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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第五章「生者のための死」

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エリオを知る男

 朝から、儀礼部の使いが来ていた。

「また?」

 リゼットは紙を受け取った。

「またです」

 ネリスが答える。

「昨日も来た?」

「昨日は口頭。今日は書面」

「悪化してる」

「向こうから見れば進んでるんじゃない?」


 何が、と言いかけてやめた。

 国葬準備だった。

 第二王子の死は公表されている。

 王宮の外でも服喪が続いている。

 棺をいつ封鎖できるのか。

 装束をいつ確定するのか。

 儀礼部が必要とする判断期限が書かれていた。

「無理」

 リゼットが言った。


「その返事で返す?」

「だめ?」

「たぶん」

 ネリスが紙を覗く。

「でも、ずっと待たせられないよ」

「分かってる」

「身体も」

「分かってる」

 少し強くなった。

 ネリスは黙る。


「ごめん」

「別に」

 処置室を見る。

 最低限保存を続けている身体。

 エリオ・レンとの高度な一致。

 公的には第二王子ルシアン。

 その間に置かれたまま、日を重ねていた。


「今日、また確認するんでしょう」

「オスカー」

「何か出そう?」

「出るから呼ぶんだと思う」

「監察官が?」

「うん」

 リゼットは儀礼部の紙を畳まなかった。

 机の端へ置いた。

 今日の処置記録。


 その横に国葬の期限。

 どちらも同じ身体について書かれている。

 昼前、行政棟へ向かった。

 セドリックはもう来ていた。

「遅い」

「時間どおりです」

「私が先に来た」

「それは遅刻の意味ではありません」

「儀礼部から来た」


「知っています」

「何で?」

「こちらにも照会が来ています」

「返事した?」

「調査継続中と」

「便利ね」

「事実です」

 部屋の中には、もう一人いた。

 オスカー・レーヴェン。

 前に事情を聞いたときと同じ姿勢で座っている。

 立ち上がった。


「オルディス葬送官」

「こんにちは」

「本日もよろしくお願いします」

 声も変わらない。

 あの日もそうだった。

 聞かれたことへ答えた。

 余計なことは言わない。

 事故状況。

 衣服。


 装身具。

 体格。

 そのすべてから第二王子だと判断した。

 形式上、説明は成立していた。

 今は違う。

「始めます」

 セドリックが座る。

 机に置いたのは、身元確認書だけではなかった。

 右肩の追加所見。


 ドリアン・メルクの事情確認記録。

 機密移送区間の照合表。

 オスカーはそれを見た。

「肩へ処置が加えられていたことは確認しました」

 セドリックが言った。

「死亡後です」

 オスカーは黙っている。


「処置者本人も認めています」

「そうですか」

「さらに、遺体が通常移送から外れ、医療側へ一時的に渡された経路も確認しました」

「はい」

「前回、あなたは身元確認について説明しました」

「覚えています」

「事故状況、衣服、装身具、体格からルシアン殿下だと判断したと」

「はい」

「今も同じ説明ですか」


 オスカーは答えなかった。

 前回より長かった。

 リゼットは顔を見た。

 動揺しているようには見えない。

 覚悟を決めているようにも見えない。

 ただ、黙っていた。

「オスカー・レーヴェン」

 セドリックが呼ぶ。


「遺体がエリオ・レンであると知っていましたか」

「知っていました」

 短かった。

 リゼットは息を止めなかった。

 驚かなかったわけではない。

 ただ、ずっと残っていた問いが、あまりに簡単な形で終わった。

「いつから?」

 聞いた。


「身元確認の時点で」

「見る前から?」

 オスカーはリゼットを見る。

「それには答えません」

「どうして」

「事故前の行動に関わるからです」

 セドリックが口を挟んだ。


「質問を変えます。遺体を見た時点では、エリオ・レンだと認識していた」

「はい」

「それでも第二王子ルシアン・エルヴァ・ヴァレーヌとして身元確認書へ署名した」

