第82話 赤き月の真祖姫
プロメテウス城に帰還すると、俺を待っていたというアネットたちから事情を聞いた。
「ネオンが呪いにかけられただと」
王都からの跳躍で魔力を使い果たしていた俺たちだったが、ネオンを救出すべく、城にあった魔石をかき集めて冒険者ギルドに向かった。だがそこにネオンを背負ったセレーネたちと鉢合わせした。
「セレーネ何があった! ネオンは無事か!」
「無事だと思うんだけど、ずっと目を覚まさないのよ。事情は後で説明するわ」
セレーネからネオンを受け取ると、3階のネオンの自室に運び込んだ。
◇
夕食が終わると、まだ改修中の当主部屋に全員が集まってお互いの状況を報告し合った。秘密会議をするのにこの部屋は本当に都合がいい。
「じゃあ、俺たちが発見した祭壇が3つ目のキーワードなら、あの魔法障壁が解除されるということか!」
ダンが目を輝かせて俺に尋ねる。
「ああ。ネオンが回復したらすぐフィッシャー領に向かうぞ!」
「分かった。これは面白くなってきたぞ・・・」
「それよりダン、呪いのことを詳しく教えてくれ」
「それが俺たちもよく分かってないんだ。呪いにかかったネオンが何者かに導かれて教会の地下へ向かうと、その扉の前で忽然と姿を消したんだ。ところが翌朝、同じ場所にネオンが倒れていて懐に赤い鍵を持ってたんだ」
「ネオンはどこでその鍵を入手したんだ」
「分からない。ネオンは一瞬だけ目を覚まして神殿への扉を開けると、それっきり目を覚ますことなく今も眠ったままだ」
「そうか・・・」
「それで祭壇にはまだ手を触れてないけど、隣にあった赤いオーブが・・・」
「ダン、それは私からアゾートに話すわ」
ダンが何かを言いかけて、セレーネに話を遮られた。
「オーブって?」
「私たちフェルーム家と何か関係があるかもしれないし、後で相談させて」
「フェルーム家と? 古代文明とウチにどんな関係があるのか知らないけど、セレーネがそう言うなら分かった。ていうか今思い出しても腹が立つが、シリウス教会の狂信者どもは論外として、王国魔法協会の奴らは古代魔法文明の遺跡の価値を全く理解してない! 貴重な祭壇を壊しやがって、アイツらなんかに遺跡は絶対に渡さないぞ!」
激怒する俺に、心配そうな顔を見せるダン。
「でもなアゾート、俺たちが魔法障壁を解除すれば魔法協会にもそれが分かるし、やつらが遺跡を手にするのは時間の問題。阻止する方法なんかあるのかよ」
「それはこれから考える。ただ場合によっては魔法協会を敵に回すことになる」
「相手は王国だぞ? 大丈夫かよアゾート・・・」
◇
コンコン
打ち合わせが終わって3階の自室のベッドに寝転がる俺。
すると、来訪を知らせるノックの音がした。
「はい、どうぞ」
そして入ってきたのはセレーネだった。さっきのオーブの話だろう。
「その辺に適当に座ってくれ」
「ありがとう」
セレーネはベッドの端っこにそっと座った。
「あのねアゾート。さっき話にあった神殿の赤いオーブ。それに触れたら、火属性魔法の全ての呪文を手に入れることができたの」
「全ての呪文? 火属性魔法の呪文を? まさか日本語で?」
俺はどういうことか全く理解できなかったが、セレーネは自信を持って言い切る。
「ええそうよ。全て完璧な日本語で」
どういうことなんだ?
なんでフィッシャー領にある古代神殿で?
