ふたり
真田はここまでおとなしく聞いていた。
確かにいろいろわかったこともあったが、なんか大事なことは一切わかってないことに気づき、感動的な救出劇の後ではあるがおもいっきり毒舌をかましてやろうか迷っていた。
「ま、そういうわけなのよ〜。」
サナはすっかり自分の仕事は終わったとばかりに、ビールのお代わりを注文した。ある意味、肝はすわっている。だが、彼女なりにいろいろ頑張った結果なのだからしようがないといえばしょうがない。
「ところで、なんで誕生日までなんて言ったんだ?」
真田は素朴な疑問として、サナがTOTOに残したメモのことを聞いた。サナは、当たり前じゃんという顔をしながら
「しんちゃんに普通に誕生日を祝ってもらいたいからさ」
と言った。その顔は至って真面目だった。サナは契約内容によっては真田ともう会えないかもしれないと思ったからだと言った。
「なんかなね…去年の誕生日の記憶がないんだよ…きっと誰にも祝ってもらえず仕事してたんだと思うけど…だからね!今年こそは誰かに祝ってほしいの!」
この言葉に少し心をうたれた真田だったが、若干違和感も覚えた。去年の誕生日といえば、サナの二十歳の誕生日だ。そんなメモリアル誕生日をサナがわすれるだろうか…だいたい去年もキャバで働いていたならお客さんだってほっておかないはずだ。真田は、おそらくサナが嘘をついているなと思ったがここは敢えて突っ込まなかった。
「わかったよ。そういうことね!じゃ、去年の分まで最高の誕生日を演出してやるわ!!」
真田は気合をこめていった。サナは、控えめにありがとうと言った。
「ほんとはね。プレゼントとかどうでもいいの…ただ一緒にいたい人と居たいときに、居たい場所で…ね」
サナは恥ずかしそうに言う。真田は一瞬ドキとしたが、やはり信じられずその言葉には特に返事はしなかった。
逃げている…と自分でも感じていた。ただその理由はいくつでもある。
サナは…本当に綺麗で可愛い。見た目もそうだが、声も、性格も、仕草も全てが可愛いのだ。生意気で嘘もつくが、それを差し引いても圧倒的に可愛い。故にこんな女の子が自分を本当に好きになるわけがないと思っている。
あとは、彼女の職業だ。別にキャバ嬢に偏見はないが、ただ遊ぶのと付き合うのでは意味が違う。数々の男の影に自分が耐えられる自信はなかった。
そして、日記。まだ見せてもらっていないユキの日記のことだ。
彼女が好きとか以前の問題で、日記にそっているだけならこれは論外だ。
最後の一つは真田自身の問題だった。そう、忘れられない元カノだ。正確には2つ前の彼女だが、いまでもどこかで彼女からの連絡を待っている自分がいた。
そんないろいろな思いが重なりあって、真田は乙女のように悩んでいた。
この結論はすぐにでそうにはなかった。
その後も、サナは真田といろいろ話をしていたが30分ほどすると彼女は眠くなったと伝えてきた。当然といえば当然だろう、今日の激しい1日を振り返れば当たり前だった。真田は、店の人にタクシーを呼んでもらった。
タクシーは10分ほどでやってきた。真田はサナを家まで送ることにした。なんとなくサナが不安そうだったからだ。
サナは運転手に、自分の家までの道のりを丁寧に説明すると、真田の肩にもたれかかり寝てしまった。真田は、前のキスしたデートの日を思い出した。あの日も途中までは古くからの友達のように騒いでいたのに、急にあの異変はおこった。
だが、今日は真田はそんな気はいっさい起きなかった。自分も疲れていたし、なによりサナには平穏な時間が必要だと思ったからだった。
やがてタクシーは明治通りから、高田馬場駅に向かう道を入りコンビニの前で止まった。真田がタクシー代を払おうとすると、サナが自分で出すということをきかなかった。
(珍しいこともあるもんだな…)と真田は思ったがとりあえず。サナに任せタクシーを降りた。
サナはタクシードライバーにお礼を言って、タクシーから降りると真田に近づいてきて、またハグをした。真田はよしよしと頭を撫でる。
サナの瞳からは、涙が流れていた。
怖かっただろう 一人で、戦って…
不安だったろう 一人で、考えて…
辛かったろう 横に誰もいなくて…
真田はそんなことを思って、サナの頭をなでていた。
怖くなかったよ 貴方が私を探してるってわかってたから…
不安じゃなかったよ 貴方がかならず助けにきてくれるって知ってたから…
辛くなかったよ 貴方がずっと横にいるって思ってたから…