第77話 りょうしゅのおしごと
クエストを休みにした週末、シティーホールの執務室で俺は両親からの報告を受けていた。
「盗賊の討伐は順調に進んでいるぞ」
父上によると、歩兵の募集に応じた平民を治安維持部隊に投入し、これに父上指揮下のプロメテウス騎士団を加えた400人規模で山狩りを実施。
サー少佐率いる銃装騎兵隊100騎もその機動性を活かして丘陵地帯を巡回。酪農地域の村々を襲う盗賊どもを掃討した。
「いくつかのアジトを潰す事ができたが、さらわれた女子供を救出する必要もあるし盗賊どもを一掃するにはまだまだ時間がかかりそうだ」
盗賊は金品や食料を奪うだけじゃなく村の女子供まで奴隷商に売りさばいているようだ。もはや嫌悪感しか感じない。
「誘拐された村人は極力助けたいので、その方針で盗賊の討伐を続けてほしい。次に食糧問題ですが穀物価格の推移は?」
「価格は高騰したままね。それと取引所の件で商業ギルド長から報告があるそうよ」
母上の隣にはギルド長が座っており、明るい表情で報告を始めた。
「大方の商人とは契約が完了し、週明けから取引所をスタートさせられます。最初は穀物と鉄の二品目だけですが、順次商品を増やしていく計画です」
ギルドの大ホールに取引所を作っているそうだが、ギルドの職員だけでは手が足りずに商人達に頼んで人手をかき集めているようだ。
「仕事が早いですね。さすがはギルド長」
「商業ギルドですから商人たちに参加を呼び掛けるのは簡単でした。契約書のひな型も領主様から頂いておりましたし、帳簿取引の具体的な手順書も言われた通りに作成しました。問題はやはり算術のできる人材の確保ですね」
「人材の確保か・・・。商人から人材を借り受けるのはいいですが、彼らは取引ではなく補助業務に当てた方がいい。取引所の公平性に関わりますので」
「もちろん心得てます。ただ人手不足は深刻ですので領主様には何卒ご配慮をお願いしたい」
「やはり領民の教育が必要か・・・」
この世界の平民は識字率が低く、商業ギルドで働く職員はいずれも裕福な家庭の次男坊や三男坊。大多数の領民に取引所で働けるほどの学力はない。
教育に即効性を求めることはできないし、どうしたものか。
「人材については考えておく。それからフェルーム子爵家当主から連絡があり、ボロンブラーク伯爵支配エリアの全ての領主がプロメテウス取引所での取引に参加するとの表明があった。またアウレウス伯爵にも説明を済ませ、アウレウス派貴族家にも前向きに検討してもらっているところだ」
「それはすごい! それだけ多くの領主様たちの後ろ盾があれば、ウチの商人たちも安心して取引所を利用することができるでしょう」
ギルド長の笑みがこぼれると、ほっとした空気が執務室に流れる。
「ねえアゾート。取引所がスタートした後はどうするの」
「母上はプロメテウス領の財務卿として、秋に収穫予定の穀物を担保に継続的に売り注文を入れてほしい。それで穀物の帳簿価格が下がっていくはずだから、期日を持たずに適当な所で反対売買を入れて決済する」
「それで本当に穀物価格は下がるの?」
「下がる。帳簿価格と現物価格に差が出ると、大量の穀物を抱えていた商人は自分の在庫を売って帳簿取引で買いを入れる。そうすれば差額分だけ自分の利益となり、無駄な在庫を処分できる上に、放っておいても秋には新しい穀物で蔵が満たされる」
「つまり現物価格と帳簿価格は連動するってことね」
「そういうこと。もちろん市場に絶対はないけど、今は取引が激減して現物価格があり得ないほど高騰している歪な状態。だから帳簿取引を使ってショックを与えてやれば、穀物価格が適正水準に戻っていくのは必然。バブルが崩壊するまでどんどん売り浴びせればいい」
「普通は領主命令を乱発して商人に無理やり蔵を開けさせるものだけど、まさかこんなやり方で食糧問題を解決するなんて、頭いいじゃないアゾート」
「だろ? 取引所は母上に任せるけど、何かあったらすぐ俺に相談してほしい」
