第89話 学校さぼりすぎアゾート
復帰一日目が終わり、俺は久しぶりに寮の自室に帰ってきた。
だが部屋に入るなり、今まで大人しくおぶさっていたネオンが急に文句を言い始めた。
「ああ疲れたぁ。握手会なんて生徒会長選の何に役に立つのよ。もうバカバカしいからやめようよ」
「でもフリュは浮動票の確保に効果があるって言ってたぞ」
「またあの女か。セレン姉様に気を取られてたら、すっかりメルクリウス家の一員みたいな顔をして。泥棒ネコ1号を甘く見てた」
「そんなこと言うなよネオン。フリュは何も悪いことをしてないのに、実家から絶縁させられて修道院以外に行くところがないんだ。かわいそうなんだぞフリュは」
「ぐぬぬぬぬ。きっとそうやってアゾートの家族にもうまく取り入ったに違いない。私もプロメテウス城に部屋をもらったし、これからはなるべくそっちで暮らす」
「ネオンは来なくていいよ」
「何でよっ!」
ネオンが来ると余計な騒動を起こすし、変に巻き込まれて母上に怒られるのはもう懲り懲り。フリュは絶対そんなことしないし一緒に居て安心できる。
そんなことを考えているとネオンが思い出したように言った。
「そう言えば、明後日は期末試験の追試だけど勉強は大丈夫?」
「追試?」
・・・そうだ忘れてた。
俺たちが秋の叙勲式に行っている間に、前期の期末テストをしたんだ。
それで試験を受けてなかった俺たちは追試を受ける必要があったが、まさかそれが明後日だったとは。
「やばい! 学園をサボりすぎててどこが範囲かすら分からん! ネオンお前は知ってるか?」
「もちろん。だって最近の放課後は親衛隊のみんなと一緒に勉強会してるしね。アゾートは1週間も学園をサボって泥棒ネコ1号とイチャイチャしてたから、いい気味だよ」
「イチャイチャなんかするか! 領主の仕事をしてただけだ!」
しかし不味いな。これでは剣術に続いて座学でもネオンに遅れをとってしまう。
ネオンの先生としての俺の立場がっ!
「頼むネオン! せめて試験範囲だけでも教えてくれ」
俺が頼むと、ネオンはため息を一つついた。
「もう仕方がないなアゾートは。試験範囲だけじゃなくて、勉強も教えてあげるよ」
「本当かネオン。恩に着るよ」
「別に恩なんて感じなくていい。だってアゾートは私にいろんなことを教えてくれた先生だからね。・・・ねえアゾート、どうして私が実技でも座学でもアゾートと同じ成績なのか理由を知ってる?」
「え、理由なんてあるの?」
「アゾートの隣でいつまでも肩を並べていたいからだよ。私すごくがんばってるんだよ。魔法だって剣術だってアゾートのいないところで猛特訓してるんだ」
「そうだったのか・・・」
「だからこの前言ってくれた言葉、すごくうれしかった」
「この前の言葉って?」
「クレイドルの森ダンジョンの第13層で言ってくれたでしょ。お前は俺の分身だからお前を誉めると自画自賛になって俺が恥ずかしいって。あれは私にとって最高の誉め言葉なんだよ」
ネオンは頬を染めると、恥ずかしそうにうつむいた。
いつもは憎たらしいネオンだが、俺と二人きりの時はとても素直で女の子らしい一面をよく見せてくれる。
ただ妙な気分になるので、この部屋にいる時だけは本当にやめて欲しい。
「そういえばアゾートっていつも1位を目指してるよね。私ががんばっている理由を教えてあげたんだから、アゾートのも教えてよ」
「俺が1位を目指す理由か・・・」
頬を染めたネオンが上目遣いで俺の答えを待っている。
「理由は簡単、お前にだけは負けたくないからだ。俺はネオンの先生だしプライドだってある。まあ今はお前のことは教え子と言うより手強いライバルだと思っていて、1位を取れば少なくともお前に負けることはない」
「ライバルか・・・うん、今はそれでいいや。理由も聞けたしそろそろ勉強始めようか」
◇
翌朝、教室の自分の席で試験勉強をしていると、俺の前にフリュがやってきた。
「もしよろしければ、わたくしが教えて差し上げましょうか?」
「本当かフリュ。助かるよ」
フリュは2年生なので既にやった内容だし、そもそも学年一位の才女である。
俺がお願いすると、フリュはダンに向かって言った。
「そういうことですので、今日一日わたくしと席を交換していただけませんか?」
大きな扇子で口元を隠して話すいつものフリュなのだが、ダンはすっと立ち上がって「どうぞ」と腰を折って席を譲った。
なんでそんな丁寧な対応?
