11:異世界の生活に慣れない今日この頃の話
うっぷ。
店長。
グロい。
あのね……俺、グロいの実はダメなんだよ店長。
生き物の死体とか見れないし、理科の解剖とかできないし、「グロ画像」でググったりもできないんだ。
そう……それでね、店長。
そのオレンジ色のスライム、もしやまだ生きてたりしません?
店長が包丁でプチプチ刻むたびに、なんか鳴き声聞こえません?
「ぷきゅ!」とか、あーほらやっぱり鳴いてるわ。
俺ももう泣きそうだわ。
だからね。
そろそろこのへんでやめとこう?
なんかこう……スイーツの話とかしませんか店長。
ふと目が合うと、ニカッとギザギザの歯を見せて笑った。
そんな、いい笑顔で、ねえ店長。
冷蔵庫から今度はいったい何をひっぱり出して……え、その巨大なミミズみたいなヤツを、ハンマーで、ねえどうするの店長。
イカンイカン。
イカンよ店長。
それ、叩き潰すNOOOOO!!
ぐちゃあっ。
……。
一応、貼っとくね。
【グロ注意】
完全に今さらだね。
続いて店長が手に取ったのは、先ほどのシェイカー。
バーテンダーの代名詞とも言えるアイテム。
ふと目が合うと、ニカッとギザギザの歯を見せて笑った。
ハァ、ハァ。
ねえ店長、もしかして今度はそれを、
絵的にすでにモザイク必要なぐっちゃぐちゃのそれを、
シェイクしちゃうNOOOOO!!
グロおおおーーーーーーーーーーー
※
俺がこの世界に来てから早くも数日が経過していた。
今はカイトと一緒にバーの屋根裏部屋で寝泊まりしている。
店の物置の奥に埋もれてるような階段をのぼると、6畳くらいのスペースがあって、窓がある。
天井低くて狭いけど、少なくとも寝てたらとつぜん女騎士に拉致り殺されそうになる心配がないのが嬉しい。
今のところ、ヴィスタさんに動きはない。
一度だけ忍者が解毒薬を取りに来たが、それっきりだ。
けど店長が、たまに思いだしたようにふと宙を見上げては、「厳重な警戒が必要だ……」と何度も呟くから、油断はできないのだろう。
俺としてもまたあんなワイバーンの巣みたいな場所に放り込まれたくはないから、なるべくバーから出ないようにしている。
だいたいいつもは昼頃起きて、開店までそれぞれ自由時間を過ごす。
さっきみたいに店長がカクテルの作り方をレクチャーしてくれることもある。
そして夕方近くになるとメシを食い、食い終わったら店を開ける。
そんな感じの毎日だ。
そっか。
それにしても、米か。
ソウルフードが異国の地にあるっていうのは嬉しい。
海外に長期滞在していちばんホームシックを感じるのは食べ物だって言うしね。
そういやこないだはパスタも出てきたし、意外と食文化は似通っているのかも。
ちょっと期待してしまう。
まあ店長の言う米が本当に俺が知っているあの米かどうかは実際見てみないとわからないんだけどね……。
※
「あ、帰ってきた」
カイトと二人で厨房で何をするでもなくダラダラ過ごしていると、カイトの耳がぴくっと動き、カランカランとベルが鳴って店のドアが開く音がした。カイトがのれんの向こうに首だけ出して、シッポをパタパタ振る。
「おかえり店長ー、にくかってきたかー?」
「ああ、ちゃんとかってきたぞ」
おお、今日は肉なのか。高まるな。
「どうだ。なかなかの大物だろう?」
のれんを割って入ってきた店長の、肩にずっしり担がれた槍の先に、串刺しになったイソギンチャクみたいな謎の生き物は口から粘液を垂れ流しながらピクピクまだ動いて――
俺は即座にグロセンサーのスイッチを切った。
そう、最近はそんなワザも身につけた。
グロいと思うからグロいのであって、グロいと思わなければグロくないのだ。
というかもう、そうでもしないとこの異世界ではやっていけないのだ。
ああ、ハイハイ。なるほどね?
「買う」と「狩る」ね。
この世界では肉は買うんじゃなくて狩るものなんですね。
「おー! でっけーワームだなー! さすが店長はスーパードラゴンだなー!」
いや、スーパードラゴンとか言わないでマリオの相棒のほうが頭に浮かんじゃうから。それ褒めてるのか?
しかし店長はまんざらでもない感じ。
「フフン、そうだろ? 俺はまだまだ現役でいけるだろ?」
そう言いながら現役のリザードマンは獲物をドーンと調理台の上に置いて、包丁でサクッと、とどめを刺した。
んっふ。
「コンキタ街道のサンド・ワームだ。いつもは土の中にいて、湿気の多い日にしか地上に顔を出さないからなかなか貴重なんだぞ。今日はこいつで焼き肉にしよう」
「やったー!」
焼きパ、焼きパとはしゃぐカイトを尻目に、ていうか、食べるの? ……どこを?
って気がしたが、店長が当たり前みたいにその場でさばきはじめたので、どうやらマジの食材らしい。
決して異様にフリの長いボケとかではなく。
元の世界とこっちの世界、意外と食文化は似通っているのかも?