「はい」

「故意に」

「はい」

 三つ続いた。

 言い逃れはなかった。

「もう一点」

 セドリックが右肩の記録へ手を置いた。


「前回、右肩の識別痕も確認したと答えましたね」

「はい」

「それも事実ではなかった?」

 オスカーは少し間を置いた。

「身体記録にある古傷を確認した、という意味では事実ではありません」

「肩は見た?」

 リゼットが聞いた。


「見ました」

「古傷は?」

「記録どおりのものは確認できませんでした」

「それでもルシアン殿下だと署名した」

「はい」

「前に嘘をついた」

 リゼットが言った。


「はい」

「事故状況から殿下だと思ったって」

「そう答えました」

「どうして」

「殿下を守るためです」

 答えは同じ速さだった。

「ルシアン殿下を?」

「はい」

「生きている殿下」

 一瞬だけ間があった。


「はい」

 これで、オスカーが何を守ろうとしていたのかも明確になった。

「どこにいるか知ってる?」

「答えません」

「今も?」

「答えません」

「協力者は?」

「同じです」

「事故の前に何を」

「オルディスさん」

 セドリックが止めた。


「今は身元確認についてです」

「でも」

「彼が話さない理由も分かりました」

 ルシアン側の逃走経路。

 協力者。

 まだ誰が王子を追っているのかも分からない。

 オスカーが黙ること自体には理由がある。

 それを認めることと、身元確認の嘘を認めることは別だった。

「あなた」

 リゼットはオスカーを見る。


「エリオのこと、知ってたんでしょう」

「知っています」

「直属だった」

「はい」

「よく?」

「王子付き従者としては、よく知る方でしょう」

「甘いものが好きで、姪へ土産を送ってたことも?」

 オスカーは少しだけ目を細めた。


「知っています」

「そういう男でした」

「じゃあ、何で」

 リゼットは言った。

「その人を王子にしたの」

 オスカーはすぐ答えなかった。

「死んでいたからです」

 リゼットの眉が動く。


「死んでたらいいの?」

「そうは言っていません」

「言ってるでしょう」

「違います」

 オスカーの声が初めて少し強くなった。

「生きている殿下と、すでに亡くなったエリオがいた」

「だから?」

「どちらか一方を守れる状況でした」

「何から」


「殿下を探す者たちからです」

「エリオはもう死んでるから、使っても減らない?」

「そういう言い方はしていません」

「でもやったことは?」

 オスカーは黙った。

 セドリックは止めなかった。

「私は」

 オスカーが言った。


「殿下の侍従長です」

「知ってる」

「殿下を守る責任がある」

「エリオもあなたの部下でしょう」

「そうです」

「じゃあエリオを守る責任は?」

 オスカーの視線が少し落ちた。

「ありました」

「過去形?」

「彼は、もう亡くなっていた」

 リゼットは椅子の背から離れた。


「死んだら、守るものなくなるの?」

「身体のことだけを言っているのではありません」

「私は身体のことも言ってる」

「分かっています」

 オスカーがこちらを見る。

「だから、あなたとは判断が違う」

 言い切った。

「私にとって、あの時もっとも守るべきだったのは、生きている殿下でした」

 リゼットは返事をしなかった。


「エリオなら」

 オスカーが続ける。

「同じ判断を望んだと思います」

 その言葉で、初めて腹が立った。

「何で決めるの」

「彼を知っていたからです」

「私も少し知った」

「少しでしょう」

「そう」

 そこは認めた。


「あなたの方がずっと知ってる」

「なら」

「でも、本人じゃない」

 オスカーは黙った。

「エリオなら殿下を守りたいと思ったかもしれない」

 リゼットは言った。

「でも、その人が死んだあとまで、同じように決めていい?」

 オスカーは答えなかった。

 セドリックが筆を置いた。


「エリオ本人から、死後の身元利用について意思を確認していますか」

「いいえ」

「右肩の処置は」

「知りませんでした」

「王族として国葬する話は」

「本人とはしていません」

 オスカーが考えるエリオと、本人が実際に選んだことは同じではなかった。

「囮になったのは、自分で決めた?」