「もう一度確認するぞ。セレーネはフィッシャー領の古代神殿で火属性魔法の呪文を完璧な日本語で入手した」
「そうよ。もう少し正確に言うと、祭壇の隣にある台座に置かれた赤いオーブに触れた瞬間、全ての呪文が頭の中に流れ込んで来たの」
「・・・なるほど。確かに神殿は古代魔法文明のものだしおかしな話ではない。ただ疑問なのは、俺がこれまで見てきた他の神殿にはオーブがなかったこと。オーブが失われたのか、フィッシャー領の神殿だけが特別なのか。赤いオーブは火属性限定なのか、他の属性にも影響するのか・・・」
「ダンがオーブに触れても何も起きなかったし、ネオンが持っていた不思議な鍵もネオンと私にしか使えなかった。もしアゾートも使うことができればフェルームの血と関係があるのかもしれない」
「フェルーム家の血筋、赤いオーブ、古代魔法文明、神殿へ入るための不思議な鍵。これらがどう繋がっているのか論理的には説明できないが、フィッシャー領に何か秘密が隠されているのは間違いない。しかしこのクエストも、予想外の方向に話が進んできたな」
「そうね。ところでアゾート、全ての呪文を使用したときの魔法の威力が凄いんだけど見てみる?」
「是非とも見たい!」
「じゃあ、見ててね!」
部屋の窓を開け放ったセレーネが呪文を唱える。
彼女の詠唱はどこか雅やかで厳かな雰囲気を醸し出しており、あえて例えるなら、赤い月セレーネに住まう吸血鬼の王女といったイメージだ。
長い詠唱を終えたセレーネの身体からは火属性の魔力がほとばしり、うっすらと浮かび上がったオーラがその白銀の髪を怪しく照らし出していた。
それにしても火属性初級魔法ファイアーの呪文って、こんなだったんだ。
【地の底より召還されし炎龍よ 暗黒の闇を照らし出す熱き溶岩流を母に持ち 1万年の時を経て育まれしその煉獄の業火をもって この世の全てを焼き尽くせ】
セレーネのかざす杖の先には、初級魔法とは思えないほどの高エネルギーが凝縮し、青く輝くプラズマ球が宙に放たれた。
「これはやばいっ!」
ただのファイアーのはずなのに、発射されたプラズマ弾が地面に着弾した瞬間大爆発を起こし、プロメテウス城の庭園を炎上させたのだ。
ズゴオオオオオオッ!
「何なんだこの破壊力は・・・中級魔法フレアーを遥かに超えるエネルギー量だ」
「これがファイアーが本来持つ破壊力だと思うの。同じ魔力しか使わないのに威力だけが上がった感じ。きっと魔法効率が格段に上がったんだと思う」
「呪文が長くなると消費魔力ではなく魔法効率が上がるのか。だが高速詠唱という利点が失われるし、俺たちの戦いのスタイルとは相反するか・・・」
「それもそうね。これだとファイアーで弾幕を張ることもできないし・・・」
「だが使いようはある。高速詠唱と完全詠唱を上手く組み合わせるんだ」
「どうやって?」
「役割分担をして、例えば俺とネオンが高速詠唱を、セレーネが完全詠唱をすれば両方の利点を同時に引き出せる。他にも呪文の長さを調整することで、状況に応じて攻撃の強弱を切り替えることが。戦術のバリエーションが一気に増えるぞ!」
「そうよね。使い方の工夫でまだまだ私が活躍できる場が増えるよね」
「活躍の場?」
「だって最近、フリュオリーネさんやマール、それにあのネオンまでアゾートの役に立ってるのに、私ったら最近パッとしなくて全然目立ってなかったから。私って特徴がないというか、キャラが薄いというか・・・」
「いやいや十分目立ってるよ。火力の女というか人間砲台?」
「・・・・・」
「それにさっきの詠唱。赤き月を背に吸血鬼の真祖姫が唱えるその姿はまさに中二病そのものだった。呪文もなんか中二病くさいし・・・」
「何よそれ! 私のどこが中二病なのよ!」
セレーネが口を尖らせて拗ねていると、俺の部屋の扉を乱暴に開ける音が聞こえた。
母上だった。
「何やってるの、あなたたちはっ!」
「何って、魔法の試し打ち?」
窓の外を見ると、城の庭園が炎上を続けていた。
「やべっ!」
だが母上の怒りの矛先はセレーネにも向けられた。
「セレーネ! あなたはこの前もネオンと姉妹ゲンカをしてウチの庭園をメチャクチャに破壊したでしょ! ていうか毎回ウチに来る度にせっかく手入れした庭園を焼き払わないで頂戴! ここはあなたの火力演習場じゃないのよ。そういうことは自分の家でやって!」
ついでに学園をサボってクエストをしてることも含めてクドクドとお説教が始まったため、「庭の消火を手伝ってくる」といってセレーネを置いてその場を逃げ出した俺だった。




