一人でいる身体
帰ってから、リゼットは遅い夕食を取った。
パンと、昨日の残りの肉。林檎を半分。
温め直す気にならず、肉は冷たいまま食べた。
一人なら、それで困らない。
皿を洗い、残った林檎を布で包む。明日の朝に食べればいい。
服を脱いで寝間着へ替えた。眼鏡は机へ置いた。
寝台へ入る前に、身体がまだ静まっていないことへ気づいた。
「また」
理由を探す必要はなかった。
昼間、狭い机で隣にいたセドリック。紙の上を動いた手。濡れた髪を避けるため、髪ではなく紙をずらした指。
思い浮かべるまでが早くなっている。
リゼットは寝台の縁へ腰を下ろし、寝間着の裾を上げた。
指先で触れる。身体はすぐに応えた。
もう、そこに驚く段階ではないらしい。
前の二度より、ためらいは短かった。誰を思い浮かべているのか、自分に隠す必要もない。
セドリックの手を考えた。自分より大きく、紙を押さえるときには迷いがない。
その手が仕事とは違う目的で、手首から肩へ、腰へ触れる。知らない感触は想像でしか作れない。それでも嫌ではなかった。
むしろ、知らないから先を作りたくなる。
襟元へ触れる指。背中へ回る腕。間近で名前を呼ぶ、いつもより低い声。
仕事中のように『確認します』と言うのだろうか。
「それは嫌」
思わず声が出た。
想像の中のセドリックまで愛想がない。そこだけは妙に正確だった。
呼吸が深くなる。指を動かす。腿に力が入り、寝間着の布が邪魔になった。
片手で布を避け、同じ場所へ戻る。
腰がわずかに動く。自分の指なのに、別の手を重ねて考えるだけで、触れ方まで違って感じた。
肩へ力が入り、すぐ抜ける。もう一度。
腹の奥が強く縮んだ。肩が揺れ、短い息が漏れた。
力が抜けるまで、そのまま座っていた。
「終わり」
身体はそれで納得したようだった。さっきまでの熱が引いていく。
触れたい。触れられたい。
そこまでは、もう分かる。
けれど、目を閉じると、セドリックは身体から離れたあともいなくならなかった。
隣で眠る姿ではない。朝の部屋にいる。
椅子の背には濃い色の上着。机には彼が途中まで読んだ書類。洗い場には二人分の皿。
「朝から紙を広げないで」
想像の中でも、たぶん聞かない。
彼は食事を後回しにする。茶が冷めても気づかない。使った物は元の位置へ戻すくせに、調べている途中の紙だけは机を占領する。
リゼットが林檎を切っても、礼を言いながら書類から目を上げないかもしれない。
それなら紙を取り上げる。
そこまで考えて、リゼットは顔をしかめた。
朝食を出すことも、取り上げる紙があることも、彼が朝までいることを先に決めている。
一人なら、朝食を抜いても、昨日の残りを食べても、自分だけの問題だった。
誰かがいれば、そうはいかない。
「面倒」
そう言いながら、追い出すところは想像しなかった。
そこが、身体を欲しがることより扱いにくかった。
身体だけなら、今のように自分で終えられる。相手がいても、終わればそれぞれの場所へ戻ればいい。
朝は別だった。
自分の部屋で、自分とは違う順番で動く人間がいる。何を食べるか聞き、出る時刻を確かめ、帰ってきたときにもその人の物が残っている。
考えるほど、手間が増えた。
一人で困ったことはない。働き、食べ、眠り、欲しいときには自分で済ませられる。友人も、妹も、姪もいる。
足りないから誰かを入れたいわけではなかった。
足りている場所に、それでもセドリックが残ることを、嫌だと思えない。
「困る」
今度の方が、さっきより本当に困っていた。
リゼットは立ち上がった。
椅子に、帰宅して脱いだ上着が掛かっている。片づけようと手を伸ばした。
その上へ、もう一着が重なる朝を想像した。
濃い色の男物の上着。
セドリックなら、そんな雑な掛け方はしないだろう。自分の上着の上へ無造作に重ねるとも思えない。
それでも、なぜかそう浮かんだ。
二人分。
リゼットは伸ばした手を下ろした。
上着は椅子に残した。




