第98話 クロスファイアーポイント
12月23日(水)曇り
プロメテウス軍とベルモール軍との闘いは3日目に突入していた。
ベルモール軍はジリジリと前進を続けて北上し、予定していたロレッチオ軍との合流地点まであと少しという所まで来ていた。
およそ1日遅れの到着ではあったが、ロレッチオ軍が順調に進軍していればちょうど間に合うタイミング。
「敵魔導騎士の想定外の強さにヒヤヒヤさせられたが、やはり我々との兵力差を覆すことはできなかったな。我々もかなりの魔導結晶と兵力を損耗したが、何とか当初の予定どおり目的地に到達できそうだ。ロレッチオ男爵とは連絡がつきそうか」
「それが、ロレッチオ軍とはまだ連絡が取れず、所在も未だ不明」
「そうか。あちらも会敵して苦戦を強いられているのだろうし、彼らが到着するまでこのまま敵との交戦を継続しよう。・・・ん? あれはなんだ?」
最前線に立って戦うベルモール子爵の前に現れた、ボロンブラーク騎士学園の制服を着た12名の女子生徒たち。
そして彼女たちの後ろから登場したのは、白銀の髪をした美男美女のカップル。
「おいおい、何を始める気だアイツら。まさかここで学園祭でもおっ始めようという訳じゃないよな」
子爵は軽口を叩きながらも、目は全く笑っていなかった。
そして魔導結晶を握りしめると、特大のアイスジャベリンを頭上に練り上げた。
「これでも喰らえっ!」
空気を切り裂いて飛翔する無数の氷柱が女子生徒たちに向けて発射されたが、白銀の美少女が右手を掲げた瞬間、刹那の時間で発動した特大級のフレアーが氷柱を全て包み、水蒸気へと還元させた。
「なんだとっ!」
そして背後に控えた女子生徒たちから放たれた何かがいとも簡単にバリアーを突き破ると、周りに居た騎士たちがバタバタと倒れていった。
「あの攻撃魔法は何だっ!」
乾いた破裂音が聞こえる度、悲痛な叫びを上げて倒れていく騎士たち。敵の新兵器になすすべなく立ちすくんでいる子爵を次なる衝撃が襲った。
「白銀のカップルが消えた?」
今の今まで前方にいたはずの二人が視界から消えると、一瞬ですぐ近くまで接近を許していたことに全く気づけていなかった。
男の方が繰り出す剣が子爵を襲うと、その動きがあまりにも速すぎて全く避けることができない。
次々にヒットしていく彼の剣戟に子爵はただただバリアーに魔力を込めるしかできなく、少し離れた先に居た美少女もやはり神速の動きで、ほぼ無詠唱で放たれたファイアーの弾幕を周囲に巻き散らしている。
「何者だこいつら! こんなの人間の動く速度じゃねえ。しかもたった一人でファイアーの弾幕を張りやがって、バケモノかよ!」
魔導結晶がなければとっくの昔に討ち取られていたであろう子爵は、バリアーを最大展開して自分の身を守るのに精一杯。
一方、なかなか子爵を倒せなかった白いカップルは、次の瞬間には子爵から遠く離れて次なるターゲットに襲いかかっていた。
瞬時に発動するファイアー。
一撃で騎士を火だるまにしては、全く無駄のない動きで次の瞬間にはターゲットに襲いかかっている二人組。
そしてみるみるうちに、我が陣営の奥へ奥へと進んでいった。
・・・正真正銘のバケモノ。
学生がなぜあれほどの強さを誇るのかは分からないが、今はアイツらの進軍を止めることが先決。
すぐに二人を追いかけようとする子爵に向けて、今度は12人の女子生徒たちの攻撃が集中した。
「ぐわっ! さっきの女子生徒の魔法攻撃が俺のバリアーを簡単に貫いて来やがった。ということは魔法攻撃ではなく物理攻撃!」
女子生徒たちの攻撃は、子爵の強固なバリアーによって威力が落ちているとは言え、自分に攻撃を集中されては、白銀のカップルを追いかけることができない。
「くそっ! 誰かあの二人を止めろっ!」
◇
敵陣の奥へ奥へと進みながら、ネオンはそれが来るのを待ち構えていた。
「ねえネオン、そろそろ来る頃じゃない?」
「たぶんもうすぐ来る。一応大丈夫のつもりだけど、もしもの時はマジックバリアーよろしくね、セレン姉様」
その時二人は前方に強大な魔力を感じる。魔導結晶で強化された軍用マジックシールドが発動したのだ。
ベルモール子爵は二人の進軍を止めるために、自軍を大きく包み込む最大強度の軍用バリアーを展開したのだった。
それは二人を絶対に進ませないという、彼の強い意志の表れだった。
「かかったっ!」
だが獰猛な笑みを浮かべたネオンがその場に立ち止まると、エクスプロージョンの完全詠唱を始めたのだ。
全ての防御をセレーネに任せて。
◇
ベルモール子爵は、自分が展開できる最高強度のバリアーで二人の動きを止めることに成功した。
