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王宮葬儀人 ―リゼット・オルディスの葬送記録―  作者: 高遠雪斎
第二章「死者の名」

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まだ生きている身体

灯りを消せば、すぐ眠れると思っていた。

 眠れなかった。

 リゼットは寝返りを打った。

 枕の位置が悪いのかと思い、引き寄せる。

 違った。

 仰向けになる。

 身体は疲れている。

 肩も重い。

 脚にも、長く立っていた日の鈍い疲れが残っていた。

 それなのに、眠気だけが遠ざかっている。


「何なの」

 小さく呟いた。

 答える者はいない。

 浴槽へ長く入っていたせいで、肌にはまだ温かさが残っていた。

 寝間着の布が腿に触れる。

 動くたびに擦れる。

 それがさっきから妙に気になっていた。

 リゼットは片脚を曲げた。

 また伸ばす。


 腹の奥に、はっきりしない重さがある。

 病気でも痛みでもない。

 知っている感覚だった。

「今?」

 誰に尋ねたわけでもない。

 別に珍しいことではなかった。

 仕事が忙しい日にもある。

 何もしていない休日にもある。

 疲れているから無くなるものでもなかった。


 リゼットは目を閉じた。

 眠れるなら、そのまま寝ればいい。

 しばらく待った。

 眠れなかった。

 仕方なく、寝具の中で手を動かした。

 腹へ置く。

 まだ浴槽の熱が残っている。

 肋骨の下から脇腹へ掌を滑らせ、胸元へ触れる。

 布越しに押すと、鈍かった感覚がはっきりした。


 息を吐く。

 誰も見ていないのに、身体が半端に露出するのは鬱陶しかった。

 裾を上げる。

 腿に空気が触れた。

 さっきまで気になっていた布の擦れがなくなる。

 内腿へ触れると、腹の奥の重さが変わった。

 リゼットは膝を開いた。

 慣れた動きだった。

 何をどうすれば自分が気持ちよくなるかくらいは知っている。


 急ぐ必要もない。

 身体の反応を確かめながら触れていく。

 触れる場所を変えるたび、腹の奥の重さも形を変えた。腿の内側が熱くなり、寝具へ触れている背中まで妙に意識に入る。

 一度離すと、それだけで物足りなくなった。

 戻す。

 湿りが指先についた。

 身体の方は、眠るよりこちらを選んだらしい。

 リゼットは枕へ頭を押しつけた。

 急げば早く終わるわけでもない。自分の身体なのに、日によって合う強さも速さも微妙に違う。今日は強く押すより、一定のところを外さない方がよかった。

 呼吸に合わせるように触れ方を変える。気持ちのいい場所を外すと腹が立つ。

 戻す。


「そこ」

 口から出て、自分で可笑しくなった。

 誰に指示しているのだろう。

 自分だった。

 笑うと力が抜けた。

 また最初からになった気がして、今度は速くした。

 腿が勝手に固くなる。

 足先にも力が入る。

 寝具が踵に絡んだ。


 邪魔だった。

 蹴って外す。

 冷えた空気が脚へ触れたが、今はそちらの方が気持ちよかった。

 胸へ置いていた手も動かす。

 掌で包み、指先で触れる。さっきまで何でもなかった場所が敏感になっている。

 首筋には汗がにじんだ。入浴で温まったせいなのか、今のせいなのかはどうでもよかった。

 別々だった感覚が、少しずつ腹の奥へ集まってくる。

 息が上がった。

 声を出さないようにする必要はない。


 隣の部屋に誰かがいるわけでもない。

 それでも、大きな声を出す習慣はなかった。

 短く息を漏らす。

 途中で力が強すぎた。

 違う。

 緩める。

 身体がそれに応えた。

 腰がわずかに浮く。踵が寝台へ押しつけられ、腿の筋肉が固くなる。

 腹の奥が締まり、そのすぐあとに緩む。


 まだ足りない。

 息を吐ききる前に次を吸う。呼吸の間隔が崩れ、胸の上下も大きくなった。

 腿に力が入り、逃げ場がなくなる。

 次の瞬間、腹の奥から強い感覚が上がってきた。

 息を止める。

 身体が小さく震えた。

 腹から腿へ力が走り、数度に分かれてほどけていく。息を吐こうとして、途中でまた詰まった。

 その感覚が過ぎるまで、しばらく動けなかった。

 強かったものがゆっくり薄くなる。

 最後には触れている方がくすぐったくなった。

 リゼットは手を離した。


「疲れた」

 寝台の上で言った。

 仕事でもないのに。

 少し笑いそうになったが、笑うほどでもなかった。

 呼吸を整える。

 胸が上下している。額に掛かった髪が鬱陶しく、手の甲で払った。

 脚にはまだ力が残っていた。膝を伸ばすと、腿の奥がだるい。

 寝具の外へ蹴り出した足が冷えていた。

 引き戻す。


 乱れた裾を下ろした。

 寝間着の胸元も直す。

 そのまま横になる。

 寝具へ頬を付けると、さっきまで気になっていた布の感触はもう何でもなかった。

 今度こそ眠れそうだった。

 けれど、口が渇いていた。

「面倒」


 一度は無視しようとした。

 しばらくすると、もっと渇いた。

 起き上がる。

 暗い部屋を裸足で歩き、台所へ行った。

 水を一杯飲む。

 冷たかった。

 もう半分だけ足す。

 飲み終えてから、杯を置いた。

 朝洗えばいいかと思ったが、水だけならすぐだった。


 すすいで伏せる。

 寝室へ戻る。

 蹴った寝具が、床へ半分落ちていた。

「何してるんだろ」

 拾い上げる。

 片側へ寄っていた敷布も引っ張った。

 枕を戻す。

 今度はさっきより収まりがよかった。

 横になる。


 身体に残っていた緊張はなくなっていた。

 ただ眠かった。

 リゼットは寝具を肩まで引き上げた。

 今度は寝返りを打つ前に眠った。


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