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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第二章「死者の名」

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エリオ・レン

土曜の朝、机の上には人の名前が並んでいた。

 リゼットは一番上の紙を見た。

「多い」

「第二王子付きですから」

 向かいに座ったセドリックが答えた。

「全員見るの?」

「全員の所在を確認します」

「何人?」

「数えるより確認した方が早いです」

「数えるだけなら私の方が早い」

「そこを競ってどうするんです」


 前夜までに準備したらしい紙束は、職種ごとに分けられていた。

 侍従。

 護衛。

 従者。

 御者。

 直接第二王子のそばにいた者だけではない。事故当日の移動に関わった者、出発準備に関与した者も含まれている。

 リゼットは眼鏡を押し上げた。


「何を見るの」

「まず、事故当夜のあとも本人の所在が確認できているか」

「それだけ?」

「最初は」

 セドリックは一枚目へ印を付けた。

「この人物は確認済み」

「どうやって?」

「所属部署からの回答と本人確認」

 次。


「こちらも確認済み」

「その次は?」

「確認済み」

「全部いるんじゃない」

「そうであれば早く終わります」

 リゼットは自分の前へ紙を引き寄せた。

 事故当夜からすでに何日も経っている。

 生きて仕事へ戻っている者。

 別の部署で所在が確認された者。


 正式な回答が届いた者。

 セドリックは一人ずつ、名前の横へ印を付けていった。

 名簿を読んでいるというより、消しているように見えた。

「これは?」

 リゼットが一行を指した。

「昨日の時点では回答待ちでした」

「今は?」

 セドリックが別紙を見る。


「今朝、確認が取れました」

 印が付く。

 また一人消えた。

「こういうの、監察官が全部やるの?」

「全部を自分で歩いて確認するわけではありません」

「でしょうね」

「各部署へ正式照会を出します。必要なら本人確認も取ります。その結果をまとめる」

「書類ばっかり」

「あなたは遺体ばかりでしょう」

「遺体は嘘を書かない」

 言ってから、少し考えた。


「たぶん」

「そこを訂正するんですか」

「身体を読む方が間違えることはある」

「なるほど」

 セドリックは次の名前へ進んだ。

 リゼットも表を見る。

 事故当夜、第二王子の周囲にいた人間の所在を調べる。

 単純な作業に見える。

 だが、王宮には人が多い。


 勤務場所が変わる者もいる。

 休暇もある。

 別の任務へ回されている者もいる。

 昨日返事のなかった部署から、今日は返事が来る。

 だから、名前が一つ残っただけで行方不明とは言えない。

「この人は?」

「照会中」

「まだ?」

「昨日出したばかりです」


「遅い」

「あなたは何でも遅いと言いますね」

「遅いから」

「王宮中の人間が、あなたの疑義書を最優先にしているわけではありません」

「分かってる」

「本当に?」

「たぶん」

 セドリックが筆を止めた。


「最近、その返事が増えましたね」

「誰かのせい」

「私ではないと思います」

 午前のうちに、何枚かの回答が届いた。

 記録部の職員がまとめて机へ置く。

「監察室からです」

 セドリックが封を確かめる。

 一通目。

 確認済み。


 二通目。

 確認済み。

 三通目も。

 リゼットは表の行が減っていくのを見ていた。

 正確には消えてはいない。

 名前はそのまま残っている。

 横に「所在確認済」と記されるだけだ。

 それでも、調べる必要のある名前は少なくなっていった。


「これで護衛は?」

「全員確認済みです」

「御者」

「確認済み」

「侍従は?」

「この一人が回答待ち」

 セドリックが指した。

「従者は二人」

 全部で三人。

 昼前には、そのうち一人の確認が取れた。

 残り二人。


「これ、今日中に終わる?」

「終わらなくても続けます」

「国葬は待ってくれない」

「知っています」

 その言葉には、以前より重さがあった。

 リゼットは午前の最低限保存を終えている。

 本格保存はまだ止めたままだ。

 調査のあいだも、遺体の状態は少しずつ変わる。

 儀礼部からは、今日も処置の見込みについて問い合わせが来ていた。


 棺も待っている。

 けれど、名前の横へ無理に「確認済」と書くことはできない。

 セドリックがそうするとは思わなかった。

「私、処置室に行ってくる」

「どうぞ」

「何か来たら」

「呼びます」


 リゼットは席を立った。

 処置室では、第二王子と記録された遺体が昨日と変わらず待っていた。

 変わらず、というのは正確ではない。

 昨日からまったく同じ身体ではない。

 最低限保存を続けても、時間そのものは止められない。

 状態を確認する。

 顔。

 損傷部。

 右肩。


 手。

 足。

 新しい発見はなかった。

 それでよかった。

 発見するために触っているわけではない。

 必要な処置を済ませ、時刻を書く。

 記録紙を閉じたところで、扉から声がした。

「オルディスさん」

 記録部の職員だった。


「ハルヴェイ監察官が」

「何か来た?」

「一件」

 リゼットは処置室を出た。

 机へ戻る。

 セドリックは新しく届いた紙を読んでいた。

「どっち?」

「侍従の方です」

「確認できた?」

「はい」


 また印が付いた。

 残り一人。

 リゼットは表を見た。

「従者」

「そうです」

 名前の欄はまだ遠くて読めなかった。

「返事は?」

「ありません」

「部署には?」


「確認しています」

「休み?」

「通常の所在確認が取れません」

「いつから?」

 セドリックは別の紙を開いた。

「事故当夜以降」

 リゼットは顔を上げた。


「ずっと?」

「少なくとも、今の確認では」

「事故で怪我したとか」

「確認できていません」

「別任務は?」

「その記録も今のところありません」

「実家に帰った?」

「まだそこまでは調べていません」

 リゼットは椅子へ座った。


「じゃあ、まず探す人ね」

「そうなります」

「事件に関わった人、じゃなくて?」

「まだ何とも言えません」

 セドリックの答えは早かった。

「事故当夜からいないというだけです」

「王子のそばにいた?」

「第二王子付きの従者ですから、日常的には」

「当夜は?」

「そこはこれから確認します」


 また、まだだった。

 けれど、それでよかった。

 リゼットはようやく表を自分の方へ引いた。

「名前は?」

「そこに」

 最後まで印の付かなかった一行を見る。

 エリオ・レン。

 短い名前だった。

「エリオ」

 声に出して読んだ。


「知っていますか」

「知らない」

 王宮で働く人間を、リゼットが全員知っているはずもない。

 人事情報では二十代半ば。第二王子付き従者。

 事故当夜以降、所在確認できず。

 今あるのは、それだけだった。

「監察側で所在確認を進めます」

 セドリックが言った。


「居所と、事故当夜の勤務状況。必要なら人事記録も」

「私にできることは?」

「今は遺体を維持してください」

「それだけ?」

「重要でしょう」

「そうだけど」

「ならお願いします」


 リゼットは不満だった。

 けれど、捜索は自分の仕事ではない。

 人事記録を勝手に漁る権限もない。

 自分ができるのは、処置室にある身体の状態を残すことだった。

 セドリックが所在確認表へ戻る。

 確認済みの欄をもう一度見直した。

 護衛。

 侍従。

 御者。


 従者。

 名前は何人も並んでいる。

 そのほとんどの横には、確認済みの記載が付いていた。

 一番下近くに、一行だけ残っている。

 エリオ・レン。

 第二王子付き従者。

 所在確認できず。

 リゼットはその一行を見た。


 第二王子の周囲から、消えた一人がいた。


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