あとは平民兵の大軍を2人にぶつけて魔力を枯渇させた後、なぶり殺せば終わり。
子爵がそう命令を出そうとしたその時、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「あれはエクスプロージョンっ! だが人間の魔力であの軍用バリアーを突破するのは絶対に不可能。一体何をするつもりだ!」
その魔法陣は禍々しいほどの膨大な魔力で満たされていき、子爵の展開したバリアーの上空で不気味な光を輝かせている。
「まさかエクスプロージョンを使って自決するわけでもないだろうに・・・おいおい、ちょっと待て! 何処まで巨大化するんだあの魔法陣はっ! これはとてつもないエクスプロージョンが来るぞ。総員、マジックバリアー展開、最大防御ーーーっ!」
◇
魔法の詠唱を終えて魔法発動段階に移行したネオンは、魔法力学の理論を頭に思い浮かべていた。
遠隔魔法は術者と魔法発動地点の距離に反比例してその威力が低減する。
では逆に距離が近くなればどうなるか。
理論上は距離がゼロに近づくほど威力は無限大に発散。
すなわち、自分の防御力を遥かに越えた究極の自爆攻撃となる。
「ネオンやり過ぎよ! あなたは本物のバカなの! 今すぐ魔法を取り消しなさい!」
「いいの。セレン姉様がいるから大サービスでこの大きさにしたんだから。一人なら、もっと小さくしたけど」
「このバカネオンっ! ぶっつけ本番でふざけないでよ! やっぱりあなた、頭のネジが10本ぐらい抜けてるんじゃないの?」
【火属性上級魔法エクスプロージョン】
だがセレーネの忠告を華麗にスルーしたネオンは、自分のほぼ直上から光の光点を落とした。
まばゆいばかりの禍々しい光点が子爵のバリアーに突入すると、魔力を削がれながらも十分過ぎるほどの破壊力を維持してバリアーを通り抜けてしまった。
それを見たベルモール子爵が真っ青な顔で絶叫したが、無情にもその光点は兵士たちの頭上で炸裂した。
そこにはまばゆい光しか存在しなかった。
地面が激しく揺れて地響きが身体を震わせる以外、爆発音はほとんど聞こえない。
バリアー内で発生した爆発の力学的エネルギーは、光以外は外に漏れず、バリアー内壁に反射した熱と衝撃波が兵士たちの肉体を何百往復も蹂躙して通り過ぎていった。
その無慈悲な惨劇を唖然として見つめるセレーネが、科学者のように無表情に観察するネオンに尋ねる。
「これ、あなたが考えたの?」
「アゾートと二人だよ。名前はそうね、この物理現象にちなんで『スーパー・キャビティー・ボム』とでも呼んでよ」
◇
ベルモール子爵は理解した。
「バリアーを強化したことが逆に裏目に出てしまった・・・」
バリアー内に居た自軍の兵士たちが跡形もなく蒸発し、地面にできた巨大なクレーターの表面は熱によってガラス化していた。
見渡す限りのガラスの荒野の向こうには、バリアーの外に居たがゆえに命が助かった自軍の兵士たちの姿が見える。
そんな爆発跡を悠然と見据える美少年の目が赤く輝き、恐怖で腰を抜かしている兵士たちを鋭く威圧した。
「ば、バケモノだ! 逃げろっ!」
徴兵によって集められた平民兵に忠誠心など存在しない。
領主命令で戦場に連れてこられた彼らに取って、自分の命こそが一番大切であり、確実な死から逃げるために、蜘蛛の子を散らすようにネオンの周りから逃げ去った。
そんな敵前逃亡を許してはならない隊長たちも、自分自身があまりの衝撃に腰を抜かしていたため、何も言葉を発する事ができずに兵士たちが逃げていくのをただ呆然と見ていた。
だからその時、プロメテウス軍本隊が突撃を開始したことなど全く気づかなかった。
◇
フリュオリーネはチャンスとばかりに、ネオンの作ったガラスの荒野を指して叫んだ。
「ネオンさんが開けてくれた穴に向けて、全軍突撃開始! 水属性魔導騎士は先行してクレーターを氷結魔法で冷却。歩兵は密集隊形でそのクレーターを全速力で通過。重騎士隊は歩兵が通過するのを敵軍から護衛し、魔導騎士はバリアーでその重騎士を防御。全軍ですみやかに敵軍の反対側に布陣し、ベルモール軍を北へ押し上げよ!」
その号令とともに、プロメテウス軍は一斉に突撃を開始し、ネオンが開けた空間に兵士たちが殺到したのだ。
◇
ベルモール子爵が冷静さを取り戻した頃には、殿を務めるフェルーム家魔導騎士隊も自陣に入り込んでおり、ベルモール家の魔導騎士隊の攻撃を笑顔で弾き返していた。
「やられた・・・」
