頼った典型的なアタッカータイプ。ゴブリン、オークと並び、3大ザコモンスターと称される。弱点という弱点はなく、なんでも効く。とにかくザコなので、初心者のレベル上げにはうってつけだ。
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ザコって。
なにこの図鑑。ひどくない?
いや、それより、コボルトの特徴が俺のパラメータとずいぶん違うな。
俺のは知性ばっかり高くて、逆に身体能力とか敏捷性とかが無に等しいんだけど。
うん、でもまあ、どのみちザコに変わりはないのか。
……なんかせつなくなってきた。
さすがに言われっぱなしじゃあな。
少しでも名誉挽回すべく、俺はコボルトの上位種であるワイズコボルトのページを開く。
どれどれ?
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種族:ワイズコボルト 分類:オオカミ族
危険度:C レアリティ:8
耐性:陰・闇属性、打撃・斬撃
弱点:銀、光属性、飛び道具・突攻撃
棲息地:エシルマー大湿原
大きさ:150cm|(体高)
参照:コボルト|(下位種)、ワーウルフ|(突然変異)
備考:コボルトの中で、ごくまれに知性が異常発達したコボルトが進化したものとされる。コボルトと違い、身体能力は高くないが、代わりに魔法を使うことがある。外見上、ザコであるコボルトとほとんど見分けがつかないこともあって、注意が必要。とはいえ所詮ザコはザコなので、それほど気にすることもないだろう。
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いやだからザコってコラ。
失礼な図鑑だわ。
まあでも、俺はどちらかといえば、このワイズコボルトのほうに近いってことかな?
こうなったら、ついでにワーウルフってヤツのページも見てやろう。
どれどれ?
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種族:ワーウルフ 分類:オオカミ族
危険度:U|(Unknown) レアリティ:9
耐性:不明 弱点:銀など|(真偽不明)
棲息地:不明 大きさ:250~350cm|(体高)
参照:ワイズコボルト・コボルト|(関連)
備考:知性の高いワイズコボルトの中で、さらに知性の高い個体が突然変異したものとされているが、真偽は不明。目撃例が非常に少なく、幻のモンスターとされる。ただし、各地に伝わる古い伝承や文献には、たった一匹で一夜にして街を滅ぼした、コボルトの集団を率い人族に戦争を仕掛け国家を転覆させた、などという記述が数多く見られる。危険度は非常に高く見積もるべきだろう。予防策として、単独で行動している知性の高いサポートタイプのコボルトやワイズコボルトを見かけたら、確実に討伐するよう心掛けたい。
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ぎゃああ!
「はい、じゃあ次はサンタくんね」
シュルシュルと植物のツルに身体を搦め取られ、UFOキャッチャーの要領でイズさんの前に移動させられる。
イズさんと至近距離で向かい合って座る。
「それじゃあ、あーんして」
口の中を見られる。
虫歯チェック。
続いて下瞼チェック。
聴診器みたいな植物を当てられ心音チェック。
オオカミ耳を両手で掴まれさわさわ……
そこでふと、イズさんの動きが止まった。
「え……?」
イズさんがしきりに俺の耳を触りながら首を傾げる。
「何、なんなの……このパラメータ……!?」
いやあああ……!
ソッコー、バレてるううううう……!
店長やヴィスタさんが当たり前みたいに『鑑定』使ってたからもしやと思ったけど、やっぱりイズさんにも同じことができるんだ……!
「サンタくん……あなた……ひょっとして……」
イズさんが俺の目を覗きこんでくる。
俺は大人しく白状することにした。
がっくり、肩をうなだれる。
「ユルシテ クダサイッス」
「え?」
「トウバツ シナイデ ホシイッス……」
「え、どうしたの、サンタくん?」
「イチヤニシテ マチヲ カイメツサセタリ シナイッスカラ……」
「大丈夫? しっかりして」
「コッカテンプク ナンテ モクロンデ ナイッス」
「何を言ってるのかわからないけど、落ち着いて? そうじゃなくて、」
ん? 違うの?
イズさんは俺の耳を掴んだまま、少し言いづらそうに、言った。
「あのね。サンタくんの魂はね、辺境のクイリー村で生を受けたあと、しばらくは順調に育ってたんだけど」
イズさんの口から予想外の言葉を聞いた。
待て待て。
クイリー村?
え、どこそこ?
