宇宙要塞 アースガルド
宇宙要塞、アースガルド。神武戦争末期に、当時最も隆盛を誇っていた国家の最終兵器として、建造された空に浮かぶ要塞である。遥か頭上から、地上にレーザー攻撃を仕掛ける事が可能であり、その威力は、最大出力で放てば、星一つ砕くことすら可能であった。
直径数十キロにも及ぶその姿は、さながら人類の英知の結晶。人類史上最も大規模な殺戮兵器である。
だが、人類は既に滅び去っている。だが、この機械の星は絶えず可動し続けて、地上を見下ろし続けていた。
その中心に存在する大広間。そこは司令室でもあり、動力部でもあった。また、この機械と幼女の支配する世界の支配者。その私室でもあった。
中央の台座に繋がれ輝くのは、人の背丈をも超える巨大な結晶体。それは、この世のどんな宝石よりも美しいオレンジの光を放っていた。さながら、ダウンサイズされた太陽の様である。
広間に繋がる唯一のドアが開け放たれ、一人の男が入室した。
その男の体は、機械と生身の中間。全身の装甲を黒と赤で染め上げ、大きな仮面をかぶり決して顔を出す事は無い。
アースと自称するこの男が、地球での用を済ませ、その日のうちに宇宙へ上がっていた。
何故なら、緊急招集を受けていたからだ。この部屋の主にして、唯一対等の存在に。
もっとも、アース本人も招集の事は予測し、その後は許可なく動けなくなるため、早々に降下したのであるが。
「グノーディア将軍が敗れたみたいね。それも、人間に」
「みたいだね。ま、人間だった頃ならともかく、今はほとんど機械だったし、全盛期には遠く及ばなかったんじゃないかな」
「問題はそこではアリマセン。この地球に、同士では無い人間が足を踏み入れたデス。早急に、速やかに対処しなければ」
性別も年齢のバラバラな複数の声が、部屋に響いていく。しかし、この大広間には仮面の男以外の人間は、一人たりとも存在しない。
「話すのなら、人格は統合して貰いたいものだな、ユグドラシル」
「すまなかった。なにせ、数百年ぶりの動乱だからな。皆、浮き足だっておる」
アースは結晶体に向けて、文句を言った。結晶体も、非礼を詫びる。
そう、この結晶体自体が巨大なAIであり、巨大演算装置である神武、ユグドラシルである。
複数のAIを搭載し、地上で数多くのアンドロイドを同時に操作している。そのどれもが、政治、経済、軍事といった、国を形作る上で頂点に存在する者ばかりだ。もちろん、演算装置として、世界情勢を動かし続けている。
内部には、ボーリング玉程の大きさのゼストリウムが内臓されており、巨大要塞の動力炉として、常に莫大なエネルギーを放出していた。複数のAIを搭載した演算装置は、精神面においても、人を超えたのである。
その、人類の英知の粋を集めた神武は、同士であるアースに対し、談笑する間もなく結論を告げた。
「非常時故、我らは奴を目覚めさせた。既に、地上に向かっている。お主と入れ違いにな」
「奴……まさか、カレンを目覚めさせたというのか⁉」
「ああ。性格に多少の難はあるが、グノーディア将軍をはるかに凌ぐ力を持っている」
「分かっているのか! 彼女はロリコンでは無く、ペドフェリアなのだぞ!」
アースが、友の決定に声を荒げて反論する。数百年の付き合いとは言え、今回の件は、自分に何の断りも無く決めていい事では無いはずだ。
「なに、少々すきんしっぷ、とやらが過剰なだけではないか。実害はさほどのものではないだろう。それに……」
「目に余るようなら、また凍らすという訳か」
「その通り。君の働きに、期待させてもらうぞ」
「無論だ。強いとはいえ、あの様な変態に、私が負ける道理が無い」
最後にそう言い残し、アースは広間を出た。そのまま、まっすぐ自室に向かう。
「おかえりなさい、坊ちゃん。その様子ですと、予想通りでしたね」
最低限の家具と、機器類しかない殺風景な彼の自室にて、D3がベッドの上で寝転んでいた。彼の自室は、数百年共にしている彼女にとっても、慣れ親しんだ場でもあるのだ。
「D3か。ああ、ユグドラシルの奴、余程人類が嫌いなようだな。困ったものだ」
「仕方ないですよ。元々、環境再生の為に作られた神武でしたから。それを、兵器転用された恨みが、まだ残っているとして、不思議ではありません」
そう。彼は元々、荒廃する地球をいかに効率的に管理し、自然環境維持を目的としたスーパーコンピューターだったのだ。世界中に意識を向けられる複数AI機能と、それを可能とする演算能力に目を付けられ、宇宙要塞の核となり、地上に死の光を降り注ぐ事になったのは、皮肉としか言いようがない。
故に、アースと友になったのだ。共に滅びゆく星を憂い、人を憎む者同士として。
「D3。私はしばらく部屋に籠る。少々、やらねばならぬ事があるのでな。だから、少し過去に行ってくれ。ソレについては、確信が欲しい。装置なら、既に整備しておいたから、すぐに飛べるぞ」
「ええ、了解です。何人か、彼女を知る者を連れてきますね」
「頼むぞ。私には、あまり時間が無いのでな」
D3に、タイムマシンのキーを渡し、彼女が部屋から出たのを確認したアースは、頭をすっぽりと覆った仮面を脱ぎ捨て、素顔を晒す。
「アナベル。今の私を見たら、君は怒るだろうな。なんと、情けない男だと。……全くその通りだ。もし事実なら、私は最低減の役目すら、果たせていないのだからな。
ハン・ハンバートは、誰もいない部屋で、寂しく呟いた。
本日はここまで。次回から、R15の戦犯が出てきます。




