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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第五章「生者のための死」

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普通の葬儀

 その日の二人目は、厩務員だった。

 王宮の厩舎で長く働いていたという。

 以前から患っていた病が悪化し、朝方に亡くなった。医官の確認も済んでいる。事故ではない。身体に大きな損傷もない。

 リゼットは受領記録を読み終えて、紙を机へ置いた。

「こちらで間違いありません」

 遺族が頷いた。

 持ってきた荷物が、椅子の上に置かれている。

 礼装。

 上着。

 小さな布袋。


「服はこちらですね」

「はい。ただ」

 遺族が二着を見比べた。

「迷っていて」

「どちらにするか?」

「こっちを着せるつもりだったんです」

 指したのは礼装だった。

 仕立てもよく、皺のない状態で畳まれている。


「でも、本人はこっちの上着の方をよく着ていました」

 もう一着は普段着に近い。

 何度も着たものらしく、礼装より布が柔らかくなっていた。

「どちらでも大丈夫です」

 リゼットは答えた。

「決まりは?」

「ありません。式の側で指定がなければ、ご家族で決めていただけます」

「どっちがいいと思います?」

「私が?」

「こういう仕事をしているから」

 リゼットは二着を見る。


「どちらも着せられます」

 遺族は少し困った顔をした。

 どうやら、聞きたいことはそこではなかったらしい。

「本人なら、どっちがいいでしょうね」

「それは私には分かりません」

 答えてから、少し考える。

「でも、普段よく着ていた方を選ぶ家もあります。式だから礼装にする家もあります」

「どっちもある?」

「あります」

 遺族はまた二着を見る。


「じゃあ、こっちにします」

 古い方の上着だった。

「分かりました」

「こんなのでいいんでしょうか」

「こんなの?」

「もっとちゃんとした服じゃなくて」

「破れてはいませんし、汚れてもいません」

「そういう意味じゃなくて」

 また間違えたらしい。

 リゼットは口を閉じた。

 遺族は上着の袖を撫でた。


「こればっかり着てたから」

「では、それで」

 今度は余計なことを足さなかった。

 洗浄の準備をする。

 必要なものを並べる。

 水の温度を確かめる。

 身体を覆っていた布を必要なところだけ開いた。

 顔から始める。

 首。


 腕。

 手。

 胸元。

 急ぐ理由はなかった。

 だからといって、ゆっくりする理由もない。

 いつもの速度で進めた。

 皮膚を傷めないよう布を動かす。

 指の間まで確認する。

 爪を整える。


 髪を梳く。

 大きな整復は必要なかった。

 口元を整え、顔を確認する。

 もう一度全体を見る。

 それから装束へ移った。

 選ばれた上着を広げる。

「そっちになったんですね」

 扉の近くから声がした。

 厩舎の同僚だった。

 遺族と一緒に来ていたが、しばらく外へ出ていたらしい。


「知ってる服?」

 リゼットが聞いた。

「知ってますよ。よく着てました」

「気に入ってた?」

「どうでしょう」

「分からない?」

「本人に聞いたことないです」

 同僚は少し笑った。


「気に入ってなきゃ、あんなに着ないとは思いますけど」

 それくらいだった。

 リゼットは袖を通した。

 肩を合わせる。

 布が引かれないよう腕の位置を調整する。

 前を留める。

「似合う?」

 遺族が同僚に聞いた。


「いつも通りですね」

「それ褒めてる?」

「褒める必要あります?」

「最後くらい言えばいいでしょう」

「似合ってますよ」

「遅い」

 同僚は頭を掻いた。

「こういうの苦手なんですよ」

「本人も苦手だったでしょう」

「そうですね」

 そこで同僚がリゼットへ言った。


「人には愛想悪かったんです」

「そうなの?」

「ええ。挨拶しても返さないことあるし、何か頼むと嫌そうな顔するし」

 遺族が横から言う。

「家でもそうでした」

「でも馬には好かれるんですよ」

「馬には?」

「なんでか知らないけど。気の荒いのでも、あの人が行くと静かになることがあって」

「馬にだけ愛想よかった?」

「いや、馬にも愛想は悪かったです」

 リゼットは手を止めた。


「じゃあ何で好かれるの」

「知りません」

「分からないんだ」

「馬に聞いてください」

「聞けないでしょう」

「だから分からないんですよ」

 同僚が笑った。

 遺族も少し笑った。

 リゼットは上着の襟を直した。


 話はそこで終わった。

 馬に好かれる理由を調べる必要はなかった。

 次は下衣を整える。

 靴下。

 靴。

 一つずつ確認していく。

 持ち込まれた布袋には、本人の私物が入っていた。

 使い込んだ櫛。

 小銭入れ。

 手袋。


「これは棺に入れますか」

 リゼットが聞く。

 遺族は少し考えた。

「手袋は」

「全部でも構いません」

「櫛はいらないかな」

 同僚が言った。


「あなたが決めないで」

「そうですね」

「手袋だけにします」

「分かりました」

 小銭入れと櫛は袋へ戻した。

 理由は聞かなかった。

 手袋を棺へ入れる。

 それでよかった。

 棺の準備ができるまで少し待った。


 その間、リゼットは処置記録を書く。

 受領時刻。

 身体状態。

 洗浄。

 整え。

 使用した装束。

 特別な処置、なし。

 書くところが少ない。

 書き終わるのも早かった。


「棺、来ました」

 運ばれてきた棺を確認する。

 寸法。

 内張り。

 留め具。

 問題はなかった。

 身体を移す。

 頭の位置を合わせる。

 上着の裾が折れていたので直した。

 手袋は脇へ置いた。


「こちらでよろしいですか」

 遺族に見てもらう。

 しばらく返事がなかった。

 リゼットは待った。

 何か言うことを探さなかった。

「はい」

 やがて声がした。

「これでお願いします」

「分かりました」

 同僚も棺を覗いた。


「本当にいつもの服だ」

「さっき言ったでしょう」

「棺に入ってると変な感じで」

「そうね」

「厩舎に来そうなんですけどね」

 遺族は何も答えなかった。

 リゼットも答えなかった。

 しばらくして、同僚が棺から離れた。


「じゃあ、お願いします」

「はい」

 最後の確認をする。

 襟。

 袖。

 手の位置。

 顔。

 問題なし。

 リゼットは記録へ最後の時刻を書いた。


 納棺終了。

 遺族がもう一度頷く。

 棺は次の場所へ運ばれていった。

 扉を通るとき、角が当たらないよう運ぶ者が少し向きを変えた。

 それだけ見届ける。

 処置室には、使い終えた布と空になった水差しが残った。

 リゼットは布をまとめた。

 水差しを持つ。


 洗い場へ運んだ。


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