第93話 城塞都市ヴェニアル電撃作戦
12月18日(土)雪
プロメテウス騎士団、サルファー騎士団及びフェルーム騎士団の連合軍(以下、プロメテウス連合軍)は、プロメテウス城を出発の後、ソルレート領内へと侵攻する際の玄関口ともいえるアドリテの街を強襲した。
この街はアドリテ騎士爵家が守護していたが、秋の叙勲式の際に一度襲撃していたこともあって100騎にも満たない騎士団では対抗する術もなく、早々に降伏。武装解除に応じた。
さっそくこの街に後方支援部隊を駐留させ、プロメテウス領と前線との間の補給路を確保。戦争が長期化した場合はソルレート領からの亡命商人たちがこの補給路を使って、必要な物資を前線へ送り届ける役割を担う。
街の占領を速やかに完了させ後方支援部隊に後をまかせると、連合軍主力部隊はヴェニアル領のさらに内へと進軍を続け、途中にある騎士爵領を次々と占領していった。
12月19日(雷)曇り
早朝、野営地を出発した連合軍は、昨日同様、ヴェニアル領内を奥へ奥へと進軍する。
ただ、歩兵が多数を占める軍隊であり、砲兵隊が保有する全40門の大砲の運搬にも時間がかかるため、一般的な騎士団と比べてゆっくりとしたペースでの進軍となっていた。
そしてようやく夕方に差し掛かった頃、プロメテウス連合軍は目的地である城塞都市ヴェニアルに到着した。
このヴェニアルは城塞都市プロメテウスと同様、南北に連なる山地の間に建設された街であり、ソルレート伯爵支配エリアへと入るためにはこの街を通過しなければならない。
もちろん山地を超えるルートもあるのだが、移動に労力と時間がかかりすぎるため普通は使わない。
この城塞都市ヴェニアル、その城壁はプロメテウス城よりもさらに堅牢でソルレート領内部への侵攻を阻止するためのまさに関門。難攻不落で知られるアージェント王国有数の要塞なのである。
今回の管理戦争では担保資産の奪い合いが目的の一つなので、この城塞都市ヴェニアル内にあるロディアン商会の倉庫の確保は最低限必要。そしてできれば、ソルレート領内へ侵攻するための拠点としてこの城塞を利用したい。
逆にソルレート連合軍に先に入城されてここを拠点として利用されれば、プロメテウス領への侵攻や籠城戦による長期戦も視野に入り、戦略的に不利な状況となる。
つまりここを攻め落とすにしてもそれほど時間がないが、今ならヴェニアル騎士団1500騎が守備しているのみ。兵数では我が連合軍が勝っているし後は堅牢な城壁をどう突き破るかだけ。
そして今、我が軍の全兵士たちを前にしてフリュオリーネ・メルクリウス総参謀長が今回の作戦を説明する。
「この一戦は、今回の管理戦争の趨勢を左右する最も重要な戦い。ソルレート伯爵より先にヴェニアル要塞を陥落させなければ我らに勝機はございません。王国有数の要塞相手に時間との戦いになりますが、我らには王国最強の火力があります。作戦は至って簡単、砲兵隊の持てる全火力を城門に集中させ城壁を破壊し、その後全兵力を持って城塞内に突入してロディアン商会の倉庫にある物資を確保します。その際ヴェニアル子爵とその一族は有力な取引カードになりますのでなるべく生きたまま捕縛を。領民や街の設備、物資は我らが占領後に使用いたしますので、なるべく保全いただければと存じます」
フリュが一歩後ろに下がり、俺が前に出て命令を下す。
「それでは作戦開始だ」
遥か東の方向に見える城塞都市ヴェニアル。
その城門が辛うじて視認できるものの、弓矢も遠隔魔法も到底届かない距離。
そこにプロメテウス砲兵隊の誇る40門の大砲を横一列に並べ、メルクリウス、フェルーム両家の砲手が勢ぞろいし、ズラリと居並んでいる。
攻城戦における大砲の有効性は2年前の内戦ですでに確認できているが、今回の大砲は射程距離も威力も伸ばした改良型である。
ただし今回の城壁は相当に厚く硬い。砲撃がどこまで通用するかはやってみなければわからない。つまり実戦で新兵器のテストをするわけである。
そして新兵器のテストはもう一つ。
セレーネによる「完全詠唱による超長距離エクスプロージョン発射実験」である。
魔法力学を少し説明すると、魔法強度は術者と魔法発動場所との間の距離に反比例して弱くなる。つまり、遠距離魔法であっても無限に飛ばせるわけではなく、ある程度近くないと十分な破壊力が得られない。
次にエクスプロージョンの特性だが、基本的には超高温プラズマの爆発による炎熱破壊攻撃。そのため土属性上級魔法メテオの様な純粋な物理破壊魔法に比べて、攻撃範囲は広いものの攻城戦においては有効ではないとされている。
