第65話 エピローグ
学園の手続きは全てアウレウス伯爵の方で手配済みなので、俺たちがやることはフリュの引っ越しだけだった。
というのも、アウレウス公爵家から絶縁されて今の上級貴族用の部屋から出なければならないフリュだったが、アウレウス伯爵がフリュを男爵夫人として手続きしたため、中級貴族の部屋が用意されていたのだ。
「男爵夫人・・・だと?」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるフリュが、慌てて俺に謝罪する。
「もうお父様ったら! 本当に申し訳ございません、アゾート様」
「いや別に謝るようなことでは・・・」
手早くフリュの引っ越しを手伝った後は、懐かしの男子寮の部屋に帰ってきた俺。
男爵になった俺にも中級貴族用の個室が用意されていたが、新学期からネオンが女子寮に移ることもあり、俺は今の部屋を一人で使い続けることにした。
ネオンがいない部屋。
少し寂しさは感じるが、本来ネオンは女子として入学すべきであり、ようやく正しい道を歩きだしたと思えばこれでいい。
ただ今後の展開に胃の痛みを感じてしまった俺は、疲れが溜まっていたこともあり、いつのまにか眠ってしまった。
◇
「おはようアゾート」
目が覚めると、いつものようにネオンが俺を覗き込むように見ている。
「おはようネオン。また今日も起こしてくれたんだな・・・って、何でお前がこの部屋にいるんだ? 女子寮に移ったよなお前」
「女に戻るのをやめた・・・」
「え、なんで?」
「だって、今度はあの女からアゾートを守らなくちゃいけなくなったから」
「あの女ってフリュのことか? 俺たちは別にそんな関係じゃ・・・」
「フリュ? 何よその呼び方っ!」
「俺の家族はみんなそう呼んでるぞ」
「ぐぬぬぬぬ・・・」
「それよりお前、まだその男装を続けるのか」
「あたりまえでしょ!」
「あたりまえなのか?」
相変わらずのネオンに呆れながら、俺は素早く制服に着替えた。
男子寮の前には、いつものメンバーが集まっていた。
「お前ら二人とも無事だったか。俺もこっちに戻って来たばかりでまだ状況が掴めてないが、本当に心配したぞ」
ダンが俺の肩をバシバシ叩きながら喜んでくれている。
ダンはフェルーム領防衛戦の現場にいて事情をよく知ってるだけに、かなり心配をかけたみたいだ。
「あれから連絡が取れなくてすまなかった。内戦に勝ったのはいいが戦後処理で王都アージェントまで行ったり色々忙しくて、昨日の夕方になってやっと学園に戻ってきたんだ」
俺が頭を掻くと、カインも俺たちの生還を喜んでくれた。
「ダンから聞いたけど夏休み中は大変だったらしいな。後でゆっくり話を聞かせろ」
「アゾート!」
後ろから抱きついてきたのはマールだ。
「無事にフォスファーを倒せたんだね!」
マールともビーチで別れてそれっきりだったので、俺たちの戦いの結末は知らない。
「ああ、勝ったよ」
少し離れた所ではネオン親衛隊が米軍仕込みの見事な敬礼をネオンに見せている。
恐らくネオンから、フォスファーとの戦いの一部始終を聞かされているのだと思うが、話を聞いている時の女子たちはみんな姿勢がよく、顔つきがとても精悍だ。