プロメテウス軍の行く先には自軍の補給部隊があり、それを奪われれば補給路を断ち切られた状態で城塞都市ヴェニアルに向かわなければならない。
しかも魔導結晶を全て奪われ、魔力的に劣勢に立たされた上、逆に強化された敵の魔法攻撃を防御しなければならないのだ。
いや、強固なバリアーを張ったがために逆に命取りになることもわかった今、プロメテウス軍に対して魔導結晶の有無などもはや関係がなかった。
そして魔力では敵わないが、兵数ではまだまだ有利な状況には変わらず、現状において最善と思われる指示を兵士たちに告げた。
「我らの戦略は、ロレッチオ軍と合流して圧倒的大多数でプロメテウス領を陥落させること。戦況は未だ我軍が有利であり、敵がわざわざ道を開けてくれた今、背後の敵を攻撃しつつヴェニアルに向けて進軍せよ!」
◇
布陣が南北入れ替わってしまったプロメテウス軍とベルモール軍。
ベルモール軍がヴェニアルへと進軍する後方を、プロメテウス軍が追いかける形となっている。
すでに日が落ちて当たりが暗くなった頃、ベルモール軍は当初の合流地点である城塞都市ヴェニアルの西側平原に到達していた。
このタイミングで、フリュオリーネは首脳陣を集めて最後の作戦指示を行う。
「今から軍の指揮権をダリウスさんにお渡しします。城塞からの大砲の砲撃が始まったら、それに連動して魔法攻撃を開始してください。敵外縁部は歩兵と騎士で囲んで敵の逃げ道をふさいで中央付近にいる首脳陣に魔法攻撃を集中。彼らをゆでガエルの状態にして、降伏を勧告致します」
「おう、ワシに任せておけ! だが大砲の砲撃といっても、砲撃手は全員ここにいるし誰が撃つんだ?」
「わたくしの闇属性上級魔法ワームホールを使って、砲撃手を全員城壁に転移させます。この魔法は魔力を大量に使うわりにジャンプできる距離は短いのですが、フェルーム砲兵隊だけなら何とか運べます」
「ワームホールというとフェルーム領での貴族の決闘の時、負傷したフォスファーを脱出させたあの魔法か! わかった、そちらはよろしく頼む」
「では、お義母様、エリーネさん、セレーネさんの3人はわたくしの身体にしっかり掴まってください」
【闇属性上級魔法ワームホール】
「・・・消えた。我が軍の総参謀長殿は最早何でもありだな。よし、ワシらも攻撃準備に入る。ネオンはワシと一緒に魔法攻撃だ!」
「いいよお父様。私の攻撃レベルに果たしてついて来れるかな?」
「やかましい! フェルーム家当主のこのワシに簡単に勝てると思うな!」
◇
ベルモール子爵は、ロレッチオ軍と合流ができないことに焦っていた。
「ロレッチオ軍との連絡はまだ取れないのか」
「まだです。近くに姿形もありません」
「約束の時間はとっくに過ぎているが、おそらく彼らも敵の攻撃にあっているのだろう。彼らが到着するまで何とかしのいで・・・おい、この爆発音はなんだ?」
「城塞の方から聞こえますが・・・」
振り返ると城壁の上でチラチラと何かが光っており、遅れて大きな爆発音が聞こえると同時に何かが着弾して、騎士たちの身体がバラバラに吹き飛ばされた。
「今度は一体何の魔法攻撃だっ!」
「分かりません! 遥か遠方から発射された未知の魔法攻撃によって、軍用バリアーが瞬時に破壊されて行きます!」
「そんなバカな・・・ええい、こいつらと戦ってるとこれまでの常識が全く通用しない。頭がおかしくなりそうだ!」
謎の魔法攻撃の着弾を合図に、正面城塞からは巨大な鉄の塊が猛スピードで撃ち込まれ、バリアーが消失して完全無防備になった我が軍の頭上には、敵のエクスプロージョン攻撃が雨のように降り注いだ。
こんな戦場からは一刻も早く撤退したいのに、プロメテウス軍はここにきて初めて歩兵戦力を前面に押し出し、我軍の脱出を許さない構えだ。
歩兵の使い所が絶妙すぎる上に、魔導結晶を使っているのか、魔法攻撃の強度がこれまでの3日間と比べて明らかに強い。
そう、俺たちは敵の軍師に嵌められ、この状況に追い込まれるよう誘導されたのだ。
城塞からの謎の魔法攻撃とフェルーム魔導騎士隊によるエクスプロージョン攻撃。それら全てが一点に集中するここは、まさにクロスファイアーポイント。
敵歩兵に逃げ道を塞がれて全く身動きのとれない我が軍は、敵の圧倒的火力によって茹でガエルにされているのだ。
ロレッチオ軍が今すぐ参戦すればまだ勝ち目はあるかも知れないが、彼らとの連絡もとれない中、時間の経過とともに兵力を削られていくだけ。
時間が敵に回った今、我が軍にはもはや打つ手がなかった。
そこへ、敵からの降伏勧告が伝えられる。
俺は夜空を見上げて声を振り絞った。
「・・・ここまでだ。降伏しよう」




