靴
第二王子の装束を確認するため、儀礼部からいくつもの箱が運び込まれた。
衣服、帯、手袋。装身具は別に封をされた状態で届いている。
最後の箱を開けたとき、リゼットは手を止めた。
靴だった。
「こちらは殿下が公式儀礼でお使いになっていたものです」
儀礼部の職員が言った。
新しく仕立てた死装束ではない。
王族の葬送では、生前に本人が公式の場で履いていた靴を装束の一部として使うことがある。
「左右とも本人のもの?」
「はい。保管記録もあります」
リゼットは靴を持ち上げた。
柔らかくなった革に、使用された跡がある。
華美ではないが、仕立てはいい。
王族用だから、というより、特定の足に合わせて作られた靴だった。
処置台へ戻る。
遺体の足には、まだ仮の覆いだけが掛けられていた。
リゼットは右足から靴を履かせた。
入る。
無理に押し込む必要もない。
「合いますね」
そばにいた儀礼部の職員が言った。
「履けます」
「違うんですか」
「まだ分からない」
踵を収める。
次に左足。
こちらも入った。
見た目だけなら問題はない。
それでもリゼットは、すぐには紐を整えなかった。
右の靴をもう一度触る。
革がもっとも張る位置と、足のもっとも広い位置が少しずれている。
足指の収まり方も妙だった。
靴の先が余っているわけではない。
小さいわけでもない。
ただ、長くこの靴を使ってきた足が、そのまま中へ戻ったようには見えなかった。
リゼットは靴を脱がせた。
「何か?」
「確認します」
裸になった足を見る。
小指側に硬くなったところがある。
踵にも、繰り返し何かへ当たってきたような部分があった。
反対の足も見る。
左右で同じではない。
当然だった。
歩き方も、体重の掛け方も、完全に左右対称ではない。
リゼットは靴を横へ置いた。
足幅。
指の当たり方。
踵。
靴を履いていた人間の身体と、靴そのもの。
どちらも少しずつ変わる。
それだけに、合うか合わないかは単純な寸法だけでは決められない。
「事故のせいですか」
儀礼部の職員が聞いた。
「可能性はあります」
遺体には事故による損傷がある。
足もまったく影響を受けていないとは言えない。
死後の変化もある。
それに、これは日常の靴ではない。
公式儀礼で使うものなら、年に何度履いていたのかも分からない。
普段は別の靴を使っていたはずだ。
この靴が足の生活をすべて残している、と考える方が乱暴だった。
「装束確認は止めますか」
「靴だけ保留にしてください。靴以外の装束確認は進めて」
職員は頷いた。
リゼットは靴を箱へ戻さず、処置台の脇へ置いた。
記録部へ保管記録を確認しに行かせたところで、処置室の入口に見覚えのある男が現れた。
「また何かありましたか」
セドリック・ハルヴェイだった。
「また、って何」
「前回は肩でした」
「今日は靴」
セドリックは一瞬、処置台の脇を見た。
「靴?」
「第二王子が生前に使っていた儀礼靴」
リゼットは右足を示した。
「履かせられる。でも、足との噛み合い方がおかしい」
「噛み合い方」
「幅と、指の当たり方。それから皮膚の硬くなっている場所」
セドリックは靴には近づいたが、遺体の足へ触れようとはしなかった。
「靴の大きさが違う?」
「大きさだけなら合ってる」
「なら履ける」
「履ける靴と、履き続けてきた靴は同じじゃない」
セドリックが靴を見た。
「分かるものですか」
「場合による」
「今回は?」
「気になる」
「また難しい答えですね」
「簡単な答えが欲しいなら、私に聞かない方がいい」
前なら、そこで会話が止まっていたかもしれない。
セドリックは止めなかった。
「靴が合わないだけで、王子を別人にはできません」
「だから別人だとは言っていません」
「そこは分かっています」
リゼットは顔を上げた。
セドリックと最初に身体記録を確認したときなら、もう一度説明するところだった。
今は必要がなかった。
「では、何を確認すればいい?」
セドリックが聞いた。
「この靴を作った職人の記録」
「仕立て記録?」
「木型が残っていれば、それも。採寸も」
「王族用なら保管されている可能性はあります」
「取り寄せられる?」
「監察の名で確認します」
「お願い」
セドリックは手帳を開いた。
「いつ頃作られた靴か分かりますか」
「保管記録待ち」
「使用回数は?」
「それも」
「普段履きの靴は?」
「まだ見てない」
彼が書き留める。
リゼットは少し意外に思った。
「靴まで調べるの」
「あなたが身体から違和感を出した。私は、その違和感を記録で確かめる」
「前は、記録上本人だって言ってた」
「今も言っています」
即答だった。
「身元確認記録は変わっていません。ただ、靴の記録を確認することとは両立します」
リゼットは少し考えた。
「面倒ね」
「何がです」
「一つの答えに決めないの」
「あなたに言われたくありません」
今度は、冗談だと分かった。
リゼットは笑わなかったが、言い返しもしなかった。
セドリックが靴を指す。
「事故後の腫れは?」
「あるかもしれない」
「儀礼靴なら、ほとんど履いていない可能性もある」
「ある」
「普段履きが全然違う形なら、皮膚の硬い場所もそちらでできる」
「それもある」
「それでも確認する?」
「確認する」
セドリックは手帳を閉じた。
「分かりました」
それだけ言って出ていった。
リゼットはもう一度、靴を手に取った。
靴だけなら、いくらでも説明はつく。
足が変わった。
靴をあまり使っていなかった。
普段履きが違った。
仕立ての時期が古かった。
どれもあり得る。
リゼットは右の靴をもう一度履かせた。
今度は上からではなく、足の外側に指を添える。
小指の付け根が来る位置。
靴の幅がもっとも張っている位置。
少し違う。
左も確認する。
同じ違いではない。
「オルディスさん、装束の上衣はどうします?」
儀礼部の職員が扉から尋ねた。
「先に確認しておいて。すぐ行く」
「靴は?」
「まだ」
靴を脱がせる。
処置台の下から計測具を取り出した。
右足を支え、最も広いところへ当てる。
記録紙にはすでに一度測った数字がある。
それを見ずに、もう一度測る。
次は左足。
リゼットは左右の足幅を、一つずつ確かめ直した。




