第97話 3500対130
ソルレート伯爵への攻撃を行ったと思われる敵を発見したロレッチオ軍前衛魔導騎士。
「正面左におよそ130。全て騎兵だ」
「やはり敵が潜んでいたか。だがたった130とは数が中途半端な。我々と相対するには少なすぎるし、これは陽動部隊か。だがヴェニアル要塞が陥落したとも思えないし、大兵力が後ろに控えているとも思えない。警戒しながらあの騎士団を追え」
「はっ!」
◇
「サー隊長。敵の追撃の足が鈍く、我々と距離が離れていきます」
「やつら俺たちを相当警戒しているようだ。よし全騎停止。やつらに一発だけ射撃して敵を釣り上げるぞ。撃てっ!」
タン! タタタタッ! タン!
「よし、適当に攻撃しつつ適当に逃げて、上手く罠に誘い込むぞ!」
◇
「な、何だ今の魔法攻撃は。見えたか?」
「いえ何も。ただ先ほど伯爵を狙った攻撃と似たような音が多数聞こえて、同時に騎士たちが倒れていったので同じ敵かと」
「どうやってヴェニアル要塞を抜けてきたのか分からないが、敵であることは間違いないようだ。陽動部隊だとすれば、どこかに敵本隊が潜んでいるはずだ。魔法防御シールドを全開にして全騎全速力で突撃開始!」
「はっ!」
◇
高台から敵の動きを追っていた俺たちは、銃装騎兵隊を追って猛然と駆ける敵騎士団の姿をハッキリ捉えた。
「よし、うまく罠に誘い込めた」
敵は俺たちの魔法攻撃を警戒してか、軍用のマジックシールドを全開にして魔導結晶でブーストまでしている。
騎士団の移動に合わせて、彼ら全軍を覆い尽くすように透明のバリアーも高速で移動していくのがハッキリ見える。
「白い煙が地面から立ち上ってきたが、あれが穀物の粉か」
「ああ。馬で駆け抜けると、芝生に仕込んだ刃物が袋を切り裂いて、小麦粉が舞い上がるように工夫してある」
「だけど粉を撒き散らせてどうするんだ? 毒を吸い込ませる作戦か」
「良く見てみろダン。敵の軍用バリアーの中に白い粉が充満して、半球がくっきり見えるだろ。そこに火種を放り込むのさ」
俺はそう言って、エクスプロージョンの全ての呪文を詠唱した。
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ。 天空の覇者太陽神よ。無限の炎と輝きを生み出せしその根元を、我が眼前に生じせしめ全ての力を解放し、この大地に永遠の滅びをもたらさん。 降臨せよ、降臨せよ。死を司る冥界王よこの地上へと降臨し、天上神の創りし幾年生きる全ての衆生、大洋山河の万物を悉く爆砕し、凡そ全てを無に帰さん:火属性上級魔法エクスプロージョン】
これが完全詠唱エクスプロージョンか。
自分でも分かる。身体から溢れ出す火属性の赤い魔力が、猛烈な勢いで敵上空に浮かび上がった巨大な魔法陣に吸い込まれていく。
あの時のセレーネほどじゃないけど、魔法陣の中心に出現した白く光輝く光点は、今まで見たことがないほど禍々しいオーラを迸らせている。
それでも敵の軍用バリアーに触れた瞬間、その魔力がどんどん吸い取られて、落下とともに光を失っていく。
これが魔導結晶の力なのか。
俺の渾身のエクスプロージョンが完全に威力を失い、もうほとんど光が消えてしまいそうになっていたが、ギリギリバリアーを通過すると残りの命を燃やし尽くすかのように最後に小さく発火した。
その瞬間、バリアー内に立ち込めていた小麦粉に引火し、大爆発を起こした。
粉塵爆発。
大地を揺るがす低周波の振動は感じられるが、爆発音そのものは何も聞こえない。
おそらく爆発の衝撃波が強固な敵バリアー内に閉じ込められて、外部にいる俺たちの元へ届かないのだ。
逆にバリアー内では、爆発の衝撃波が何度も反射し、何百往復したか分からないほど敵騎士たちの肉体を蹂躙したのだ。
その様子はまさに地獄。
「お、おいアゾート・・・。お前一体何をやったんだ」
「俺のエクスプロージョンでは敵のバリアーは突破できないから、それを逆に利用して狭いバリアー内に粉塵爆発のエネルギーを閉じ込めてしまったのさ」
「すまん、お前が何を言ってるのかさっぱり理解できん」
「ならそういう必殺技だと思ってくれ。名前はそうだな、『スーパー・キャビティー・ボム』ってところか」
◇
敵騎士団を追っていたロレッチオ男爵は、突然地面から舞い上がった白い粉を不審に思っていた。
「これは小麦粉。なぜこんなところで粉が舞い上がる?」
後ろを振り返ると、後続の騎士たちが白煙の中に包み込まれ完全に視界が失われていた。
「敵の罠だ! 全員警戒体勢を取」
その瞬間、男爵の意識が失われた。
気がつくと地面に倒れていた男爵は、意識を取り戻すとゆっくり立ち上がった。