◇
午後はフリュと二人で領内の視察に向かうことにした。
父上からは護衛騎士をつけるよう言われたが、俺とフリュを倒せるような強い盗賊がいるとも思えし、その分は盗賊討伐に回してほしいと言って断った。
だが母上は何を勘違いしたのか、
「もう! お父さんは本当に野暮なんだから。二人のデートを邪魔しちゃダメでしょ」
「おおお、お義母様っ!」
母上の余計な一言で、フリュが顔を真っ赤にしてあたふたしている。
「母上、これはデートじゃなく視察! 恥ずかしいから余計なことを言うのはやめてくれよ!」
ボロンブラーク伯爵支配エリアの東端に位置する我がプロメテウス領は、その大半が山岳地帯で広い平地がない代わりに丘陵地帯が広がっている。
その領地の東端は南北に二つの山脈が走り、そのちょうど中間あたりに領都である城塞都市プロメテウスがある。
プロメテウス領を東西に貫いて王都へと至るこの大街道は、この領都プロメテウスの中を通過しなければならず、有事の際は城門を閉じて往来を封鎖する関所の様な働きもある。
この領都の東側はソルレート伯爵支配エリアがすぐ近くまで迫っており、領都の西側の丘陵地帯にたくさんの村落が点在している。
俺たちはそんな丘陵地帯にある一つの村落を訪れていた。
「・・・ひどい状態ですね」
村の入り口付近にある農家の一つに入ってみたが、周囲の柵は破壊されて家畜の姿が一頭も見えない。
家の中にも人影はなく、ここの住人はどこかに連れ去られて殺されたか奴隷としてすでに売られたのだろう。
馬を走らせて他の家々を見て回る。
さっきの家ほどではないものの、どの家も盗賊に襲われてかなりの被害を受けたようだ。
「あれは銃装騎兵隊じゃないか」
遠くの方で数騎の騎士が村人と話をしており、俺たちはそちらに馬を走らせる。
「司令官閣下に敬礼!」
フェルーム騎士団から分離したプロメテウス騎士団は父上が騎士団長を務めているが、元々俺の指揮下にあった銃装騎兵隊だけはサー少佐に隊長を任せている。
それもあって騎士団内での指揮権をハッキリさせるために、俺は領主と言うあいまいな呼称では呼ばれず、「銃装騎兵隊司令官」という呼び方に統一されている。
「状況はどうだ」
「はっ! この村を襲った盗賊のアジトを襲撃し、捕まっていた村人を村に送り届けているところです」
「ご苦労。それでサー少佐はどうした」
「別の盗賊団のアジトに向かっており、ここの村人の保護が終われば我々もそちらに合流する予定です」
「では俺たちも同行するので案内しろ」
「はっ!」
◇
騎兵隊員に連れてやって来たのは古い鉱山を利用した盗賊団のアジトで、中はかなり広く入り組んでいるらしい。
その入り口で指揮を執っていたサー少佐が俺たちに気づく。
「来たかアゾート」
「少佐、状況は?」
「隊員が突入しているところだ。戦争のように敵騎士団を殲滅すれば終わりという単純なものではなく、村人の救出もあるから時間がかかっている」
なるほど、そこが騎士団と治安維持部隊の運用の違いになるんだな。
「俺も手伝おうか」
「助かる。次に潰す予定だったアジトを任せるから、隊員を10人ほど連れていってくれ」
再び隊員たちに先導された俺とフリュは、大きな洞窟の前にたどり着いた。盗賊がアジトにするのは洞窟や鉱山跡が多いらしい。
「ここにも村人が捕らえられているのか?」
「恐らく」
つまり魔力押しで適当に戦うわけにはいかないということ。
「では全員で突入する。俺についてこい」
「はっ!」
【無属性初級魔法マジックシールド】
隊員全員を取り囲むようにバリアーを張った俺は、洞窟の中をどんどん進んで行く。すると間もなく、岩場の陰から5人の盗賊が現れた。
盗賊どもは俺たちに驚きいきなり剣を抜いて斬りかかってきたが、俺のバリアーに遮られて近づくことができない。
俺はアネットを真似て、バリアーを盗賊たちに放った。
