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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第一章「死者を迎える者」

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王族の鐘

帰宅した頃には、外はもう暗くなっていた。

リゼットは玄関を閉め、髪をほどいた。

仕事用の細い金属枠の眼鏡を外し、濃い茶色の私用眼鏡へ替える。

鼻の上に乗る重さが少し違う。

それだけで仕事場から離れた気になる。

台所を確かめた。

パンは残っていた。

卵もある。

鍋に湯を入れ、火へ掛ける。残っていた野菜を少し切った。

湯気が上がり始めた。

鍋を覗き込むと、眼鏡が白く曇った。

リゼットは顔を引いた。

眼鏡を外し、近くの布で拭く。

仕事場ならネリスに何か言われるところだった。

家では誰も言わない。

眼鏡を掛け直す。

鍋の向こうに、いつもの台所が戻った。

食事を終え、皿を洗った。

残ったパンを包もうとしたときだった。

鐘が鳴った。

リゼットの手が止まる。

時刻を告げる鐘ではない。

火事でもない。

もう一度。

低く、長く響く。

王族の死を知らせる鐘だった。

誰なのかは分からない。

だが、王族が死ねば、王宮葬送院も動く。

乾かしていた手を布で拭く。

私用の眼鏡を外したところで、玄関が叩かれた。

一度。

間を置いて、もう一度。

扉を開ける。

王宮葬送院からの使いだった。

「オルディス葬送官」

「はい」

使者は息を整えた。

「第二王子殿下がお亡くなりになりました」

リゼットは一度だけ瞬きをした。

「事故ですか」

「馬車事故と聞いています。詳細は葬送院で」

「分かりました」

扉を閉める。

茶色の眼鏡を机へ置き、細い金属枠の眼鏡を掛けた。

上衣を取り、髪をまとめ直す。

食後の皿が一枚、まだ台所に残っていた。

そのままにして家を出た。

王宮へ戻ると、昼間とは違う人の流れがあった。

廊下を走る者はいない。

だが、皆が普段より速く歩いている。

正面棟へ続く通路では、壁掛けを外す作業が始まっていた。

鮮やかな布の上から濃色の布が掛けられていく。

王宮全体が、死者を迎える形へ変わり始めていた。

葬送院へ入る。

更衣室で白い処置衣に着替え、髪をまとめ直した。

受領室には、すでに何人か集まっていた。

ネリスもいる。

「早かったですね」

「近いから」

「夕食は?」

「食べた」

「珍しい」

記録部から、先に届いている書類を渡された。

死亡者。

ルシアン・エルヴァ・ヴァレーヌ。

二十五歳。

アルヴェリア王国第二王子。

王宮医官の死亡確認書には、馬車事故による外傷とある。

身元確認済みであることを示す書類も付いていた。

「遺体は」

「まだです」

記録係が答えた。

「移送の準備に時間が掛かっています」

リゼットは書類を閉じた。

待つしかない。

王族でも、遺体として葬送院へ来れば身体を確認する。

病死なら病による変化を見る。

事故死なら傷を見る。

必要な処置を選び、記録する。

その点では、朝の元女官と変わらない。

周囲だけが違った。

儀礼部。

記録部。

王宮医官。

警備担当。

まだ遺体が届いていないのに、国葬について話している者もいた。

時間が進むにつれ、王宮の色が減っていった。

回廊の壁掛けは濃い布に覆われ、広間へ運ぶ喪の装具が廊下を通る。

葬送院にも必要な物品が次々と持ち込まれた。

リゼットは受領室と処置室を往復した。

器具を確認する。

保存用の薬液を確かめる。

記録紙を揃える。

待っている間にも、できる仕事はある。

窓の外がわずかに薄くなり始めた頃、扉の外から声がした。

「到着します」

室内の空気が変わった。

運び込まれた遺体は、大きな布で覆われていた。

同行者が移送記録を差し出す。

封印を確認する。

受領時刻を書く。

誰が運んできたかを記録する。

一つずつ終えてから、リゼットは布へ手を掛けた。

ネリスが反対側に立つ。

二人で布を外した。

若い男だった。

顔面の損傷が大きい。

片側は原形を残している。

もう片側は傷と腫れで輪郭が崩れていた。

頭部にも傷がある。

胸から腹にかけても、事故による損傷が見える。

衣服には乾いた血と汚れが残っていた。

ネリスが小さく息を吸った。

リゼットは何も言わなかった。

顔を見る。

傷を見る。

身体を見る。

顔だけを見れば、家族でも迷うかもしれない。

だが、身元確認は済んでいる。

書類にはそう記されている。

リゼットは手袋を引き上げた。

「一次保存から」

周囲が動き出した。

事故で傷んだ身体は、待ってくれない。

第二王子であっても、それは同じだった。


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