以上を踏まえた上での今回の実験。
完全詠唱エクスプロージョンはその威力が通常より桁違いに強くなっているはずで、プロメテウス領内では危険すぎて実験の機会すらなかったが、敵の要塞相手なら何の遠慮も必要ないためセレーネの火力を思う存分ぶつけることができる。
「最初に超長距離エクスプロージョン発射実験を行った後、全砲門で攻撃を開始する。じゃあセレーネ頼む」
「わかったわ」
プロメテウス連合軍の一番先頭に立ち、赤く沈みゆく夕日を背にセレーネは杖を握った右腕を前に大きく掲げて、その呪文を朗々と詠唱した。
セレーネが初めて唱えるエクスプロージョン完全詠唱は、どこか優美な雰囲気と和歌を奏でるような調べが心地よく、古来日本の伝統までもその魔力に乗せようかという錯覚まで俺に感じさせた。
そしてその長い詠唱が終わるころには、セレーネの身体からあふれ出す赤い魔力のオーラが、誰の目にもはっきりと目視できるまでに膨らんでいた。
【地の底より召還されし炎龍よ。暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち、1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって、この世の全てを焼き尽くせ。 天空の覇者太陽神よ。無限の炎と輝きを生み出せしその根元を、我が眼前に生じせしめ全ての力を解放し、この大地に永遠の滅びをもたらさん。 降臨せよ、降臨せよ。死を司る冥界王よこの地上へと降臨し、天上神の創りし幾年生きる全ての衆生、大洋山河の万物を悉く爆砕し、凡そ全てを無に帰さん:火属性上級魔法エクスプロージョン】
魔法が発動すると、遠く城塞都市ヴェニアル上空にはまるで都市全体を覆うかのような巨大な魔法陣が出現し、その中心から零れ落ちた光点が城門へと落下して行った。
それが城壁に触れた瞬間、強烈な閃光とともに超高温プラズマが発生して、城壁の上にいた兵士たちの身体を一瞬で蒸発させた。そしてその巨大プラズマ塊が上空へ昇って行くと、地表の砂塵を巻き込みながら不気味なきのこ雲を形成していった。
「・・・凄い。この長距離からこれほどの破壊力が出せるとは」
ダリウスは愛娘が発動させた魔法の破壊力にただただ感心するのみだったが、その巨大なきのこ雲を中心に同心円状に広がる砂塵が急速に接近して来た。
「衝撃波が来ます! マジックシールド最大展開!」
連合軍全体を覆った軍用バリアーに強烈な爆風と舞い散った砂塵が嵐のように吹き付け、地面が不気味に震え出した。
俺は実験の成功を確信し、砲兵隊に命令を下した。
「バリアー解除後、全砲門攻撃開始っ!」
◇
ヴェニアル子爵はプロメテウス連合軍の来襲を確認し、城門の守備を固めていた。
城壁には弓兵隊を並べ、敵の攻城兵器を粉砕するための巨大な投石器をいつでも使用できるよう準備も整っていた。
難攻不落と言われるこの城塞都市ヴェニアル。
その長い歴史の中で幾度もの戦いを潜り抜けてきたが、まだ一度も陥落を許したことがなかった。
この城塞都市はソルレート伯爵支配エリアと王都とを結ぶ街道が通っており、物流の集積地だけあって兵糧を含めた物資は十分。数か月以上は外部からの補給なしでも戦い抜くことができるし、ましてやソルレート連合軍が集結するたった数日間をしのぐだけでこの管理戦争に勝利することが分かっているのだ。
城塞都市の中心にそびえる自分の居城の監視塔。
そこから戦場全体を見渡すヴェニアル子爵の目には、広大な都市をぐるりと囲む城壁上で敵の攻撃を受けて立とうとしている自軍の兵士たちと、そのさらに遥か先に集結しているプロメテウス連合軍が小さく見えた。
「斥候の報告によると敵の数はおよそ2500。奴ら、あんな少数でこの城を陥落できると本気で思っているのか? 今回の管理戦争は兵力に圧倒的な差がある時点で我々の勝利が確実であり、あとはどれだけの褒賞をせしめることができるかが問題なのだ。せっかくのこの立地、ワシが褒賞を総取りするためにはどう戦えばいいだろうか」
戦勝後の褒賞の分配ばかりが気になるヴェニアル子爵は、捕らぬ狸の皮算用とでも言わんばかりに、自分が騎士団を率いてプロメテウス領に攻め入る姿を想像してニヤニヤしていた。
だがそこに突然、巨大な魔法陣が城壁上空に出現したのだ。
「何だあの魔法陣は・・・プロメテウス連合軍の仕業か? いやさすがに距離が離れ過ぎていて魔法が発動するはずがないし、一体誰が・・・」
だが魔法陣の中心から光点が落下すると、
「あの魔法はエクスプロージョン! プロメテウス連合軍の奴ら、あの長距離から魔法を撃ってきたのか!」