「あれ? お前のクラスの女子連中、随分と雰囲気が変わったが。夏休みに何かあったのかな・・・もしかしてひと夏の経験?」
事情を知らないカインが不思議そうに首をかしげる。
「おーい、おまたせ」
そこに現れたのが中間テスト後にクラスメイトとなったダーシュ、アレン、ユーリ、アネット、パーラの5人だ。
そのリーダー格のダーシュが笑顔で俺に話しかける。
「聞いたぞアゾート。お前、俺たちと同じアウレウス派に入ったんだってな。これからよろしく頼むよ」
そう言えばダーシュとアレンの実家はアウレウス派だったな。
「ああ。サルファーのバカに売られて、アウレウス伯爵に忠誠を誓わされちまった」
「おいおい、生徒会長をバカ呼ばわりかよ。相変わらずだなアゾートは」
「あんな奴、バカでも勿体ないよ」
あの恋愛バカのせいで危うく死にかけた上に、婚約者まで失ってしまったのだ。
もはや主君ですらないサルファーの評価なんか、俺の中では連日ストップ安だ。
ダーシュが苦笑いしている隣では、アレンが真面目な顔で忠告してきた。
「実は俺たちの騎士団も第二次ボロンブラーク内戦に参戦する準備をしていたんだ。もう少し戦争が長引いてたら大変な事になってたぞ」
「マジかよ・・・今回は本当にやばかったってことか」
あのままフォスファー軍と戦い続けて仮にフリュオリーネに勝てたとしても、やがては大軍勢に包囲される運命。
戦略レベルで最初から同じ土俵に立てていなかったのだ。あの娘にしてあの父親だし、まるで勝てる気がしない。
アレンが俺の肩を軽く叩く。
「これから俺たちは味方だ。さあ、そろそろ学校に行こう」
そう言って歩き出した俺たち。
パーラは相変わらずダンの後ろをついて歩き、ユーリとアネットはそんなパーラを生温かく見守っている。
この辺りは夏休み前と変わってないな。
教室のいつもの席に座っていると、まだ始業前なのにシュミット先生が教室にやってきた。
夏休み明けだしホームルームでもやるのか。
「みんな聞いてくれ。実は夏休みの間にここボロンブラーク伯爵領で内戦が勃発し、学園の生徒12名が死亡もしくは処刑された。このクラスにも2名の戦死者が出ているので、みんな冥福を祈るように」
言われて見れば2つ空席がある。
亡くなった二人はアラモネア子爵かサラース男爵の配下の騎士だったんだろうな。
なおハーディンは一族連座ですでに処刑されたと聞いている。
ニックは普通に教室に座っており、サルファー陣営の誰かに忠誠を捧げたのだろう。互いに生き延びられて本当によかったな。
「それからこのクラスにまた転入生だ。さあ入ってきたまえ」
「また転入生かよ!」
俺は思わず声を上げてしまったが、教室全体がざわめき立っている。
こんな時期に転入生って、一体誰が入ってくるんだよ。
みんなが口々にそうつぶやく中、教室に入ってきたのは一人の女子生徒だった。
綺麗に整えられた縦ロールの金髪。
人形のような整った顔立ちと完璧なプロポーションを備えた絶世の美少女。
氷の女王とも呼ばれる彼女の手には、いつもの大きな扇子が握られている。
そう、転入生はフリュオリーネだった。
「「「ええええええっ!?」」」
なぜ2年のフリュが俺のクラスに!
俺は何も聞かされてないぞ!
