第88話 視界明瞭なれど波高し
俺たちが学園についた時には既に多くの生徒が登校しており、校舎の入り口には何やら人だかりができていた。
「フリュ、みんなが集まってっる」
「行列のようですね。行ってみましょう」
行列に近づくと、そこに並んでいるのはなぜか男子生徒ばかりだった。
「何の行列ですか?」
フリュが聞くと最後尾の男子生徒は、
「我らが月の女神、セレーネ様の握手会です」
「セレーネとの握手会? 何それ」
意味の分からなかった俺が列の先頭までいくとそこには、生徒会長候補と書かれたたすきをけて男子生徒ども一人ずつと握手をするセレーネの姿があった。
「いつも応援ありがとうございます!」
セレーネがニッコリ微笑むと、握手をしたその男子生徒が感激のあまり絶叫する。
「セレーネ様っ! 今度の総選挙はこのボクが必ず1位にして見せます!」
するとモテない同盟の奴らがすっと現れ、セレーネとその男子生徒を引き離した。
「一人15秒です。はい次の方どうぞ」
実にスムーズな進行だった。
「ちょっと待て! これも選挙活動には違いないが、明らかに別の何かだろ!」
俺は裏方として走り回っているマールを捕まえ、何でこうなったのかを問いただした。するとマールは、
「みんなで話し合った結果、選挙活動の基本は私たちの考えを一人一人に直接伝えていくことだということになって、校舎前で演説を始めてたらいつの間にかこうなってたの」
「・・・うん、何も間違ってないな。でもこれ、街頭演説というよりアイドルの握手会だよね」
「アイドルって、なあに?」
そうだった。
当たり前の話だが、中世ヨーロッパ風のこの異世界にアイドルという概念は存在しない。
「アイドルというのは、憧れの対象として崇拝される魅力的な異性のことだよ」
「だったら、セレーネさんのことだよね」
俺は行列に並んで嬉々としている男子生徒どもを見渡した。
「・・・言われて見ればそうだな」
「でしょ。つまりセレーネさんはアイドルで、みんなと握手をしてるからアイドルの握手会で何も間違っていないよね」
「なるほど、見事な三段論法だ。確かにマールの言う通りこれはアイドルの握手会で間違いない」
あれ?
俺はそんなことが言いたいんだったっけ?
「そういえばサルファーがセレーネの生徒会長選をサポートするって張り切ったけど、アイツは今どこにいる」
「生徒会長なら、あそこに並んでるよ」
見ると握手会の行列の中段あたりにサルファーがいた。
「セレーネさんの熱狂的ファンとして熱烈サポートするって張り切ってて、さっきから握手をしては列に並び直して、ぐるぐるしてるよ」
・・・やっぱりアイツはダメだ。選挙戦に役に立つイメージが全く浮かばない。
やはりここはフリュの経験と頭脳に頼るしかなさそうだ。
「フリュ、この選挙戦についてどう思う?」
「見たことのないやり方ですが、一定の効果は期待できるのでは。浮動票をどれだけ集めるかが今回の勝負ですが、モテない同盟の皆様と同じクラスターを狙い撃ちにするには最適の作戦かと。ただし女子生徒からの反発を受ける可能性がありますので、他の方法も併用した方がいいと存じます」
フリュが言うと説得力があるな。
「分かった。女子生徒の対策なら俺に任せてくれ」
◇
「嫌だよアゾート。なんでセレン姉様のために、こんなバカなことに付き合わなきゃいけないのよ」
「そう言うなネオン。お前の姉さんのためだし、この辺に立ってさわやかにほほ笑んでいてくれればいい」
セレーネの握手会にヒントを得た俺は、さっそく女子生徒の浮動票の取り込みに向けてその作戦を実行した。
そう、ネオンを男性アイドルとしてデビューさせ、セレーネの隣に並ばせたのだ。
そして俺の目論み通りネオンの前には女子生徒の長い列ができ、ネオンの列では親衛隊が、セレーネの列ではモテない同盟がキビキビと働いて握手会の進行をスムーズにしていた。
「どうだフリュ、お前のアドバイス通りにやってみたぞ。これですべての浮動票クラスターを制覇だ」
「わたくしのイメージしたものとはかなり異なりますが、アゾート様が楽しそうなのでとても嬉しいです。さて浮動票についてはこれでいいとして」
「いいとして?」
「この選挙の趨勢を握るのはやはり中立派の上位貴族の票をどこまで確保するかです。もちろん反対派閥を切り崩せるなら狙っていきたいところですね」