教室のみんなもフリュの一挙手一投足を固唾を飲んで見守っているし、そんなにフリュが恐いのか。
そうしてダンと席を入れ替わったフリュは、俺と向かい合わせで手取り足取り勉強を教えてくれた。
フリュの説明はとても分かりやすく、メチャクチャ勉強が捗る。
これならイケる!
ネオンとの1週間分のハンデをここで一気に挽回できる!
集中力が増し周囲の雑談も聞こえない。目は教科書の文字だけを追いかけ、耳はフリュの声しか聞こえない。
完全にゾーンに入った。
日本の大学受験を乗り切った受験戦士の実力を思い知るがいい、ネオンっ!
◇
放課後、俺の猛勉強を尻目にモテない同盟がコソコソ話をしている。
「結局あの二人、一日中向かい合って試験勉強だけしてたな。どの先生もフリュオリーネ様を恐がって全然注意をしなかったし」
「このクラスに転入してきた当初はどこか怯えてたというか俺たちにも遠慮がちだったけど、最近のフリュ様は以前の風格が戻ってきた気がする」
「夏休み前にアゾートといがみ合っていた頃のフリュオリーネ様だろ。でもこうしてみると本当に仲がいいよな。まるで長年連れ添った夫婦のようだ」
「だが我らモテない同盟としては大歓迎。元々フリュ様は身分が違い過ぎて我らがどうこうする次元のお方ではなかったし、このままアゾートとくっつけば月の女神セレーネ様とマール姫は我らのもの」
そんなモテない同盟たちの勝手な話も、アゾートに耳には全く届いていなかった。
◇
そして追試の日が来た。
俺たちだけ午前中の授業が休講になって、全教科の試験がまとめて行われた。
俺は詰め込んだ知識を答案用紙にぶつけたものの、完璧な出来ではなかったため、ネオンに勝てるか正直怪しい。
だがネオンだって学園をサボってクエストをしていたのは同じ。あいつも満点なんて取れないはずだ・・・きっと。
午後は剣術実技の授業だが、俺たちが学園に居なかったため実技の試験が延期されていた。俺が戻ってきてようやく全員揃ったので、今から後期のコース分けのための実技試験を行うことになった。
だが例年は闘技大会で順位を決めるはずが2年魔法団体戦でのセレーネへの不正問題があって、全学年で闘技大会は開催されないことが決定していた。
そのため今回は講師の前で簡単な手合わせをして、講師が成績をつけていった。結果、トップ層の俺たちに順位の変動はなかったが、それより下の順位が大きく変動した。
「一体何なんだよ、あいつらの強さは!」
「女子なのに何であんなに強いんだ。動きがまるで違う・・・」
「もうあいつらとは戦いたくない。心が折れそうだ・・・」
そう。騎士クラスの男子生徒たちを絶望の淵に追い込んでいたのはネオン親衛隊だ。
彼女たちは夏休みからずっと俺たちと行動をともにし、サー少佐による真夏のブートキャンプで鍛えられ、第二次ボロンブラーク内戦の死地を乗り越え、新学期に入ってからもクレイドルの森ダンジョン第13層攻略に戦力として貢献し、王都帰還時のソルレート騎士団との遭遇戦を主戦力として最後まで戦い抜いた。
そう、全ての戦いに彼女たちはいたのだ。
見事な皆勤賞である。
学生でいながら既に歴戦の勇士の風格すら漂わせている彼女たちは、だがその動きは騎士のものではなく、ネイビーシールズ的な米軍兵士のようであった。
どこへ向かうつもりだ、ネオン親衛隊。
「ねぇアゾート。私もギリギリ上位コースに残れたけど、親衛隊のみんなには全員に抜かされちゃった。つまりビリ。私もネオン親衛隊に入った方がいいのかなあ。クラスの女子で入ってないの私だけだし・・・」
マールが心配そうに俺に尋ねてきたが、隣にいたダンが、
「マールは親衛隊に入れないぞ」
「え、なんで?」
「今更だから話すけど、ネオン親衛隊は元々マールとネオンをくっ付けないようにするための女子連合だったんだ。入会条件にもちゃんとそう書いてある」
「えええええっ! そんなの全然知らなかった。でもそんなこと心配しなくていいのに」
「なんで?」
「だって・・・」
そう言ってチラッチラッと俺の方を見るマール。
「いやアゾートにはもうフリュ様という嫁がいるだろ」
「それとこれとは関係ないの。大切なのは私の気持ちなんだから」
「それならまあいいけど、とにかくマールだけは親衛隊に入会できない。設立当初とは全く違う組織になったけど、敵国条項はちゃんと残ってるからな」
フリュは嫁ではなく秘書。
ダンに彼女との関係を誤解されている点は気になるが、ブスッとしているマールをフォローしておいた方がいい。
「マールは親衛隊には入らず切り札として俺の傍に居てくれ。パルスレーザーとか祭壇の調査とか、マールだけが持っている特技にこれまでどれだけ助けられたことか。マールがいないと古代遺跡の調査が進まないんだから、もっと自信を持て」
「うん、わかった! これからもずっとアゾートの隣で頑張るね!」
マールが機嫌を直してくれたが今度はダンが顔を曇らせ、俺を心配そうに見つめる。
「お前のそういう所が心配なんだよ。いつか女に刺されるぞ」
「いやネオンの方がよほど心配だよ。アイツのせいで俺は胃に穴が開きそうなんだ、イテテテテ。それより最近気になってたんだが、なんでみんなフリュに「様」をつけて呼ぶようになった?」
「そりゃお前からみたらフリュ様は嫁って感じでいつも寄り添ってるけど、俺たちに対しては女王って感じのオーラが出ていて、思わずひれ伏したくなるんだよ。だからみんな「様」をつけてる」
「そ、そうなのか・・・」
フリュのそんな様子に全く気づかなかったが、もしかして俺は鈍感なのか?
