普通の葬儀
その日の二人目は、厩務員だった。
王宮の厩舎で長く働いていたという。
以前から患っていた病が悪化し、朝方に亡くなった。医官の確認も済んでいる。事故ではない。身体に大きな損傷もない。
リゼットは受領記録を読み終えて、紙を机へ置いた。
「こちらで間違いありません」
遺族が頷いた。
持ってきた荷物が、椅子の上に置かれている。
礼装。
上着。
小さな布袋。
「服はこちらですね」
「はい。ただ」
遺族が二着を見比べた。
「迷っていて」
「どちらにするか?」
「こっちを着せるつもりだったんです」
指したのは礼装だった。
仕立てもよく、皺のない状態で畳まれている。
「でも、本人はこっちの上着の方をよく着ていました」
もう一着は普段着に近い。
何度も着たものらしく、礼装より布が柔らかくなっていた。
「どちらでも大丈夫です」
リゼットは答えた。
「決まりは?」
「ありません。式の側で指定がなければ、ご家族で決めていただけます」
「どっちがいいと思います?」
「私が?」
「こういう仕事をしているから」
リゼットは二着を見る。
「どちらも着せられます」
遺族は少し困った顔をした。
どうやら、聞きたいことはそこではなかったらしい。
「本人なら、どっちがいいでしょうね」
「それは私には分かりません」
答えてから、少し考える。
「でも、普段よく着ていた方を選ぶ家もあります。式だから礼装にする家もあります」
「どっちもある?」
「あります」
遺族はまた二着を見る。
「じゃあ、こっちにします」
古い方の上着だった。
「分かりました」
「こんなのでいいんでしょうか」
「こんなの?」
「もっとちゃんとした服じゃなくて」
「破れてはいませんし、汚れてもいません」
「そういう意味じゃなくて」
また間違えたらしい。
リゼットは口を閉じた。
遺族は上着の袖を撫でた。
「こればっかり着てたから」
「では、それで」
今度は余計なことを足さなかった。
洗浄の準備をする。
必要なものを並べる。
水の温度を確かめる。
身体を覆っていた布を必要なところだけ開いた。
顔から始める。
首。
腕。
手。
胸元。
急ぐ理由はなかった。
だからといって、ゆっくりする理由もない。
いつもの速度で進めた。
皮膚を傷めないよう布を動かす。
指の間まで確認する。
爪を整える。
髪を梳く。
大きな整復は必要なかった。
口元を整え、顔を確認する。
もう一度全体を見る。
それから装束へ移った。
選ばれた上着を広げる。
「そっちになったんですね」
扉の近くから声がした。
厩舎の同僚だった。
遺族と一緒に来ていたが、しばらく外へ出ていたらしい。
「知ってる服?」
リゼットが聞いた。
「知ってますよ。よく着てました」
「気に入ってた?」
「どうでしょう」
「分からない?」
「本人に聞いたことないです」
同僚は少し笑った。
「気に入ってなきゃ、あんなに着ないとは思いますけど」
それくらいだった。
リゼットは袖を通した。
肩を合わせる。
布が引かれないよう腕の位置を調整する。
前を留める。
「似合う?」
遺族が同僚に聞いた。
「いつも通りですね」
「それ褒めてる?」
「褒める必要あります?」
「最後くらい言えばいいでしょう」
「似合ってますよ」
「遅い」
同僚は頭を掻いた。
「こういうの苦手なんですよ」
「本人も苦手だったでしょう」
「そうですね」
そこで同僚がリゼットへ言った。
「人には愛想悪かったんです」
「そうなの?」
「ええ。挨拶しても返さないことあるし、何か頼むと嫌そうな顔するし」
遺族が横から言う。
「家でもそうでした」
「でも馬には好かれるんですよ」
「馬には?」
「なんでか知らないけど。気の荒いのでも、あの人が行くと静かになることがあって」
「馬にだけ愛想よかった?」
「いや、馬にも愛想は悪かったです」
リゼットは手を止めた。
「じゃあ何で好かれるの」
「知りません」
「分からないんだ」
「馬に聞いてください」
「聞けないでしょう」
「だから分からないんですよ」
同僚が笑った。
遺族も少し笑った。
リゼットは上着の襟を直した。
話はそこで終わった。
馬に好かれる理由を調べる必要はなかった。
次は下衣を整える。
靴下。
靴。
一つずつ確認していく。
持ち込まれた布袋には、本人の私物が入っていた。
使い込んだ櫛。
小銭入れ。
手袋。
「これは棺に入れますか」
リゼットが聞く。
遺族は少し考えた。
「手袋は」
「全部でも構いません」
「櫛はいらないかな」
同僚が言った。
「あなたが決めないで」
「そうですね」
「手袋だけにします」
「分かりました」
小銭入れと櫛は袋へ戻した。
理由は聞かなかった。
手袋を棺へ入れる。
それでよかった。
棺の準備ができるまで少し待った。
その間、リゼットは処置記録を書く。
受領時刻。
身体状態。
洗浄。
整え。
使用した装束。
特別な処置、なし。
書くところが少ない。
書き終わるのも早かった。
「棺、来ました」
運ばれてきた棺を確認する。
寸法。
内張り。
留め具。
問題はなかった。
身体を移す。
頭の位置を合わせる。
上着の裾が折れていたので直した。
手袋は脇へ置いた。
「こちらでよろしいですか」
遺族に見てもらう。
しばらく返事がなかった。
リゼットは待った。
何か言うことを探さなかった。
「はい」
やがて声がした。
「これでお願いします」
「分かりました」
同僚も棺を覗いた。
「本当にいつもの服だ」
「さっき言ったでしょう」
「棺に入ってると変な感じで」
「そうね」
「厩舎に来そうなんですけどね」
遺族は何も答えなかった。
リゼットも答えなかった。
しばらくして、同僚が棺から離れた。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
最後の確認をする。
襟。
袖。
手の位置。
顔。
問題なし。
リゼットは記録へ最後の時刻を書いた。
納棺終了。
遺族がもう一度頷く。
棺は次の場所へ運ばれていった。
扉を通るとき、角が当たらないよう運ぶ者が少し向きを変えた。
それだけ見届ける。
処置室には、使い終えた布と空になった水差しが残った。
リゼットは布をまとめた。
水差しを持つ。
洗い場へ運んだ。