「なぜ上位貴族を? 今回の選挙は階級格差が争点だし、人数は圧倒的に騎士爵の方が多いからこの作戦でいいはずでは」
「ですが上位貴族が命じれば、臣下である生徒はそこに投票せざるを得ません」
「確かに」
俺は夏休み前の1年生上級クラスとのクラス対抗総力戦を思い出していた。
あの時、男子生徒の半数以上が上級クラスの生徒に命じられて参加を辞退していた。
必ずしも主君家がウチの学園に在籍しているわけではないため、計算を単純化するためにその確率を50%とすると、アウレウス派が握っている票数は17%に過ぎず、最悪33%が反対派閥への票に流れるとすれば残りの浮動票の三分の二以上を確保しなければ勝てない。
そう考えるとやはり中立派の上位貴族の切り崩しが選挙戦の鍵となる。
「浮動票は確実にとっておくとして、上級クラスへの対応も同時に致しましょう。ニコラはすでに動き出しているようです」
「動いている? ヤツの姿は見えんが」
「賄賂です。ニコラは金で票を買うつもりのようです」
「たかが学園の生徒会長選にそこまでやるのか!」
呆気にとられた俺だったが、この学園は貴族学校。そして賄賂が当たり前の貴族社会の選挙はやはり金で決まるのか。
「賄賂の良し悪しはともかく、俺たちはどう対抗するんだ」
「すでにアネットさんとパーラさんが動いてくれています」
「なぜ彼女たちが?」
「アネットさんは中立派で、パーラさんはシュトレイマン派だからです」
「え? あの二人ってアウレウス派じゃなかったの? しかもパーラが反対派閥のシュトレイマン派だったとは・・・じゃあマールやダンの派閥って?」
「マールさん、ダンさん、カインさんは中立派。ネオン親衛隊の皆様はアウレウス派5、中立派3、シュトレイマン派4です」
「そうだったのか・・・さすが詳しいなフリュ」
「お役に立てて何よりです」
「それでアネットとパーラの動きって?」
「パーラさんは派閥の貴族を集めて、お茶会を開いたそうです」
◇
その日パーラは、学園のテラスを借り切ってシュトレイマン派の令嬢を集めたお茶会を開催していた。
そこには色とりどりのドレスを着た令嬢達がテーブルを囲み、メイドが用意したお茶とケーキを楽しんでいた。
「パーラ様がお茶会を開かれるのも久しぶりですね。最近はどうしていらっしゃったのかしら?」
「わたくしは秋の叙勲式のために王都を訪れていましたのよ」
「まあ素敵! さすがはウェストランド子爵家のご令嬢。わたくしも叙勲式の騎士団の勇姿を見るのがとても好きなのですが、今年はどこの家門が一番でしたか」
「さあ? わたくし騎士団の一員として行進しておりましたので、実はよくわからないのです」
「ええっ! ぱ、パーラ様は騎士ではございませんよね。戦いなど全く興味がなかったではございませんか」
「はい。少し前まではそうなのですが、今は違います。わたくし、ダン様という素敵な殿方に巡り合いまして、その彼を守るための魔導騎士になろうかと」
「もしかしてその方、騎士クラスBの男子生徒では? たしか夏休み前のクラス対抗戦でわたくしたちと闘ったあの」
「そうなんですっ! 初めてお会いした時はすごく恐い殿方だと思っていたのですが、剣でたくさん打たれているうちに、胸がドキドキしてきたのです。これって恋ではございませんこと?」
「恋というより、恐怖で心臓がドキドキしていただけではないかしら?」
「まあ素敵! 恐怖から始まる恋なんて、もしかして世界中でこのわたくししか経験したことがないのでは?」
「それが本当に恋ならば、おそらく・・・」
「そうだわ! ダン様にもわたくしのこの気持ちが伝われば、世界で二人だけの素敵な恋が経験できるはず。今度アネットにお願いして、バリアー飛ばしのコツを聞いてみましょう。ダン様を上手く吹き飛ばしてさしあげたら、きっとわたくしのことを好きになってくれるかもしれませんしね」
「そ、そうですわね。ぜひ頑張ってみてくださいませ・・・」
◇
「という感じで根回しが進んでいるようです」
フリュが語ったパーラの根回しの様子に唖然とする俺。
「え、それだけ?」
「はい。貴族令嬢のお茶会というのはこれが普通で、いきなり本題から入って結論を急ぐ貴族はアゾート様ぐらいのものかと。それではアネットさんのお話もお聞きになりますか?」
「もう雰囲気は伝わったし、アネットのはいい」
「これはアネットさんが中立派の生徒を集めた集会に、ニコラが乗り込んで来た時の話です」