なんて思ったとたんこれだよ。
うーむ……。
……いや、慣れよう。
慣れてこう……。
※
「よーしできたぞ。食え食え」
「いっただっきまーす!」
目の前の鉄板の上でジュウジュウ音を立てて脂が弾けている。
本日のメニュー。
肉。以上。
男らしい……。
男らしいシンプルさと豪快さを兼ね備えている。
野菜?
残念ながらここにいる全員肉食動物なんだよね。
ただそこにある肉だけを、三人で囲んでひたすらがっつく。
味は……そうですね、びっくりするくらい普通のカルビでした。
見た目的にも、ワーム要素はどこにも見当たりません。
逆にそれがすごく怖いです。
「おいカイト」
「ハグハグ」
「最近、気になることがあってな……」
「モグモグ?」
「サンタの目の下のクマがな」
「ガツガツ……」
「日に日に濃くなってる気がするんだが」
「アグアグ」
「どう考えてもおまえのせいだろう?」
「モムモムモム……」
「カイト」
ごっくん。
「ちょっとは自重しろ」
ええ。
そうなんです。実は。
カイトと店の屋根裏で相部屋生活をするようになって数日が経ちましたが、ほぼ毎日のようにカイトが部屋に女を連れこんではすぐ隣でニャンニャンな営みを始めるのです。なので、まともに寝られる環境じゃありませんでした。それが目下の悩みです。二重の意味で。
欲望に素直に生きすぎだわ。飢えたオオカミかおまえは。あ、オオカミかおまえは。
「いいかカイト、もうおまえ一人の部屋じゃないんだから、相方にもちゃんと気を遣ってやれ」
カイトは口のまわりを脂でテッカテカにしながらこちらを振り向き、ニカッと笑って、
「じゃーサンタも一緒にやるか!」
やだよそんな解決方法。
……。
いや、やっぱりいやだよ。
もっとちゃんとしたのがいいよロストバージンは。
って、そんなんだからいつまで経ってもDTなんだろうけどさ……。
※
そんなこんなで。
メシを食い終わったら三人で片づけて、日が沈みだす頃、みんなの仕事が終わる頃に店を開ける。
仕事っぷりは、相変わらずダメダメなままです。
なんもできるようにはなっとりゃせんです。
相変わらずのコミュ障で、まともに接客できとらんです。
怖いわー客マジ怖いわー。
何話したらいいかわからんわー。
どう接したらいいのかわからんわー。
そんなわけで、本気でなんの役にも立ってない俺。
そんな俺の唯一のライフラインが、このカクテルのレシピ本だ。
ぶっちゃけ、俺が未だにクビになっていないのは、100%これのおかげだろう。
これ見ていくつかカクテル作った実績があるからどうにか、まだ雇ってもらえているのだろう。
ただね、このレシピ本。
めちゃくちゃ見づらい。
巻末に索引はあるけど、あいうえお順に並んでるわけじゃないから意味がないし、1ページに1つのレシピというわけではなく辞書みたいにみっちみちに詰めて書かれてあるから、とにかくさがしにくい。
解毒薬を注文されてから、解毒薬のレシピに辿り着くまでに10分以上かかる可能性がある。
ヘタすりゃ辿り着けない可能性まである。
なので、メモすることにした。
幸いにも、メモ帳とボールペンは向こうの世界から持ってきてたからね。
暇を見つけては、レシピ本を眺めて、注文される機会がありそうなカクテルを見つけては、レシピをそのままメモ帳に書き写す。
そんなことをして、最近は次の機会に備えている。
一応、レシピ本に書かれている文字が読めることは、店長たちには内緒だ。
や、別に店長たちを信じてないとかじゃないんだけど、ほかの人たちができないのに自分だけができることについては、慎重になるべきかな、と思ったのだ。出る杭は打たれるかもしれないし。どこで誰に目を付けられるかわからないし。地雷原に無用な足は踏み入れるまい。
あとは、謎だらけのスキルパッケージね……。
一応、「スキルパッケージ」と念じれば、ゲーム画面チックなステータスやパラメータが見えるようにはなったが、肝心のスキルは一個も使えない。というか、一個しか覚えていない『異世界共通言語』とかいう謎のスキルをどうやって使うのかがわからない。あるいは常時発動しているスキルってことなのか……?
あ。
ひょっとして、店長やカイトと話ができるのも、誰にも読めないはずのレシピ本が読めるのも、このスキルのおかげってこと?
そっか、なるほど。だったらいろいろ腑に落ちる。
したらじゃあ、レシピ本が読めるっていうのも、ある意味チート能力と言えなくもないわけだ。
名付けて、チートレシピ!
……どんだけ家庭的なチート能力なんだよ。
※
そんな感じで、現時点では謎だらけ、不確定要素満載である。
知りたくないが、知りたいことは山ほどあるし、たしかめたくないが、たしかめなければならないことが山ほどある。
そもそも、ここはどこなの? とか。
今はいつなの? とか。
なんで俺ここにいるの? とか。
気になることはいっぱいあるが、勇気が出なくてまだ何もやってない今日この頃……。




