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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第三章「エリオ・レン」

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王子を追った者

エリオの部屋を出てから、まだ一刻も経っていなかった。

 リゼットが葬送院へ戻ると、セドリックは別の紙束を机へ置いた。

「まだあるの」

「あります」

「今日は部屋だけじゃなかった?」

「あなたはそう思っていたんですか」

「聞いてない」

「聞かれませんでした」

 言い返すのをやめた。

 紙束の一番上には、街道警備の印がある。


「これは?」

「事故当夜の周辺記録です」

 リゼットは椅子を引いた。

 第二王子の死亡について調べ始めてから、事故そのものの記録は何度も目にしている。

 転倒した馬車。

 負傷者。

 回収。

 死亡確認。

 けれど、今セドリックが持ってきたのは馬車の記録ではなかった。


「追跡者がいました」

「追跡者?」

「複数です」

 セドリックは一枚を開いた。

 王都を出る街道の監視記録だった。

 事故の少し前、数騎が速い速度で同じ方向へ抜けている。

 所属を示す正式な通行証はない。

 その後、別の監視所でも似た人数の騎馬が確認されていた。


「これだけなら、同じ人たちか分からない」

「そうです」

 あっさり認めた。

「なので、これだけでは追跡とはしていません」

 次の紙が出てきた。

 街道沿いで荷車を扱っていた男の証言。

 騎馬の一団が前を走る車両について尋ねたという。


「何て?」

「この先を王家の車両が通ったか」

「王家?」

「証言では」

「第二王子って言った?」

「この人物は聞いていません」

 リゼットは紙を戻した。


「じゃあまだ王子とは限らない」

「はい」

 次。

 別の証言だった。

 こちらは街道脇の馬交換所にいた者から取っている。

 数人の男が馬を替え、先を急いだ。

 その中の一人が同行者へ、殿下に追いつくまで止まるな、と言ったのを聞いたという。


「殿下」

「そう証言しています」

「誰の?」

「そこまでは聞いていないそうです」

 王族はルシアン一人ではない。

 ただ、事故当夜、その道を王家の車両が走っていた。

 追う騎馬がいた。

 その一団の口から「殿下」という言葉が出ている。


「これで第二王子を追ってたことになる?」

「まだ補強があります」

「多いね」

「一つで決めないためです」

 セドリックは次の紙を開いた。

「事故後に拘束された周辺協力者がいます」

「追跡した人?」

「直接馬で追った者ではありません。事前の準備に関わった人物です」

「何の準備?」

「本人は、到着する一行のためだと説明しています」


 王都から離れた場所にある宿所だった。

 普段は旅人や商人も利用する。

 そこへ事故の前日から、いくつかの部屋を空けておくよう金が払われていた。

「誰が泊まる予定だったの」

「本人は知らないと言っています」

「知らない人のために部屋を空けた?」

「金を受け取ったから」

「そういうもの?」

「宿ならそうでしょう」


 リゼットには分からなかった。

 死者のために棺を空けておくことならある。

 宿屋の客のことは知らない。

「人数は?」

「正確には決まっていません。ただ、護衛を含む複数人を想定しています」

「一晩?」

「少なくとも一泊。その先は指示待ちだったそうです」

「逃げるための宿?」

「そうとは限りません」

「捕まえた人を入れる?」

「それもまだ分かりません」


 セドリックは別紙を横に置いた。

 宿所への支払いとは異なる記録だった。

「こちらは馬の手配です」

「追跡用?」

「場所が違います」

 宿所よりさらに先。

 そこで新しい馬と数名分の人員が待つ予定になっていた。


「交替する?」

「そう考えれば説明できます。ただ、書面には『交替護衛』としかありません」

「誰を護衛するの」

「書いていません」

「何も書いてないね」

「必要なことは書いてあります」

「誰に必要なの」

「手配した側に」


 やはり記録は面倒だった。

 しかし、金は実際に払われている。

 馬も用意されていた。

 宿所も押さえられていた。

 事故が起こってから慌てて作った予定ではない。

「日付は?」

「事故の前です」

 セドリックが指した。

 宿所も、馬も、追跡が始まる前に手配されていた。


「まだあります」

「まだ?」

「薬品です」

 今度の紙には、商人の印があった。

