第76話 舞踏会で見えた騎士学園の病巣
舞踏会が始まった。
生徒会長サルファーが開会の挨拶をしているが、その後ろズラリと並ぶ生徒会役員の中にフリュの姿がない。
俺は隣に座るフリュに尋ねる。
「君はあそこに並ばなくていいのか?」
「わたくしはもう生徒会を辞めましたので、副会長ではありません」
そうだったのか。
身分が変わると副会長でいられなくなるなんて、なんか切ないな。
だがそこへ追い討ちをかけるように、3人の令嬢がやってきた。
「あら? フリュオリーネ様ではございませんか。本日はどのようなご用件でこの舞踏会にいらっしゃったのでしょうか」
その令嬢は大きな団扇で口許を隠しながら、フリュを見てクスリと笑った。
それに呼応するかのように、残り2人の令嬢たちもこれ見よがしに嫌味を言い始める。
「そのようなご立派なドレスを御召しになられて、まさか舞踏会に参加されるおつもりではないでしょうね」
「フリュオリーネ様はたしか、生徒会長に婚約破棄されて平民落ちなされていたはず。この舞踏会どころか騎士学園にいる資格すらございませんのでは?」
「それが聞いた噂では、アウレウス伯爵に泣きついてどうにか1年騎士クラスに拾われて、退学だけは免れたらしいのよ」
「「「まあっ! クスクス」」」
あいかわらずペチャクチャとうるさい連中だが、アウレウス伯爵はきっとこう言った悪意に娘をさらしたくなかったから、この俺を後見人に選んだのだろう。
椅子から立ち上がった俺は、フリュを背中で庇うと令嬢たちの前に立ちふさがった。
「俺は彼女の後見人のアゾート・メルクリウス男爵だ。お前らが彼女と直接話をすることは今後一切許さん。文句があるなら全てこの俺を通してからにしてくれ」
俺がキッパリと言ってやったが、令嬢たちも全然負けてはいなかった。
「騎士爵分家からの成り上がり者のくせに、口だけは一人前ね」
「アウレウス伯爵の威を借りなければ何もできない弱小貴族が」
さすが上位貴族のご令嬢は、魔力だけでなく悪口の戦闘力も極めて高い。
でもこんな会話、なんか夏休み前を思い出すな。
あの時はセレーネを守ってフリュたち上位貴族と毎日のように言い争っていたが、何の因果か今はそのフリュを守っているのが不思議な感じだ。
だが俺が感慨に耽っている間も、マシンガンのように嫌味を言い続ける令嬢たち。
よくもまあ次から次へとこんな酷い悪口を思い付くもんだ。これだから上級クラスの奴らとは関わり合いになりたくないんだよ。
だがいつまでも言われっぱなしでいられる俺じゃない。
そろそろ反撃に出ようかと高火力の悪口を必死に考えていたら、ダーシュとアレンが横から割り込んで来た。
「キミたち随分な言いようだが、アウレウス伯爵はこのアゾート君を高く評価していたと父上からは聞いているぞ。彼を敵に回すことは我らアウレウス派全体を敵に回すと考えた方がいい」
「そもそも君たちはご両親の爵位に準じた待遇を受けているだけで、嫁ぎ先によっては下級貴族に落ちる可能性もあるんだぞ」
「まあっ! なんですって!」
「それにひきかえアゾート君は、学生の身でありながら既に男爵閣下。君たちのご両親と同格の爵位が確定しているのだ。そしてこのフリュオリーネ様はアゾート君の配偶者として、とても仲睦まじい様子だったと晩餐をともにした父上からも伺っている」
「アレン君の言うとおり、君たちとアゾート君では既に立場が逆転している。その足りない頭をフル回転させて、よくよく理解することをお勧めするよ。ハハハッ!」
「「「ギリっ・・・覚えてらっしゃい!」」」
マジかよコイツら!
さすが上級貴族の御曹司たちは、魔力だけでなく悪口を言わせても天下一品。
その余りの火力に、中級貴族の令嬢たちをすごすごと引き下がらせてしまった。
「助かったよ、ダーシュとアレン」
「この程度造作もないことさ」
「さすが恐れ入ったぜ。ただ訂正しておくと、俺とフリュが結婚したというのは勘違いだ」
「あれ? 父上からはそう聞いていたが違うのか?」
「アウレウス伯爵からは彼女の後見人を頼まれただけで、結婚うんぬんという話は一言も出てないぞ」
「後見人だと? そうか、父上たちが勘違いしたのだな」
「たぶんな。ところでフリュ、さっきはどうして黙ってたんだ。元公爵令嬢のキミなら、あんな令嬢ごとき余裕で言い返せただろ」
伯爵令息がこの強さなら、公爵令嬢のフリュの悪口はエクスプロージョン級の破壊力があるはず。
だがフリュは首を横に振ると幸せそうに微笑んだ。
「アゾート様が守ってくださったので、わたくしはそれで充分です。それにあの者達に何を言われようとも何も感じませんし」
「それならいいけど、フリュは色々と我慢しすぎなんだ。俺が絶対に守ってやるから、もっと自由に振舞ってもいいんだぞ」
「うふふっ、ありがとう存じますアゾート様。ではお言葉に甘えて、アゾート様を傷つけようとする者はこのわたくしが全力で排除いたしますわね」
「俺がフリュを守る役なのに、逆に守られてどうするんだよ!」
「「・・・・・・」」
この時二人は思った。
何が後見人だよアゾート!
婚約者どころか、もうすっかり夫婦じゃないかお前ら!
イチャつくなら家でやれ!
