第81話 覚醒
翌日、俺たちは王都魔法協会に来ていた。
フリュが事前に話を入れてくれたこともあって、協会に着くと研究員が俺たち3人を待っていた。
魔法協会の地下に所蔵されている祭壇へと案内してもらうと、俺はいつものようにマールと並んで祭壇の中に上半身を突っ込んだ。
「おかしい、何も写らないぞ。マール、ライトニングの偏光の角度を少しずつ変えてみてくれ」
「偏光ってなあに?」
「偏光の説明は難しいなあ・・・そうだな、じゃあその杖をねじって見て?」
「こう?」
「うわっ! ライトニングを人に向けるな。危ないぞ」
「ごめんなさい・・・」
「向きを変えるんじゃなく、こうやって杖を捻ってみるんだ」
「イタッ、痛いよアゾート・・・もっと優しくお願い」
「わわわ悪かったマール。でもどうして何も映し出されないんだ?」
マールの腕をいくら捻じってもスクリーンは映し出されず、しばらくして俺は諦めて祭壇から出た。
「フリュ、どうやらこの祭壇ではなかったらしい。大聖堂の祭壇に行ってみるか」
「承知いたしました。あちらは午後に予約を入れてますので、それまでどうなさいますか」
「時間を潰すしかないな」
「じゃあ、王都観光しようよ!」
「それなら、わたくしがいいところにご案内いたします」
「やったあ!」
◇
ネオンは疲れ果ててしまったのか、地下神殿を見つけて一通りはしゃぎ回った後は、糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちてしまった。
驚いて駆け寄ったが、ちゃんと息をしていたのでホッとした。
祭壇は見つかったし目的は達成したので、他の調査を全て後回しにしてその日はもう休むことにした。
私の足下に横たわるネオン。こんな変な子でも一応女だしダンに担がせるのは外聞がよくないと思って、姉である私が宿屋のベッドまで運んだ。
そして次の朝がやってきた。
ネオンの枕元に集まったみんなが心配そうにネオンの寝顔を見つめている。
「セレーネ。ネオンは大丈夫なのか」
「ええ、眠っているだけだからそのうち目を覚ますと思うわ。その間に私はこの街をもう一度見てくる。昨日はちゃんと調べられなかったしね」
「ネオンのこともあるし、護衛をつけといた方がいい」
「いいえ大丈夫。ちょっと調べたいことがあるだけだから」
「セレーネの火力があれば誰かに襲われることはないと思うが、あの呪いは別。一人でいると人知れず何処かに消えてしまうかも知れないし、俺がついていく、ネオンのことは親衛隊に任せればいい」
「・・・わかったわ」
私はダンと二人で、辺りの人に話を聞きながら街を観察して回った。
これだけの大きな街なのに人通りが少なく、どうしてこんなに寂れているのか不思議でならない。近くを通りかかった人に聞くと、
「ここは昔、領都だったこともある街だが、200年以上も前に王都の軍勢に攻め滅ぼされて今ここにいる住人はその後に住み着いてきたよそ者ばかりさ」
そう私に教えてくれた。
「詳しいことが知りたいなら、役場にでもいくといいよ」
役場に来た私は、関係のありそうな資料をパラパラとめくる。
この街は昔、バートリーと呼ばれていたらしいが、王都で起きた政変に巻き込まれて領主家共々王家の軍勢に滅ぼされてしまった。
「ここの領主ということは辺境伯家が一度滅ぼされているということね。今はフィッシャー辺境伯がエーデルに領都を構えてこの辺りを治めているから、フィッシャー家は2代目の辺境伯家ということになるのかしら」
この辺りの歴史は学校でもあまり教わらないし、この資料にも政変についての詳しい記述がどこにもない。
もしかすると情報が意図的に隠されているのかもしれない。
「何かわかったか?」
「大したことは何も・・・」
役場を出て再び教会に来た私たちは、地下神殿に足を向けた。
昨日は結局何も調査をせずに出てきてしまったが、私には気になることが2つあった。
1つ目はこの鍵。
私とネオン以外では鍵が赤く光らず、扉も開かなかった。
つまりこの鍵はフェルーム家の血筋と何か関係があるのかも知れない。
そしてネオンの額に浮かび上がったあの気味の悪い紋章。たまたまあの子が呪われただけで私がそうなっていてもおかしくなかったのだろう。
地下神殿に入ると、一番奥にはアゾートが探していたあの祭壇がある。
そしてその隣には台座があって、その上でオーブが赤く光っている。
これが2つ目の気になること。
ネオンにあんなことがあったばかりだし、何が起こるかわからないからみんな恐がって触ろうとしなかったけど、ここからは妙な魔力を感じる。
「なあセレーネ。神殿の調査はマールと合流してからの方がいいんじゃないのか」
「確かに祭壇の調査はあの子の力が必要だけど、隣のオーブは違うと思う。少し調べておきましょうよ」
「・・・それもそうだな。よし調べてみるか」
ダンが早速オーブに手を触れてみる。すると赤い光が風にそよぐように僅かに揺らいだ。
「・・・特に何も起こらないな」
その後、台座の裏も含めてオーブの周りを入念に確認したダンだったが、特に怪しげなものは見つからなかった。
「じゃあ私にも確認させて」
ダンが頷いたので私は赤く光るオーブに近づき、そしてそっと手を触れた。
ZA,ZAZA---ZA, ZA
何これ?
