ユキの幻想
サナは、しばらくそのまま泣いていたが意を決して、真田から離れた。
「ありがとう、しんちゃん…」
「気にすんな。大したことはしてないしな」
それは真田の本心だった。助けた…といえば聞こえがいいが、ようは逃げてきたサナを偶然見つけただけだった。
真田はしばらく、サナを見つめていたがやがて
「じゃあな、さっちゃん!ゆっくり休め。」と無理に元気に言う。
「…うん。」
サナは小さく頷く。だがなんか言いたげだった。真田はその言葉を待つことなく駅へ向かって歩き出す。終電はもうないが近くのホテルでも漫画喫茶にでも泊まるつもりだった。
途中で振り返ると、サナはまだこっちを見ていて手を振っている。
真田も歩きながら手を大きく振る。サナの姿は小さく小さくなっていく。
この時、初めて真田はサナにもう二度と会えないんじゃないかという不安に襲われた。明日、TOTOがきてサナを攫っていくんじゃないかと思った。
今日の出来事により、真田の中でキャバ嬢としてのサナ…マキの残像はすっかり消えていた。店に通っていた時は、サナは絶対に手の届かない別世界の人形のような存在だった。
思えば真田はああいう店で、女の子を指名したのは初めてだった。その時はなんかの気まぐれだろうかと思った。だが、今にして思えば何かを感じ取っていたんだろうか…
普通なら絶対出会わない2人…
さなやん…
急にその男のことが頭に浮かぶ。サナがたった1枚みせてくれたメモには、彼はいつもユキの味方で、いつもユキの側にいようとした と書いてあった。彼なら…こういう時どうするんだろうか。
さなやん、歩く方向…逆だよ
急に頭に残像が浮かんだ。そして言葉を聞いた時、急に真田の足が止まった。
振り返り、やがて緩やかな上り坂を駆け上がっていく。
サナは、マンションの前から動かず真田を待っていた。
真田はそれを見て元気と勇気が湧いた。
さらに近づくと、サナが微笑んでいるのが見えた。
それで十分だった。
真田は、走ってきた勢いのままサナを抱きしめた。
サナもよろめきながらも、真田を受け止めた。
真田はなにも言わずに、
キスをした。
「しんちゃん、びっくりしたよ」
「帰ってきたことか?」
「ううん。キスしないで帰ろうとしたこと。」
「ははは…」
「もう少し恋愛映画みたほうがいいね」
「あれは勘弁…」
「だめ、今から見よう」
「今から?」
「私の部屋で、一緒にね」
「え?」
「大丈夫、何もしないから」
「それは普通、男のセリフだとおもうけどな…」
「だって、しんちゃん、乙女なんだもん」
「38のおじさんがの乙女なんて気持ち悪い」
「ううん、サイコーにかっこいい」
マンションのエントランスの光が逆光になって見える二人の影は
やがてマンションの中へ重なり合いながら、消えていった。




