第86話 アドリテ旋回作戦
後続のモジリーニ子爵らの騎士団とも合流して350騎規模の一つの騎士団を形成し、偽装盗賊団を見つけては一つ一つ叩き潰していった。
各個撃破の練習台みたいに敵騎士団を片っ端から撃破していった俺たちだったが、あと半日でプロメテウス領という所まで来たところで最大のピンチに陥った。
偽装盗賊団が一同に集結して、俺たちの帰路に立ち塞がったのだ。
その数ざっと1000騎以上で、歩兵はゼロ。つまり全てが騎兵。
服装以外、どこからどう見ても本職の騎士団だった。
「まずいな、完全に前方をふさがれた。ここを突破するにも3倍以上の兵力差ではさすがに厳しい」
ダリウスたち首脳陣の額に汗が滴り落ちる中、フリュは涼しい顔で彼らに進言した。
「ここは後退いたしましょう」
「後退って言ってもなあフリュちゃん。ここはソルレート伯爵支配エリアで、どこに伏兵が待ち受けているか分からないし、目の前には機動力のある1000騎以上の敵騎士団。そう簡単には逃げられないぞ」
「もちろん承知の上です」
「だが奴らに包囲されたらワシらが殲滅させられるのは火を見るより明らか。ならばここは敵陣を突破した方がまだマシ」
「わたくしに策があります。こちらに」
フリュがダリウスたちを集めて何やら耳打ちをすると、その全員が目を丸くする。そしてサルファーがその場にいた首脳陣全員に宣言した。
「今より我がサルファー軍の指揮官はフリュオリーネだ。彼女の言葉をわが父の命令と思いこれを順守せよ!」
「「「はっ!」」」
サルファーに委任されて全軍の指揮を執ることになったフリュは、愛用の扇子を閉じて全騎を前に声を張り上げた。
「この場はフェルーム騎士団を残し、全騎反転して全速力で後退。フェルーム家の主力魔導騎士がしんがりを務め、エクスプロージョンで敵の足止めをせよ!」
「おっしゃあ、任せとけ!」
「ただしアゾート様とネオンさんは土魔法ウォールを使用。なるべく広範囲にアルカリ金属を拡散させ、サルファーさん率いる水属性魔導師隊はその上に水を散布。アネットさんとパーラさんは騎士団支援部隊と共にバリアーを展開して、敵魔法攻撃から全軍を守れ!」
「ええっ? またその魔法・・・もう飽きたよアゾート」
「うるさいネオン! 文句言わずにフリュの言う通りにしろ」
「そうだぞネオン。おい野郎ども! フリュちゃんの指揮のもとワシたちも作戦開始だ!」
「「「ひゃっほーっ!」」」
◇
俺はフリュに言われた場所に、ネオンと二人でアルカリ金属をまき散らし、サルファーたち水魔法部隊の助けを借りて化学の炎を至る所に作り出した。
消せない炎に敵が攻めあぐねる中、敵の軍用バリアーすら破壊するダリウスたちのエクスプロージョン攻撃により、敵騎士団の足止めになんとか成功した。
「これでこの街道は封鎖いたしました。我が軍はここから大きく右旋回してアドリテの街へ向かいます」
「アドリテだと?」
アドリテとは敵ヴェニアル要塞へと続く街道沿いの街で、敵軍の本拠地、つまり死地へと向かうまるで見当違いの方角だ。
だがフリュの指示は続く。
「アネットさんはそこで離脱して、アドリテギルドの転移陣でプロメテウスギルドに跳躍。お義父様にお願いしてプロメテウス騎士団で出撃。先ほどの敵の後背を突いてもらって下さい。同時にお義母様にお願いしてプロメテウス城の城壁に大砲を全砲門、大至急準備してもらってください」
「わかったわ!」
アネットを冒険者ギルドに送り届けた俺たちは、街の守備隊をド派手に突破して街道へと抜けた。そこから要塞に向かうと見せかけて街道を外れ、南へ大きく迂回。
馬を何度も休ませながら川沿いをひたすら南下し、森を抜けた頃には辺りはすっかり暗くなり、秋の夜風が肌を突き刺すように冷たくなっていた。
いつもなら野営地で布団に包まっている時間なのに、疲れ果てて足が遅くなった馬に乗ってまだ草原を駆けている。
隣で馬を走らせるフリュは、地図を片手に時折空を見ながら自分たちの位置を確認している。いや確認してるのは時刻か・・・。
「フリュ、俺たちがどこに向かっているのか、そろそろ教えてくれないか」
「はい。我々は間もなく敵騎士団の左側面に出ます。総員、戦闘準備をお願いします」
「ウソっ! 敵なんかどこにもいないぞ?」
馬の足音以外は虫の音色しか聞こえない朴訥とした草原なのに、フリュは自信満々に微笑んだ。そして、
「あの正面に見える小高い丘。その麓にある林を左に抜けると、敵左側面に出ます。敵はエクスプロージョン攻撃を警戒して、遠距離魔法に特化したシールドを展開しているはず」
「そんなバリアーがあるのか・・・」
「魔導結晶を使えば可能で、おそらく遠隔魔法がほとんど効きません。ですので我々は弓矢を主体とした騎士戦力を前面に展開し、魔導騎士は物理系近接魔法を使用してください。特にネオン親衛隊とマールさんの活躍に期待しています」
「お、おう・・・」
みんな半信半疑に馬を走らせたが、フリュの言葉に異論を挟むものは一人もいない。
やがてその林に近づくにつれ、遥か遠くの方から人の叫び声や銃撃音が徐々に大きくなってきた。
「まさか・・・」
フリュの言葉通り、確かにそこは戦場だった。
「総員攻撃用意っ!」
フリュが叫ぶ。
馬を走らせ林を抜けると、そこはまさに敵側面を突ける絶好のポイントだった。
「撃てっ!」
フリュの号令のもと騎士団は大量の矢を、俺たちは近接魔法ファイアーを、そしてネオン親衛隊は銃弾を敵に撃ち放った。
タタタタタタタッ!