 布。

 傷へ使う薬。

 洗浄に使う液体。

 簡単な固定に使う材料。

 種類は多くない。


「これ、何に使うと思います?」

 セドリックが聞いた。

「怪我」

「どの程度の?」

 リゼットは記録を自分の方へ寄せた。

「品目だけじゃ、どんな怪我を想定したかまでは分からない」

「では、治療の準備だったことだけ?」

「それも、これだけで決めない。念のため持っていくだけかもしれない」

「私もそう見ています」


 セドリックはその記録を宿所のものとは重ねなかった。

 別々に取れた情報だからだろう。

「じゃあ、何が分かったの」

「少なくとも、追跡した集団には事故の先の準備がありました」

 宿所。

 交替する人員と馬。

 傷を手当てするための物資。


「殺して終わり、ではない?」

「その可能性が出ています」

「捕まえる?」

「それも可能性です」

「どこへ連れていくの」

「分かりません」

「何のために」

「そこも」

 分からないことが多い。

 ただ、事故前に、別々の場所で支払いと手配の記録が残っている。

 それらまで事故後にまとめて作られた説明として扱うのは難しかった。


「これ」

 セドリックが最後に一枚取り出した。

 紙というより、紙片だった。

 端が欠けている。

「どこから?」

「拘束した協力者の所持品からです」

「本人が書いた?」

「違うと供述しています。受け取ったものだと」

「誰から?」

「そこは確認中です」


 紙片には数行しか残っていなかった。

 前半が欠けている。

 後ろも一部ない。

 リゼットが読めるところだけ追った。

 第二王子。

 その文字があった。

 少し下。

 傷つけるな。

 さらに、端ぎりぎりのところに、

 連れ戻せ。


「これだけ?」

「これだけです」

「殿下を?」

「主語は欠けています」

「第二王子って上にある」

「同じ命令文の主語かどうかまでは確定しません」

「相変わらず細かい」

「必要です」

 セドリックは紙片へ触れなかった。


「ただ、ほかの証言とは合います」

 馬交換所で聞かれた「殿下」。

 事故前から用意された宿。

 交替護衛。

 治療用の物資。

 そして、欠けた命令。

「追ってた人たちは」

 リゼットは言った。


「第二王子を追っていたつもりだった?」

「その可能性はかなり高くなりました」

「遺体が誰かは知らずに?」

「事故時点では、そもそも遺体はありません」

「そうじゃなくて」

 言い直す。

「身代わりがいたとしても、追う側まで知ってたとは限らない?」

「今の資料を見る限り、知っていたと考える材料はありません」


 それは厄介だった。

 第二王子の死に関する書類には、すでに疑わしいところがいくつもある。

 機密移送。

 身体所見。

 身元確認。

 だからといって、事故当夜に起きたことまで全部同じ側が作ったとは限らない。

「本当に王子が追われてた」

「少なくとも、追跡者はそう思っていたらしい」

 セドリックはそこで止めた。

 リゼットも先へ進めなかった。


「殺すつもりじゃなかった?」

「それもまだ断定しません」

「傷つけるなってある」

「あります」

「宿もある」

「あります」

「薬も」

「あります」

「それでも?」

「殺さないつもりだったことと、何をするつもりだったかは別です」


 リゼットは紙片を見る。

 その言い方は分かった。

 連れ戻す。

 どこへ。

 誰のところへ。

 本人が望むのか。

 何も書いていない。


「保護かもしれない」

「拘束かもしれません」

「どっちも同じ人を連れていく」

「本人から見れば、ずいぶん違うでしょう」

「そうね」

 セドリックは書類を種類ごとに分け始めた。

 目撃。

 警備記録。

 支払い。


 供述。

 命令断片。

 すべて同じ紙束へまとめない。

「一緒にしないの?」

「出どころが違います」

「でも同じ追跡でしょう」

「それを確かめているところです」


 リゼットは目の前の資料を見る。

 追跡者の正体はまだ分からない。

 何のために第二王子を連れ去ろうとしたのかも。

 事故が最初から予定されていたのかも分からない。

 ただ、事故が起こる前から宿所は押さえられ、交替する人間と馬が用意され、傷へ使う品まで買われていた。

 紙片を最後に見る。

 端が欠けていても、残った文字は読めた。

 傷つけるな。

 連れ戻せ。


 リゼットは紙片ではなく、その横に置かれた宿所の支払記録へ目を移した。

 日付は、事故の前日だった。


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