第87話 ソルレート伯爵の誤算
ソルレート伯爵によるあからさまな通商破壊を目の当たりにした今、サルファー以下各貴族家の当主たちが今後の対応を協議するため、プロメテウス城のダイニングホールに集まった。
話し合いの結果、各領地からプロメテウス領に対して資金援助を行い、プロメテウス領を通過する商人の安全を守るためのプロメテウス騎士団の活動費に充てることや、冒険者たちへの盗賊討伐クエストの報奨金に使われることが決まった。
同時に各領地の騎士団もできる範囲で派兵したり、また軍事物資供与等の支援も惜しまないことも約束された。
そんな会議の終わりに、敵偽装騎士団を撃退したフリュの作戦について全貌を明らかにするようサルファーから要請があり、それに応じたフリュがプロメテウス領周辺の地図をテーブルに広げてその時の状況を説明した。
「斥候の情報から、わたくしたちがプロメテウス領に帰還するのを阻止するため、敵騎士団1000騎がプロメテウス城を大きく包囲する形で半円形の陣をとっていることは分かってましたが、最初に会敵したのはその北側に当たり、わたくしたちが街道沿いに北へ逃走したことで西の山岳地帯を越えてプロメテウス領に帰還することを敵に意識させました」
「確かに帰還するには山越えルートしかないし、大軍から逃げる場合はそれがセオリーだからな。だがどうしてお前は逆の東へ向かったんだ」
「あの時申し上げたように、敵騎士団を撃破するためです」
「まさかとは思ったが、どうしてそうなったのか詳しく教えてくれ」
「はい。敵は我々を追うために北西方向に戦力をシフトすることになりますが、当然南側の兵力は手薄になりプロメテウス領の包囲が崩れます」
「我々を見つけたのだから包囲は必要ないからな」
「この時敵陣は全体的に北に伸びた扇形の陣形に変わり、アドリテの南に広がる森林地帯を抜ければプロメテウス領への帰還が可能となります。ただそれでも敵陣東側に展開する部隊との衝突が避けられず、無傷で帰還することは困難」
「随分遠回りをさせられて馬も疲弊しておった。あの状態で敵と戦えば、機動力のない我々は危なかったであろう」
「はい。そこでアネットさんを通じてプロメテウス騎士団に救援を要請したのですが、その時にお願いしたのが邪魔な東側部隊への陽動です。この騎士団は兵数こそ少ないですが火力は圧倒的で、敵騎士団を戦場に引き入れてなおしばらくは優勢を維持する力が十分にあります」
「ちょっと待て、お前はアドリテの街に進軍する前から戦況を最後まで読み切っていたのか」
「おおまかには。そして敵騎士団がプロメテウス騎士団のエクスプロージョン攻撃に対応するため、戦場をアドリテの街から南に続く丘陵地帯の南端に定めることも、そこで戦火を交えるタイミングもほぼ予想がついており、むしろ我々が早く着きすぎないよう、適度に馬を休ませながら進軍していたぐらいです」
「プロメテウス騎士団は完全におとり扱いだな。しかし合流した後は逃げの一手だったのはやはり城門の前に敵を引き込むためか」
「もちろん。その際、しんがりを務めた皆様には使用する魔法をこと細かく指示させていただきましたが、それも敵の感情を逆撫でして怒りに任せて突出する集団を作り出すためで、我々との距離をギリギリに保つことで敵全軍を城門の前まで引きずり込むことに成功いたしました」
「・・・え?」
「そして皆さまが城内に入った後はご承知の通り、お義母様にご用意いただいた大砲と、アゾート様の銃装騎兵隊の銃弾による集中砲火です。以上がわたくしが指揮した作戦行動の全容です」
「・・・・・」
呆気に取られて言葉も出なくなったサルファーに俺は、
「サルファー、他に質問がなければ会議は終わりだ」
「いや、うむ・・・質問はもうない」
そんな会議の後は、フリュのあまりの才女ぶりに当主たちが彼女を取り囲み、父上はまるで自分の娘のように鼻を高くして自慢していたが、母上は深刻な顔をして俺の方にやってきた。
「アゾートに相談があるの。こっちに来て」
◇
母上の相談は例の帳簿取引の件だった。
