第85話 新鋭軍師再び
秋の叙勲式も無事に終わり、俺たちパーティーはプロメテウス領への帰路に着いていた。
アウレウス伯爵からは、魔法協会への対策をとるまでクエストは控えた方がいいとのアドバイスがあり、後半戦に予定していた魔法障壁突破は延期することにした。
折角の長期休暇なのに少し残念だが、魔法協会に遺物を破壊されるよりは遥かに良く、いつでもクエストを再開できるよう準備だけはしておくつもりだ。
と言うわけで盗賊団討伐のために転移陣で一足先にプロメテウス領に帰還した父上を除き、フェルーム騎士団に予備の馬を借りて旅行気分でのんびり帰っているところだ。
だが王都アージェントを出てしばらくすると、フェルーム子爵家の人間でもないのに何食わぬ顔で馬を並べている一人の男の存在に初めて気がついた。
サルファーだ。
「あれ? なんでサルファーがここにいるんだ。まさか学園をサボったのか?」
「・・・アゾートか。生徒会長の僕が学園をサボるわけないだろう。君と同じで叙勲式に出席していたのだ」
「はあ? 叙勲されたのは臣下ばかりで、お前んちは伯爵のままだったはずだが」
「僕は叙勲対象者ではなくて、父上の名代で上級貴族家当主として式典に出席していたのだ。国王謁見の間に公爵、侯爵、伯爵位を持つ全ての貴族が揃っていたのを見てなかったのか」
「ダーシュの親父さんとか顔見知りの伯爵がいたのは気づいていたが、俺は貴族の顔をほとんど知らないのであまり気にしてなかった」
「まったく君は、貴族のくせに仕方のない奴だな。ところで話は変わるが、ウチの生徒会長選はどうするつもりだ」
「それかあ。実はまだ候補者が決まってない」
ボロンブラーク騎士学園の生徒会長選がもうすぐ始まるが、シュトレイマン派の候補者はソルレート伯爵の甥の二コラ・デュレート。
アウレウス派の候補はもともとフリュだったが、貴族の身分をはく奪されて生徒会長選に出馬できなくなってしまった。
そして他に伯爵位を持つ候補者が2年生にはおらず、1年生にはダーシュとアレンの二人もいるのに本当に残念だ。
結局、今の2年生アウレウス派で一番身分が高いのがセレーネという残念な結果になってしまったが、彼女はつい最近まで下級貴族であり、今も騎士クラスに在籍している。
それがいきなり生徒会長選に出馬して、上級クラスの支持を集めろと言われても、到底無理な話である。
「アウレウス派には候補がいない。中立派に誰かいないのか」
「中立派はアルバハイム伯爵家がかなり大きな家門となるが、あいにくウチの2年生に在籍者がいない。あとはフィッシャー辺境伯家が中立派最大の権勢を誇るが、あそこはウチと同じように自分の領地に騎士学園があるから、わざわざこちらの学園には来ないよ」
「中立派が頼れないなら、打つ手なしか」
俺とサルファーが揃ってため息をついていると、セレーネが馬を近づけて来た。
「私が生徒会長選に出ようか?」
「セレーネ・・・」
「話が聞こえたけど私しか候補者がいないんでしょ。二コラが生徒会長になれば学園がますます混乱するんだし、だったら私が」
俺はセレーネを止めようとしたが、セレーネの後ろをついて来たフリュが、
「わたくしが原因でこのようなことになったのですから、セレーネさんが生徒会長選に出馬されるのであれば、このわたくしが責任を持ってサポートいたします」
フリュがそう申し訳なさそうに提案した。
「それを言うならそもそもの原因を作ったのはサルファーだし、お前が責任をもってセレーネのサポートをしろよ」
「アゾート・・・君は相変わらず上位の者に対する口の利き方がなってないが、これも我が愛しのセレーネのため。僕でよければ喜んでサポートさせていただくよ」
「セレーネはお前のじゃない。俺のセレーネだ」
相変わらずセレーネに粘着しているサルファーを睨みつけてやると、俺たちの話を聞きつけたダリウスが馬を走らせて釘を差した。
「セレーネは我がフェルーム子爵家の次期当主。お前ら二人のどちらにもやらん!」
「お義父さん、そこをなんとか」
「おええっ! おいサルファー、気持ち悪いからいい加減そのお義父さん呼びはやめろ」
ダリウスとサルファーの漫才は放っておいて、同じ子爵令嬢のサーシャにお願いする手も無くはないが、セレーネを旗頭に戦った方がみんながまとまりそうだ。
ニコラの会長就任を阻止するために、俺も一丁やってやるか!