何かが私の中に入り込んでくる。
こ、恐いっ!
目眩がして視界が乱れる。
耳鳴りがうるさく、鼻の奥で鉄の匂いがする。
呼吸が乱れ、心臓の鼓動がうるさい。
私は両手を胸に当てて、その場でうずくまった。
「セレーネ、大丈夫か!」
あれ? 急におさまった・・・。
ドクンッ!
これは・・・・・・・・。
私の頭の中に流れ込んで来たもの。それは火属性魔法の詠唱呪文の全て。
アゾートに教えてもらった数節を含む完全な形の詠唱呪文が頭に刻み込まれたのだ。
そして私は・・・。
私はすぐ地下神殿から出ると、城門の上にある監視台に向かって走った。
「おい待てよセレーネ! どこ行くんだ!」
◇
監視台から大平原を見渡した私は、頭の中に刻み込まれた詠唱呪文を一言一句正しく唱えた。
あのオーブが唱えていた完全な日本語で、私はゆっくりと丁寧に詠唱したのだ。
そこから紡ぎ出された初級魔法ファイアーが、城壁に立った私の杖の先から荒野に向かって放たれる。
いつもと比べ物にならないほどの高エネルギーのプラズマ弾が、遥か遠くの地表に着弾した。
そして巻き起こる爆発は初級魔法ではあり得ないほどの、中級魔法フレアーをも凌駕する火力を誇っていた。
「ウソでしょ・・・ただの初級魔法ファイアーでこの威力なら、フレアーやエクスプロージョンは一体どうなってしまうのよ」
私は恐くなって身震いが止まらなくなる。でもこれが本来のファイアーの威力なんだ。
今までの魔法は詠唱呪文が不完全だったから本来の威力とは程遠いものだったに違いない。
私はゴクリと唾を飲み込むと、上級魔法エクスプロージョンの詠唱を始めて・・・途中で止めた。
「ちょっと危ないし、止めとこうかな・・・」
そんな私の一部始終を見ていたダンは、唖然とした表情で言った。
「これがあの赤いオーブの力か! ネオンといいセレーネといい、あの神殿はやはりフェルーム家に関係があるのかも知れない。しかし今のファイアーの火力は凄すぎるぜ!」
ダンが私以上に興奮しているが、こんなことだと私はますます火力だけの女になってしまいそうね・・・。
◇
シリウス教大聖堂の応接室に通され、そこの神官長から説明を受ける俺たち。
神官長によると、大聖堂の地下深くにはかつて古代魔法遺跡があったそうだが、200年以上も前に取り壊されてしまって今は何もないそうだ。
「遺跡にあったものはどこに行ったのですか」
「すべて王国魔法協会に移されました」
「まさか祭壇もですか? かなり大きなものですが」
「祭壇も含めて全てです」
ということは、さっきみせてもらった祭壇がかつてこの地下にあったものだったのか・・・。
「神殿があった場所に入ることは可能ですか」
「それはお断りしております。シリウス教の教義では古代文明の女神信仰は邪教にあたりますので、誰にも立ち入りを認めていないのです」
「貴族でもダメですか」
「はい、国王陛下と言えども。重ねて申しますが、シリウス教では古代の女神信仰は一切認めていません」
「困ったな。王都の祭壇は打つ手なしだ」
俺がため息をつくと、マールがガッカリした表情を見せる。
「祭壇を移動させた時に壊れてしまったのかも・・・」
「そうかもな。だとしたらシリウス教会や王国魔法協会は本当にバカなことをしたものだ。古代文明の貴重な遺産を永遠に失うことになるのだから。無知ほど恐ろしいものはないよ」
「ですがアゾート様は、エッシャー洞窟だけでなく2つのキーワードが同時に分かったとおっしゃってましたよね。それが王都の祭壇なら、まだチャンスがありますわ」
「そうだな。確率は50%になってしまったがネオンたちの祭壇に全てを賭けよう。プロメテウス領に帰還だ」