俺たちが王都に行っている間も継続的に売りを入れ続けているものの、ロディアン商会も負けずに買い続けていて穀物価格は逆に上昇。ロディアン商会は買い取った穀物をどんどんソルレート領内へ運び出しているそうだ。
「私はもう耐えられないわ。資金も残り少なくなってきたし、もうそろそろ終わりにした方が・・・」
「いや、今の状況は明らかにおかしい。そんなに高値で現物を買い漁っても処分に困ると思う。だってもうすぐ収穫だよ」
「それはそうだけど、ウチにはもう証拠金を積むお金が・・・」
「そこは大丈夫。資金が足りなくなると困るからアウレウス伯爵に借りた」
「え、伯爵からお金を借りたの?」
「だって言ったじゃん、ここからは資金量の勝負だって。これは主婦の買い物じゃなく戦争のつもりでやらないと」
「戦争・・・そ、そうね。私も気合を入れなおさないと!」
「真面目な話、ウチの領民向けの食糧は他領から供与される兵糧を使って急場をしのぐとして、今週は俺もここに残って母上と一緒に取引所に行くよ。サルファーは馬で帰るから今週いっぱい学園を休んでいるはずだし、休暇を延長しても問題ないはず」
「学園をサボるのはよくないけれど、今回だけは目を瞑るわ」
◇
翌日俺は、母上とフリュを連れて取引所にやってきた。
初めて足を踏み入れる取引所は、たくさんの商人たちで溢れかえっていた。
「すごい熱気だね。以前の閑散とした雰囲気とはまるで別物だ」
「最近は他の領地の商人もたくさんやって来て、穀物や鉄だけでなく他の商品の取引も行われたりしているのよ」
「それはいいことだ。商人が集まるほど取引が活発になり、さらに新たな商人を呼び込むことになる。それにしても他領から穀物がどんどん流入しているとは嬉しい誤算だ」
俺と母上が話をしていると、一人の商人が俺の前に現れた。
「お前がここの領主のアゾート・メルクリウスか」
精悍な顔つきの中年男性は自らロディアン商会の会頭であることを名乗った。ちなみに母上とはすでに顔見知りらしい。
「派手に売ってくれているようだが、お前の領地の倉が全て空になるまで買いつくしてやるぞ」
不適に笑う男に、俺も笑顔で答えた。
「そんな大量の穀物を買ってどうするつもりか知らないけれど、こんな高値でいいのならどんどん買ってくれよ。よし、帳簿売り100枚だ!」
俺が売り注文を出した瞬間、商人たちの熱気がさらにヒートアップした。
「せいぜい頑張って売ってくれよ坊主」
そう言ってロディアン会頭は俺の前から去って行った。
◇
その日のソルレート伯爵は、かなり機嫌が悪かった。
王都から帰還した伯爵は、シュトレイマン公爵から頼まれたメルクリウス男爵への妨害工作をどうしようか思考を巡らせていたところ、陳情団の訪問でそれを邪魔をされたからだ。
「何の用だ、この忙しい時に」
不機嫌な様子で謁見の間に現れた伯爵は、居並ぶ商人たちを前にイラつきを隠さなかった。
陳情団の代表者が頭を下げながら申し訳なさげに、
「プロメテウス領への追加関税を止めて頂けませんか」
「関税を止めろだと? 貴様ら商人ごときが政治に口を出すな!」
「いや聞いてください。これには理由があるのです」
商人たちが言うには、アウレウス派に属する全ての領地が一斉に、ソルレート領からの物品に対して関税を大きく引き上げたのだ。
しかもその理由が、ソルレート領によるプロメテウス領への追加関税に対する報復であり、解除条件はプロメテウス領への追加関税の停止だった。
商人の立場としては、盗賊の襲撃などの危険をくぐり抜けてまで運んだ大切な商品が、高い関税が上乗せされてしまうと全く売れなくなって大変な赤字を出してしまう。
既に各領地に出荷した商品であり、それを戻すとなるとさらに費用が嵩んで商売にならない。だがプロメテウス領への追加関税を止めれば報復関税もやめると各領地の税関から聞かされ、伯爵の帰還を待って急ぎ陳情に訪れたのだった。
だが商人の事情など知ったことのない伯爵は、
「アウレウス派閥のやつらなんかに、うちの商品を売らなければいいではないか」
「そうはいきません。商品は全て輸出目的で生産されたもので、これが売れなければ領民の生活が成り立たなくなります。何とぞ早急なご判断を」
