足跡のない靴
午後、靴が二足届いた。
どちらも王族のものには見えなかった。
革はくすみ、片方には縫い直した跡がある。踵もきれいな形ではない。
リゼットは箱の中を覗いた。
「どっち?」
「両方です」
セドリックが答えた。
「エリオ・レンの?」
「部屋に残っていた履物のうち、日常的に使用していたと確認できたものです」
「二足とも?」
「一足は勤務用。もう一足はそれより古いもの」
箱には持出しの記録が添えられていた。
エリオの居室を確認した際、靴まで持ち出してはいない。
その後、正式に照合対象として指定し、管理担当者の立会いで出されたらしい。
「誰が普段履きだって確認したの」
「昨日と今日で三人」
「誰」
「同僚二人と、居室の管理担当者です」
「靴を覚えてる?」
「一足はかなり頻繁に履いていたそうです」
「もう一足は?」
「古い方を雨の日や作業時に使っていたという証言があります」
リゼットは新しい方を持ち上げた。
新しいといっても、十分使われている。
底には減りがある。
革も足の形に合わせて柔らかくなっていた。
「修理は?」
「確認しています」
セドリックが別紙を出した。
一度、踵の補修。
小さな縫い直し。
底の一部の交換。
「同じ靴?」
「修理箇所が一致しています」
リゼットは靴の踵を見る。
継いだ革がある。
記録と場所が合う。
「これならエリオの物として見ていい?」
「現時点では」
「その言い方、私みたい」
「気のせいです」
リゼットは靴を作業台へ置いた。
昨日の革紐より、こちらの方が身体に近い。
履物は、人間の足と何度も接触する。
ただ置いてあるだけでは、こうはならない。
履く。
歩く。
脱ぐ。
また履く。
その繰り返しで革は変わる。
足の方も同じだった。
「先に靴を見る」
リゼットは右の靴を手に取った。
指で中を確かめる。
足先。
外側。
甲。
踵。
外からも見る。
「ここ、広がってる」
セドリックが近づいた。
「どこです」
「小指側」
革が少し外へ押し出されている。
左右同じではない。
左にも伸びはあるが、位置と強さが違う。
「履く人間の足でこうなる?」
「そういうことはある」
「この人物固有とまでは?」
「まだ言わない」
「分かりました」
今度は靴底を見る。
踵の減り。
外側。
前の方。
「歩き方も分かりますか」
「そこまで簡単じゃない」
「減っている方向は?」
「見える。でも、それで歩き方を全部決めない」
セドリックは頷いた。
「遺体を見ます」
処置室へ移った。
最低限保存の確認を先にする。
覆いを外し、時間による変化を見る。
必要な処置を済ませる。
記録。
そこで初めて足へ進んだ。
最初にルシアンの儀礼靴を履かせたときに測った数値も出しておく。
足幅。
左右差。
その後の状態変化。
リゼットは右足へ触れた。
「前より少し変わってる」
「どの程度です?」
「大きくはない」
「比較できますか」
「できるところだけ」
事故後から時間が経っている。
最低限保存も続けている。
最初に見た足を、そのまま今日まで置いていたわけではない。
その変化まで無視して靴へ合わせれば、欲しい答えを作るだけになる。
「右から」
エリオの靴を持つ。
ゆっくり足を入れる。
無理には押さない。
踵が収まった。
リゼットの手が止まった。
「どうです?」
「待って」
上から触る。
足のもっとも広い位置と、革が横へ張った位置。
近い。
小指側を確認する。
靴の外へ広がっている部分の内側に、足の同じ場所が収まっている。
「こっち」
遺体の小趾側には、以前から硬くなった皮膚があった。
最初の儀礼靴では、その位置が靴の張り方とずれていた。
今は違う。
「合う?」
セドリックが聞いた。
「かなり」
言ってから、もう一度確かめる。
「でも右だけ」
「左も」
左足。
こちらも履かせた。
右ほどすぐには入らない。
「きつい?」
「足の方が少し変わってる」
「事故?」
「それもある。保存の経過も」
甲を押さえずに位置だけ見る。
靴紐は締めない。
「この状態なら、どこまで見られます?」
「幅と、革の伸び方。踵の位置」
「趾は?」
「細かいところはやめる」
「なぜ」
「今の足で無理に合わせると、最初の状態と違うから」
セドリックが書く。
「比較できる部分だけ」
「そう」
リゼットは靴を脱がせた。
今度は足そのものを見る。
小趾側。
踵。
甲。
皮膚が硬くなった場所。
左右の差。
エリオの古い方の靴も持ってくる。
「そっちも履かせる?」
「履かせない」
「見るだけ?」
「うん」
古い靴は、今の一足よりさらに革が崩れている。
長く使えば、靴の側が足へ合わせすぎる。
「こっちは証拠として弱い?」
「弱いというより、形が変わりすぎてる」
「でも見る」
「見られるところはある」
踵の内側。
擦れた位置。
小趾側。
同じ方向に使われた跡が残っている。
二足が完全に同じ形になっているわけではない。
作られた時期も違う。
用途も違う。
それでも、同じ足が使っていたとして不自然ではなかった。
「修理した人に足を見てもらうのは?」
セドリックが言った。
「誰の?」
「エリオの靴を直した職人です」
「本人の足を覚えてると思う?」
「分かりません。だから聞きます」
「遺体は見せないで」
「そのつもりはありません」
リゼットは少しだけ安心した。
靴職人が靴の持ち主を知っていても、死者を見せる必要はない。
採寸や修理の記録があるなら、それを確認すればいい。
「王子の木型は?」
「届いています」
「やっと?」
「だいぶ前に」
リゼットは顔を上げた。
「聞いてない」
「第一の照合結果はすでに共有しました」
「木型そのもの」
「あなたに必要だと言われなかったので」
「見たい」
「では申請します」
「今?」
「今ここにあるわけではありません」
少し腹が立った。
だが、今回確認したいのはエリオの靴だった。
「こっちを先に記録する」
リゼットは椅子へ座った。
処置記録とは別に、身元再確認の照合記録を開く。
エリオ・レンの普段使用履物。
所有・継続使用について複数確認あり。
修理記録と現物一致。
遺体右足。
足幅。
小趾側の硬化位置。
靴の革が伸びた位置。
踵。
左足については、保存経過による変化を考慮。
細かな趾位置については判断保留。
照合記録の最後を読み返す。
エリオ・レンの普段履きと、遺体の足の特徴は複数箇所で整合する。
その下に「本人」の文字はなかった。
リゼットは署名した。