そんなアレンがポツリとつぶやいた。
「今はサルファーが生徒会長だからまだマシだが、次の会長はニコラ・デュレートだから学園が荒れるかもしれないな」
「ニコラってそんなにひどい奴なのか?」
ニコラはフリュと同じ生徒会副会長だが、どういうことか俺は尋ねる。
「酷いと言えば酷いが、アイツは一言で言うと無能なんだ。取巻き連中の言葉を鵜呑みにするばかりで自分では何も考えないし、ある意味ボンクラ貴族の典型みたいな奴だよ」
「ボンクラ貴族の典型・・・」
「上位貴族と下位貴族の分断がひどい状態なのは、アゾートも当然知ってるよな」
「もちろん。ある意味俺は当事者だし、セレーネが魔法団体戦で不正を受けたことで火が付いたようなものだからな」
「アイツが生徒会長になると取巻きの言うがままに上位貴族を優遇して、その分断がますます酷くなるだろう。あっという間に学園が機能しなくなるぞ」
「なぜそんな人間が生徒会副会長になれる」
「アイツは伯爵家の子息だし派閥のバランスをとる必要があったからだよ。アイツの実家はソルレート伯爵家の分家、つまりお前の領地のお隣さんで、俺たちのアウレウス派の敵対派閥シュトレイマン公爵派だ」
「あいつ、ソルレート伯爵家だったのかよ。でも生徒会長は選挙で決まるんだろ」
「そのとおり。つまり浮動票の奪い合いだ。この学校の生徒は俺たちアウレウス公爵派とニコラたちシュトレイマン公爵派、それに中立派の3つがほぼ同数で均衡しており、どちらが中立派を押さえるかで勝負が決まる」
「そして中立派も貴族だから、生徒会長はどうしても爵位が一番上でないと彼らを従えさせられない。本来はフリュオリーネ様が次期生徒会長の最有力候補だったが、今の2年生では一番爵位の高いアイツが生徒会長の最有力になった。2年生のアウレウス派に上級貴族の子弟が誰もいなくなったからな」
「アウレウス派に他の候補者はいないのか」
「少し爵位は低くなるが、子爵家次期当主が一人いる」
「子爵家当主と伯爵分家ならそう変わらん。そいつにお願いしろ!」
「セレーネ・フェルーム子爵家次期当主だが、それでもいいのか?」
「・・・え?」
ダーシュに言われるまで全く気づかなかったが、フェルーム家が騎士爵から一気に子爵家に格上げされたため、セレーネの地位も一気に急上昇。
アウレウス派にはサーシャなど子爵家子女が他にもいるが、次期当主が決まっているのはセレーネただ一人。
つまり2年生アウレウス派の実質的トップはセレーネなのだ。
しかも中立派からアウレウス派に移ったことで、両派閥の生徒からの攻撃をまともに受けることになる。
そんな状況でセレーネに生徒会長選に出ろとは、口が裂けても言えない。
だが今の話で、この学園の問題点がハッキリした。
学園内に階級の分断を起こしてでも優遇を受けたい上位貴族の生徒たち。
冬に行われる次期生徒会長選挙では、上位貴族の優遇策を平然と実施するニコラが最有力候補。
そしてニコラは、ソルレート伯爵家分家の子弟。
そのソルレート家はプロメテウス領の食糧問題を助長する迷惑な隣人にして、敵対派閥シュトレイマン公爵派。
つまりソルレート伯爵家との対決は、もはや避けられないということだ。
◇
俺は舞踏会でなぜかネオンとダンスを踊っている。
フリュにダンスの手ほどきを受けていたら突然ネオンが現れて、それからずっと俺から離れないのだ。
「おいネオン、他の奴らとも踊れよ。なんで俺とばかり踊るんだ」
「これはダンスじゃなく、変な女が寄り付かないようアゾートを守ってるんだよ。そしてこのドレスは対泥棒ネコ用の戦闘服だよ」
「はあ? お前は本当にやることがメチャクチャだな」
だが周りを見ても、特に俺たちを気にする女子生徒など存在せず、むしろ男子生徒がネオンの美しさに見惚れている。
つまり泥棒ネコなど始めから存在しない。
そして俺たちの隣では、セレーネが他の男子生徒とダンスをしながら、ネオンのことを恨めしそうに睨んでいる。
恐っ!
「・・・おいネオン。お前をダンスに誘おうとたくさんの男子生徒が列を作って待ってるぞ」
「あれはセレン姉様狙いの奴らで、私とは何の関係もないよ」
「いやそんなことはないだろ。みんなお前のことを見てるし、セレーネとの区別もちゃんとついてるはずだ。あれは完全にお前狙いで間違いない」
「あっそう。じゃあ試してみる?」
ダンスを中断したネオンは、列の最前列にいる生徒会長のサルファーの前まで歩いていくと、いきなりダンスを申し込んだ。
しかし、
「やあネオン君。今日はどうしたんだその恰好。・・・まさかダリウスがキミを僕にあてがうためにセレーネのマネをさせて既成事実を作ろうと? だが無駄だ。キミとセレーネの区別ぐらいちゃんと付くし、僕は絶対にキミとは結婚しない」
「むかっ! 誰がお前なんかと結婚するか! このバカサルファー!」
イラっと来たネオンが戻ってくると、俺の手を掴んでダンスを再開した。
「ああムカつく! 私があのバカにフラれたみたいで最悪だよ!」
「ウプププ! 確かに死にたくなるほどムカつくシーンだったな今のは。だがこれで分かっただろ。あのバカでもちゃんと区別がつくんだし、みんなネオンと踊りたいんだよ」
だがネオンは思った。
何故かは分からないが、私たち2人の区別ができるのは世界でアゾートとサルファーの二人だけなのだと。




