第75話 秋の学園舞踏会
クエストを中断して身体を休ませることにした俺だったが、その教室でのこと。
「明日の舞踏会の準備はもうできてるか?」
「舞踏会って?」
後ろの席のダーシュが背中を突いて話しかけて来たが、その聞き慣れない言葉に俺は質問に質問で返した。
「やっぱり認識してなかったか。これは上級クラスだけの放課後課外授業なんだが、春と秋に一度ずつ舞踏会が開かれ、上位貴族同士の交流を深め合う、社交界の実技訓練だよ」
「へえ、そんなのがあったことも知らなかったよ。でもここは騎士クラスだし関係ないよな」
俺は舞踏会なんかに1ミリも興味がない。
そんな暇があるならクレイドルの森ダンジョンを攻略したりプロメテウス領の領地運営に時間を使いたい。
だがそんな俺の気持ちを、ダーシュはあっさりと否定する。
「そうはいかない。今年の1年上級クラスは俺たちトップ5が抜けて残っているのは中級貴族家の子弟とはいえ魔力が弱く後継者になれないものばかり。逆に騎士クラスBは俺やアレンのような伯爵家の子弟を筆頭に、子爵家令嬢以下も魔力の強い生徒がゴロゴロしている。しかもお前に至ってはすでに男爵家の当主じゃないか。つまり実質的にここが1年上級クラスだ」
「実質的に上級クラス・・・」
「ダーシュの言う通り、1年は俺たちが出ないと話にならない。ていうかそもそも中級貴族以上は舞踏会は必修科目だから、この課外授業を欠席したら単位が出ないぞ」
「単位が出ない・・・だと?」
アレンの「単位」という言葉に俺は無駄な抵抗をあきらめた。
舞踏会なんて少しの間我慢すればすぐに終わる。壁際につっ立ってて飯でも食っていればミッション完了だ。
「仕方がないから出てやるが、服装は制服でいいのか?」
「別に構わないが、みんなそれなりにドレスアップしてくるぞ」
「別にいいよ。俺は飯食って帰るだけだから」
◇
翌朝、俺はいつものように寮の前で待ち合わせをしていたら、そこに高価なドレスを身にまとった女性陣が到着した。
するとダンが、
「おおっ! ユーリ、アネット、パーラの3人は随分気合いが入ってるな」
放課後すぐに舞踏会があるため、参加する女子生徒は朝からドレスを着て授業を受けることになる。
ていうか、学園には制服があるためつい忘れがちになるが、貴族はこれが普段着であり、貴族女性は一日中ドレスを着て過ごすのが普通である。
全く戦闘向きの服装ではないがな。
そんなことを考えていると、ダンが俺の気持ちを代弁するかのようなことを口にした。
「俺って、お前らの戦闘力しか気にしたことなかったから、お前らが上位貴族のご令嬢だということに改めて気づいたわ」
するとユーリが呆れたような顔をして、
「まぁ失礼ですわね! こんな戦闘バカは放っておいて、行きましょうカイン」
「かしこまりました、お嬢様」
するとカインがサッと差し出した手をユーリが取って、実にスマートな仕草で彼女をエスコートして去って行った。
「戦闘バカのカインが、なぜあんな洗練された動きを・・・」
「しかも息を吸うように自然にエスコートしたぞアイツ・・・女の扱いも達人の域かよ」
呆気に取られる俺たちだったが、今度はパーラがダンに手を差し出した。
黙ってダンを見つめるパーラ。だがダンは完全に固まって動こうとしない。
「おいダン、お前もパーラをエスコートしろ」
そう俺が注意すると、ダンはあたふたしながらパーラの手を取ってエスコートをする。
だがカインと違って全く洗練されてないその動きを見て、アネットが後ろからアドバイスを送りながら2人について行った。
「ププーーッ、ククク! ダンの奴、ガチガチに緊張してやがる」
俺は思わず吹き出してしまったが、そんな俺もザッパー男爵から見ればあんな風に見えていたのかも知れない。
俺は先週のアウレウス伯爵邸の会食でフリュをエスコートした時のことを思い出した。
「みんないいなぁ・・・私もドレスを着て舞踏会に出たかったな」
ふと見るとマールが羨ましそうな目でユーリたちを見ている。マールは騎士爵家だから今日の舞踏会には参加できないのだ。
「マールもそのうち舞踏会に出るチャンスがあるよ。卒業パーティーとか。それよりエッシャー洞窟へは二人だけになるけど、その時はよろしく頼むぜ」
「うん楽しみだね。じゃあ私たちも学校に行こっか」
そう言ってマールがそっと俺に手を差し出した。もちろん俺は、
「では参りましょうか、マールお嬢様」
俺はマールをエスコートして学校へと向かった。
◇
教室ではユーリたちの華やかなドレスに注目が集まり、ダーシュたちもタキシードでビシッと決めている。今日の参加者で制服なのは全くやる気のない俺だけ。
騎士クラスにはサマーパーティーと卒業パーティーの年2回しか舞踏会の機会がないからか、今日の秋の舞踏会にみんな興味津々らしくどこかお祭り騒ぎのようになっている。
そんなソワソワした雰囲気の教室にフリュが入ってきた。
「フリュオリーネ様だ・・・スゲェ」
「・・・うわぁ素敵」
クラス全員が一斉に向けた視線の先には、いつもの大きな団扇を手にしたフリュがいる。
アウレウス邸で先週着ていたあの水色のドレスに身を包んで、頭にはアウレウス公爵家のティアラと、胸元にはネックレスがキラキラと光輝いている。
人形のように整った美しい顔に完璧なプロポーション。氷のような眼差しで高貴なオーラ全開のフリュが、教室の中をしずしずと歩いて来る。
