第二王子の遺体
傷を乱さないよう、衣服を外すところから始めた。
無理に引けば、事故で傷んだ皮膚をさらに損なう。
ネリスが肩を支え、リゼットが布を切り開く。
外したものは一つずつ記録係へ渡した。
衣服。
留め具。
身につけていた小物。
受領したものと、処置のために外したものが混ざらないようにする。
洗浄を始めた。
乾いた血と汚れを落とす。
傷口は必要以上に触らない。
身体の状態を確かめながら、これ以上急速に変化しないよう最低限の処置を進めていく。
リゼットは作業のたびに時刻を書いた。
何をしたか。
どこへしたか。
どの状態で始め、どこまで変わったか。
顔の損傷が目立つ。
それだけに、そこへ視線が引かれやすい。
だから、顔ばかりを先に見ない。
胸。
腹。
肩。
腕。
脚。
見える範囲を順番に確認した。
一次保存が一段落した頃には、高い窓から入る光の色が変わっていた。
夜が明け始めている。
記録係が追加の書類を持ってきた。
「身体記録です」
「そこへ」
リゼットは台から目を離さず答えた。
手袋を替えてから、紙を開く。
王族は過去の診療記録が比較的残りやすい。
とはいえ、生まれてから現在まで身体のすべてが記録されているわけではない。病気や怪我で医官にかかったとき、その時点で必要だったことが書かれているだけだ。
幼少期の発熱。
過去の軽い外傷。
そして、右肩後面の裂傷。
幼い頃に負った深い傷で、治った後も瘢痕が残ったと記されている。
リゼットは紙から顔を上げた。
遺体の右肩へ回る。
痕はあった。
場所は合っている。
形も、大きく外れてはいない。
「ここね」
自分に聞かせる程度の声で言う。
確認済みとして記録すればよい。
そう思って、痕の縁へ指を置いた。
強い力は掛けない。
周囲の皮膚を少しずつ動かす。
リゼットの手が止まった。
もう一度触れる。
見た目だけなら、古い傷と言われても不思議ではない。
だが、記録にあるのは幼少期に負った深い裂傷だった。
皮膚をずらしたときの引かれ方。
痕に触れたときの感触。
長く治った深い傷として考えると、少し噛み合わない。
「どうしました?」
ネリスが訊いた。
「記録と少し違う」
「場所が?」
「場所は合ってる」
リゼットは紙を見せた。
「深い裂傷。幼い頃」
ネリスも右肩を見る。
「古い記録が大げさだったとか」
「ある」
「成長して変わったとか」
「それもある」
昔の医官が実際より深く書いたのかもしれない。
傷の場所を大まかに記した可能性もある。
成長するうちに見え方が変わったことも考えられる。
記録と身体が一字一句同じでなければならないわけではない。
これだけで何かを決めることはできない。
リゼットは処置記録を引き寄せた。
右肩後面。
既往記録上、幼少期の深い裂傷瘢痕あり。
現状、同部位に瘢痕様の痕を認める。
そこまで書いて、一度ペンを止める。
古い瘢痕としては、触れた感触と周囲の皮膚の引かれ方に相違あり。
そう付け加えた。
別人とは書かなかった。
異常とも書かなかった。
まして、誰かが手を加えたとも考えていない。
今あるのは、記録と身体がきれいには重ならなかったという事実だけだった。
紙を乾かしている間に、リゼットは再び遺体へ向かった。
第二王子。
そう呼ばれてここへ来た身体だった。
顔面の損傷が大きい以上、整復には時間がかかる。
胸腹部も、装束を着せたときに形が崩れないよう後で整える必要がある。
ただし、それは身体確認を終えてからだ。
廊下を人が行き来する音が増えていた。
儀礼部から確認が入る。
記録部からも人が来る。
棺の手配。
必要な書類。
今後の処置予定。
話だけが先へ進んでいく。
「顔の整復はいつから入れますか」
儀礼部の職員に訊かれた。
「身体確認が終わってから」
「国葬の日程もありますので」
「身体確認が終わってからです」
同じ答えを返した。
職員はそれ以上言わなかった。
リゼットは右肩の記録をもう一度見た。
違いは小さい。
これだけなら、昔の記録の問題でも説明できる。
その程度のものだった。
それでも、書かなかったことにはできない。
処置記録を閉じる。
間もなく、廊下から複数人の足音が近づいた。
扉が開く。
「第二王子殿下の装束をお持ちしました」
大きな包みが、慎重に室内へ運び込まれた。
まだ身体確認は終わっていない。
けれど、この身体はもう、第二王子として葬られる準備の中に置かれていた。
リゼットは装束を見てから、処置台の男へ視線を戻した。