「いや、別に聞きたくないんだけど・・・」
◇
その日アネットは、学園のテラスを借り切って中立派貴族を集めた集会を開催していたが、その話を聞きつけたニコラが側近を連れて乗り込んで来た。
そしてその側近が、
「本日はお忙しいところ、ニコラのための集会を開催いただき、誠にありがとうございました。では早速ニコラの方から公約について説明させていただきます」
「・・・・・」
だがニコラが何も言わなかったため、すぐに側近が引き取った。
「今ニコラが申し上げたかったのは『アージェント王国の伝統を尊び、模範的な貴族社会の学習が行えるよう、この学園により厳格な身分制度を確立して、下級貴族の暴走を阻止するための組織「懲罰委員会」の設置をしたい』ということでございます」
そんな側近の説明に生徒の一人が質問した。
「その懲罰委員会というのは上位貴族も取り締まるのか」
「ご安心ください。取り締まるのは下級貴族のみで、上位貴族のみなさまはこれまでどおり学園生活をお楽しみ下さい」
「なら安心したが、それでは下級貴族が反発するのではないか」
「だからこそ皆様のお力をお借りしたいと。もちろんタダでとは申しません。心ばかりの品を用意させて頂いております。後ほど皆様のお部屋までお届けいたしますのでご確認ください」
「そうか、あとで確認しておこう」
「ところでその懲罰委員会のメンバーは決まっているのか?」
「はい。ニコラ様以下シュトレイマン派の上位貴族がその任に当たりますが、中立派の皆様からも広く募集することにしました」
「我らはいいが、アウレウス派はどうなる」
「きっと彼らは入らないでしょう」
「もしかして、アウレウス派は上位貴族も取り締まりの対象となるのか」
「はい。場合によってはそうなります」
「では我々はメンバーにはなれないな」
「どうしてですか?」
「魔力が違いすぎるからだ。アウレウス派にはフリュオリーネとセレーネというバケモノが2人もいるんだぞ。ニコラなんかに二人を取り締まることなど不可能」
「そんなことはございません。ニコラ様には固有魔法があり、それを使えば必ずや」
だが側近の話をニコラが遮る。
「僕は固有魔法など持っておらんし、フリュオリーネには魔力以前にあらゆる面で負けておる。あやつは生徒会でも女王として君臨していたし、正直僕はあの女が恐いのだ。やっと生徒会からあやつがいなくなってホッとしておるのに、わざわざ彼女に逆らってまで生徒会長選には出たくなかった。今からでも辞退できぬか?」
「・・・ほ、本日は以上でございます。引き続きのご支援よろしくお願い致します」
◇
「何それ。じゃあ俺たちの勝ちでいいんじゃないの?」
「そうはいかないのが貴族社会の伏魔殿なのです。御輿がバカでも担いでいる腹心が優秀であれば貴族社会は回っていくもの」
「・・・フリュが言うと何か説得力があるなあ。まあ今の話を聞く限り慌てて対策を取るような状況ではないな。つまり勝負所は、冬休み前の候補者演説と投票日近辺の最後のお願いに絞ればいいということだ」
◇
その日の握手会が終わって、スタッフが撤収作業に入る。
俺はセレーネを労うため話しかけた。
「お疲れ様セレーネ。ずっと毎日こんな感じなのか?」
「そうね。最初は私も戸惑ってたけど、最近はもう慣れたわ。でもこの学園の生徒会長選って変わってるわね。マールが言っていたけど、まるでアイドルの握手会みたいだって。ふふっ、私がアイドルなんてね」
「フリュの話によると、みんながみんなセレーネみたいな選挙戦を戦っている訳じゃなさそうだけど」
「フリュオリーネさんか・・・あのねアゾート、あなたに聞いて欲しいことがあるの」
「聞いてほしいこと?」
「アゾートぉ。もう疲れたよ」
俺に何かを話そうとしたセレーネは、だがネオンが俺にもたれかかって来たため口をつぐんだ。
「ちょっとネオン。重いだろ」
「もう家に帰ろうよ。おんぶして」
「嫌だよ。俺はセレーネと話があるから、お前は先に帰れ」
「ううんアゾート。私の話はまた今度でいいわ。ネオンを連れて帰ってあげて」
「そうか? じゃあまた明日なセレーネ」
文句を言いながらも結局ネオンをおぶって帰るアゾートの後ろ姿を見つめながら、セレーネは呟いた。
「やっぱり勇気がでない。でもこんなことを話して、もしアゾートに嫌われちゃったら私・・・」