そして次の瞬間、強烈な閃光と爆風がヴェルニア子爵に襲い掛かった。
瞬時にバリアーを展開して壁の裏に身を潜めた子爵。
爆風がおさまったのを確認して、恐る恐る城壁の様子を確認すると、
「そんなバカな・・・」
堅牢を誇る城壁の辺りに巨大なきのこ雲が出現し、それが天高く昇っていくと城壁の状態が少しずつ顕わになっていった。
「兵士が一人もおらん・・・まさか全滅したのか?」
たった一発のエクスプロージョンにより、城壁に配置していた守備部隊がその武器ごと跡形もなく消滅していた。
そして次に起きたのは断続的な破壊音。
はるか遠方にいるプロメテウス連合軍からチカチカとした火花が多数発生すると、巨大な何かの質量体が城壁にぶつかり、それを粉砕して行った。
「何だこの攻撃・・・あの分厚い城壁がいとも簡単に崩れ去っていく」
石造りの頑強な城壁が見る見るうちに破壊されていき、気が付くと王国有数の巨大要塞がその機能を失っていた。
ヴェニアル子爵は慌てて監視塔から駆け下りると、混乱する臣下たちに指示を出した。
「プロメテウス連合軍の侵入を許すな! 奴らを皆殺しにしろ! それとロディアン商会の倉庫にある穀物に毒を撒いておけ。奴らに奪われるぐらいなら全てダメにしてやる!」
勝ちを確信していたヴェニアル子爵は一瞬で敗者の立場に放り出され、この時完全に冷静さを失っていた。
そして自分の出した今の命令を後悔することになる。
◇
崩れ去った城門を乗り越え、俺は砲兵隊とともに城塞都市ヴェニアルに入った。
大砲は決戦兵器ではあるのだが重量が重く機動性が全くないため、進軍速度が遅くなるのが欠点だ。
だから俺が到着した時には既に戦いが終わっており、先に入城していた騎士たちからその報告があった。
「ヴェニアル子爵とその家族は全員捕縛。ヴェニアル騎士団は戦意喪失して、全員が武装解除に応じました」
「ご苦労。何か問題はなかったか」
「それが大変なことが発生しまして」
「大変なこと?」
「ヴェニアル子爵の命令らしいのですが、ロディアン商会の穀物に毒を巻いたと証言している者がいるのです。既に捕らえていますが、いかがいたしましょう」
「今すぐここに連れてこい」
「はっ!」
敵兵からの証言に基づきヴェニアル子爵を連れてロディアン商会の穀物を調べたところ、多くの穀物から毒が検出された。
「ふはははっ! ざまあみろメルクリウス男爵め。貴様らの穀物は全て台無しにしてやったし、ここを攻めた甲斐がなくなってしまったな。ふははははっ」
ヴェニアル子爵が狂ったように大笑いするが、俺は後ろに控えていた男たちに尋ねた。
「ヴェニアル子爵のこの行為は、王国決闘法ではどのような取扱いになりますか」
するとその中の一人が俺の前に歩みでて、その質問に答えてくれた。
「決闘法に基づく今回の管理戦争は伯爵の借金清算が目的。つまりその対象となる指定資産の価値が棄損されないことが前提となり、今回の子爵の行為は重大なルール違反。子爵自身も毒物混入を認めており、当該資産価格と同額の弁済を行わなければ爵位と領地の返還命令が出される可能性があります」
「わかりました」
俺たちの話を聞いていたヴェニアル子爵は、顔を真っ青にして男たちに尋ねる。
「お前たちは何者だ」
「私たちは今回の戦争に随行している王国裁判所の調査官です。決闘法の規定どおりに戦争が遂行されているか、資産価値が棄損されるような行為がないかをチェックするのが仕事です」
「何を言ってるのかさっぱり理解ができないのだが、決闘法に基づく戦争は他のものと何が違うのだ?」
「まさか、ソルレート伯爵から何も説明を受けていないのですか?」
「ああ。具体的なことについては何も」
「それはソルレート伯爵の説明義務違反。参加するすべての当主にルールを守らせないと、管理戦争が成り立ちません。伯爵には何らかの責任をとってもらいますが、実行犯であるあなたも当然、相応の罪に問われます」
「そんなバカな。では私はどうすればよかったんだ?」
「何もしなければ良かったのです。繰り返しになりますが、この管理戦争の目的はあくまで伯爵の借金清算であり、あなたがリスクを取る必要など最初からなかったのです。さっさと降伏して城を明け渡しても、戦争が終われば全て返還されたのに」
「ならワシのやったことは全部ムダ?」
「はい。今回の損失を管理戦争の敗者から補填を受けられない上、下手をしたら爵位も領地も失うことに」
「そんな・・・」
自分の浅はかさから全てを失うことになるであろうヴェニアル子爵は、力なくその場に座り込んでしまった。