クラスメイトも全く理解が追い付かずに、完全にフリーズしている。
そんな俺たちにシュミット先生が、実に事務的に彼女を紹介した。
「この学園に知らない者はいないと思うが、彼女は生徒会副会長のフリュオリーネだ。今日から君たちのクラスメイトになるから仲良くするように。あとは学級委員長のアゾートに任せる。以上だ」
それだけ言うと、シュミット先生はさっさと教室を去ってしまった。
「・・・・・・・」
せめてどういうことか、事情ぐらいは説明して行ってほしい。
ていうか全部俺に丸投げするのはやめてほしい。
フリュも教壇に立ったまま、困った表情でこちらを見ている。
しっ、仕方がない・・・。
「そ、それじゃあフリュ・・・いやフリュオリーネさん。かかかか、簡単に自己紹介をお願いします」
「はい。わたくしフリュオリーネ・メルクリウスと申します。2年上級クラスに在籍しておりましたが、父・・・いいえ、アウレウス伯爵の計らいによりもう一度このクラスで学び直すことになりました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「・・・・・・・・え?」
俺やネオン、親衛隊はともかくクラスの男子は、サマーパーティーでサルファーに婚約破棄された後のフリュのことを何も知らない。
なぜ婚約破棄されると、1年落第してウチのクラスに転入することになるのか。
いやこの俺自身も全く理解できていない。
だがここでユーリが遠慮なくフリュに質問をぶつける。
「ご家名が変わられたように聞こえましたが、夏休みの間にどちらかのご家門にお輿入れされたのでしょうか、フリュオリーネ様」
するとフリュは少し頬を染めて、
「まだ結婚したわけではないのですが、アゾート様のご実家でお世話になっております」
「なんでアゾートの実家に? 何で??」
「不倶戴天の敵のようにいがみ合っていた二人が、今一緒に住んでるってどうしてっ!」
「夏休みの間、この二人にどんなロマンスがあったのかしら・・・」
恋愛脳をフル回転させたユーリ、アネット、パーラの3人が余計な妄想力を働かせる一方、モテない同盟から発せられたどす黒いオーラが教室中を満たしていく。
(我らが女神、セレーネ様に飽きたらず、そのライバルである氷の女王にまで手を出すとは、アゾート断じて許すまじ!)
(こいつはマールにまで手を出した変態三股野郎。男の敵め、万死に値するっ!)
(羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい)
「ちょっと待てお前ら! お前らが想像してるようなのとは全然違うからな! 余計な妄想を働かせるのはやめろ!」
「その通りです皆様。わたくしはただ後見してくださるアゾート様のご家名を名乗らせていただいてるだけです。まだ今は」
「はあ? お前フェルームだろ? いつから名前が変わったんだ?」
ダンが後ろを振り向いて俺にそう尋ねると、俺が答えるより早く、教壇に立つクールビューティー様が先に答えた。
「今回の第二次ボロンブラーク内戦での功績によりアゾート様は男爵位を授与されることとなり、ご家名も変わられメルクリウス男爵閣下となりました」
「ええええええっ!?」
「アゾートが男爵閣下だと?」
「騎士爵分家の息子だったのに、いきなり上位貴族に格上げ。しかも当主かよ・・・」
フリュの発言にクラス中が衝撃を受け、ダンもこちらを振り返ったまま唖然としている。
「お前、男爵になったのか」
「実はそうなんだ。武勲を上げた褒賞だと言ってサルファーから領地と城をもらったし」
「マジかよ・・・」
みんなが唖然とする中、ダーシュとアレンの二人だけは噴き出して大笑いをしていた。
「プーーーッ!」
「ぎゃはははは!」
腹を抱えて笑う二人に、俺は不思議そうに尋ねる。
「俺が男爵になったのが、そんなに変か?」
「いやそこじゃない・・・クククク・・・随分とかっこいい名前を名乗っているが・・・それって自分で考えたのか・・・・クククク」
笑い過ぎて苦しいのか、ダーシュが息を詰まらせながら俺に尋ねる。
「いや、アウレウス伯爵にこの名を使えと勧められて」
「・・・そうか悪い・・・クククク・・・いやイメージにピッタリ過ぎて、少しツボに入っちまった・・・ひーーーっ!」
「イメージにピッタリって、一体どういうことだ?」
だが苦しそうに笑う二人を問いただしている時間もなさそう。
「もうすぐ授業が始まる。フリュオリーネは空いている席を使ってくれ」
するとフリュは、マールの一つ前の席に着席した。
俺はフリュを呼び寄せると、どうなっているのか小声で尋ねる。
「実は、わたくしへの風当たりが強くなるのを心配したお父様がご配慮下さり、アゾート様のクラスに転入する手続きを取ってくださったのです。座学は自習で大丈夫ですし、実技はちゃんと単位がいただけるようですので卒業に問題はありません」
「なら、いいんだけど・・・」
騒然とする教室でマールは思った。強力なライバルがまた一人増えてしまったと。
そしてネオンも思った。フリュオリーネがにいる限りこの男装はやめられないと。




