王子の品
靴を返したあと、リゼットは外套をもう一度見せてほしいと言った。
セドリックはすぐには頷かなかった。
「なぜです」
「気になるから」
「それでは理由になりません」
「身体はエリオに近づいてる」
「近づいている、ですか」
「手も足も」
「まだ本人とは判断していないでしょう」
「してない。でも、だから見たい」
セドリックは少し考えた。
「外套が偽物か確認したい?」
「それはもう確認した」
すでに王家管理記録と工房記録まで照合している。
古い補修。
留め具。
装身具。
どれもルシアン本人の所有品だった。
「じゃあ何を」
「本物だから」
セドリックが黙った。
「遺体がエリオかもしれないのに、着てた物は王子の本物だった」
「矛盾している」
「うん」
「分かりました」
今度は話が早かった。
正式な確認手続を取り、王族用品が再び出された。
外套。
留め具。
装身具。
すべて先に見たものだった。
リゼットは外套を広げる。
内側の古い補修も変わらない。
「やっぱり本物?」
「そこは変わりません」
セドリックが記録を開いた。
「所有記録上は、ルシアン殿下本人のものです」
「盗まれた?」
「可能性はあります」
「簡単に言うのね」
「可能性を聞かれたので」
「いつ盗まれたの」
「それが分かれば、可能性ではなくなります」
そうだった。
リゼットは外套から手を離した。
「借りた」
「あり得ます」
「王子から?」
「誰から借りるかは別として」
「もらった」
「贈与記録はありません」
「記録しないであげることは?」
「あるでしょう」
「じゃあ残る」
「可能性としては」
セドリックが紙へ何か書いた。
「何書いてるの」
「今出た仮説です」
「全部?」
「後で忘れないように」
「盗品まで?」
「否定していないので」
リゼットは嫌な顔をした。
「エリオを泥棒にしたいわけじゃない」
「仮説を置くことと、人間を決めることは違います」
返せなかった。
留め具を見る。
これもルシアンのものだ。
「仕事で預かってた可能性は?」
「高いですね」
「高い?」
「エリオは王子付き従者です」
「外套を運ぶのも?」
「先の聞き取りで確認しました」
旅行支度。
衣服。
留め具。
荷物。
エリオの通常業務には、主人の品を扱うことが含まれていた。
「じゃあ、持っててもおかしくない」
「持っているだけなら」
「着てた」
「そこです」
セドリックが外套を見る。
事故時、遺体はそれを身につけていた。
留め具も。
装身具も。
荷物を運んでいただけでは、身体へ付いている理由にはならない。
「王子の格好をしてた?」
リゼットが言った。
「可能性としては」
「何のために」
「分かりません」
「ふざけて?」
「事故当夜に?」
「変ね」
「ええ」
「変装」
「そう呼ぶことはできます」
「誰から隠れるため?」
「それも分かりません」
リゼットは、第二王子を追っていたらしい一団の記録を思い出した。
傷つけるな。
連れ戻せ。
事故前に押さえられていた宿所。
「追ってた人に王子だと思わせるため?」
口にしたところで、セドリックが手を止めた。
「それなら筋は通ります」
「身代わり」
「あるいは囮」
言葉が出た。
リゼットは外套を見た。
囮。
誰かを別の方向へ向かせるために、目立つ方へ置くもの。
「エリオが?」
「仮に遺体がエリオなら」
「自分で?」
「そこはまったく分かりません」
セドリックの答えは早かった。
「命令された可能性もあります。知らずに着せられた可能性も。本人が了承した可能性もある」
「死んだあとに?」
「事故前か事故後かも、今は分けて考える必要があります」
リゼットは眉を寄せた。
「事故後に着せた可能性も残る?」
「残ります」
「でも、追跡者は事故前から王子を追ってた」
「それだけなら、追跡対象と遺体の衣服が同じだったかは分かりません」
「面倒」
「今回は私もそう思います」
珍しかった。
リゼットは彼を見る。
「今、言った?」
「何を」
「面倒って」
「言いました」
「記録に残す?」
「残しません」
「何で」
「調査上不要です」
少しだけ可笑しかった。
けれど、笑うほどでもなかった。
セドリックが新しい紙束を取り出した。
「それで、品の移動を確認しています」
「いつから?」
「昨日から」
「言ってない」
「まとまっていなかったので」
「今は?」
「一部だけ」