無防備な側面に集中砲火を浴びた敵騎士団の隊形が乱れる。
「うわあっ! あ、あいつら何処から出てきやがった。下がれ! 退避だ退避!」
俺たちの猛攻撃に敵左翼の一部が瓦解していくが、俺たちは一箇所にとどまらずに戦場を大胆に移動する。
「総員このまま左に大きく旋回して、敵の正面に回ります。ただし攻撃はそのまま続行!」
フリュの指示は的確で、隊列が乱れて混乱している敵はただの標的でしかなかった。
隊列を立て直すのに必死の敵からの反撃はなく、俺たちは撃って撃って撃ちまくった。
「アゾート! 随分と腕前が上がったな! 凄い火力じゃないか!」
ダリウスが顔を綻ばせて、俺の肩をガシガシ叩く。
「あとで教えますが、火属性魔法の本来の呪文がすべて判明したんですよ」
「本当かよ! まあ俺たちはお前ほど上手く使いこなせないが、是非呪文を教えてくれ」
「もちろん」
俺たちはそのまま時計方向に進路をとって、敵正面で戦っていたプロメテウス騎士団と合流。戦場に父上を見つけた俺はそこに馬を近づけた。
「ようアゾート! ワシらがここで戦ってるのがよくわかったな」
「実はフリュに連れてこられて」
「フリュちゃんが? でもなんで分かった」
「お義父様たちの訓練はいつも拝見しておりましたので、プロメテウス騎士団の進軍速度を元に、このあたりの地形と敵騎士団の規模、エクスプロージョンへの警戒感などいくつかの前提から逆算し、お義父様たちと衝突する大まかな地点を予想しました」
「それがここだと?」
「はい。敵側面をつくタイミングが一番難しかったのですが、それについては・・・そんな話は後にして、今はプロメテウス城まで全力で逃げましょう!」
「そ、そうだった。お前たちと合流できたからこれ以上ここにいる必要はない。全騎プロメテウス城へ撤退だ!」
◇
敵の追撃をなんとか振り切り、城塞都市プロメテウス領まで逃げ込むことに成功。
敵騎士団の猛追に一時はかなりの肉薄を許した俺たちだったが、間一髪のタイミングで城壁内に転がり込むことができた。
「城門を閉じろ!」
しんがりを務めた俺たち主力魔導騎士が全騎帰還したことを確認すると、衛兵がその巨大な城門を固く閉ざした。
「ふぅ・・・生きた心地がしなかったぜ」
城壁の外では続々と集まってくる敵騎士団が俺たちに怒声を浴びせかけているが、城塞都市プロメテウスはそう簡単には陥落しない。
ホッと一息ついた俺だったが、フリュの戦いはまだ終わっていなかった。
「フェルーム・メルクリウス主力魔導騎士、銃装騎兵隊、ネオン親衛隊は城壁へ駆け上がれ。急げっ!」
「ハヒィーーーッ!」
息を切らせて駆け上った城壁の上には、母上が準備した30門の大砲がズラリと並んでおり、俺も砲手として最後の力を振り絞らされることとなった。
肩で息を吐く俺たちの後方では、発射のタイミングを見計らっていたフリュが扇子を敵部隊に向けて真っすぐ下ろした。
「撃てっ!」
俺の弟妹を含めたフェルーム家、メルクリウス家が一堂に並び、大砲の魔法陣に触れながら魔力を込めると、轟音鳴り響く城壁から一斉に放たれた巨大な砲弾が敵部隊のど真ん中で炸裂した。
ドゴオオオンッ! ドゴオオオンッ!
同時に銃装騎兵隊とネオン親衛隊から放たれた銃弾の雨が、敵部隊の頭上に浴びせかけられる。
タタタタタタタッ! タタタタタタタッ!
堅牢な城門の前にまんまと誘い出された敵騎士団は、一切の攻撃が届かない遥か遠距離から、一方的に砲弾の雨を浴びせられる形となり、その戦意は瞬く間に奪い去られてしまった。
戦争とは名ばかりのただの殺戮劇に、敵騎士団はなす術もなく撤退を開始。
「勝ったのか・・・」
俺たちの最後の攻撃によって、半数近くの兵力を失った敵騎士団がソルレート領の奥へと引き返していった。
そんな敵の敗走を、長い金髪を風にたなびかせて満足そうに見つめるフリュの姿に、フェルーム騎士団が誇る猛者たち全員がドン引きした。
(あの劣勢からここまで完膚なきまでに逆転するかよ、普通・・・)
(俺たちはこんな危険な女を敵に回して、あの内戦を戦っていたのか・・・ひいいっ!)
(今回は味方でよかったが、こんなモンスターに勝てるはずねーよ!)
(おいアゾート、サルファーのバカみたいに決してフリュちゃんを手放すんじゃねえぞ。ていうかとっとと結婚しろ!)




