↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第三章「エリオ・レン」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/52

エリオの休日

エリオ・レンは、甘いものが好きだった。

 それが分かったのは、靴屋ではなかった。

「向かいです」

 靴職人が言った。

 リゼットは振り返った。

 通りを挟んだ向こうに、小さな菓子店がある。

「何が?」

「レンさんですよ。靴を預けると、だいたいあそこで待ってました」

「毎回?」

 セドリックが聞く。


「毎回とは言いませんけどね」

 職人は作業台の上へエリオの古い靴を置いた。

 照合を終えて一度返却したあと、セドリックが改めて持出し手続を取り、ここへ運んだものだった。

「この靴もあなたが?」

「何度か」

「本人が持ってきた?」

「ええ」

「いつも?」

「それは分かりません。別の人が持ってきたこともあったかな」

 職人は靴底を指でなぞった。


「仕事の日は、使いの人に頼むこともあったみたいで」

「休日は本人?」

「そういう時も」

 セドリックが記録する。

 リゼットは靴より、向かいの店を見ていた。

「何食べてたの」

 職人が笑った。


「そっちですか」

「待ってたんでしょう」

「甘い焼き菓子。蜜を掛けたのとか」

「酒は?」

「ここ、靴屋ですよ」

「知らない?」

「知らないですね」


 それ以上は靴の話へ戻った。

 修理時期。

 踵。

 革の伸び。

 本人から足が痛いという相談があったか。

 新しい情報はほとんどなかった。

 前に確認した内容を補強する程度だった。

 聞き取りを終える。

 店を出たところで、リゼットは向かいを見た。


「行く?」

「どこへ」

「あそこ」

「菓子を買いに?」

「聞き取り」

「今、少し間がありましたね」

「気のせい」


 菓子店へ入った。

 甘い匂いがする。

 棚には小さな焼き菓子が並んでいた。

 大きな店ではない。

 奥にいた女主人が二人を見る。

「いらっしゃいませ」

 セドリックが身分と用件を告げた。

 エリオ・レン。

 名前を聞いて、女主人はすぐに頷いた。


「知っています」

「よく来ましたか」

「よくってほどでも。でも顔は覚えてますよ」

「何を買っていました?」

 リゼットが聞いた。

 セドリックが横を見る。

「重要ですか」

「聞いてるだけ」

「蜜の焼き菓子ですね」

 女主人が答えた。


「ほら、これ」

 指差されたものを見る。

 丸く焼いた生地の上に蜜が掛かっている。

「いつも?」

「だいたい。あと干した果物を入れたのも」

「一人で?」

「食べるのはここだったり、持って帰ったり」

「誰かに?」

「そこまでは」

 女主人が考える。


「ああ、包んでくれと言われることはありましたね」

「誰に渡すか聞いた?」

「客にそんなこと聞きませんよ」

「そうよね」

「でも一度だけ、姪御さんの話はしました」

 リゼットの視線が上がった。

「姪?」

「地方にいるとか」

「姪御さんがいるんですか」

 セドリックが確認した。


「年までは知りません」

 女主人は首を振った。

「甘いものを送ったら姉に怒られたって」

「どうして?」

「送りすぎたんじゃないですか」

 女主人が笑う。

「子どもが夕食を食べなくなった、とか何とか」

「それでやめた?」

「次は少なくしました」

「送るのはやめなかった?」

「そこまでは」


 それだけの話だった。

 事件とは何の関係もない。

 セドリックも記録するか迷ったようだった。

「これは必要?」

 リゼットが聞く。

「家族との連絡状況としては」

「夕食を食べなかったことまで?」

「そこまでは不要です」

「じゃあ覚えておく」

「何のために」

「別に」


 女主人がこちらを見る。

「あと、一度忘れてましたね」

「何を?」

「姪御さんへの菓子」

「買うのを?」

「送るのを、だったかな」

 正確には覚えていないらしい。


「次に来たとき、『約束したのに忘れて姉に怒られた』って」

「それで?」

「また買ってました」

「多めに?」

「そこまでは覚えてません」

 リゼットは少し笑った。

「普通ね」

「何がです?」

 女主人に聞かれた。


「何でもない」

 菓子店を出た。

 セドリックが横で記録を整理する。

「今のは、調査としては薄いですね」

「うん」

「満足そうですが」

「そう?」

「菓子を買ったからではなく?」

 リゼットの手には小さな包みがあった。


「聞き取りだけするの悪いでしょう」

「そういう理由ですか」

「食べるけど」

「でしょうね」

 次に向かったのは、王宮勤めの者がよく利用する食事処だった。

 エリオが休日に一人で来ることもあれば、同僚や王宮外の知人と食事をしたこともあるらしい。

 店の主人は名前だけでは分からなかった。

 顔立ちや勤務先を説明すると、

「ああ、細い方の人」

 と言った。


「細い?」

 リゼットが聞く。

「痩せてたってこと?」

「いや、そういう意味じゃなくて」

 主人が困った。

「顔が細めだったかな」

「体格は?」

 セドリックがすぐ入った。


「そこまで覚えてませんよ」

 重要な情報にはならなかった。

 リゼットも追わなかった。

「何を食べてた?」

「今日は食べ物ばかりですね」

 セドリックが言う。

「休日なんだから食べるでしょう」

「肉料理が多かったかな」

 主人が答えた。


「それと、酒はあまり」

「飲まない?」

「弱かった」

 今度は奥から声がした。