「本人もいいと言ってるしセレーネをアウレウス派候補者に立てて選挙戦を戦おう。もし2年上級クラスからの風当たりが強なったら、セレーネもフリュも遠慮せず俺を頼ってくれ」
「心配しないでアゾート。こう見えて私、選挙が得意なのよ」
「心配には及びませんアゾート様。あなたの前に立ちはだかる敵はこのわたくしが容赦なく排除いたしますので」
なぜか自信満々で鼻息の荒いセレーネと、氷のように冷たい瞳で静かに闘志を燃やすフリュ。
「大丈夫かなこの二人。ていうかセレーネに選挙が得意なイメージが全くないんだけど、何か別のものと勘違いしてないか?」
◇
そんな俺たちの旅路は、王都からの行程も半分を超えてプロメテウス領まであと3日となったところで急変。
ちょうど隊商が盗賊団に襲われているところに俺たちは出くわしてしまった。
すぐに商人の救援に騎士団を向かわせたダリウスだったが、所詮は食っぱぐれた平民の集まりに過ぎない盗賊団相手に、かなりの苦戦を強いられてしまった。
盗賊を舐めてかかって追加の戦力を逐次投入した結果、最後は何とか盗賊を殲滅させたものの騎士団にも相応の被害が出てしまった。
「下手打っちまったな。だがアイツらただの盗賊ではないな。たぶんどこかの騎士団が偽装しているんだろう」
あの盗賊団、偽装だったのか。
「何か証拠のようなものは」
「いや、手掛かりになるようなものは何も身に着けていなかった」
すると俺とダリウスの会話を聞いていたフリュが、
「あれが騎士団だとして、偽装までして商人を襲う理由に心当たりは?」
「ただの物資調達でないことは明らか。偽装するからには騎士団と悟られたくない理由があるはずだし、その領主の利益になるはず」
「確かこの辺りはソルレート伯爵の支配エリア。ダリウス様のおっしゃる通りであれば、ソルレート伯爵による通商破壊かと」
ソルレート伯爵はプロメテウス領に対して関税を引き上げたり、食料の価格を高騰させて経済を混乱させる厄介な隣人。海賊さながらの通商破壊ぐらい平気でやってのけるだろう。
だが証拠がない限りはどこにも訴えようがなく、かなり抜け目のない男のようだし偽装工作は完璧に行われているだろう。
それはフリュも同意見らしく、
「証拠が出ない限り王都の裁判所にソルレート伯爵を訴えることができません。でも逆に考えれば、盗賊団に偽装している限り彼らをいくら掃討してもソルレート伯爵は我々に文句を言うことができません」
「掃討って、ソルレート伯爵相手に戦争を始めようというのか!」
「いいえ戦争は最後の手段。わたくしならこの状況を利用して、盗賊征伐の大義名分のもと正々堂々と敵騎士団を掃討いたします。そのことについてソルレート伯爵は当然文句を言えませんし、彼の戦力が十分に削ぎ落とされた段階で、お父様の戦力をチラつかせつつ我らに有利な条件での講和締結を目指します」
「マジかよお前・・・」
その時俺が見たフリュは、遥か先まで戦況を読み切った軍師の目をしていた。




