第74話 古代遺産を継ぐべき資格
俺は石室でメモした順番どおりに白と黒の石を並べながら説明を始めた。
「まず1679という数字だが、これは2つの素数23と73の積になっている」
「素数ってなあに」
好奇心旺盛なマールが目をキラキラさせて俺に質問してきた。中間テストの勉強会を思い出しながら、マールにでも分かるように説明を試みる。
「素数とは1と自分以外に割ることのできない数字のことだ。例えば3とか7とか」
「うんうんなるほど。それで?」
「石を23個ずつ横に並べると縦に73列できて、長方形ができる。どちらも素数なのでこれ以外の組み合わせは存在しない」
「なるほど、なるほど?」
マールは返事がすごくいいのだが、本当に分かっているのかは謎である。
「つまりこの白黒の石を23✕73の長方形になるように並べていくと、白と黒のドットでできた図形が現れるはずだ。縦横は逆でもいいので、73✕23も試す必要があるが、とりあえずやってみる」
俺は1679個の石を並べ終えると、不自然に図柄が分断されたラインで石を上下と左右にそれぞれ入れ替え、一つのドット絵を完成させた。
「これは」
そこに浮かび上がったのは、上段には10種類のマークが、下段にはどこかの地図が描かれているように見える、明らかに意味のある図柄だった。
するとフリュが、
「この下の図柄はアージェント王国南部エリアの地図のようですね」
「ドットが粗くて分かりにくいが海岸線を見る限り確かにそれっぽいな。するとこの3ヶ所に記されたドットは王国内の場所を示すってことか・・・この左のドットはエッシャー洞窟辺りみたいだし、あそこの祭壇に何かヒントが隠されているはず」
あの遺跡には知覚魔法を発見した祭壇以外にもう一つ、入口にある祭壇を俺はまだ調べていない。
「よし、エッシャー洞窟にもう一度行ってみよう。それで他の2つはどこだ?」
「この真ん中のドットは王都だと存じます。王都に遺跡があるとすれば魔法協会かシリウス教会アージェント大聖堂」
「古代文明とシリウス教は一見関係が無さそうだが、本当なのかフリュ」
「大聖堂の地下に遺跡があるというのは、本で読んだことがございます」
「そうか。だがどちらも厳重に管理されていそうだし、俺達に見せてくれるかどうかはわからん。それで右側のドットはどこだ?」
「フィッシャー辺境伯領のどこかだと存じますが思い当たる場所がございません。ここに何かあったかしら・・・」
フィッシャー辺境伯領か。一時は亡命しようとしていた先だが、まさかこんな形で足を踏み入れることになるとは思いもよらなかった。
「地図のことはわかったけど、上にあるマークは何かしら」
セレーネが首をかしげる。
「これは数字だよセレーネ。記号の隣にその数字が何なのかを二進数で書いていてくれている」
「二進数って?」
「白と黒の石の並べ方だけで、全ての数字を表すことのできる方法だよ。例えば右手の5本の指を広げて、親指から順番に1、2、4、8、16を割り当てる。親指だけ折ると1、親指と人差し指を折ると1+2で3と数える」
「じゃあ、中指と小指を折ると?」
「4+16で20だな・・・イテテテ。セレーネ、わざと変な指を曲げさせないでくれよ。つまりこうすると五本の指で31まで数えられる。指を立てた状態を白、折った状態を黒とすれば、石が有る限りいくらでも大きな数字が表現できるぞ」
「本当だ・・・何これ凄い! アゾートって頭がいいね」
「さっきの祭壇にあったスクリーンに、これと同じマークが表示されてたんだ。おそらく3つの遺跡を回ってキーワードを見つけて、あの祭壇のスクリーンに入力すれば魔法障壁は開く」
「すげえじゃねえかアゾート! 攻略不可能と言われたクエストを、俺達が初めてクリアーすることになるんじゃないのか!」
「そうかもな。まあ俺はクエスト攻略よりもここまで厳重に守られた古代魔法文明の遺産がどんなものか、そっちの方に興味がある」
「しかしよくこんな謎を解けたなお前。偉い学者が集まっても誰も分からなかったのに」
「いや、まだ3つのキーワードを見つけた訳ではないし、解けた気になってもらっても困る。俺がさっき「テスト」だと言ったのは、今の謎ぐらい解けないとこの先には絶対に進ませないという古代からのメッセージだからだよ」
「つまり?」
「仮定の話だが聞いてほしい。もし言葉が全く異なる知的生命体と会話をしようとする場合、共通する言語がどうしても必要となる。それは何か」
「何だろ?」
「数学だよ」
「数学って?」
「騎士学園では算術と言ってマールが大嫌いな計算の練習ばかりしているが、あれを学問として体系化したものが数学だ。さっきの素数とか二進数とかを理論立てて説明している」
「そんな学問あったっけ?」
「ないよ。だからこの時代の人間は算術はできても素数とか二進数とかは知らないし、古代からのメッセージに誰も気づかない。あそこに残った冒険者たちには到底攻略不可能なのは自明だろ?」
「・・・・・・」
「これは俺の想像だが、きっとこの3つのキーワードを得るには最低限の数学の知識が必要となる。たぶん古代魔法文明を築いた人々は、最低限の科学的知識を持った存在を選別して自分たちの遺産を与える資格があるかテストしようと考えたんだろう」
