王子の持ち物
外套が戻ってきた。
正確には、戻ってきたのではない。
第二王子の遺体とともに葬送院へ運ばれ、その後、所持品として記録部が別に保管していたものが、正式確認のため処置室へ持ち込まれた。
濃い色の外套。
留め具。
装身具。
事故の際に傷んだ部分も、そのまま残っている。
リゼットは外套を広げた。
「これ、最初からあったもの?」
「受領記録では」
記録部の職員が紙を示した。
「遺体搬入時の所持品として記載されています」
「途中で入れ替わってない?」
「そこまで疑います?」
「確認してるだけ」
「今日はその確認です」
隣でセドリックが言った。
机には複数の記録が置かれていた。
遺体受領時の所持品記録。
王家の物品管理記録。
工房側に残る納入と修理の記録。
前日に見た移送簿とは違い、どれもリゼット自身が閲覧できる範囲の書類だった。
「まず外套から」
セドリックが言った。
「王家管理記録では、第二王子殿下の所有品です」
「同じ形のものは?」
「似たものはあります。ただし、この品そのものを確認できます」
「どうやって?」
彼は工房側の記録を差し出した。
仕立て直しの記載がある。
袖。
肩。
内側の補修。
外から見れば分からない小さな直しまで残されていた。
リゼットは外套を裏返した。
「ここ?」
「記録では」
内側の布に、直した跡がある。
事故で傷んだ部分とは違う。
古い補修だった。
「ほかにもあります」
セドリックが別の箇所を示す。
縫い目。
裏布の継ぎ。
工房側の記載と合う。
「これだけなら」
リゼットが言った。
「同じ工房で直した別の外套かもしれない」
「そう言うと思いました」
「何」
「次があります」
留め具が布の上へ置かれた。
王族用の品らしい意匠はあるが、リゼットには細かな違いまでは分からない。
「これは?」
「王家管理簿では殿下個人の装具として登録されています。工房側にも製作記録があります」
「同じものだと分かる?」
「補修記録があります」
「また?」
「物は壊れます」
「王子の物でも?」
「王子の物だから壊れない、とは書類にはありません」
少し前のネリスみたいなことを言う。
リゼットは留め具を手に取った。
一部の金属に、ごく小さな歪みがある。
直された跡もあった。
セドリックが工房記録の該当箇所を示す。
合っている。
「つまり」
リゼットは留め具を戻した。
「本物?」
「少なくとも、管理記録と工房記録はそう示しています」
「少なくとも?」
「あなたに言葉遣いが移りました」
「嫌なら断定すれば」
セドリックは少し考えた。
「この留め具は、第二王子ルシアン殿下が所有していた品と判断して問題ありません」
「そう」
今度は反論できなかった。
次に装身具を確認した。
一つずつ照合する。
王家側の記録。
工房の製作記録。
過去の修理。
保管履歴。
すべてが完全に同じ精度で残っているわけではない。
それでも、複数の品が同じ結論を示した。
遺体とともに運ばれてきた品々は、第二王子が実際に所有していたものだった。
「これで、本人だという材料は増えた?」
リゼットが聞いた。
「はい」
セドリックは即答した。
「本人である可能性は上がりました」
リゼットは黙った。
「そうね」
記録部の職員が、二人を交互に見た。
「もう少し揉めるかと思いました」
「何で」
「いつも意見が違うので」
「違うのは意見じゃなくて、見てるもの」
リゼットは外套へ目を落とした。
今日は、セドリックが見ていた記録の方がルシアン本人を支持している。
「疑義書は?」
記録部の職員が聞いた。
「そのまま」
リゼットが答えた。
「撤回しない?」
今度はセドリックだった。
「肩は合ってない。手もまだ分からない。靴も確認中」
「では、継続」
「でも持ち物は本人のもの」
「それも記録します」
彼は淡々と書いた。
「次は?」
リゼットが聞く。
「遺品確認書があります」
「遺品?」
「王家側で、故人の所有物を確認した書類です」
一枚の書面が出された。
項目は多くない。
外套。
留め具。
装身具。
その他の身の回り品。
いくつかには確認済みの印がある。
下部へ視線を移したところで、リゼットは止まった。
「これ」
「何です?」
「署名」
セドリックも見る。
アレクシス・エルヴァ・ヴァレーヌ。
第一王子。
第二王子ルシアンの兄。
「本人?」
「署名照合は済んでいます」
「いつ?」
「死亡公表後です」
リゼットは紙を持ち上げた。
書かれているのは、弟の遺品を確認したという事実だけだった。
悲しいとも。
信じられないとも。
何も書いていない。
署名だけ。
「殿下自身が、これを確認したの?」
「王家側の担当を通していますが、最終確認の自署は本人です」
セドリックが答えた。
「何か気になりますか」
「別に」
「なら、なぜ見ているんです」
「兄でしょう」
「そうですね」
それだけだった。
兄が弟の死をどう受け止めているのか、署名からは分からない。
どんな顔で書いたのかも。
誰と話したのかも。
リゼットには見ていないことだった。
ただ、弟が死んだものとして、遺品の確認手続を進めた。
そこまでは紙に残っている。
「王家の確認はほかにも?」
「装束関係があります」
記録部の職員が別の束を出した。
今度は儀礼部とのやり取りだった。
王妃からの希望。
妹であるセシリアからの確認。
第一王子側の事務処理。
第二王子の死を前提に、それぞれ別の仕事が進んでいる。
リゼットは前日の工程表を思い出した。
王璽付き死亡宣告には日付が入った。
継承籍と国葬はまだ途中。
その途中で、王家の人間もまた、死者が戻らないものとして手続きを進めている。
「これも本人だという材料?」
リゼットが聞いた。
「アレクシス殿下の署名が?」
「うん」
セドリックは首を振った。
「直接の身元証拠にはなりません」
「そう」
「ただ、少なくとも王家側が遺品を本人のものとして扱っていることは確認できます」
「持ち物自体は本物でしょう」
「はい」
「そこはもう疑わない?」
「今ある記録では」
リゼットは外套へ戻った。
布を触る。
生地はよく使われている。
古い補修もある。
誰かが今日のために急いで用意した新品ではない。
第二王子が生きていたあいだ、実際に使われていたものだった。
午後、本格保存を止めたままの遺体を確認した。
最低限保存。
状態記録。
必要な処置だけを続ける。
顔。
胸腹部。
肩。
手。
足。
見ている身体そのものには、午前中の確認で新しいことは起きていない。
それでも、周囲にある情報は変わった。
肩の不一致。
働いたように見える手。
合わない靴。
通常簿から見えない移送区間。
そして、本物の王子の品。
最後の一つだけが、これまでとは逆を向いている。
「オルディスさん」
記録部の職員が呼んだ。
「確認済みの品、戻します」
「処置室に?」
「装束確認に必要なもの以外は保管へ戻します」
「外套は?」
「儀礼部の確認があるので、こちらへ」
職員が外套を畳む。
留め具だけは、別の小さな布の上に置かれた。
リゼットはそれを見る。
その留め具については、もう記録と争う理由がない。
王家管理簿にも。
工房記録にも。
過去の補修にも。
同じ品が残っていた。
リゼットは処置記録の余白へ一行書き足した。
遺体搬入時の所持品について、第二王子本人所有品との照合確認済み。
書き終え、ペンを置く。
処置台の男が誰なのかは、まだ分からない。
その横に置かれた留め具だけは、ルシアン・エルヴァ・ヴァレーヌのものだった。