「つい2、3週間前かな、魂が輪廻に合流しようとした直後、ものすごく不可解な奔流に巻き込まれてるの。これ、ふつうなら確実に死んでるはずなんだけど、まるで元の魂に、新しい別の魂をムリヤリくっつけたような状態で、なぜか成立してるのよね……。あ、ごめんね、変なこと言って。こんな魂、初めて見たから、つい……」
2、3週間前。
つまり、イズさんの言う不可解な奔流というのはおそらく、俺がこっちの世界に転移してきた出来事で間違いないだろう。
そこまではいい。
問題は、そのあと。
元の魂に別の魂をくっつけたという部分。
つまり、俺は、誰かの肉体と魂を、ムリヤリ乗っ取ったってことなのか……?
そう考えると急に不安になってきた。
なんだか自分がとても悪いことをしているような……。
「ねえ、サンタくん。最近何か、記憶を失うような出来事、なかった? それか、大きな雷に打たれたとか。ものすごく高いところから落ちたとか」
俺は黙って首を振る。
イズさんはそっか、と呟いて、それから優しく微笑んで言った。
「クイリー村のご両親は、元気にしてる?」
両親。
その単語を聞いて、とっさに、元の世界の親の顔が浮かんだ。
会社を辞めてニートになってから、自然と関係が悪くなってしまって、ろくに連絡も取らないままこっちの世界に来てしまった。
最後に交わした言葉はなんだったっけ?
そういや、元の世界での俺は今ごろ、どういう扱いになってるんだろ。
死亡扱い? いや、行方不明扱いか?
どっちにしろ、心配してるだろうな。
いつかは、元の世界へ帰れたりするのだろうか。
とりあえず、元気でやってるよ、ということくらい、伝えられたらなあ。
俺が何も答えないでいると、正面からそっと抱き寄せられた。
「大変な思い、したんだね……」
うん。
えええええ??
アロマな香りがふわっと脳髄を刺激する。
柔らかいんですけど!
柔らかいんですけどー!
やっぱりこの世界の人たちって、他人との接触ハードルが低くない?
そのへんの感覚が違うんや……。
「大丈夫だよ。店長もわたしも、みんなあなたの家族だからね」
イズさんが身体を離して、優しく言う。
家族……か。
たしかにそうかも。
なにしろ、給料出ないしな。
「イズサン ダイジョウブッス ゼンゼン ヘイキッス」
「そう? わかった。でも、もしつらくなったら、遠慮なく言ってね」
俺はうなずく。
ところでイズさん。
あの、けっこう前からずーっと耳をさわさわされてるんだけど、これは何かのチェックなの?
違うよね?
モフモフ中だよねイズさん?
頬がだんだんゆるんできてるもんだって。
※
帰り際、イズさんが米と野菜をくれた。
「おー久しぶりの野菜だ」
「久しぶり……?」
イズさんがヒクッと頬を引きつらせる。
「ねえ、一応、念のため聞いておくけど、今朝、ちゃんと野菜食べた?」
カイトが首を傾げる。
イズさんは泣きそうな目で俺に縋ってきた。
「ねえサンタくん、最後に食卓に野菜が出てきたのっていつ!?」
「エット……」
いつだっけ?
カイトと顔を見合わせる。
「そういえば最近にくしか食ってねえなー」
イズさんはその場に崩れ落ちた。
「信じられない……! もー、店長ったら! そういうところはホント適当なんだから!」
「でもイズ、俺たち肉食だぞー?」
「それはコボルトの話ね! あなたたちはハーフコボルトなんだから、しっかりお野菜も食べなきゃ病気になっちゃいますからね」
そっか。ハーフコボルトか。
そうそう、そうだよな。
コボルトとは違うんだから、大丈夫だよな。
討伐されたりしないよな。
うん。
それにしても、念願の米だ。
イズさんにもらった袋の中身を覗いてみる。
おー、米!
……米?
……えーと。
よく見ると、一粒一粒にちっちゃな手足が生えていた。
そして全員、細かくモゾモゾ動いていた。
ねえ。だから、生きてない? コレ。
抵抗なく食べられるようになるまで、かなり時間がかかりそうです……。
「まったく、男3人の所帯なんて……店長、ホントに栄養のこと考えてくれてるのかしら……」
イズさんはなにやら頭を抱えてブツブツ言っていたが、やがて顔を上げ、俺たちの肩をポンポン叩いて言った。
「とにかく! このあとちゃんと温泉入って、よーくあったまってくること! わかった?」
「ほーい」
え、今、なんと?
温泉って言った?
あるの? こっちの世界にも?
マジで?
正直、米に続いて、なくなって悲しい文化の一つだと思ってたから、その報せは嬉しすぎるひゃっほう!
……って、期待して、いいんだよね?




