第71話 派閥抗争の勃発
ダンジョン攻略の翌日。
授業が終わって真っ先に教室を飛び出した俺は、フリュを連れてフェルーム領ダリウスの元を訪れていた。
ちなみにダリウスはセレーネとネオンの父親なので親ほど年が離れているが、俺とは従兄弟同士の関係にあたる。
そんな彼に『プロメテウス取引所設立』の説明をして、食糧問題解決の協力を求めた。
「要するに秋の収穫で得る予定の穀物をお前の取引所にいる商人たちと取引すればいいんだな」
「そうそう。今持ってる分の取引はもちろん、将来収穫される分も先に値段を決めて取引しておくことができる。ダリウスは必ずその条件で商品を引き渡すと商人に約束してあげればいいだけだよ」
「分かった。ならサルファーや他の当主たちにも協力するようお願いしておく」
俺は先物取引だけでなく、現物取引のメリットも念入りに説明する。
各領地は税として徴収した穀物の一部を商人に売り渡すことは普段からも行われているが、商人に足元を見られて安く買い叩かれてしまうことがわりとよくある。
ところがプロメテウス取引所では商品の市場価格が常に公表されているため、領主はその価格を参考に最も条件のいい商人と取引をすることが可能となる。つまり買い叩かれる心配がなくなるのだ。
こうして多数の領主たちが取引所を使うようになると、商人や取引所にも大きなメリットが発生する。
取引所のバックに多くの領主がいることを示せば、現物が確実に供給されることが裏付けられて、商人が安心して取引を行えるようになるからだ。
また商人側も、取引相手からお金を取りっぱぐれる心配が減り、その分の損失を見込んで商売をしなくてもよくなる。
つまるところ取引で最も大切なのは信用であり、取引所設立はみんながウィンウィンの関係になるということなのだ。
取引所の話が一段落した後、俺はもう一つの本題に入る。
盗聴を警戒して声を潜めた俺は、商業ギルド長から聞いた話をダリウスに耳打ちした。
「今回の食料価格高騰の裏でソルレート伯爵が何やら動いているようです」
「なんだと? どういうことだ」
ギルド長によると、相次ぐ内戦で荒廃しているとはいえボロンブラーク伯爵エリア全体としては、領民を賄うのに十分な量の穀物はあるとのこと。
しかも今年は豊作が期待されていて食料問題はそこまで深刻ではないらしい。
それなのに、第二次ボロンブラーク内戦勃発という悪材料はあるものの、短期間で戦争は終結したしここまで価格が高騰するのは明らかにおかしいとの見立て。
商人の売り渋りが連鎖して価格がつり上がっているのが現状だが、どうやらそれを主導しているのがソルレート領に本店を持つロディアン商会らしいということを商業ギルドは突きとめた。
さらに調べていくと、ロディアン商会は穀物をソルレート領に運び込んでそこで買値よりも安く売却。その損失分はソルレート伯爵から補てんされているらしい。
フリュの見立てでは、中立派だったボロンブラーク伯爵家がアウレウス派に転向したため、ライバル派閥・シュトレイマン公爵派のソルレート伯爵が早めに仕掛けてきたので間違いないとのこと。
「話はわかったが、お前はどんな対応策を考えておる」
俺は誰にも聞こえないような小さな声で、ダリウスに作戦を話した。
「うーん・・・所々よく理解できん所もあるが、何をしようとしているかはわかった気がする。他の当主たちへはうまく説明しておくから、こちらの根回しは任せておけ」
「ええ。アウレウス伯爵の方には俺から協力を求めておきます。フリュ、面会の約束を取り付けてほしい」
「かしこまりました」
その後俺たちはプロメテウス領の商業ギルドに行って、主要な商人を集めて取引所設立に向けての調整を行った。
そしてダリウスとの面会から三日後、俺とフリュオリーネはアウレウス伯爵と面会するため、王都アージェントに跳躍した。
「フリュの魔力があって助かった。俺の魔力だと王都までジャンプするのはまだまだ厳しいからな」
「わたくしの魔力は全てあなたのもの。好きなだけ自由に使ってくださいませ」
「お、おう・・・」
フリュに面と向かってそう言われると、なぜか顔が熱くなってしまう俺だった。
アウレウス伯爵邸に着くと、使用人たちがズラリと並んで温かく出迎えてくれた。
「いらっしゃいませメルクリウス男爵閣下」
「お帰りなさいませ、姫様」
俺たちはそのまま伯爵の執務室へ通されると、簡単な挨拶を済ませた後すぐ本題に入った。
「帳簿取引とは面白い発想だが、全部そなたが考えたのか?」
さすがに前世の知識と言えないため、後ろめたさを感じながらコクリと頷く俺。
「そうか大したものだな。それとソルレート伯爵への対応策だがこちらも了解した。細部についてはまだ確認したいこともあるので質問をまとめておく。後で回答するように」
「了解しました」
「それから今日は我が派閥の主要メンバーの2人と顔合わせをしてもらいたい。夕食を共にするように」
「承知しました。その夕食ですが、フリュオリーネを同席させても構いませんか?」
「構わん」
フリュオリーネはアウレウス伯爵と縁を切られ、今は平民の身分となっている。