フリュの動きをみんなが固唾を飲んで見守っているため、さっきまで騒がしかった教室が静寂に包まれていった。
そんな氷の女王が俺の前で止まると、これから何が起きるのかと全員が思わず唾を飲み込んだ。
ゴクリッ・・・。
みんなの脳裏によぎるのはやはり、サマーパーティでの俺とフリュの大喧嘩なのかもしれない。
だがフリュの発した言葉は、
「本日はエスコートよろしくお願いいたします、アゾート様」
そう言った彼女の表情が、氷の美貌から一転、春のように暖かくそして優しげな笑顔へと変わった。
その瞬間、親衛隊たちの黄色い悲鳴と、モテない同盟たちのどす黒いオーラが教室に充満した。
今は平民の身分のフリュだが、学園内ではメルクリウス姓を名乗る中級貴族。彼女の後見人である俺は、悪意のある貴族どもから彼女を守る義務がある。
だから仕方ないだろ、と心の中で言い訳をしていると、ネオン親衛隊が突然騒ぎ出した。
「えええっ!? せ、セレーネ様がうちの教室にいらっしゃった!」
その声に釣られて、俺を含めた男子全員がそちらを振り返ると、白銀の長い髪に金の髪飾りが輝き、淡いピンク色のドレスを身にまとった超絶美少女がそこにいた。
「我らの女神セレーネ様が降臨されたっ!」
「セレーネ様、来たあああっ!」
「このむさ苦しい教室へようこそ、我らが女神様」
まるでアイドルが登場したかのような熱気が教室全体を包み込むが、俺だけは違った。
「何してるんだ、アイツ!」
真っ青になった俺は、キリキリする胃を押さえながらクラスメイトをかき分け彼女に向かって言った。
「おいネオンっ! まさかその格好で舞踏会に出るつもりじゃないだろうな!」
その言葉を聞いたクラスメイトは一瞬その動きを止め、その後一斉に驚愕した。
「「「えええええええっ!」」」
「ウソ・・・だろ」
「どっからどう見てもセレーネ様じゃないか」
「瓜二つ・・・全く見分けがつかない」
まだ信じられないといったクラスメートを横目に、ネオンはおどけるように言った。
「アゾートには、セレン姉様と僕の見分けがつくんだ?」
「ああああ当たり前だ! お前とセレーネは全然違うし見分けがつくに決まってるだろ!」
「でもみんなの反応を見て分からない? 見分けがつてるのってアゾートだけだよ」
ネオン親衛隊とモテない同盟は本当にネオンだったことに驚き、それを簡単に見抜いた俺にも驚いている。
「いやいや普通は区別つかないだろ。どう見てもセレーネ様ご本人じゃないか」
「そうよ。私たち親衛隊でも区別がつかなかったんだから。でも女装のネオン様も本当に素敵・・・まるでセレーネ様と本物の姉妹のようね」
本物の姉妹なんだが、口が裂けても言えねえ。
「でもなんで女装して舞踏会に出るんだよ」
俺がそう聞くと、ネオンが少し悲しそうな顔をした。
「実はセレン姉様に頼まれたんだ。舞踏会にはあまりいい思い出がないから代わりに出て欲しいって」
「そうか、そうだったな・・・。分かった」
子爵家次期当主となったセレーネは、中級貴族として舞踏会への出席が求められる。
しかし卒業パーティーではフリュの取り巻きからドリンクをかけられるなど執拗なイジメにあっていたこともあって、舞踏会にいい思い出があるわけがない。
やはり今でも心の傷は残っているのか。
でもそれだけではない。
突然身分が上がったセレーネに対し、2年上級クラスの生徒との間で確執があると考えて間違いない。
そうであれば、セレーネの騎士として俺がとるべき行動はただ一つ。
「わかった。そういうことなら俺も全力でサポートするよ」
ネオンが女装した理由に納得した俺だったが、モテない同盟のみんなはまだ頭上にはてなマークを浮かべてポカンと俺を見ている。
(アゾートの奴、一体どこを見てセレーネ様と女装ネオンの区別をしてるんだ。俺たちの目にはその違いがさっぱり分からん)
◇
「ネオン! どうしてあなたは勝手なことばかりするのっ!」
俺の目の前で、ネオンと全く同じドレスを着たセレーネが激怒している。
放課後の舞踏会会場に到着した俺たちは、そこにセレーネがいたので慌てて駆け寄ったが、ドレス姿のネオンを見たセレーネが開口一番、彼女を叱りつけたのだ。
「え?」
ていうか、セレーネは普通に舞踏会に出席してるし、ネオンに激怒しているということはセレーネの指示で女装をしていた訳ではなかったということ。
でもなんで?
混乱する俺をよそに、ネオンは俺たちの前からさっさと逃げ去ってしまったが、それでもセレーネの怒りは収まらず、
「最近のあの子はますます暴走して、アゾートのためなら何だってするのよ!」
「暴走って・・・」
「昨日も、これ以上変な女をアゾートに近寄らせないって息巻いてたけど、まさかドレスを着て舞踏会に参加するとは思わなかったわ。あの子もうメチャクチャよ!」
「俺はセレーネからの頼みで、代わりに舞踏会に出るって聞いたぞ」
「そんなこと誰も頼まないわよ! これ授業なんだし出ないと単位がもらえないでしょ」
「そりゃそうだ・・・」
またネオンにだまされた。
「イテテテ・・・ちょっと胃が痛くなってきた。俺は向こうで休憩してくる」
マジで胃が痛いし、もうどうなっても本当に知らないぞ。
俺は壁際に用意された椅子に、ガックリと座り込んだ。




