表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
極道転生 ―山札太陽の逆襲―  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/18

第九章 跡目

前田と接触してから、四日が過ぎた。


 その間、龍見は表向き、何気ない高校生活を送っていた。だが水面下では、鮫島を通じて前田の様子を、遠くから見守り続けていた。


「前田の様子はどうや」


 放課後、いつもの公園のベンチで、龍見は鮫島に尋ねた。


「今のところ、変わった動きはない。せやけど……」


 鮫島の表情が、曇った。


「一昨日から、前田のアパートの近くに、見慣れん車が停まっとるいう情報がある」


「天羽か」


「断定はできん。せやけど、偶然にしては、出来すぎとる」


 龍見は、静かに拳を握った。前田は、証拠を持っているというだけで、すでに危険にさらされている。あの日、軽々しく接触したことが、かえって前田を追い詰める結果になったのかもしれない。


(甘かったか)


 いや、今さら悔いても仕方がない。渡世の理屈は、常に前を向くことだ。


「鮫島、前田を、一時的にどこかへ避難させることはできるか」


「考えとった。せやけど、下手に動かすと、逆に目立つ。向こうが本気で見張っとるんやったら、避難させようとした瞬間に気づかれる」


「……せやな」


 龍見は、しばらく考え込んだ。極道の理屈なら、力ずくで守りを固めるところだ。だが今の龍見に、そんな駒はない。


「葛城先生に、相談してみるか」


「それがええかもしれんな」


 その日の夜、龍見は葛城の事務所に電話を入れた。事情を話すと、葛城は少し考えてから、静かに言った。


「山札くん。こういう時こそ、法律の出番です」


「といいますと?」


「前田さんが持っとる映像は、殺人事件の重要な証拠になり得る。せやったら、警察に正式に証拠として提出させ、公的な保護対象にしてしまうのが、一番安全や」


「せやけど、そうなったら――」


「儂の正体が、表に出るかもしれん。分かっとります」


 龍見は、葛城の言葉を先読みして、静かに頷いた。


「せやけど、それでも構へん。前田さんの安全が最優先や」


「そう言うと思っとりました」


 葛城の声に、僅かな笑みが滲んだ。


「ただし、進め方には注意が必要です。証拠の提出は、正式なルートで、かつ迅速に行う必要がある。儂の方で、旧知の刑事に、内々に話を通してみましょう」


「刑事、ですか」


「六代目の時代から、儂と裏でやり取りしとった、信頼できる男です。表沙汰にせず、慎重に動いてくれるはずや」


 電話を切った後、龍見は小さく息を吐いた。極道の力を借りず、法律と、信頼できる人間関係だけで、大切なものを守ろうとする。それは、龍見がこれまで生きてきた世界とは、まるで違う戦い方だった。


(せやけど、悪ないな。こういうやり方も)


 翌日、鮫島から新たな情報がもたらされた。


「太陽、鈴鹿組の方で、妙な動きが出とる」


「跡目争いか」


「せや。神楽坂が、急に動きを活発化させとる。古参の幹部連中に、根回しを始めとるらしい」


「焦っとるんやろな。アリバイのことが、バレかけとると気づいて」


「それだけやない」


 鮫島の声が、緊張を帯びた。


「神楽坂の対抗馬に、意外な名前が挙がっとる。西岡吾郎いう男や」


「西岡……聞いたことない名前やな」


「せやろうな。兄貴が現役の頃、まだ若頭補佐やった。地味やけど、義理堅い男や。神楽坂の急激な台頭に、危機感を持っとる古参連中が、担ぎ出そうとしとるらしい」


「その西岡いう男は、信用できるんか」


「儂の見立てでは、悪い男やない。せやけど……」


 鮫島は、言葉を濁した。


「西岡の耳にも、お前の噂が届いとるかもしれん」


「生まれ変わりの噂、か」


「せや。もし西岡が、お前を六代目の生まれ変わりやと信じ込んで、担ぎ上げようとしてきたら……」


 龍見は、静かに目を閉じた。鮫島の懸念は、もっともだった。母を守るための静かな戦いのはずが、いつの間にか、鈴鹿組そのものの跡目争いという、大きな渦に巻き込まれようとしている。


(儂は、組を継ぐつもりはない)


 それだけは、揺るがない決意だった。太陽という少年の人生を、極道の看板を背負わせることで奪うつもりはない。だが同時に、鈴鹿組が神楽坂のような裏切り者の手に落ちることも、看過できなかった。


「鮫島、西岡いう男、一度、儂の目で見てみたい」


「会うんか、直接」


「いや、まだ早い。まずは、遠くから見極める」


 その週末、龍見は鮫島の手引きで、西岡吾郎が経営するという小さな喫茶店を、外から見に行った。三宮の路地裏にある、古びた店構えだった。


「地味な店やな」


「西岡らしいやろ。組の解散後、目立たんように、堅気の商売しとる。せやけど、古参連中との繋がりは、今でも太いらしい」


 店の窓越しに、恰幅のいい初老の男の姿が見えた。エプロン姿で、コーヒーを淹れている。その所作には、どこか誠実さが滲んでいた。


(悪い目はしとらんな)


 龍見の観察眼が、静かにそう判断した。少なくとも、影山や神楽坂のような、腹の底の見えない冷たさはない。


「太陽、どうする」


「もう少し、様子を見る。西岡がどう動くか、神楽坂がどう出るか」


 龍見は、静かに踵を返した。


「今、大事なんは、前田さんの安全と、証拠の保全や。跡目争いは、その後で考える」


 鮫島は、少し驚いた顔をした。


「兄貴やったら……いや、以前の兄貴やったら、こういう時、すぐにでも動いて、主導権を握りにいっとったと思うで」


「せやろうな」


 龍見は、小さく笑った。


「せやけど、今の儂は、山札太陽や。優先順位が、あの頃とは違う」


 その言葉に、鮫島は何か言いたげな顔をしたが、結局、黙って頷いた。


 三日後、葛城から連絡が入った。


「山札くん、話がつきました。旧知の刑事が、内々に前田さんと接触し、証拠の任意提出について、話を進めてくれることになりました」


「ありがとうございます、先生」


「ただ――」


 葛城の声に、緊張が滲んだ。


「動きが表沙汰になれば、必ず、天羽連合の耳にも入る。証拠が警察の手に渡る前に、何か仕掛けてくる可能性は、十分にある」


「分かっとります」


 龍見は、静かに窓の外を見た。夕暮れの空に、重い雲が広がっていた。


(時間との勝負が、いよいよ佳境に入るな)


 母を守る戦い、龍見暗殺の真相を暴く戦い、そして鈴鹿組の行く末。三つの糸が、静かに、しかし確実に、一つの結末に向かって縒り合わされていく。


 龍見は、その夜、久しぶりに、極道として生きていた頃の緊張感を、全身に感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