ダリウスはともかく他の貴族との会席に出席させてよいか分からなかったので確認したら、すんなりOKが出た。
そして父親の許しを得たフリュは、何やら準備があるらしく傍に控えていた侍女を伴って部屋を出て行ってしまった。
夕食まで時間があったため、ザッパー男爵と控室で雑談をする。
年齢差はあるが同じアウレウス伯爵の配下ということもあり、この際色々と話を伺おうと思ったのだ。
「あの内戦の時、本当にフリュが全ての指揮をとってたんですね」
「ええ。私も姫様にあそこまでの才能があるとは知りませんでした。アウレウス伯爵の娘とは言え、末恐ろしいお方です」
「他のご子息も、みんなあんな感じですか」
「皆さんとても優秀ですが、あの姫様は特別かもしれません」
そこでノックの音がした。
「夕食の準備が整いました」
侍女の言葉に、俺はザッパー男爵とともに会食に向かうためにドアを開いた。だが、
「フリュ・・・」
そこに立ってたのは、豪華なドレスに身を包んだフリュだった。
洗練されたデザインの水色のドレスを着た彼女は、アウレウス公爵家の紋章を形どった銀のティアラを頭に乗せ、ネックレスには高価な宝石が光輝いていた。
まるでどこかの王女様のような完璧な美貌の彼女は、少し照れたように頬を紅潮させて俺に微笑みかけた。
「綺麗だ・・・」
思わずそう呟くと、柔らかな笑みを浮かべたフリュが俺に手を差し出した。
「メルクリウス男爵閣下、エスコートを」
ザッパー男爵に促されてフリュの手を取ると、俺たち二人は会食の場へゆっくりと歩き出した。
会場に着くと、アウレウス伯爵と2人の男性が既に着席していた。
そして俺たちが座ると開口一番、
「男爵にも縁があると思うが、こちらはマーキュリー伯爵とバーナム伯爵だ」
つまりダーシュとアレンの父親だった。
「アゾート・メルクリウスです。ダーシュとアレンとは学園の同じクラスで仲良くさせていただいてます」
「初めまして。倅から話は聞いているが、倅はかなりこっぴどく痛めつけられたようだな」
「あ、いえ、それをやったのはネオンというウチの親族の者で・・・」
俺は頭を掻いて誤魔化すと、マーキュリー伯爵がイタズラっぽく笑った。
「それにしてもフリュオリーネお嬢様は相変わらずお美しいですな」
バーナム伯爵がフリュを見て感嘆をもらすとアウレウス伯爵が、
「そんなことはない。これは二度も婚約を破棄され、最後になってようやく貰い手が見つかったばかりだ。正直ホッとしているところですよ」
フリュの貰い手が見つかっただと?
そんな話、俺は聞いてない・・・。
「それは残念ですな。是非うちの倅の嫁に欲しかったのですが・・・」
「全くです。だがボロンブラーク伯爵家を我らの派閥に引き入れられた上に、男爵のような優秀な後継者を得られたのだから、政略結婚としては大成功かと」
彼らの話が全く見えず、もしかすると変な勘違いをされている可能性もある。
俺はフリュにこっそり耳打ちした。
「最初はフリュに新しい婚約相手が見つかったかと思ってかなり焦ったが、どうやら俺たちが婚約したと誤解されているみたいだ。ここでちゃんと訂正した方がいいのでは」
すると真っ赤になったフリュが、
「もうお父様ったら・・・申し訳ございませんアゾート様。この場の社交はお父様にお任せした方がいいと存じますが、後でわたくしの方からキチンと申し伝えておきます」
「そ、それもそうだな・・・よろしく頼む」
そんな俺たちの様子を仲睦まじいと勘違いした三人の伯爵たちが、どこか生暖かい目で俺たちを見つめていた。
そんなこんなで今週はプロメテウス取引所の設立に向けてかなり精力的に動き回ったため、放課後は全て潰れてしまった。
だが明日はいよいよ第2回目の週末ダンジョン攻略だ。
本当は少し身体を動かしてウォーミングアップをしておきたい所だが、アウレウス伯爵に納入する小銃を作らなければならない。
それが内戦終結の条件だったからな。
これはフェルーム家とは何の関係もないしさすがにネオンには頼めないので、魔力のトレーニングだと思って一人で作る。
そう思って机に向かって作業を始めようとすると、だが横から呪文を唱える声が聞こえた。
【ロボット】
ネオンだ。
「どうしたネオン。これはアウレウス伯爵関係の仕事だから、お前は手伝わなくてもいいぞ」
「いいよ。私も手伝ってあげる」
「お前この作業が大嫌いだったじゃないか」
「アゾートが一人でがんばってるのに放っておけないよ。それに今週はずっとあの女と一緒だったみたいだし、私は一人で寂しかったんだから」
「そっか。今週は領主としての仕事が忙しかったし、フリュに手伝って貰わないと全然回らないんだよ」
「ふーん・・・でもあの女にこの作業は無理のようね。こんなこと手伝えるのは私だけだもんね!」
「まあな。いつも最後にはネオンに無茶させることになるが、正直助かるよ」
「そっか。じゃあハリキッて小銃を作ろう」
その日はネオンと二人並んで黙々と小銃作りに打ち込んだ。
そうして翌朝、2回目のダンジョン攻略の日がやって来た。




