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極道転生 ―山札太陽の逆襲―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第五章 落とし前

鮫島から呼び出しがあったのは、その三日後のことだった。


 指定されたのは、学校からほど近い、寂れた公園のベンチだった。日が暮れた後、街灯もまばらなその場所で、鮫島は一人、コンビニのコーヒーを二つ手にして待っていた。


「未成年に酒は飲ませられんからな」


 龍見が姿を見せると、鮫島は苦笑しながら、片方の缶コーヒーを差し出した。


「悪いな」


 龍見は、それを受け取ってベンチに腰掛けた。しばらく、二人の間に沈黙が流れた。


「……お前が、兄貴の生まれ変わりやなんて、正直、今でも半信半疑や」


 鮫島が、缶コーヒーを弄びながら、ぽつりと言った。


「せやけどな。この三日、お前のことを調べさせてもろた」


「調べた?」


「学校での立ち振る舞い。颯真いう坊主を、拳一つ使わんと従わせたこと。喋り方、目つき、間合いの取り方……全部、兄貴のそれと、同じや」


 鮫島の声は、震えていた。


「なあ、坊主。もう、誤魔化さんでええ。お前は――」


「鮫島」


 龍見は、鮫島の言葉を遮った。夜の闇の中、その目には、確かな覚悟が宿っていた。


「儂や。山崎龍見や」


 短く、しかし重みのある告白だった。


 鮫島は、しばらく言葉を失っていた。やがて、その目に涙が滲むのが、街灯の薄明かりの下でも分かった。


「……兄貴」


 鮫島は、深く頭を垂れた。


「儂は……兄貴を守れんかった。あの夜、儂がもっと警戒しとったら……」


「終わったことや。誰の責任でもない」


 龍見は、静かにそう言った。過去を悔いる時間ほど、無駄なものはない。それが、渡世を生き抜いてきた男の実感だった。


「今、大事なんは、これからのことや」


 龍見は、話を本題に切り替えた。


「立花商事の後ろにおる組織、教えてくれ」


 鮫島は、深呼吸を一つして、姿勢を正した。かつての若頭の顔に戻っていた。


「〈天羽連合〉いう組織や。元々は、うちの三次団体やった〈天羽組〉が、兄貴の死後に離反して、他の反社と結託して作った組織や」


「離反……」


「兄貴が手打ちを進めとった相手方の中に、天羽の残党が食い込んどった。兄貴を撃たせたんは、あの手打ちで割を食う言うて焦った、天羽の幹部連中や」


 龍見の中に、静かな怒りが渦巻いた。自分が命をかけて進めていた和平が、身内の裏切りによって踏みにじられた。極道として生きた三十八年の集大成が、こんな形で汚されたことに、腸が煮えくり返る思いだった。


「今、天羽連合は、立花商事いう皮を被って、地上げと特殊詐欺で資金源を稼いどる。組織の縮小した鈴鹿組の縄張りを、じわじわ侵食するつもりや」


「母の店も、その一環か」


「せや。あの辺りの一帯、天羽が目ぇつけとる再開発エリアや」


 龍見は、静かに拳を握った。


「鮫島、今の鈴鹿組は、どうなっとる?」


「六代目が死んで以来、求心力を失ってな。跡目争いでゴタゴタしとる。天羽の付け入る隙を与えとるんは、皮肉にも、うちの内輪揉めのせいや」


 龍見は、目を閉じた。自分が命を賭して束ねてきた組織が、今、瓦解しようとしている。だが――


(儂は、もう極道やない。山崎龍見としては、死んだ身や)


 組を再興するつもりはなかった。それは、この転生という奇跡を、太陽という少年の人生を、踏みにじる行為になる。だが――


(母を、この店を守ることは、儂の意志で決めたことや)