「ちっ! わかったわかった。考えておいてやるから、もう下がれ」
だが陳情団と入れ替わるように、今度は騎士団長が謁見の間に入って来た。
伯爵が王都へ向かう道中、騎士団長に指示していた通商破壊作戦の成果報告だ。
伯爵はこの作戦をアウレウス派への嫌がらせ程度にしか考えておらず、盗賊の真似事をして隊商を襲うぐらい簡単なことと軽く考えていた。
だが騎士団長の青ざめた顔を見て嫌な予感がすると、その報告内容が伯爵の想像を遥かに超える酷いもので思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「騎士ばかり700騎も失ったとはどういうことだ」
「はい。ソルレート騎士団から選りすぐった400騎を盗賊に偽装させ、隊商へ襲撃するため領内の街道沿いに分散させていたところ、運悪く王都から帰還中のフェルーム騎士団と遭遇して各個撃破の憂き目にあいました」
「何だと・・・」
「それを挽回しようと分散させていた騎士を全て集結させ、領地に帰還する前に撃破してやろうと待ち構えておりましたら、要塞から出陣したプロメテウス騎士団の陽動に誘い出されてしまって、フェルーム騎士団との合流を許した上に、プロメテウス城の前に誘い出されて集中砲火を浴びました」
「つまり貴様は、叙勲式に出てた100騎程度のフェルーム騎士団と、平民をかき集めた新兵ばかりのプロメテウス騎士団に負けたと」
「申し訳ございません・・・」
「バカもん! お前は何年騎士団長をやっているのだ! 衛兵、この役立たずを地下牢に放り込んでおけ!」
「はっ!」
◇
「全く、どいつもこいつも忌々しい!」
衛兵に連行される騎士団長の項垂れた背中を見つめながら、丸い顔がゆでだこのように真っ赤になった伯爵が謁見の間を出ようと立ち上がった。
だがそこに伯爵と同じ体形の男が部屋に入って来た。
「兄上、少し相談があるのですが」
「この忙しい時になんだ!」
その男は、ソルレート伯爵の弟のデュレート卿だった。
「今度、息子のニコラが騎士学園の生徒会長選に出馬するのですが、選挙に勝てるように援助をお願いしたいのです。つまりお金を・・・」
のんきな弟に伯爵の怒りが爆発した。
「学園なんかどうでもいいわ! お前んところの息子のことまでワシに相談してくるな! お前の判断で勝手にやれ!」
伯爵の怒りに火に油を注いだデュレート卿だったが、兄が怒っているのはいつものことだし、好きにしていいと兄の許可が得られたことを弟は素直に喜んだ。
「では各貴族家に配る贈答品はこちらで選んでおきます。いや現金の方が喜ばれるかな」
「・・・ちょっと待て。たかが学園の選挙で親を買収する必要があるのか?」
「もちろん。ウチの愛息を支えてもらうためにはこれぐらいの気配りは必須。派閥内だけでなく中立派貴族にもちゃんとバラまいておきますのでご心配なく」
「バカ! 誰がそんなことを心配するか! そもそもワシは、お前そっくりのボンクラ息子のためにビタ一文払わん!」
「ですが兄上、それだとアウレウス派の候補者に負けてしまいますが」
「アウレウス派だと? ・・・ちっ! で、その選挙とやらの対抗馬は誰だ」
「セレーネ・フェルームです」
「フェルームだとっ! あの成り上がり風情が・・・くそっ! 分かった援助をしてやるから賄賂でもなんでも贈るがいい。ただしフェルームには絶対に負けるな!」
「さすが兄上。ありがとうございます」
◇
それから俺は毎日のようにプロメテウス取引所に入り浸り、母上と一緒に市場取引に参加してあっという間に一週間が経った。その間穀物価格は一進一退の攻防が続き、未だに高値圏でもみ合っている。
だがさすがに学園に戻らなければならなかった俺は、アウレウス伯爵から借りた資金を全部渡して後のことを母上に任せることにした。
そんな母上は、俺と過ごした一週間でどこか吹っ切れた様子で、商人相手に目を血走らせながら「さらにここから倍プッシュ」とか不穏な言葉まで口ずさむようになっていた。
一方の俺とフリュは3週間ぶりに騎士学園に帰ってきたものの、そこで見たものは選挙会長選「らしきもの」の、あまりの有様だった。