 リゼットが聞いた。

 オスカーは口を閉じた。


「それも答えない?」

「はい」

「なぜ」

「事故前の行動と、殿下の逃走経路へつながるからです」

「でも、エリオの意思でしょう」

「それでもです」

 セドリックは追わなかった。

「その点は別の方法で確認します」

 オスカーが彼を見る。


「殿下の所在へ危険が及ぶ調査には協力できません」

「承知しています」

「それでも調べる?」

「必要な範囲で」

 セドリックの声は平らだった。

「あなたの忠誠と、エリオ本人の意思は同じ証拠ではありません」

 オスカーは返事をしなかった。

 事情確認はそこで終わらなかった。

 身元確認書を提出した時刻。


 誰へ渡したか。

 身元確認後にどの部署と接触したか。

 ただし、事故前の経路へ踏み込む質問には、オスカーはほとんど答えなかった。

 嘘をつくことは減った。

 黙ることが増えた。

 最後にセドリックが確認した。

「身元確認書の記載について、訂正しますか」

「現在の調査記録上は、偽証だったと認めます」

「当時の判断を後悔していますか」

 オスカーは少し考えた。


「殿下が生きているなら」

 そこで止まる。

「同じ状況なら、私はまた殿下を守ると思います」

 リゼットは彼を見る。

「エリオの名前を使って?」

「他に方法がなければ」

「そう」


 腹は立った。

 でも、それだけではなかった。

 この男は本当にそう考えている。

 死者を軽く見ているからではない。

 エリオを知らないからでもない。

 知っている。

 知っていて、選ぶ順番がリゼットと違う。

 その方が、ずっと扱いにくかった。

 オスカーが退室したあと、セドリックはすぐ次の書類を取った。


「人事担当へ連絡します」

「何の?」

「エリオ・レンの緊急連絡先です」

 リゼットは顔を上げる。

「姉」

「はい」

 人事簿を確認したときに出てきた人だった。

 地方にいる既婚の姉。

 七歳の娘がいる。


「呼ぶの?」

「内密に王都へ」

「死んだって言う?」

「まだです」

「どうして」

「公的な身元整理が終わっていません」

「でも、エリオでしょう」

「あなたの身体所見、監察上の証拠、オスカー本人の自認まで揃いました」

「なら」

「家族への死亡通知は別です」

 リゼットは黙った。


「人事担当から、『勤務状況に関する確認が必要』という名目で招致します」

「嘘?」

「全部を伝えない通知です」

「クララみたい」

「少し違います」

「分かってる」

 でも、似た部分はある。

 必要なことだけ知らせる。

 今は、その方がいいとセドリックは判断している。


「私から連絡する?」

「しないでください」

「分かってる」

「念のためです」

「信用ないね」

「あなたは必要だと思うと動くので」

「それは褒めてる?」

「違います」


 即答だった。

 リゼットは何も言わなかった。

 セドリックは人事担当への依頼書を書き始める。

 そのとき、扉が叩かれた。

 葬送院からだった。

 儀礼部の再照会。

 棺封鎖と国葬準備について、いつまでに判断できるか。

 朝の書面と同じ内容が、今度は回答期限つきで戻ってきた。

「早い」

 リゼットが言う。


「準備が止まっているのでしょう」

「身体も待たない」

「はい」

 セドリックは依頼書の手を止めなかった。

「姉は、どのくらいで来る?」

「まだ分かりません」

「間に合う?」

「何にです」


 リゼットは答えなかった。

 何に間に合わせたいのか、自分でもまだ決まっていない。

 家族が王都へ着くこと。

 遺体の名前が戻ること。

 国葬を止めること。

 どれも同じ期限ではなかった。

「これ、持って帰る」

 儀礼部の紙を取る。


「返答は?」

「葬送院で考える」

「一人で決めないでください」

「決められないでしょう」

「それなら結構です」

 リゼットは立った。

 机の上には、オスカーの偽証を認める記録が残っている。

 その隣で、人事担当への依頼書が書かれていた。

 エリオ・レンの姉を王都へ呼ぶための紙。


 まだ、その紙にも死亡とは書かれていなかった。


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