 食器を運んでいた男だった。

「知ってるの?」

「何度か一緒に飲んだことがあります」

「友達?」

「そこまでじゃないです。知り合い」


「どれくらい弱い?」

「一杯で顔が赤くなる」

「倒れる?」

「そこまでは」

 男は食器を置いた。

「本人は二杯目も飲みたがるんですけど」

「飲めるの?」

「飲めるのと強いのは違うでしょう」

「そうね」

「次の日が勤務だと、一杯でやめてました」

「真面目?」


 男は少し考えた。

「仕事は、まあ」

「まあ?」

「愚痴は言ってましたよ」

 リゼットは椅子へ座った。

「どんな」

「王子付きだからって楽じゃないとか。予定が変わりすぎるとか」

「ルシアン殿下の悪口?」

「そこまでは」

「じゃあ誰の?」

「仕事の愚痴なんて、誰のってものでもないでしょう」


 それはそうだった。

「急に旅程変わって、荷物全部やり直したとか。上の人が細かいとか」

「王子には?」

「殿下は殿下で、自分で物を置いた場所を忘れるって言ってたかな」

 セドリックが顔を上げる。

「ルシアン殿下が?」

「そんな話、調査に要ります?」

「確認します」

 急に仕事の顔になった。

 リゼットは少し呆れた。


「何でも証拠にするのね」

「必要かどうかを確認してから決めます」

 店の男が笑った。

「それなら、金の話も要ります?」

「金?」

 リゼットが聞く。

「俺、あいつに少し借りたことがあって」

「いくら」

「ほんの少し」


「返した?」

「返しましたよ」

「すぐ?」

「三回くらい催促されて」

 リゼットは男を見る。

「少額なのに?」

「少額だから忘れてたんです」

「エリオは忘れなかった?」

「そうなんですよ」

 男は嫌そうな顔をしてから、少し笑った。


「飲んでる途中で『そういえば返せ』って」

「細かい」

「細かかった」

「王子付き従者なのに?」

「給料を余らせてるわけじゃないでしょう」

「そうか」

 リゼットはなんとなく納得した。


「いつ返したの」

「その日の帰り」

「現金で?」

「何でそこまで聞くんです?」

「気になった」

「調査じゃないでしょう」

 その通りだった。

 セドリックは記録していない。


「書かないの?」

「必要ありません」

「私は覚えておく」

「またですか」

「だって面白い」

「人の借金が?」

「三回催促した方」

 食事処を出た頃には、午後もかなり進んでいた。

 次は、エリオが休日に何度か訪ねていたという王宮外の知人だった。

 特別な人物ではない。

 昔、同じ地区で働いていた頃からの付き合いだという。


「王子の話ですか」

 その男は最初に聞いた。

「エリオ本人の話です」

 セドリックが答える。

「本人?」

「休日にどう過ごしていたか」

「そんなこと調べるんですか」

「必要な範囲で」

 男は少し困った。


「何と言っても、普通でしたよ」

「例えば?」

 リゼットが聞く。

「飯食ったり。歩いたり。靴直しに行ったり」

 それまでに聞いてきた話と重なる。

「姉の話はした?」

「たまに」

「姪も?」

「ああ」

 男は頷いた。


「いくつ?」

「七つだったと思います」

「姪っ子に何か送るって言ってたことはあります」

「よく?」

「知らない。俺は姪に送る物まで毎回聞かないですよ」

「エリオは姉と仲がよかった?」

 リゼットが聞いた。


「普通じゃないですか」

「普通って?」

「喧嘩もするでしょう」

「したの?」

「手紙読んで『また小言だ』って言ってたことはある」

「嫌ってた?」

「嫌いな姉に土産送ります?」

 そう言われると返せない。

 男は椅子へ深く座った。


「親がいなくなってから、姉さんが家族で。でも向こうにも家庭がありますからね。そんな毎月会うような感じじゃないですよ」

「エリオは寂しがってた?」

「知りませんよ」

「そう」

 答えられないことは、そのままにした。

「休日は殿下と会うことも?」

 今度はセドリックだった。

「仕事なら」

「仕事外では?」

「知りません」

 男は首を振る。


「俺といる時に王子さまの話ばかりする奴じゃなかった」

「嫌っていた?」

「だから、何でそうなるんです」

 少し苛立った。

「仕事ですよ」

 それだけ言った。

 セドリックも、それ以上聞かなかった。

 外へ出る。

 通りには日曜の人出があった。


 仕事へ行く者。

 買い物をする者。

 子どもを連れた者。

 帰り際、セドリックが記録用紙を整理した。

「菓子は?」

 リゼットが聞く。

「家族との連絡があったことだけ」

「借金は?」

「書きません」

「三回も催促したのに」

「なおさら不要です」


 リゼットは持っていた菓子の包みを開けた。

「食べます?」

 セドリックが聞いた。

「今?」

「今開けたので」

「食べる」

 一つ取る。

 蜜が指についた。


「甘い」

「甘い菓子でしょう」

「かなり」

「エリオはそれを好んだ」

「らしい」

 セドリックも一つ取った。

 少し食べて、何も言わない。


「どう?」

「甘いです」

「それだけ?」

「それ以外に何を」

「好き?」

「普通です」

「つまらない」

「調査官に菓子の感想を求めないでください」

 リゼットはもう一口食べた。

 エリオ・レンの監察記録には、少額の金を三度催促したことも、姪への約束を忘れて姉に小言を言われたことも残らない。


 リゼットは残った菓子を包み直した。

 蜜がついた指だけ、布で拭いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。