 極道の力を使わず、極道の知恵と胆力だけで、大切なものを守り抜く。それが、山札太陽として生きると決めた、龍見なりの落とし前だった。


「鮫島、頼みがある」


「なんでも言うてくれ、兄貴」


「兄貴、はやめとけ。ここでは、太陽や」


「……すまん。太陽、やったな」


 龍見――太陽は、小さく頷いた。


「天羽連合が、母の店にどんな圧をかけてくるか、事前に情報が欲しい。あんたのネットワーク、まだ生きとるやろ」


「ああ。表向き堅気にはなったが、耳と目は、まだ裏社会に残しとる」


「頼む」


「任せとけ」


 その二日後、鮫島からの一報が入った。


「太陽、今夜、立花商事の連中が、直接店に乗り込むみたいや。地上げの最終通告、いうやつやろ」


 連絡を受けた龍見は、学校が終わるとすぐに、母の店へと向かった。


 「陽だまり」に到着すると、すでに店の前に、柄の悪い男たちが数人、たむろしていた。カウンターの奥では、母の陽子が、青ざめた顔で立ち尽くしている。


「ママさん、いい加減、判子押してもらわないと。こっちも下から突き上げ食らってんだよ」


 リーダー格らしき男が、凄みを利かせながら、書類を陽子の前に突きつけていた。


「太陽!」


 龍見が店に足を踏み入れると、陽子が驚いた声を上げた。男たちも、一斉にこちらを振り向く。


「なんだ、ガキは引っ込んでろ」


「おかんに、その紙、しまえ」


 龍見は、静かに、しかし有無を言わさぬ声で言った。店内の空気が、ピンと張り詰めた。


「あぁ? お前、この前のガキか」


 リーダー格の男が、初めて気づいたように目を細めた。三日前、颯真を脅していたあの男だった。


「聞いとらんのか。二度と、この辺りをうろつくなて、言うたはずやが」


「ハッ、あの時は油断しただけだ。今日は、こっちも本気で来てんだよ」


 男が懐に手を入れる。刃物か、それに類するものを匂わせる仕草だった。陽子が、小さく悲鳴を上げた。


 だが龍見は、眉一つ動かさなかった。


「――やめとき」


 龍見の声は、決して大きくはなかった。だが、その場にいた全員の動きを止めるだけの重みがあった。


「あんたら、〈天羽連合〉の下請けやろ。今、あんたらの元締めが、どういう状況か知っとるか」


「な……」


「今夜、警察の特殊班が、立花商事の本社に家宅捜索に入る手筈になっとる。詐欺の受け子の証拠、山ほど集まっとるみたいやからな」


 これは、鮫島を通じて仕込んでおいた策だった。かつての人脈を使い、匿名で特殊詐欺グループの情報を警察に流させておいたのだ。極道の力を直接使わず、合法的な手段で相手を追い詰める――それが、龍見の選んだ落とし前の形だった。


 男の顔から、みるみる血の気が引いていった。


「て、てめえ、なんでそれを……」


「知りたかったら、今すぐこの店から出て行って、自分の目で確かめてみたらどうや」


 龍見は、静かに、しかし逃げ場のない圧をかけながら、そう告げた。


 男は、しばらく龍見を睨みつけていたが、やがて舌打ちをして、仲間たちに合図を送った。


「……今日のところは、退いてやる。だが、これで終わったと思うなよ」


 捨て台詞を残し、男たちは足早に店を後にした。


 静寂が戻った店内で、陽子が、へなへなとカウンターに座り込んだ。


「太陽……あんた、一体……」


「大丈夫や、おかん。もう、あいつら来えへん」


 龍見は、努めて優しい声で、母を安心させた。だが、その胸の内では、静かな決意が燃えていた。


(これで、序の口や。天羽連合との落とし前、きっちりつけたる)


 その夜、龍見は、鮫島に一本の電話を入れた。


「鮫島、警察への通報、上手いこと行ったみたいやな」


「ああ。お前の読み通りや。立花商事の本社、今頃てんやわんややろ」


「ご苦労さん。せやけど、これはまだ入り口や」


「……天羽連合の本体を、叩くつもりか」


「拳は使わん。せやけど、あいつらが積み上げてきた悪事、一つずつ丁寧に、白日の下に晒したる」


 電話の向こうで、鮫島が小さく笑う気配がした。


「兄貴らしいわ、それ」


「太陽や、言うたやろ」


「……せやったな。太陽」


 電話を切った後、龍見は、久しぶりに夜空を見上げた。神戸の空とは違う、この街の星々。だが、その下で生きる決意は、以前と何ら変わらなかった。


 極道としてではなく、一人の高校生として。母を守り、大切な者たちを守り、舐めた真似をする者には、きっちりと落とし前をつけさせる。


 山札太陽としての、新しい渡世が、今、本格的に幕を開けようとしていた。

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