アネットみたいに一気に弾き飛ばそうと思ったが、盗賊どもはバリアーに押されてゆっくりと後退していく。やはりひげオヤジ一人と盗賊5人とでは重さが違うし当たり前か。
俺はそのまま盗賊たちを壁に押し潰す。
「こいつらを縄で縛っておけ」
再びバリアーを展開して洞窟を奥へと進んでいく。途中で遭遇した盗賊は全て同じ方法で捕縛していき、やがて広い地下空洞へとたどり着いた。
「なんだテメエらは!」
どうやらここがアジトの本体らしく、頭目と思しき男の周りを手下どもが取り囲んでいる。
「俺はこの辺りを治める領主、アゾート・メルクリウス男爵だ。お前たち盗賊どもを捕まえに来た」
「お前みたいなガキが領主だと? へへへ、ちょうどいい。お前ら貴族にはいつか恨みをはらしたいと思ってたんだ。おい野郎ども、領主様の隣にいるネエちゃん以外は全員この場でぶっ殺せ!」
「「「おうっ!」」」
フリュを見て舌なめずりする頭目の号令のもと、盗賊どもが一斉に襲ってきた。その数ざっと50名ぐらいか。
俺はバリアーを消失させると、隊員たちに命じた。
「撃てっ!」
すると小銃を構えた騎兵隊員の一斉射撃により、先頭集団がバタバタと倒れる。
「うああああっ!」
「痛てえええ・・・た、助けてくれ!」
致命傷を免れ地面に倒れ込んだ盗賊どもが苦痛でのたうち回り、それを見た他の盗賊が真っ青になって及び腰になる。
だが頭目は構わず、
「構わねえから突撃しろ!」
「「「おうっ!」」」
「撃てっ!」
ダダダダダダダダダ!
「ぎゃああああっ!」
次々と倒れていく盗賊たちだが、頭目が余ほど怖いのか仲間の屍を乗り越えてなお必死の形相で俺たちに向かってくる。
【無属性初級魔法マジックシールド】
今度はフリュがバリアーを展開し、まだ30人近くいる盗賊をジリジリと押し返していく。
「うわあっ! こ、今度は見えない壁が・・・」
生まれて初めて魔法を目の当たりにしたのか、何が起きたのか理解できていない盗賊たち。
「アゾート様、魔法で攻撃いたしますか?」
「いや、捕まっている村人がいるから魔法攻撃はやめよう。このままフリュの魔力で盗賊どもを後ろに押し戻し、俺の合図でバリアーを消失。騎兵隊はすぐに一斉射撃して、フリュは再びバリアーを展開。つまり盗賊を後ろに押し戻して一斉射撃する一連の動作を、盗賊団が全滅するまでひたすら繰り返す」
「さすがはアゾート様、承知いたしました」
◇
「待ってくれ! 俺を殺さないでくれ!」
あれだけいた手下が全滅して、後ずさりしながらガタガタ震える頭目。
必死に俺に命乞いをするが、
「ダメだ。お前たち盗賊は問答無用で全員処刑。今ここで死ぬか、領民の前で公開処刑されるかどちらかを選べ」
「お、俺達も生きるために必死だったんだ! それに領民から物を奪ったのが悪いというなら、お前たち貴族はどうなる! お前たちの重税で俺の家族は・・・」
貴族も盗賊も同じだと頭目は言いたいのか。確かにその言い分にも一理ある。
前世でもそうだったが、貴族の持つ巨万の富は領民たちの困窮の上に成り立っている。
貴族にとっての領民は自分と同じ人間ではなく、自分の荘園に生息するただの民草なのだ。
そして目の前にいるこの男も、俺の前にここを治めていたボロンブラーク伯爵家の代官によって散々収奪されたのだろう。
日本人の感覚が残っている俺は、この世界の貴族の横暴なやり方に嫌悪感しか抱かないが、だからと言って盗賊を見逃すことはできない。
領主として善良な領民を守る義務があるし、強盗殺人は日本においても最も罪の重い凶悪犯罪だ。
そして中世ヨーロッパの様なこの世界には三権分立など存在しないし、領民の犯罪を裁くのも領主の仕事の一つだ。
だからこの場で判決を言い渡す。
「お前は見せしめとして公開処刑にする。こいつを捕らえろ!」
盗賊討伐は決して後味のいい仕事ではなかったが、アジトに捕えられていた女子供を全員保護すると、俺たちはプロメテウス城へと帰還した。