「・・・・・・」
「なぜならその価値も理解できないような野蛮人を魔法障壁の向こう側に通してしまうと、せっかくの高度な文明の遺産が破壊されて永遠に失われてしまうから。だからこんなまどろっこしい方法をとってでも、遺産を与えるべき人間を選別している」
「おいアゾート、それが自分だって言いたいのか! でも何でお前はそんなことまで分かる! お前は一体何者なんだ!」
「それは・・・」
激高するダンに、だが俺は何も答えられない。
「アゾートが何者かなんて今更でしょ! 新しい魔法を次々と作り出す天才魔導師でいいじゃない」
すかさずセレーネが間に入ると、ダンも我に返って俺に謝ってくれた。
「悪いアゾート。頭がついていかなくてつい興奮しちまった。そうだな・・・アゾートは天才魔導師で、俺たちはその仲間だ」
「俺も調子に乗って言い過ぎた。謝るよダン。それより3ヶ所も回る場所が増えたし、ここからは手分けして進めないか」
「いいぜ。それでチーム分けはどうする?」
「そうだな、祭壇を調べるのは俺とマールの二人いればいいし、場所も分かっているエッシャー洞窟には二人で行ってくる。王都はフリュが場所を知ってそうだし、こちらは3人で行こう」
「私はそれでいいよ」
「王都の案内はこのわたくしにお任せください」
「問題はフィッシャー辺境伯領の方だ。それらしい遺跡の場所が分からないし、祭壇の発見にはかなり時間がかかりそうだ。これを残りのみんなに任せてもいいかな」
「いいぜ! 面白そうだし俺たちに任せておけ!」
◇
だが次の日の午後、魔法実技の授業中に俺は倒れた。
領地運営とダンジョン攻略の両方を同時に進めたため、過労と魔力欠乏症に陥ったらしい。
俺は学園を早退するとネオンに担がれて寮の自室に戻り、そのまま眠ってしまった。
「あ、アゾートが目を覚ました」
目が覚めると、俺の枕元になぜかマールがいた。
その後ろにはセレーネやダンたちもいる。
「心配だから見舞いに来てやったぞ」
カインが「ほれっ」と果物を投げ渡す。
「すまん。さすがに無茶しすぎたみたいだ」
「だな。今週はもうクエストは休みにしよう。どうせ俺たち以外は攻略不可能なんだし、焦ることなくゆっくり楽しもうぜ」
「ダンの言うとおり。今週はクエスト禁止ね」
セレーネもそう言うし、仕方ないか。
「そして今日からこの私がアゾートのお世話をしてあげるからね」
そんなやる気に満ちたセレーネを押しのけるように、ネオンが割って入ってきた。
「ダメだよ! セレン姉様なんかに世話をされたら、アゾートの調子が余計に悪くなる。火力バカは自分の部屋に帰って!」
「火力バカとは何よっ! 生活力ゼロのあんたが帰りなさいよ!」
「残念でしたあ。もう部屋に帰ってますぅ」
「くうっ・・・お、表に出なさいネオン。どっちがアゾートの世話をするかを火力で決めましょう!」
「上等よ! 今日こそ絶対セレン姉様に勝つんだからっ!」
「行ってらっしゃい二人とも。じゃあその間は光属性のこの私がアゾートの世話をしてあげるね」
「「マールは関係ないでしょ!」」
なんか分からんが3人でもめ始めた。
「領地運営の方はわたくしがなるべくフォローしておきますので、安心して休んでいて下さいませ」
そしてフリュが優しく微笑んでいる。
お見舞いということもあるのか、みんながいつもより優しい。
特に3人の美少女にチヤホヤされるこの状況は、前世の深夜アニメでよく見た異世界ハーレム展開そのもの。
例えるならそう。
かわいらしくて一途なマールは獣人族の美少女、ケモ耳娘だ。
そして常に高貴なオーラを放つ金髪美女のフリュは、ハイエルフの皇女。
白銀の髪に赤い目のセレーネはなんかメインヒロインっぽいし、吸血鬼の真祖にして魔族の姫君ってところだな。普段の行いも破壊神っぽいし。
ラスカル野郎のネオンは何だろうか。
弟・・・妹・・・いや幼馴染み?
異世界ヒロインっぽさの欠片もないネオンだが、負けヒロインっぽさは十分にある。
あ、でも妹や幼馴染みが勝つラブコメも一応は流行っていたか・・・。
などと失礼なことを考えていると、ふと口が開いた。
「獣人やエルフ、魔族ってこの世界のどこかにいるのかな?」
「さあ知らない」
「私も」
「世界は広いから、きっとどこかにいるんじゃないか」
どうやらみんな知らないようだ。
答え方が適当だし。
だがフリュだけは真面目な顔で答える。
「かつてアージェント王国にもエルフが住んで居たらしいのですが、かなり前に駆逐されたそうです」
「え、昔いたの?」
今初めて知ったが、ここはエルフが存在する異世界だった。
しかし、フリュは何でも知ってるな。
「絶滅したわけではないそうなので、今も世界のどこかで暮らしていると存じます」
すると冒険好きのダンも目を輝かせて、
「魔族とか獣人ってメチャクチャ強いんだろうな。アージェント王国にはいなさそうだし、いるとすればブロマイン帝国とか、さらにその向こう側の国とか?」
「ブロマイン帝国・・・」
俺はこの世界がどうなっているのかを知らない。地図を見る限り、アージェント王国と国境を接するのはブロマイン帝国とシリウス教国の2か国のみ。
その先に何があるのか見当もつかないし、いつかは行ってみたい。