王家の物品管理記録とは別の書類だった。
第二王子一行が出発する際、保管場所から持ち出された物の受領記録。
衣類。
旅用品。
装身具。
書類箱。
誰が受け取ったか。
誰の使用品か。
いつ渡されたか。
「これ」
リゼットが一行を指した。
外套。
第二王子用。
受領者。
エリオ・レン。
指が止まった。
「本人?」
「署名照合済みです」
セドリックが答える。
「エリオ本人が受け取ってる」
「はい」
「いつ?」
「出発当日」
別の行を見る。
装身具の一部にも、同じ名があった。
すべてではない。
留め具の一部は別の担当者が受け取っている。
衣服も。
それでも、事故後に遺体と一緒にあった王子用品の一部を、エリオ自身が出発前に受け取っていた。
「これ、かなり強くない?」
リゼットが聞いた。
「何に対してです?」
「エリオが王子の品を持ってた理由」
「持っていた理由には」
「でしょう」
「従者だから」
言葉が止まった。
「そうか」
「通常業務です」
セドリックが先の勤務記録を横へ置く。
「エリオ・レンは第二王子の旅行支度を担当することがある。主人の外套や装身具を保管場所から代理受領する。それだけなら、何も不自然ではありません」
「受け取ったあとに着たかもしれない」
「そこは別です」
「自分で受け取って、自分で着た」
「そうかもしれない」
「誰かに渡したあと、また着せられた」
「それもあり得る」
「じゃあ、この署名だけじゃ何も決まらない?」
「エリオが、出発前に王子の用品へ正規に接触できたことは決まります」
セドリックはそこだけを指した。
「それ以上は、まだです」
リゼットは署名を見る。
エリオ・レン。
所在確認表に残っただけだった名前に、本人の筆跡がある。
事故の前。
まだ生きていた時の署名。
「この字、本人の?」
「人事記録と過去の受領記録で照合しました」
「何度も受け取ってる?」
「あります」
過去の記録が出た。
外套。
旅行用品。
王子用の小物。
エリオの署名は今回だけではなかった。
「普通なんだ」
「そうです」
「今回だけ変じゃない」
「受領そのものは」
そこがかえって難しかった。
事故当日の受領記録だけ異常なら、その一点を調べればいい。
けれど、エリオは以前から同じ仕事をしている。
王子の品を受け取ること自体は、いつもの仕事だった。
「じゃあ、どこから変になったんだろう」
リゼットが言った。
「それを調べます」
「受領のあと?」
「まずは」
「誰に渡したか」
「はい」
「誰が着せたか」
「記録が残っていれば」
「残ってなかったら」
「証言を取ります」
セドリックは受領記録から先の書類を分け始めた。
「あなたは?」
「何が」
「身体側では、どこまで言えますか」
リゼットは考えた。
「手はエリオの仕事と合う」
「はい」
「足はエリオの靴とかなり合う」
「はい」
「王子の靴とは合わなかった」
「はい」
「でも、まだエリオだとは書いてない」
「そうですね」
「あなたは?」
「所持品はルシアン殿下本人の物です」
「それは確定?」
「はい」
「エリオがその一部を出発前に受け取った」
「それも」
「でも、着たとは分からない」
「分かりません」
二人の前に、同じ身体について別々の紙が並んだ。
一方には身体の所見。
一方には品の移動。
どちらを捨てても楽になる。
リゼットはそれをしなかった。
「身体の方はエリオへ近づいている。でも、品の方はルシアン殿下から動かない」
「はい」
「どちらも間違いではないなら、その間に起きたことを調べるしかない」
「そうなります」
リゼットは書類を見た。多すぎる仮説を、今ここで一つに選ぶ理由はなかった。
「減らせる?」
「減らすために調べています」
「身体なら、もう少し減らせるのに」
「身体だけでは、外套がここにある理由は分からないでしょう」
「記録だけでも分からないでしょう」
「だからあなたがいる」
セドリックは書類へ目を戻した。
リゼットも身体所見の記録を開いた。
受領記録の写しが用意される。
そこには、事故当日の時刻と品名が並んでいた。
外套。
装身具。
第二王子ルシアン・エルヴァ・ヴァレーヌ所有。
受領者、エリオ・レン。
リゼットは自分の照合記録へ、その事実だけを書き足した。
王子の品をなぜ身につけていたのか。
その欄は作らなかった。
まだ書けることがなかった。