「・・・な、何が起きた? 俺は今、何の攻撃を受けたんだ。小麦粉で視界が失われてよく見えなかったが、上空で何かが爆発したような気がする」
周囲に倒れている仲間の魔導騎士を助け起こしながら、やがて爆煙が風に押し流されて少しずつ視界が回復してきた。
そして辺りの様子が明らかになると、男爵は思わず背筋を凍らせた。
爆発で肉体がバラバラになった人間や馬が血の海に横たわっており、そのどれもが熱で発火してパチパチ音をたてて燃え盛っていた。
「おえええっ・・・」
余りの惨たらしさに吐き気をもよおした男爵は、だがまだ生きている仲間たちを救うために撤退命令を下した。
「どうやら生き残ったのは本家に近い魔導騎士のみ。ここはひとまず生存者を救出してこの場を退避。被害状況を把握して軍の建て直しを図る。敵は未知の魔法を持っており強力なバリアーを逆手に取られる危険性がある。これからは魔導結晶の無闇な使用を禁止する」
◇
高台から後退していく敵騎士団を見送りながら、俺は先ほど戻ってきたばかりのサー少佐に意見を聞いた。
「これでどの程度時間を稼げたことになりますかね」
「かなりの警戒心を植えつけられたはずだし、動きは当然鈍くなる。ただ明日からは敵さんもかなり慎重に動いてくると思うし、同じ手は使えないぞ」
「フリュに頼まれたとおり、1日以上の足止めを確実にしたい。さてどうするか」
「あまり無理はするなよ、アゾート」
◇
ロレッチオ男爵は騎士団を後退させて野営地を設営し、部下の報告を受けていた。
「ソルレート伯爵の容態は落ち着きました。治癒師により患部の状態も改善しましたが、完全に回復するまでにはまだ時間がかかるとのこと」
「意識は取り戻したのか」
「いいえ、まだです」
「それから先ほどの未知の魔法攻撃の被害状況がまとまりました。死傷者はおよそ300。これが全て騎士なのが痛恨の極み」
「そんなにもか・・・たった一撃で何の魔法攻撃を受けたのかもわからず、爆発があったことだけは現場の様子でわかるのだが、魔導結晶を使用していたしエクスプロージョンであのようなダメージを受けることは絶対にない」
「はい、男爵閣下のおっしゃる通りで、敵の攻撃方法が分からないため、兵の中には怯えている者も少なからずいます」
「そうだな。正直言って俺も恐いし、もし伯爵が健在なら作戦変更を具申するところだ。だが意識不明の今はどうすることもできないし、予定どおりベルモール軍との合流を急ぐしかないだろう」
◇
二日目の戦いを終えたフリュオリーネたちは、野営地に置かれた司令部で作戦会議をしていた。
「本日の戦いでも、敵の魔導結晶をかなり消耗させることに成功しました。ただ予想よりも多くの結晶を持っているようで、アゾート様たち遊撃隊のご負担を少なくするため、明日から我が軍の魔法攻撃強度を上げていきたいと存じます。わたくしとサルファーさんたち主力魔導騎士部隊も攻撃に参加いたします」
そんなフリュオリーネの作戦にネオンが、
「魔導結晶を消耗させるのもいいけど、盗んじゃうのはどうかな。要するに後方の補給部隊まで辿り着けばいいんでしょ」
「それができればいいのですが、補給部隊は特に守りが固く、兵を損耗するため強硬突破はできません」
「そんなことは分かってる。実はいい手があるんだけど、みんなちょっと耳を貸して」
ネオンは、みんなを近くに呼び寄せて小声で説明をはじめた。
話を聞き終えたダリウスはさすがにネオンを止めた。
「バカなことはやめろネオン! お前の無茶には慣れっこだが、その作戦はさすがに許可できん。それにそんな魔法の使い方など聞いたことがない」
「でも理論的には可能なはずだよ」
「おいアゾート! ネオンを止めろ!」
そうダリウスが叫ぶが、当然返事は返ってこない。
「アゾート様はここにおりませんが」
「そう言えばそうだった。ネオンの暴走を止められるのはアイツだけだからつい」
ダリウスが頭を掻くとセレーネが、
「ネオンは私たち家族の言うことなんか聞かないし、一人で突撃させるぐらいなら私が一緒について行くわよ」
「付いていくってお前・・・」
「私ならネオンのエクスプロージョン攻撃にも耐えられるし、失敗してもネオンを連れ戻せるから」
「それもそうだな。セレーネが一緒に行くなら許可しよう。どうせやるなら徹底的にぶちかまして敵の心を折ってやれ、ネオン!」
「任せてお父様。それとセレン姉様はノロマなんだし、ちゃんと私に付いて来てよね」
「うるさいわねネオン! 私が固定砲台じゃない所を見せて上げるんだから!」
そんな3人の会話に頭を抱えるエリーネ。
「ウチの一族はどうしてこんな戦闘バカばかりなのよ・・・全くもう」