いや俺に限ってそんなことはない。きっと考えすぎだ・・・。
◇
翌日、前期の成績が発表された。
学科順位と、実技も入れた総合順位の二つだが、
「どちらも2位・・・だと?」
ネオンに負けた。
ていうかあいつ、昨日の追試で全科目満点を取りやがった。
中間テストでは、俺もネオンも全科目満点だったので勝負はつかなかったが、期末テストの差がそのまま順位に反映された形だ。
「くそおおおおおおおおっ!」
ちなみに今回の実技試験は、剣術も魔力も全く同じ実力だったため、前回闘技大会でのあの屈辱的な敗戦がそのままスライドしてしまっている。
俺が悔しさに肩を震わせていると、
「お前らあれだけ学園をサボっておいて、よく1位とか2位とか取れるよな。真面目に学校に来て勉強してる奴らがグレちまうぞ」
そんな呆れ顔のダンの隣には、ドヤ顔のネオンがいる。
「これはこれは2位のアゾート君。泥棒ネコ1号2号とイチャついてばかりいるから、どうやら頭が悪くなってしまったようだね。このままこの順位が定着してしまわないか、僕は本当に心配だよ」
ぐうううっ・・・な、何も言い返せない。
屈辱にうち震える俺を見下ろしてドヤるネオン。たがそこへ、
「それはどうかな? ネオン君」
「誰だ?」
突然投げかけられた声に、後ろを振り返るネオン。だがそこには、
「俺たちを忘れられては困る」
「ダーシュにアレン・・・」
「後期の成績は、俺たち元上級クラストップ5も含めて順位を争うことになる。そう簡単に1位が取れると思うなよ」
そうだった。
途中から騎士クラスに転入してきた彼らは、授業科目が違うため今回は集計されていなかった。
しかし後期は俺たちと同じ騎士クラスで集計するため、純粋にライバルが増える。しかもこいつらは俺たちに勝るとも劣らない強力な魔力保有者だ。
「確かに簡単な相手ではないが、相手にとって不足なし。むしろ闘志が沸いてきた」
だが俺は獰猛な笑みを浮かべてダーシュたちに向き直る。ダーシュたちも同じ笑みを俺に返してきたが、後期の定期試験は熱い戦いとなるだろう。
「アゾート様のおっしゃる通りです」
フリュだ。
「ネオンさんにはもう1位を取らせません。わたくしがアゾート様をお支えして騎士クラスBの頂点に立っていただきますし、わたくしの成績も後期からは騎士クラスBで集計されます。つまりわたくしたち二人で1位と2位を独占いたします」
えっ?
フリュの成績も1年騎士クラスBで集計されるの?
ていうか2年生でダントツトップだった彼女の成績が?
そのフリュの一言で、俺たちの間であれだけ立ち込めていた熱い闘志が一瞬で雲散霧消した。
◇
そんな学園での日常があっという間に過ぎていき、季節は冬に移り変わっていた。
授業は後期に入っており、俺はいつでもクエストに行けるように準備を整え、アウレウス伯爵からの連絡を待っていた。学園をサボる気満々である。
そして突然、事態が動き出した。
だがそれはクエスト再開ではなく、王国を揺るがす大事件に巻き込まれてしまったのだ。




